おぐにあやこの行った見た書いた

初めての独立記念日

アメリカ暮らしを初めて最初の独立記念日となったきょう、7月4日。
夫も、息子も、いないのだった。
あまりに気の毒がった私の政治談義友だちのエドが、自宅のパーティーに招いてくれた。
んなもんで、生まれて初めて、カリフォルニアロールなんか作っちゃったぜ。
実は結構簡単にできることを発見。しめしめ。
(完璧だぜ、と思って持参したら、なんとしょう油を持参するのを忘れてた私。最近はミソやしょう油を自宅においてるお宅も多いらしいんだけど、エドの家にしょう油はなかった。結局、マヨネーズで食べたのだった。ちゃんちゃん。)

エドの家に集まったのは、近所の老夫婦のフィリスとディック。
それから、ボスニアから難民として13年前にこの国に来たという夫婦、セナーダとモハメッド。

エドの家は、庭も、家の中も、バルコニーも、星条旗で飾られていて、ああ、アメリカの人はこんな風に独立記念日を祝うのか……としみじみしちゃった。
私がカリフォルニアロール(ただし、しょう油なし)、フィリスが野菜スティックとディップとチップスとワカモレ、セナーダが雑穀入りのクラッカーを焼いてきた。料理上手のエドの妻エディスは、コールスローに、ポテトサラダに、マカロニサラダ、さらにマリネした鶏肉とホットドッグをバーベキューしてくれた。

しかし、今回は妙にテーブルが健康的だ。
お野菜たっぷり。カロリー控えめ。
年齢層が高いからだろうか。
それとも、思い切り民主党支持の強い青い州メリーランドの文化ゆえだろうか。

この前、ポトマック河を一つ越えた赤い州バージニアで、バーベキューにお呼ばれした時は、見事、肉、肉、肉、といった感じのテーブルだった。
だいたい、パーティーの日に、一人で3品のサラダを作り、テーブルに並べるアメリカ女性なんて、初めてみたかも。肉より野菜が主役、なんてテーブル自体、初めてだわん。

会話のほうも、実に「青い州」らしかった。
「ところで、あやこ。ブッシュって日本での評判はどうなんだい?」

そうエドに聞かれて、思わず 「うーん、難しいところを突くわねー」 と苦笑いしたら、「その反応だけでだいたい分かったよ」 とみなに爆笑された。
「日本人って結構アメリカが好きな人が多いと思うんだけど、ブッシュ大統領が好きって人はあんまり多くないかも」 と正直に答えたら、「当たり前よ、アメリカでも彼を好きな国民なんてあんまりいないもの」 ってな具合で、みんなでワッハッハと笑っていたのだった。
テーブルの料理から分かる、彼ら彼女らの民主党支持度、って感じ。

テレビをつければ、DCのダウンタウンの特設ステージで誰かが懐かしのメロディーを歌い、花火がバンバンと上がっている。
老若男女が星条旗をはためかせ、腰を振り、踊りまくっている。
なんの陰りも迷いもなく、独立記念の日を心から祝っている、という感じ。
テレビのこちら側では、私たちがみんなで中国茶を飲みながら、この国について語り合う。

来る大統領選のこと。
オバマ氏の妻の発言について。
マケイン氏に勝ち目はあるのか、という問題について。
白人警官を殺めた黒人の容疑者が、刑務所で何者かに殺された事件について。
宗教について。(エドはユダヤ人で、セナーダ夫婦はイスラム教。異なる宗教を信じる者同士が集った時、この国の人は本当に上手に、無難に、話をまとめるなあ、といつも感心するよ)。

アメリカの年に一度の大事な記念日だから。
観光気分でDCのダウンタウンに花火を見に出掛けるよりも、
こんな風に家でバーベキューをしながら記念日を祝う普通の家庭のパーティーに混ぜてもらえて、極めておもしろかった。

でも、来年は家族でDCのダウンタウンに繰り出して、花火を、というより、大騒ぎしてるアメリカの人たちを観察してみたいな。
もうすぐ、アメリカに来て10カ月だ。

いよいよ一時帰国

息子が一時帰国する。
とっても緊張している。
帰国後、以前暮らしていた小学生のクラスメートのお宅に2泊ほどお世話になることになっている。仙台のじいちゃんばあちゃんと落ち合うのは3日後だ。
今回泊めてくれるお友達2人は、息子が今なお、「親友」 と呼ぶ相手だ。
アメリカではきっと、○○君や▽▽君みたいな親友はできないよ……とこの前もつぶやいていたっけ。

息子にとっては、大事な野球のチームメートでもある。
大好きな相手だから、きっと緊張するんだろうな。
「ずっと親友だよ」 と半年前に交わした約束。
そんなことを、あれこれ思い出すのだろう。

おまけに、この週末、息子にとってはビッグイベントが待ち受けている。
なんとなんと。
去年までお世話になっていた野球チームの皆さんが、うちの息子の一時帰国を聞いて機転を利かせ、なんとなんと、夏の大会に選手登録しておいてくれたらしい。
そんなもんで、日曜日には、元いた野球チームのユニフォームを着て、公式戦にも出してもらえるという。
相手がこれまた、なんというか因縁の相手。
それまで一勝もまともにできたことのなかった息子たちのチームが、息子にとっては日本最後の公式大会となった去年の秋の大会で勝ち進み、最後の最後に闘って破れた相手なんだよな。
この時はもう、息子以外のチームメートたちはわんわんと大泣きしたんだっけ。
ああ、宿命の相手との因縁の対決!
そこになぜか息子が出してもらえるという、このスゴイ運命!

そもそも、先週末に行われるはずだったこの試合が雨で流れ、息子の一時帰国と重なったのだという。あーん、運命の神様、野球の神様ってやっぱりいるんだわ。
(とかいって、息子の一時帰国の時も雨で試合が流れちゃったりして……ちゃんちゃん)。

そんなわけで、いきなり昨日、息子が、「母ちゃん、キャッチボールしよー!」と言い出すから、裏庭の芝生の上でグローブを構えたら、なんとなんと久しぶりに軟球が飛んできた。
おおお、硬球ではなく、軟球で練習かい。
みれば、硬球用グローブではなく、軟球用グローブをはめている。
その几帳面さが……君らしくて、笑えるぞ。

軟球のバウンドを忘れてないか。
チームメートがぐんぐんと上手になっていて、自分だけ置いていかれてたらどうしよう。
時差ぼけなのに、ちゃんと試合でプレイできるかな……。
エラーしたらどうしよう。
などなど。
これは勝手な母ちゃんの想像だが、息子はそうとうに緊張しているし、そしてそうとうに、楽しみにもしているんだと思う。

夜になると、「怖いよー」 と正直に口にする。
「怖いのは当たり前だよ。母ちゃんだって3年後、毎日新聞に戻る日を考えたら、今から怖いもん」 と、
正直に私も言ってみる。
口にしてみたら、想像して、もっと怖くなる。
親子して、ぶるぶるっと身震いしちゃう、変な光景。
ほんと、怖いよなあ。

「たぶん、嫌な思いもする。でもその何倍も楽しいこともあるさ。たぶん嫌なことを言う人もいるかもしれない。でもその何倍も、素敵な出会いがあるさ。日本を思い切り楽しんでおいで。でも必ず帰っておいで」

万感の思いを込めた母ちゃんの旅立ちにむけた言葉だったのだけど、「帰っておいで」 の一言に反応した息子の答はこれ。

「は? あたりまえじゃん」

へなへなへな。
そ、そうだよな……。
わくわくしながら、心配しながら、彼の帰りを待とうと思う。
(へへへ、私は行かないのだった……。少年よ、大志を抱け)。

再び野球漬け

結局、土曜日のダブルヘッダー2試合目は、アナポリスのセレクトチームと対戦。
いやはや。
9歳以下のチーム、なんだけどさ。
体の大きさがまるで違う。
日本で言えば、6年生と3年生が試合をしてるのを見てる感じだった。
強烈に強くて、素振りなんて、ブルンブルン音がなって、何でもかんでも外野までガンガン飛んでいき、完敗したのだった。

午前のチームも午後のチームも、子どもだけでなく親までそろいのTシャツや帽子をかぶっていて、もう、力の入り方が違う〜。

ここで、一つ、懺悔せねばなるまい。
実は私、とある週刊誌のエッセイで、こんなことを書きました。

 今回はアメリカの少年野球の話。米国の野球少年はとにかく積極的だ。キャッチャーの子は、盗塁と見ると必ず二塁にボールを投げる。内野手が多少下手でも、全然迷わない。だから、内野手はすぐボールを後逸するし、その間にホームを突かれることも多い。私なんかは「あっちゃー」と悲鳴を上げてしまうけど、応援席の親たちは「グッド・トライ」と拍手し、ほめまくる。日本だったら大人たちが「間に合わないから投げるな〜」などと声を張り上げていそうな場面なんだけどなあ。

 この国では、空振り三振しても「グッド・スイング!」とほめてもらえるし、無謀な盗塁でアウトになっても「グッド・ハッスル!」だ。一方、見逃し三振だけは注意される。子どもが積極的になるわけね。

 ベンチの風景も日米で全然違う。少なくとも息子のチームメートたちは、味方の攻撃中に、日本みたいにベンチ前にずらりと立ち並び、「○○のヒットが見たい〜」とか「ホームラン前のナイスカット〜」とか声をそろえて歌ったり、応援したりしない。というか「みんな一緒に」ってモンが全然ない。一打逆転の場面ではさすがに応援するが、大差がついた試合の行方なんかまるで見向きもしない。ヒマワリの種を飛ばしあって遊びほうけている。これってどうかと思うよ。日本じゃ「声で負けるな」なんて言うんだけど、こういう哲学は米国には存在しないみたい。


これ、実はあくまで、レクレーション目的の我がチームの話でありまして。
今回のオールスターのチームは、全然雰囲気が違うのだった。

とんでもない球を空振りしても、「グッド・スイング!」とは誰も言わないし。(当たり前か)。
外野からセカンドバックせず、とんでもない所に送球すれば、熱くなったコーチが怒鳴りまくるし。
こっちのオールスターチームはただの寄せ集めだったけど、相手チームはそれぞれ、節のついた歌で一斉に応援してたのだった。
味方の攻撃中は、ちゃんと立ち上がって応援してるし。
なーんだ、日本のチームと変わんないじゃん。

おまけにすごい光景を見てしまった。
ある子が一塁に出塁したはいいものの、ぼーっとしてて、牽制球でさされちゃった。
あっちゃー、でも、まあ、ああいう小さい子だとそういうのもあるわよねー。
そんな感じで見てたら、突然、その子がベンチに戻ろうとした時、一人のコーチが歩み寄り、その子のヘルメットを取り上げると投げ捨てた。
それから、バコーンと、その子の肩を突き飛ばした。
(これ、私は実は見逃した。うちの夫が全容を見てたんだけどね)。

遠くにいたから、何を言ってるかはわからなかったけれど、怒りを爆発させ、子どもをしかりとばしてるのは丸わかり。
たぶんこのコーチ、この子のお父さんなんだろう。
しっかし、試合中に、子どもを突き飛ばすか〜?

試合の後で息子に聞いた話によると、その子は泣いていたらしい。
そのコーチにもがっかりだが、「試合中なんですし、やめましょーよ」と言えないコーチ仲間や監督にもがっかりだ。
息子なんかはっきりしたもんで、「おれ、あのコーチたち、嫌い。何かあるとすぐに子どもに当たるんだよ」 という。
あらためて、偶然に太一が配属されたチームの監督やコーチの紳士ぶりを思い、「いいチームに恵まれたわ」 と感謝したのだった。

日本でもそうだったが、チーム運に関しては、息子はとても良いんだと思う。
やっぱりそう。野球の神様っているのだ。

そんなわけで、週刊誌には 「アメリカの野球はのびのびしてて、自由で、大らか」 というのは、あくまでレクリエーション目的のチームであって、トライアウトを経て選ばれたチームになると、監督もコーチも熱くなるらしい。まして、リーグ戦ではなく、トーナメントだと、負けたらお終いなので、よけいに大人は熱くなるというわけ。
日本の少年野球で、親が子ども以上に時に燃えちゃうのは、あれはトーナメント方式だからじゃないかなあ。

それはさておき。
本日日曜日。
息子はとうとう先発を外された。
力のあるホームランボーイのピッチャーを先発に回した。
何となくコーチの思いもわかった。
太一が長打を打たれて、大量失点したら、もう、このトーナメントじゃ1勝もできないのだ。
そんなわけで3−1で2点差を追う3回。息子の出番なく、2番手のピッチャーを迎えた。

この子が、崩れた。連続で四球を出し、押し出しで4失点。
ここで息子がマウンドに呼ばれた。
無死満塁のピンチ。

一人目を三振。ワンアウト。
二人目はショートに打たれ、どこもアウトにできず、さらに1点を失うが、二塁ランナーが走塁中、ボールを蹴り飛ばし、これでツーアウト。
三人目は三塁前ゴロでスリーアウトチェンジ。

昨日よりずっと球が走っていた。
もしかしたら、朝の練習が良かったのかもしれない。

「おまえの球には回転が足りない。手首を強くするしかないんだ」 と力説する夫に従い、息子は今朝、延々とある練習をしていた。
寝転んで、ボールを高く真上に挙げて、落ちてきたボールを捕球する。
それだけの作業だが、手首と指先を上手に使わないと高く真上には上がらない。
最初は数回しか続かなかったのに、この日は何度もやって、40回まで続いた。
この練習もまた、日本の野球チームの監督やコーチたちに教わった練習方法なのだ。
使ってるボールも、硬球じゃ怖いので、日本で使ってた軟球。
こんなところでも、日本から持ってきた軟球が生きているのだ。

次のイニングでは、3個のショートゴロをことごとくファーストの子がエラーして送球を取れず、結局4失点となってしまったが、まともに打たれたのは1球だけだった。
練習すれば、するだけのことがある、と息子もきっとわかったと思う。

ボロ負け4試合、という無惨なトーナメントだったが、本当に良い経験をさせてもらった。
とんでもなく強いチームがいることもわかったし、
投手以外では延々と内野に使ってもらえたから、弱かった硬球のフィールディングも随分と上達した。
初めて野球の試合で悔しくて泣く、という経験もさせてもらえた。
ああ、こうなると、秋のシーズンが楽しみ!
そして、その後に控えている5カ月間もの野球のない冬が、あまりに哀しい〜。

そんなこんなで、息子の野球漬けの1週間が終わりました。
あと数日後には、息子は日本に一時帰国です。
(私? 実は居残りなのだった)。

野球漬け

本日土曜日。
午前、午後、とダブルヘッダー。
9歳以下のオールスターのトーナメントなので、年齢的なこともあり、ピッチャーは1日2イニングしか投げられない。というわけで、午前、息子が先発し、2イニングを投げた試合から帰ってきたところ。

ああ、惨敗、惨敗。
というか、そもそも、息子の参加している街のリーグは、隣町やその隣の隣の町なんかと比べると、レベル自体がかなり低いらしく、同じオールスター同士でも、相当の力の差があったりする。
木曜日の試合に惨敗し、今回も惨敗。
しかも大量得点を取られるのはいつも息子が投げた時。
コントロールは悪くないけれど、回転がかかってないのか (いわゆる棒球?)、打たれると飛んでしまう。
内野は上手な子で固めてあるので、内野ゴロならヒット性の当たりでも結構処理してアウトにできるチームなのだが、ひとたび外野に飛ぶともう、2塁打、3塁打、となってしまう。
例えばボールがライトに飛ぶ。ランナーは1塁へ。ライトがセカンドではなくファーストにボールを返そうとして暴投、ボールが転がってるうちにランナーは2塁へ。下手すればここからさらに悪送球があって三塁へ、となることも……。
外野に飛ぶと傷がものすごく深くなり、被安打数のわりに大量得点を許してしまう、というわけ。そうこうしてるうち、今度は息子のほうがばててきて、さらに球が棒球になり……という悪循環。

今朝も試合もまあ、そんな具合だった。

いつにも増して課題の多かった試合の最後は、息子にとって、とても悔しい終わり方だった。
久々にきれいなセンター返しで出塁した息子。
二死一、三塁で迎えた最終回。
息子は一塁走者。
しかし、息子の後の打順を見れば、そこから 「ヒットを打つ可能性が限りなく小さい選手」 が5人続く。
(この日は12人メンバーがいたので。息子の打順は7番。アメリカの少年野球では、守備につくのは9人でも、打順は全員に回すのだ)。
どうしてもコーチはあと1点がほしかったのだろう。
一塁コーチがどう考えても無理な場面で息子に盗塁の指示を出し、息子がタッチアウトされ、ゲームセット……。

一塁コーチは、息子が盗塁したのにつられて捕手が二塁にうっかりボールを投げれば、その間に三塁ランナーをホームに返せると思ったんだろう。
が、いかんせん、無理なタイミングでの 「GO!」 の指示だった。

試合からの帰りの車で、息子は一言も口をきかなかった。
見ればポロポロと泣いていた。
最初、私も夫も、息子がなぜ泣くかわからなかった。

投球内容が良くなかったから?
ヒットをいっぱい打たれたから?
二死でショートゴロをさばいて二塁に投げようとしたら、二塁手がぼっとしてて塁に入るのを忘れてて、最初は必死で二塁に走ったけど、やっぱり間に合いそうになくて、一塁に投げたらギリギリでアウトになってしまったから?
コーチに何か言われた?
あるいは言われた英語がわからなかった?
チームメートに何か言われた?

いずれにせよ、始めてだったのである。
息子が、野球の試合の後で泣くなんて。

去年の夏、息子にとって日本で最後のトーナメント大会となった野球の試合に、僅差で破れた時、ほぼ全員のチームメートが号泣する中、先発完投し、日本最後の試合を終えた息子だけが、淡々としていた。
こいつは、こういう時、泣かないヤツなのか、と不思議な気分になった。
「あいつにとっての日本最後の大会だから、だから勝ちたかった」 と泣いてくれる友だちの中で、一人淡々として見える息子に、「なんというか、クールなヤツだよなあ」 と思ったものだ。

あれから1年足らず。
今日の号泣は何だったんだろう。

落ち着いた息子に聞けば、原因は、盗塁でアウトにされ、自分のアウトでゲームセットになってしまったことが悔しくてしかたなかったから、なのだった。
点差なんかもう、10点近く開いてて、とうてい逆転なんて望めない場面だったのにさ。
おまけに、コーチが無理な 「GO!」 をかけたんだから、仕方ない場面だったのにさ。

夫があとでぼそっと言った。
「あいつも、野球で泣くようになったんだなあ」
夫婦してしみじみ。
「あいつにとって、いい勉強だったよな。頑張っても頑張ってもかなわないことがあるんだ、って知ることも、悔しさを味わうことも。そうでないと、他人が悔しくて泣いてても、その気持ちなんかわからないだろうから」
夫がそういうのを聞いて、ほんと、しみじみ、そうだなあ、と思った。

おまけに、帰宅して、パソコンを開いてみれば、先日のエントリーに、息子がかつてお世話になった日本の野球チームの総監督からコメントが……。
息子が野球で初めて泣いた日に、遠い日本にいる総監督からコメントが入るなんて、なんと不思議な縁だろう。
なんという絆の深さだろう。
「遠く離れていてもキャッチボールはできますね」
うるうるしてしまう、母ちゃんなのである。

さて。
あと1時間足らずでもう一試合。
現在、息子はシャワーを浴びた後、つかぬまの熟睡中。
さて、起こしてくるか。
暑いけど、頑張るぞー。
我が家では、今や、「学校より野球」 という価値観が定着。
今日も、日本語補習校はお休みとなってしまったのでした。ちゃんちゃん。

「うちの子、ピッチャーできます」

春の野球シーズンは終わってしまったのだけれど、来週もまた、野球1色の日々が送れることになった。
というのも、7月4日の独立記念日を記念したオールスタートーナメントが行われるらしい。
この時期、本当に実力のある子は、すでにトラベルチームの一員として全然違うレベルの活動を展開してるわけで、いわゆるレクレーション目的で野球をやってる子の中から、「オールスター」 が選ばれるというわけ。

1週間前の週末に、「10歳以下」 のチームのトライアウトを受けに行った。
息子はちょうど10歳になっていたしね。
ところが集まってみたら、息子だけ頭一つ分、背が低いのだった。
ピッチングでは他の子と遜色ないのだけれど、やはりフィールディングとなると、圧倒的にうまい子が周りにいっぱいいて、選ばれるかどうかは、ちとビミョー、という感じ。
おまけに、15人くらい選ばれるものかと思っていたら、すでに半分の枠はなぜか埋まっているらしく、今回のトライアウトで選ばれるのは7〜8人、とのこと。
ギリギリセーフか、ギリギリアウトか、ってところか。

と、そんな時、その場にいた見知らぬコーチ風の男の人が声をかけてくれた。
「息子さん、誕生日はいつですか?」
息子の誕生日を告げると、なんと息子は 「9歳以下」 のくくりでも出場できるという。
野球チームの年齢の区切りは5月1日らしく、息子は実はその数日後が誕生日だったりするのだ。
その男性は、「9歳以下」 のチームの監督だかコーチらしく、「ぜひぜひ9歳以下でやってみませんか?」 という。

そんなわけで息子は昨日、 「9歳以下」 のトライアウトを受けたのだった。
集まったメンバーを見て、なんだか拍子抜け。
ほぼ息子と同じ身長。
「野球をやるぜぃ」 という気迫のようなものが、あまり感じられない。
もっと、子ども子どもしている。

よく見れば、息子のクラスメートやら、同じ学校で同じ学年の子がいる。
クラスメートのママは、学校でボランティアをしている関係で、うちの息子をすでに知ってたらしく、
「あららー、あなたが野球をやってるなんて、全然知らなかったわー!」
とびっくりしている。

こっちもびっくりだ。
息子のチームには、息子と同じ小学校の選手が3人だけいるが、どの子も息子より1学年上の4年生(新5年生) の子たちだ。もっとも息子は、年齢区分だけで考えれば、本来その子たちと同じ学年に入っていても不思議がないのだが、英語の問題もあって、一学年落として3年生 (新4年生) に転入した事情もあるのだ。

結局、同じクラスや同じ学年に野球をやっている子がうまく見つけられず、「野球を通して友だちづくり」 というようなことが全然できなかったんだけど、なんてことない、クラスメートの中に、野球をやっていた子がいたなんてねえ。
聞けば、息子のクラスメートたちは、年齢区分で一つ下になるリーグで活動していたらしい。
「うちの学校の子ばかりで作ったチームがあるのよー」 ということだった。
息子がちっとも、誰とも英語で話さないものだから、お互いにそんなことも良くわかってなかったんだそうだ。

それはそうとして、トライアウト。
まいった。
前週の 「10歳以下」 のメンバーが粒ぞろいだっただけに、「9歳以下」 のひどさには唖然。
ゴロ一つアウトを取れないような子もいれば、ボールをどこに投げて良いのかわからず、とんでもない所に送球しちゃう子もいる。
見れば息子はふてくされている。
「こんなチームじゃ、絶対に一勝もできないよ」 と。

なるほど。
子どもの1年とは、かくも大きいんだ……。
息子はわずか数日の差で、10歳のくせに 「9歳以下」 枠に収まってしまうわけで、つまりは、このチームで最年長、というわけだ。

それでも、コーチに相談したら、「9歳以下のチームでやるべきだ」 と力説された。
「10歳以下のトライアウトは枠が小さいし、息子さんはピッチングはいいけれど、フィールディングだとか全体の評価になると、絶対に受かるかわからない。それなら、間違いなくプレイできる所でしたほうがいい。その中で自信をつけていくことが大事だ」 と。
しごくごもっとも。
ということで、その日予定されていた 「10歳以下」 の2度目のトライアウトは欠席し、「9歳以下」 でプレイすることに。

息子も渋々納得した模様。
「9歳以下」 のトライアウトは、そもそも出席者が少なく、一人も落とせる状態じゃあない。
正直言って、この春に息子が戦っていた1歳上のリーグのレベルから見れば、一勝するのも難しそう……というような感じ。
どうなることやら。

おもしろいなあ、と思ったのは、コーチに保護者全員が集められて説明を受けていた時のこと。
「それぞれの子どものポジションを知りたいのですが。この中でピッチャーをやってる子はいますか?」
とコーチが尋ねた。
息子のチームメートのサムのパパが、「うちの息子は、やれます」 と答えた。
うちの夫も慌てて、「息子も投げます」 と答えた。
サムのパパが、新顔の私たちに気を遣って、「いや、ほんとに彼はいいピッチャーなんですよ」 と口添えもしてくれる。

その後はもう、すごかった。
ほぼ全員の親が、
「うちの子も投げたことがあります」
「うちの子も投げます」
「うちのもこの前の試合で投げました」

すごいじゃん。
このオールスターチーム、全員ピッチャーじゃん。

そんなわけで、試合形式の練習が始まった。
まずマウンドに立ったのは息子。
まあまあの出来。
次にマウンドに登ったのは、見知らぬ男の子。
投げるのを見て……唖然。
思わず、夫の顔を見たら、夫も、唖然としていたのだった。

なぜって、なんというか、ほとんどベースまでボールが届いてないんだもん。
コントロールがどうとか以前の問題。
もしかして、「うちの子、ピッチャーできます」 の内実ってこれ?

この国に来て、いつもおもしろいなあ、と思うのは、親が躊躇なく子どもをほめること。
謙遜、なんてこと、絶対にしないもんね。
「うちの子はビオラを弾けるのよ」 というから、「へええ。何年くらいやってるんですか?」 と聞いてみると、なんとなんと 「2カ月前から!」 なんて答が返ってくる。
それって、「弾ける」 って言う?

とにかく、この国の親たちは、「うちの子は、あれも、これも、それからあれだって、やれるのよ」 とばかりに、子どもを周囲にアピールするのがうまいのだ。
これは、子ども自慢だけでなく、自己アピールにも同じことが言えるらしい。
知人にテニスの非常に上手な日本人ママがいるんだけれど、「最近はもう、『私、テニスがうまいの。ぜひぜひお手合わせを』 とか言われても、実際に実力を見るまで絶対に信用しないことにしてるの。たいてい下手だから」 なんて言っていたっけ。

なんて、こんなことを書くと、この国の少年野球のレベルが疑われそうだから、はっきりと断っておくけれど、こういうのはレクレーション目的のチームでの話。セレクションで選ばれた子たちの世界になると、これまた全然違う風景が広がっているのだ。
この国のすごいところは、うまい子はどんどん上を目指し、その受け皿が無限にある、ということ。実力があれば、どこまでもはしごを上ってゆける。
というわけで、次回エントリーでは、トラベルチームの試合を見に行った時の話を書こうと思う。

壊れゆく。パソコン

私が今、自宅で使っているノートパソコンは、たぶん5年以上も前のものだ。
渡米前に1台新しく買ってこようと思いつつ、ついつい買いそびれたのは、会社用に使っていたノートパソコン(これは4年前くらいに買ったもの) と2台もあるのに、どっちも古いからといって、仕事を辞める私がパソコンを買うか〜??? とついついケチってしまったためだ。

渡米する前からもう、メモリーが圧倒的に足りなくて、トレイに常駐したソフトは削りまくるわ、画像のたぐいはCDに焼いて削除しまくるわ、たぶんいらないだろーと思われたソフトも削除しまくるわ、さんざ知恵を絞りまくっていたので、もう、今さら、どうしようもないところまで来ていたのだ。

それまでも、日本語入力が突然ものすごくのろくなって、まったく仕事にならなくなったり (このたびに再起動をかけていた)、インターネットのウェブサイトを見ている時間より、例の砂時計マークをじーっとながめている時間のほうがすでに長くなったり、ひどいもんだったが、昨日あたりから、とうとう、いよいよ、という感じになってきた。

ネットどころか、エクスプローラーまでが、すぐ凍る。
ファイルを右クリックしただけで凍る。
こりゃ、いかん、ととりあえず、応急処置で、仕事に必要なものをもう一台のパソコンに移すことにした。
とりあえず、渡米後に作った文書ファイルを一つにまとめ、メモリースティックで移動。
さらにメールをエクスポートする方法をネットで調べ、良い機会だからと、何万件もたまったメールの半分以上を削除し (どうでも良いメルマガとか、さんざたまっていたので)、無事インポート終了。
(いや、無事、かどうかはまだわからない。実際、すでに最近のメールが数本、行方不明になってしまっているし……)

で、次に、過去10年近くたまったドキュメントファイルを、それごとどさっと移動しようと、DVDに焼こうとしたところで、なんか妙な感じのエラーが出た。
再起動したら、あれれ。

なにやら、

recovering orphaned file....なんちゃらなんちゃらなんちゃら

という白い文字が延々とスクロールし続けている。すでに1時間。
隣のパソコンであれこれ調べてみると、チェックディスクという機能らしい。
人によっては、このまま放置していたらまたウィンドウズが立ち上がったが、たくさんファイルが壊れていた、なーんて書いてある。

うーん。
私の場合は、もう1時間たってるし、堂々巡りしてる感じ。
もうダメかなあ。
ご昇天あそばされたかなあ。
結局、昔だした本の元原稿とか、そういった色々の文書は、救済することができなかった。
本当にむかーし書いた文章とか。
ちょっと恥ずかしい手紙とか。
そういうのもみんな今回は救い出せなさそう。
いや、ま、当面必要なものは救い出せたのだし、
メールも奇跡的に移行作業がこの2日で終わっていたし、
どっちかというと、「ぎりぎりアウト」 というよりは、「ぎりぎりセーフ」 と自分をほめてあげたい。

理性的に考えれば、「アメリカで安いパソコンを買えよ」 という話なんだろうけど、
この手の移行作業が嫌で、おまけに日本語の読み書きができる状態にどうすれば持って行けるのかわからず、二の足を踏んでいたら、こういうことになったわけ。

5年以上前のパソコンから救い出した中身を、
4年前に買ったパソコンにとりあえずつっこむなんて、
パソコンに詳しい人が聞いたら、きっと思い切りあきれるんだろうな。
私だって思うもの。
この2日間の恐ろしい作業は、本当に意味があったんだろーか、って。
今ひとつ、自信なし。

私の隣で、延々と青地に白い字でスクロールし続けている、

Recovering orphaned file...の文字。
ふええええん、こわいよー。

サマーキャンプ、初挑戦

アメリカの長い長い夏休みが始まった。
うちの校区では、6月12日が学年の最終日で、8月末まで2カ月半も夏休みが続くわけ。
この国のワーキングマザーは大変だろーな。
まず考えたのは、そんなことだったりする。

日本では、夏休みになると、息子は一人で新幹線に乗って仙台の義父母宅で2週間くらい過ごしていた。
アメリカでは、一人で子どもを電車に乗せたら、その時点でたぶん 「児童虐待」 だ。

息子が東京にいるときは、学童保育に1日じゅう閉じこめられるのを息子が嫌ったこともあり、弁当片手にあちこちのお友達の家にお世話になったりしたもんだ。
勝手に朝から遊びに行き、家で弁当を食べ、また誰かと外遊びをするうちに、日が暮れて……。
そんな日々だったのだ。
送り迎えに追われるアメリカで、そんなことを思出すと、妙に不思議な感じがしてしまう。

それはそうとして。
こっちの子どもたちが夏休みをどう過ごすかというと、色々なサマーキャンプに参加するわけ。
キャンプ、と行っても、普通は日帰り。
スポーツキャンプもあれば、アドベンチャー系キャンプとか、芸術系キャンプとか色々あるんだけど、結局、息子が 「行きたい」 と行ったのはこの2つ。
野球キャンプ。
それから、恐竜キャンプ。

そんなわけで16日の週から、いよいよアメリカ初のサマーキャンプが始まった。
息子も初体験なんだろうけど、私だって初体験。
あーん、ランチって何を作ったらいいの?
毎朝、通勤ラッシュをかいくぐって送り届けるのって、すごーく面倒!
などなど、初日はもう、嵐のようでした。
その日に限って、またしても停電するし。

だめだめ、話がまた脱線してしまう。
何かというと、そう、サマーキャンプの話ね。

16日から始まったのは、地元の野球リーグの主催するサマーキャンプ。
朝9時から午後3時まで、ランチ持参で野球をする、というもの。
申し込む時、息子の超人見知りな性格を思うに、「絶対にこいつ、嫌がるだろーな」 と予想してたんだけれど、やっぱり野球だけは、やりたいのねえ。
予想に反して、「行く」 と言ったのだった。

5日間で279ドル。
決して安くない。
こっちで共稼ぎする、というのは、こういうことなんだな。
自治体主催の安いキャンプなんかもあるにしても、
1カ月、どこかのサマーキャンプに入れたら、軽く10万円は超える、というわけ。

さてさて。
初日。
息子は、主催リーグのチームのユニフォームで上から下まで固め、緊張した面持ち。
そんな息子を車に乗せ、始めてのフィールドに到着してみれば………。

へ??????
ここ、幼稚園?

小さなグローブをはめた、幼稚園児みたいに小さい子たちがウヨウヨとボールを追いかけていた。
ポカンと口を開けたまま、立ちすくむ息子。
いや、実はこういうこともあるんじゃないか、と想像してなかったわけじゃないんだけど、「9時から3時まで野球漬け」なんてキャンプ、よほど野球が好きな子しか来ないだろう、とたかをくくってたのが甘かった。
結局、その週の参加者は12人くらいなんだけれど、息子より年長の子は2〜3人。それも野球は決してうまくない。残りの10人近くは……なんというか、「野球は初めて!」 って感じの子どもたち。
送りに行ったついでに、少々見学させてもらったのだが、ボールの投げ方、とか、グローブの使い方、とか、なるほどー、アメリカでは初心者にこうやって野球を教えるのねえ、という見本を見せていただいた感じ。
息子はというと……思い切り、つまらなそうな顔をしていたのだった。

半日後、迎えに行くと、息子はすごく暗い顔で帰ってきた。

「信じられないよ。サンダル履きの子までいるんだよ」
息子はもちろん、野球のスパイクで臨んだわけで、これには仰天したのだろう。
「だいたい、ボールだって硬球じゃなく、なんか柔らかいボールなんだ」
「最後に試合をやったけど、ピッチャーなんかいなくて、コーチがすごい遅い球を投げるだけ」
「そもそも、野球だけでなく、バスケやフットボールやキックベースボールまで、やらされた」

すっかり、うんざりした表情なのだ。
だけどなあ。
実は私、お迎えの時間の30分前に現地に到着して、こっそり木陰から見てたんだけどね。
一人の小さな男の子が、息子にまとわりついてるの。
息子もまんざらでもなさそうな顔で、その子とキャッチボールをしてやってた。
普段だったら、こんな下手な相手とキャッチボールなんかさせられたら、すぐにうんざりしそうなワガママ野郎の息子なんだけど、なぜか、どんなとんでもないボールでもニコニコとちゃんと受けてやり、必ずその子の胸元にきちんとボールを返してやってる息子を見て、

へええ、いいじゃん。

と、母ちゃんは思っちゃったりしてたんである。

息子によると、その子はちょっと自由時間ができると、「Play chatch? (キャッチボールしよ!)」 とまとわりついてきたらしい。
野球を始めたばかりらしい、その小さな男の子を見て、息子の小学校1年生時代を思い出しちゃった。

かれこれ、もう、4年も前の話。
息子が初めて野球を始めたころ、当時高学年だったあこがれのお兄ちゃんがいた。
野球が上手で、当時のキャプテンで、ちょいと強面なのに、年下の子にはめっぽう優しかった。
野球チームの合宿で、息子がこっそり父親相手に投球練習をしてるのを誰より先に見つけ、自分から 「投げたい」 と言い出せない息子に、「投げてみろよ」 と声をかけてくれ、練習試合で初のマウンドに立たせてくれたのも、このお兄ちゃんだった。
だから私たち夫婦は、彼の、年下の子たちの気持ちを汲む能力というか、「社会性」 みたいなものに絶大な信頼を置いていたのだった。
「せんちゃん」 と私たちは彼を呼んでいた。

ふてくされてる息子に、私は言った。
「あんたが、昔、せんちゃんにやってもらったことを、今度は、あんたがやってあげるんだよ。母ちゃんは、野球を通して、そういうこともあんたに学んでほしいと思うんだ。確かにこのサマーキャンプじゃ、あんたの野球の練習にはならないと思う。でも、英語でお友達を作ったり、野球の好きな年下の子に優しくしたり、野球を教えてあげたり、そういうたくさんのことを、ここで学べると思うよ。あんたが、昔、せんちゃんにやってもらったことを、思い出してごらん」

まあ、基本的に冷たいうちの息子のことですから。
「せんちゃん」 みたいなことはとうていできないだろうけれど。
それでも、2日目の今日、息子はちょっと明るい顔で帰ってきた。

「母ちゃん! 今日ね」

何でも、ちょっくら実力を発揮できる場面があったらしい。
それでみんなに感心してもらえたらしい。
昨日、まとわりついてきた小さな男の子は、今日も 「キャッチボールしよ」 とやってきたらしい。
その子とキャッチボールしてみたら、昨日よりその子が上手になっていたらしい。

フィールドを立ち去ろうとしたら、あちこちから、「Bye!」と息子に声がかかった。
みんな、息子の名前を呼んでくれていた。
1日で、随分とみんなに名前を覚えてもらったらしい。

「あんたは、誰かの名前を覚えたの?」 と聞けば、
「………ぜんぜん」 という情けない息子なわけだけれど。

まあ、いいか。
1日1日、亀よりのろい歩みとはいえ、息子も、少しずつ成長しているんだ。
……とせめて、信じよう。

働く母親の子育て時間確保、だって?

アメリカにいても、日本のニュースは時々チェックする。
インターネットで。
いい時代になったもんだ。
今日のyahooニュースのトピックスにあった記事。
働くママに時短か残業免除、選択制度義務づけ。厚労省方針

最初に見だしを見て、「なんじゃこれ」。
次に記事を読んで、さらにさらに、「よーわからん」。

で、夫に向かって、声を出して読み上げた。

「『働く女性の子育て時間を確保するため、労働者が短時間勤務か残業免除を選択できる制度を企業に義務付ける法整備を求めた。』 って、変じゃない?」

夫はしばらく考えて、「そうだよなー、『サラリーマンの』 だよな」
私は、「というか、こういう場合の主語は、『働く親の』 だろーな」

とりあえず、「変じゃない?」 という私の意図を瞬時に読み取れた夫に、ほっとした。
「働く女性の子育て支援策の、どこが変なの?」 とか言われたら、朝から夫婦ゲンカになるところだった。
子育てすべきは父親ではなく、母親、というニュアンスが読み取れる記事は、大嫌い。
現実に、子育てを理由に仕事を辞める人は、男性より女性が多いのだろうし、その部分に対策を施すというのは分かるけど、それを報じる側はもちっと言葉の使い方に敏感であってほしい。

そういえば、むかーし、私が働いていた新聞社の労働担当のベテラン先輩記者さんが、社説の一行目にしれっと、

「女性の職場進出が進み、少子化が進む日本で……」

みたいなことを平気で書いてたのを読んで、それまで尊敬していたその記者さんにものすごく落胆したこともあったっけな。
「オンナが働いてるのが、少子化の原因かい?」 みたいな。

とにかく上記の読売新聞の記事じゃ、「今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会」(座長・佐藤博樹東大教授)の最終報告の中身が今一つよくわかんない。
本来は、働き、子育てしている父親と母親に対する選択制度義務づけを提言しているのに、新聞記者がはなからこの制度の対象は 「働く母親」 だけだと思いこみ、あんな記事を書いて、視野の狭さを露呈してしまったのか。
それとも、この研究会の最終報告自体が、これらの選択制度の対象を 「働く母親」 のみと想定しているのか。

前者だったら、さもありなん。
後者だったら……まさか、そんなバカな話はないと信じたいが。
どっちにしても、朝から 「なんじゃこれ」 な気分。
ちょっくら、調べてみるかー。
と思っていたら、朝日新聞でも同じ最終報告書の内容を前打ちで書いていることが分かった。

見だしは、専業主婦の夫も育休を取れます、厚労省が法改正へ

見だしでは 「専業主婦」 とあっても、本文では 「専業主婦(夫)」 と男女両方の可能性を示唆してるあたり、むちゃくちゃ慎重な書き方なのだった。
見出しどころが違うというのはよくある話で、どの部分を一番のニュースと感じ、何を伝えていくか、省庁担当の腕の見せ所だったりする。

最終報告、日本時間ではもう発表になったのかな。
詳細が早く報じられないかなー。

息子のともだち

長らくブログ更新できなかった3つ目の理由。
それは、息子の大事な 「ともだち」 が消えてしまったこと。
ハムスターのタプ君の、大失踪事件……。

「犬を飼いたい」 と言い続けていた息子に、私が買い与えたのは、2匹の小さなハムスター。
どうせすぐに飽きるだろー、という私の予想を裏切って、息子は何をおいても彼らの世話だけは毎日欠かさなかった。
ある時期、現地校に友達ができなくて、日本語補習校にも友達ができなくて、ベッドの中で夜になると 「もうこのまま目が覚めなきゃいいのに……」 なんて哀しい言葉まで口にし始めていた息子にとって、自分の手の中でエサを食べる小さな、ふわふわした生き物の存在は、唯一の 「ともだち」 でもあったのだ。
また、我が家に新しい子どもが遊びに来てくれた時、本当は人見知りする息子なのだが、ハムスターを介することで、初対面の異年齢の友達とも、なんとなく遊べるようなところがあって、親としても本当にこのハムちゃんたちには感謝してきたのだった。

停電騒ぎに加え、猛暑で大騒ぎしてる時、それは起こった。
段ボール箱をいくつもつなぎ、小さなトンネルで出入りできるようにした、巨大なハムスターのお城を造ったところまでは良かったんだけど、ちょっとした隙間があって、そこから1匹のハムスターが逃げ出したらしい。
彼の名前は、タプ。
たぷたぷと太り気味だったから付けた、先に息子に懐いたほうのハムスターだった。

懐中電灯片手に、
ピアノの後ろも探した。
ソファーの下も探した。
食糧貯蔵戸棚の中も探した。
靴の中も探した。
暗いところ、狭いところ、奥まったところ、すべて探したのに、見つからなかった。

夜中に、あちこちに、ヒマワリの種を置いて寝たら、1晩目は夜中に種を食べた痕跡があった。
「やった、まだ生きている!」 と小躍りした。
2晩目も、あちこちの種を食べていて、夜中に家じゅうを走り回っているだろう様子がうかがえた。
ところが3晩目。
エサにおびき寄せられたハムスターが、そのまま、段ボール箱にぽとんと落っこちちゃうような仕組みを作ってみたんだけど、この夜は、まったくエサに触った形跡がない。

水を飲めず、体力が落ちて動けないのではないか。
どこかの物陰で今にも死にかかってるんじゃないか。
息子の前では口に出せないけれど、嫌な予感ばかりが募った。
息子は毎晩、さめざめと泣き、朝は、戻ってこないタプを思い、がっくりと肩を落とした。

そんな今朝。
息子が、「母ちゃん! いる! タプがいる!」 と叫んだ。
息子が指さしたのは、床の 冷暖房吹き出し口。
その奥で、いかにもハムスターっぽい音がする、という。
地下室にあるヒートポンプに続く、ダクトの入り口だから、そこに落ち込むと大変なことになるはず。
真っ青になりながら、ヒマワリの種を手のひらに乗せ、吹き出し口の奥に手を突っ込んでみたら……。

顔を出したのである。
愛しのタプ君。
どうやら、小さな隙間から吹き出し口に落ち込み、はいあがれなくなっていたらしい。
奥に進んでいたら、そのままダクトを通して地下室まで真っ逆さま、だったはずで (いや、その構造は今一つよくわからないんだけど)、考えるだけでぞっとした。

飼育ケースに戻したら、タプは狂ったように水を飲み、それから、ひたすらケージの隙間から逃げようと頑張り続けた。
よほど逃亡生活が気に入っていたらしい。
こっちの気も知らないで! まったく〜。

タプが戻ってきたら、頭の中の霧がすかっと晴れた気がした。
「ああ、ブログでも書くか……」 とパソコンの前にようやく座れた。
それから気付いた。
そうか、何も書く気がしなかった、この珍しき日々の一番の原因は、こいつだったんだなあ。
やっぱり、生き物を飼うってことは、重いなぁ。

息子は 「ああ、今日はなんて良い日なんだろー」 なんて言う。
アメリカに来て以来、「あーあ、良いことが何もない日だった」 とか 「毎日何かぱっとしないよなー」 とか、まだまだネガティブ発言が多い息子なんだけど、今日だけはホント、実にうれしそうだった。

停電と猛暑とハムスター失踪と。
なんか、すごく疲れる1週間がようやく明けた気がした。
さて、明日はシーズン最後の野球の試合。
敵は、1学年上の強豪チーム。息子は先発、らしい。
ぼこぼこに打たれるんだろーなー。
ま、精一杯応援してみようっと。

猛暑、猛暑、猛暑

ブログが更新できなかった理由、2つめは、猛暑。
こっちは華氏を温度の単位に使うから、摂氏に慣れてる私には今一つピンと来ないんだけど、みんなが大騒ぎしてたのは、

「とうとう、100度を超えたーーーーーーーーーーーっ!」

という瞬間だった。

さて、これは摂氏では何度か?

(100−32)×5÷9=37.77777………

まあ、日本でも首都圏で結構あるよね、こういう日。
たださあ。これが停電の日から4日も続いたのよ。
停電後の冷蔵庫の始末に重なっただけでなく、週末の息子の野球の試合にも重なったのよ。
37度を超えるマウンドで投げる子どももすごいけど、それを観戦する親もツライよー。

もっとも、この季節にここまで暑くなるのは、ワシントンDC界隈でも珍しいことらしい。
「普通は8月の天気よねー、これ」 とみながいう。
……つまり、8月は結局、こういうお天気になるというわけね。
はっきりいって、蒸し暑いし。
東京と全然変わりません!!

我が家は地下室+1、2階建ての貸家なんだけど、2階の暑いこと、暑いこと。
40度を超えてたんじゃないか、と思う。
クーラーをいれども涼しくなるのは1階だけ。
暑い空気は上へ行く、って知ってるけど、それにしてもあんまりだ。
何しろ、構造上、リビングは1階だけどベッドルームはすべて2階。ところが暑すぎて眠れなーい。

一方、地下室に行くとこれがビックリ。
クーラーを入れなくても涼しい。
というか、寒い。

結局、この猛暑の期間、我が家はキャンプ用のエアマットを地下室に並べ、長袖長ズボンを着込んで布団をしっかり被って寝てました。
クーラー要らず、といえば聞こえがいいけど、穴蔵暮らし、ってもんだ。

夏にお客さんをたくさん呼ぶことを予定している我が家なのだけれど、2階の客間に寝てもらえるんだろうか。いざとなったら、地下室で約10人が雑魚寝???

まあ、そんなこんあで。
昼間はずっと地下室に避難していたもんだから、1階のパソコンの前に座る時間がほとんどなかったというわけ。
これがブログ更新できなかった2つ目の理由、です。