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Domani に短期連載のお仕事をいただきました

週刊ポストの連載 「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」 でひたすら、あちゃちゃ路線を突っ走っている私なのですが、実は、季刊誌「青少年問題」 では、社会学者の土井義隆先生と往復書簡形式連載 (って、季刊誌でやるかよ?>じぶん)で、こっそりと硬派路線も維持してきたわけです。

ところが。
ここに来て降ってわいたのが、

なぜか、

おシャレ路線?!

小学館の女性誌Domaniから、短期連載のお仕事をいただきました。
日本にいる友達たちによると、大変オシャレな雑誌なんだそうです。
アメリカ発のニュースを取り上げ、それを読み解く、というような、妙に 「知的」 な作業が求められる欄なのです。
……って、おいおい、大丈夫かね、私。

Domani の4月号、ぜひ、ご購入くださいませ。
(あ、立ち読みでもいいですが……)。

ちなみに。
この短期連載の話と、おまけにこの連載が顔写真付きだという話をした途端、複数の女友だちから、まったく同じ反応が返ってきました。

あんた、
ちゃんと化粧して、
写真撮ったんでしょーねっ!!!


お姉様方、ご心配お掛けしてすみません。
でも、私、一応、化粧してみました。
40の手習い、とでも申しましょうか。
化粧といっても、ファンデーション塗って、口紅ちょっとつけただけだけどね。
マスカラ?
アイライン?
まゆ?
それ、なんですか~?

ま、いいよね。
顔で原稿書くんじゃないし。

でもさ。
顔写真入りで始まった週刊ポストの 「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」 が、数回を経て、いつのまにか顔写真から、三毛猫のイラストに変わったって事実だって、結構重いよなー。
私がもしも、超美人ライターだったら、絶対に顔写真入りのまま、だろうしな。
でも、私が担当編集者だったら、最初から顔写真使わず、猫のイラストで行っただろう、とも思う。
そう思うだけに、イラストに切り替わると聞いた時、思わず、「そりゃ、好判断だ」 と思ってしまった。
そう思ってしまう自分がちょっと哀しかった。

おまけに、同業者で、雑誌の仕事をしていた女友だちから、

「ねえねえ、どうしてあの顔写真、
いつの間にか、猫のイラストになったの?」
  

とメールまで届いた。
あんた、同業者だったら、それくらい分かるだろーーーーーーーーーっ!

まあいいや。
頑張って、ていねいに原稿書くもんね。
私にできるのは、それくらいだしね。

最後の記事、か。茂山千作さんインタビュー

退職直前の、最後の記事が掲載されました。
9月21日金曜日付夕刊です。
10年間も続いている長寿連載企画「この国はどこへ行こうとしているのか」の1回で、インタビューしたのは狂言師の茂山千作さん。

こんな記事です

今回の記事は、音声ファイル付きでお届けしたかったです。
千作さん、1時間ちょっとのインタビュー時間の半分くらいは、一人で狂言を演じていたのじゃあないかしら。
話題が個々の演目に至ると、必ず、一人芝居で延々とセリフを語り続けるの。私もファンなものだから、ついつい、うっとりと聞いてしまっていて……。
インタビューが終わってみたら、生のセリフはむちゃくちゃ多かったけど、生の言葉はむちゃくちゃ少なかった。
いやはや、17年記者をやってても、こんなもんです。
とほほ。

あの笑いを文字で表現するのが何とも難しかった~。
「はーーーーーーはーーーーはーーーーーーーーーーーーはははははは」
なんて、新聞記事じゃ、禁じ手ですよね。
力不足でございます。はい。

デスクからは、「おぐに、最後に何でも好きなことを書いていいぞ。退職前の卒業論文にしろ」と言われてました。
が、すでに千作さんのスケジュールは組み込まれていて、さらに、何かを書きたいかと考えたら、特に「卒業論文」などと構えて書きたい気分じゃなかったのでした。
それで、「私は毎回全力投球ですから、あえて最後だからって、力入れて卒業論文を書きたい、ってことないです」と断っちゃったのでした。

本当のことを言えば、とても卒業論文なんかを抱え込んだら、引っ越しと出国と退職準備を一気に片づけるなんてことは無理だ、と思ったのも大きな理由でした。
でもまあ、絶対に書いておきたいことがあったら、どんなに忙しくても書こうとしただろうから、やっぱり、「卒業論文」などとあらたまって書いてみたい、という気分ではなかったんだと思います。

「いつか、『あれをなぜ書いておかなかったんだろう』とか後悔するかなあ……」とも思ったけれど、まあ、そうなったら、その時はその時で、どこかのメディアを必死で探し出してでも、私は書いてしまうんでしょうから。

そんなこんなで、千作さんのインタビューが最後の記事となりました。
「この国はどこへ行こうとしているのか」には、私自身、色々な人を取り上げました。
田辺聖子さん、小田和正さん、なだいなださん、森毅さん、澤地久枝さん、大野晋さん、ダニエルカールさん、今は亡き詩人の宗左近さん……など。

小田和正さんの時みたいに、ヒリヒリする思いでインタビューをし、ぞくぞくする思いで記事を書いたこともあったけれど。

あるいは、宗左近さんの時みたいに、書きたいことや伝えたいことを、すっぽりと言葉にできた充実感を味わっこともあったけど。

今回の千作さんのインタビューはむしろ、たぶん、インタビューそのものは「失敗」に近く、「だって、色々質問するより、千作さんの声や、笑いを聞いてるほうが楽しかったんだもーん」という本音もあったりして、いわゆる重厚な「卒業論文」にはほど遠かったと思います。

でもねえ。
私は案外、自分らしかったかな、という気もしてます。
もったいつけず、下手に凝らず、できるだけ素直な文章で、「卒業論文」などとうたわずに、それでも書くことに前向きでいたい気持ちを盛り込むことができたから。

職場では、「いやはや、最後がこんな脳天気な原稿ですんません」などととぼけちゃってますが。

……そんなわけで、明日は引っ越し。
部屋の中は……歩けません。
しばしブログ更新は休憩。
次の更新は、アメリカ発、の予定。

(家はまだ決まってないので、とりあえずはマンスリーマンション暮らしとなります。ネット環境とか、どんな感じかなあ。いつまでたっても全然、ブログが更新されない時は、「あーあ、おぐにはネット音痴だから仕方ないよね」とあきれてくださいませ)

男だけのチアリーディング部、という記事

早稲田大に男の子だけで作ったチアリーディング部があります。
その名も、SHOCKERS。
何となく心ひかれて取材に行ってみたら、その練習風景の清々しさと、切実さと、爽やかさに完全にノックアウトされちゃいました。
んなもんで、休日つぶして何度も練習風景を取材してしまったのでした。

彼らの魅力は、動画が一番。
こんな感じ。上から2つ目の動画がおすすめ。
でも今回の取材でカメラマンが撮ってくれた写真も素敵でした。
(これはリンク先なし)
それに比べれば、私の記事はなかなか彼らの魅力を伝え切れてないなあ……と反省。
演技中の華やかさだけでなく、それを支えている彼らの日々の練習を伝えてみたかったんですが。難しかったっす。

何回か通ううち、ほとんどの学生さんの名前とか覚えちゃうし。
何人かの子の葛藤や悩みなんかまで見えてもきちゃうし。
最初は、人の頭上で舞う子たちに目がいくわけだけど、段々と下でそれを支えて真っ赤な顔してる子なんかに胸が熱くなったり、もくもくと筋トレや倒立や柔軟体操してる子たちを見守ってしまっていたりして、こうなっちゃうともう、なかなか冷静に記事は書けませんねー。

一人ひとりの思いを等分に、大事にしたくなってしまう。
ほとんど、母親の眼差し?
うちの息子はまだ9歳ですが、私が22歳くらいで出産してればちょうどこの学生さんたちくらいの息子がいたわけですもんねえ。

「美しい国」惨敗の理由、という記事

私が書いた、というのではなく、あくまで聞き書きインタビュー記事なのですが。
今回、初めて、作家の保阪正康さんにお目に掛かりました。

記事は、
「美しい国」惨敗の理由、というタイトル。

この記事に盛り込めなかったのですが、とても心に残った言葉があります。それは、記憶と記録、というお話。

曰く、人々に<記憶>が生々しく残っている間は、それをねじ曲げるような動きに対して人々は抗える。しかし、時が経ち、<記憶>が薄れ始めた時は、しっかりと<記録>していないと、真実は段々とねじ曲げられてしまう。人々は<記憶>し、それをしっかりと<記録>することから、教訓を得るのだ、と。

こう書いてしまうと、なんか至極当たり前の話のように読めちゃうかもしれませんが、私、しみじみ思いました。
「歴史観のしっかりした人の言葉って、重みがあるなあ」って。
もっと歴史を学ばねばなあ、と反省しました。

記憶と記録、といえば……。
私にとってはまだ、祖父の戦死話も、祖母や父から聞いた貧困の思い出話も、私なりに生々しい記憶だけれど、それを息子に同じ重さではとうてい伝えられない。記憶の伝承って難しいな、といつも思ってました。
なるほどなあ……だから記憶って大事なんですねえ。

被害者参加制度に絡むインタビュー記事

24年前に弟さんを殺害され、しかし、死刑囚となった加害者と数度にわたる面談を重ねた愛知県の原田正治さんのことを、記事にしました

被害者保護の観点から、裁判への被害者参加制度が近く始まることになりましたが、それについての原田さんの思いをまとめたものです。
彼は、裁判に参加するよりも、もっと長い時間の経過の中で、別の場所での対話を訴えておられます。

実は彼のことを知ったのは、1冊のノンフィクション「弟を殺した彼と、僕。」。

これがなんというか、ものすごく重い本でした。
かつて書いた書評がこれ

それ以来、ずっとずっと直接お会いしてお話をうかがいたいと思っていたので、今回は貴重な取材となりました。

マー君インタビュー、宮城版にも載りました

夕刊に掲載した田中将大選手のインタビュー記事を、1日遅れの本日朝刊で、宮城県版にも掲載してもらいました。
みなさまのご意見を参考に、やはり、ほかのエピソードを一つ外し、青森山田戦のくだりを盛り込んでみました。

それがこの記事です。

テレビで観戦しようと思っていたのですが、選挙取材を終えて、自宅のテレビの前に座った時には、田中投手は打たれまくってマウンドを下りた後でした。
投げてるところが見られず、残念!

ところで。
本日の毎日新聞朝刊の運動面に、こんな記事がありました。リンク先の真ん中あたり、「◇球宴に政権政党の思惑」というタイトルの部分です。

当初は参院選投開票が22日だったため、ナイターだと開票速報のテレビ放送と重なってしまうから、と2戦目をデイゲームに変更したんだそうで。選手たちが1戦目を終えた夜遅くに東京から仙台に移動しなきゃいけなくなったため、「投手はどんどんストライクをとり、打者も早いカウントから打ちに行ったのが、投手戦につながった」、という分析。

そうなのか……。
昨日、スコアをつけながら、「おいおい、ファールボールで粘るのは小笠原と代打の森野くらいじゃん」とすごく気になってたのよね~。

楽天のマー君インタビュー記事

これぞ役得取材、という感じでしょーか。
世の中が「ハンカチ王子」など王子ブームに沸いてる中、「やっぱりスポーツマンは汗をハンカチじゃあなく、こぶしで拭いてもらいたいもんだ」と意固地になっていた私は、念願の、楽天イーグルス投手、田中将大君へのインタビューを敢行したのでした。

それがこの記事

リンク先には写真が載ってません(20日未明現在)が、もしお手元に毎日新聞の19日付夕刊があったら、ぜひぜひ見てください。
座右の銘である「気持ち」という文字を、色紙に書いてもらって、田中君の笑顔とともに掲載してます。
この田中君の字が、ほんと、びっくりするくらい達筆なのです。
なんと、のびのびと勢いのある、気持ちの良い文字!

記事の行数制限ゆえ、記事には書けなかったエピソードがいくつかあるのですが、彼らしさがにじむエピソードを2つご紹介します。

一つは、野球漫画MAJORについて。
彼がこの漫画のファンであることや、主人公吾郎が「根っからのチャレンジャー」であることに心底感動しているところまでは記事に書いたのですが。
彼がMAJORの中で最も好きな場面は何か、と聞いてみました。

田中君曰く、
「吾郎が、海堂高校の1軍を倒した後、あえて海堂を去り、一から野球部を作って海堂に立ち向かっていき、結果的には勝てなかったけれど、最後、延長戦まで戦い続けた場面」

これを田中君は本当に熱っぽく語ってくれたわけで、私は彼の横顔をみながら、「本当に君は吾郎と同じで、根っからのチャレンジャーなんだねえ」としみじみしてしまったのでした。

もう一つ。
彼に、「野球人性で一番心に残っている試合は?」と聞いた時のことです。実は、楽天イーグルス球団のオフィシャルホームページの選手名鑑には、「甲子園決勝再試合」と書かれています。
そりゃそうですよね。
誰の心にも残る名場面でしたもの。

でも、もしかしたら、「プロ入り初勝利」とか「巨人相手の勝利」とか、そういう返事が返ってくるかも、と尋ねた質問でした。

ところがところが!
彼は言うのです。
「みなは甲子園の決勝再試合だろう、と思うかもしれないけれど、自分ではやっぱり、甲子園の青森山田戦なんです」

記憶にない人のために少し説明しますと、青森山田戦では、田中投手は先発していません。
実は、甲子園で勝ち進むうち、他のナインが田中投手に遠慮している姿を問題視した監督が、「全員野球」を取り戻すため、あえて田中投手を先発から外し、ほかの投手に投げさせた、という試合でした。
監督さんは、後にあるメディアの取材に対して、「大きな掛けだった」と語っています。

実際、4点差をつけられた状態で、田中投手は継投しますが、さらに2点を取られ、6点差まで突き放されます。
しかし、ここから、駒大苫小牧は「全員野球」でこつこつと安打を重ね、最終回で追いつき、最後は延長戦でサヨナラ勝ちするわけです。

そんな試合のことを、田中選手は本当に大切そうに語ってくれました。
「全員で勝利を勝ち取れた試合だったから、本当に本当に楽しかった」と。



ビリーズブートキャンプ、なぜ人気?の記事

とりあえず、遅ればせながら、ビリーズブートキャンプの24日のイベントに絡めた記事でございます。

今回の記事のコンセプトは、「おいおい、日本でダイエットといえば、『○○だけでやせる』とか『楽してやせる』が王道だろうに、なぜこんなハードなエクササイズが受けるわけ?」という疑問に尽きます。

記事:苦行だが大人気、ビリーのDVD

夕刊一面記事なので、結構削りこまれちゃって、味気のない記事になっちゃってます。
記事の最後は、スポーツ医学の専門家のコメントを引いて、「メタボ予備軍の中高年は、飛んだりはねたりするより、酒の量を減らしたほうが……」というようなところに落としてます。

実は第一稿には最後の一文に、

でも、あたしは「生ビリー」より「生ビール」がいいな。

なんてオヤジギャグを加えていたのですが、さすがにまずかろう、と自ら削除。
そのかわりに、

うーん。エクササイズの後の生ビールは最高なんだけどなあ。

と書き加えてみたが、これもデスクにばっさり削られちゃったわん。ははは。

ビリー氏自身より、その魅力についてファンたちから声を集めることを重視して臨んだ取材だったんですが、結果からいうと、ビリー氏のトークは極めて印象的でした。
なんというか……むちゃくちゃ精神論な人なのね。
テレビで「キワモノ」のように扱われると、サービス精神が旺盛なだけにそこに乗っかっちゃう人のようですが、ご本人は実は極めて生真面目な人と見た。
筋肉隆々=脳みそ筋肉、という偏見はダメよダメダメ、と自分に言い聞かせた次第。

いえね。
みなでワークアウトしてるうちは良かったの。DVDの中の普段のビリーと同じ。ずっとしゃべり続け、励まし続ける。
ところがその後のトークタイムがすごかった。

私のつたない英語力ですから、細部は色々と間違えてるんでしょうが。
何しろ、いつものあのテンションで、

Who's got the power?!!!
Who's the boss?!!!
Is it exercise, or you?!!!


とか熱く語りかけちゃう。
ところが、通訳さんはこれを同じテンションで語れるわけもなく、おまけに「~ですか?」と丁寧語で訳すし、おのずと通訳のタイムラグの間にテンションは下がっていく。
おまけに、こういう時、私たち日本人って、同じテンションで英語で
I've got the power! とか叫べないじゃん。
英語だって恥ずかしいけど、日本語だったらもっと恥ずかしいぞ、みたいな。

Do you love yourself?
How much?

とか真剣に聞いちゃうし。

この手のトークを通訳することの難しさを今回はまざまざと見せつけられた次第。
最後に、ビリー氏は真剣な眼差しで、
You've got a power! とお互いに大きな声で言い合い、抱き合え、と言うわけ。
それも、できるだけ見知らぬ相手とやってくれ、と。
動揺し、ついつい、恥ずかしがって笑っちゃう参加者たちに、ビリー氏はあの大きな瞳をキラキラさせながら悲しげに、「no laugh...」とか言うんだが、いやはや、日本人にはちと難易度が高いんじゃないだろか。
見知らぬ人とのハグ。
一つ間違えたら、自己開発セミナーの世界かも。
参加者の一人が「道徳の授業みたいだった」と漏らしたのもうなづけました。

ただ、記者会見で、さらに彼の受け答えを見ていて、これは本当にテレビで描かれている人物像とは随分違うなあ、と感じた次第。
200人の記者の囲み取材、という騒ぎだったのですが。
例えば、「日本では楽にやせる、という風潮がありますが」という質問には、

There's no easy success.

まったくおっしゃる通り。
私たちがちゃーんとそれさえ分かってたら「あるある大辞典」だの納豆だのの騒ぎもなかっただろうに。

さらに彼は言うわけです。

I don't train my body. I train my heart, my mind!
んでもって、鍛えられた肉体は、鍛えられた精神の単なる結果に過ぎない、と持論をとうとうと述べておられました。みんな、やせたい、とか身体を変えたいとか思いすぎだ、とも。

一言で言うなれば、この記者会見、
禅問答に近かったな。

例えば、
「好きな女性のタイプは?」という質問に、遠くを見つめながらうっとりと言う一言が、
What's in the soul...

「新たに挑戦したいことって何ですか?」と問われても、
いつもオレは挑戦していたいんだ」(ごめん、英文でメモしてない)

微妙に記者の問いかけと答が食い違っていて、それなのにビリー氏はいくつもいくつも言葉を費やして、極めて誠実に、驚くほど誠実に、心がいかに大事か、魂がいかに大事かを、とうとうと語り続けるのでした。

それにしても51歳の身体とは思えませんでした。
普通、「年齢詐称」って若く年齢を詐称するものだけど、もしも彼が実は41歳(……って私と同年齢か)だったと言われても、「ああ、やっぱりねー」とか納得しちゃうくらい、若々しい肉体に見えたのでした。

なぜ人は「見て見ぬふり」をするか、という記事

GW明け、最初に書いた記事はこれ。

なぜ人は「見て見ぬふり」をするか?

先日のエントリーに書きましたが、ずっと気になっていた雨宮処凛さんに会えたのは、この取材のお陰だったのでした、ハイ。

最初、このテーマで識者2人を選ぶとき、私はまだ、「見て見ぬふり」というのは、極めて日本的な現象なのだと思っていました。
「見て見ぬふりをする情け」という言葉のように、「見て見ぬふり」はある場面では日本の古くからの美徳でもあるのかなあ、とか。人口密度の高いこの国の都市では、特に、親密な顔見知り以外の他人の存在を風景のようにやりすごす文化があるのではないかしら、とか。

ところが、人選も終え、取材もほぼ終えたころに、1964年にニューヨークで発生したとある殺人事件のことを知ったのでした。
Kitty Genoveseさんが被害にあった事件

上記リンクを読むと、以下のような単純な話でもなさそうですが、社会心理学などの世界では一般的に、以下のような事件と理解されています。

1964年のある夜、ニューヨークの住宅街で、キティ・ジェノバースという女性が、帰宅途中に男に襲わた。30分に渡って断続的に暴行され、性的暴行も受けた末、刺殺された。近所の住人38人は、悲鳴を聞いたり、窓から暴行の様子を目撃したりしていたが、誰一人警察に通報しなかった。

当時、この事件は、「38人はなぜ通報できなかったのか?」「都会の人々の無関心」などと、かなり大きな社会問題となったそうです。

この事件の後、社会心理学者たちは様々な実験の末、「多数の無知(pluralistic Ignorance)」という概念で、傍観者の心理を説明しました。
例えば、こんな実験。
ドアの下から煙が出てるのを目撃した時、その場に自分一人しかいない場合には、75%の人が自ら通報するのに、これが「一人」から「三人」に増えただけで、通報する可能性は38%にまで落ち、さらに、「三人」の時にほかの2人が通報するそぶりを見せなかった時には、わずか10%の人しか通報しなかった、というような実験。

傍観者が1人から多数に増えれば増えるほど、個々の感じる責任が減り、助けなくなることや、傍観者同士がお互いに知らない者同士だった時に、より人は他人を助けなくなることや、傍観者の誰かが無関心を決め込む行為が、周囲の人々に「助けを要するほど緊急事態ではないんだ」とより安易に思いこませる効果があることなどが、報告されているそうです。

ある意味、今回の特急列車内での強姦事件は、この条件がすべて満たされてしまったのかもしれません。

つまり、人々は「親切でない」から他人を助けられないのではなく、本当にその人が助けを求めているのかどうか「自信がない」から助けられないのであって、傍観者の集団が大きくなればなるほど、助けを要する非常事態なのだ、という事実を人々は見過ごしてしまう。
……多数の無知、というわけです。

社会心理学系のとある本にはこんなことが書いてありました。
「もしもあなたが、公衆の面前で身体の一部に麻痺を感じ、脳卒中の前触れかもしれない、と思った時には、『青いシャツを着たそこのアナタ、救急車を呼んでください』と、口がきける間に明確に助けを呼ばなければならない」と。

つまり、
・助けが必要であることを明確にする
・ほかの誰かでなく、あなたに助ける責任があるのだ、と指名してやる
・どのような助けが必要かの中身を明らかにする
の3点を満たすことが必要だ、と。

うーん。
むしろ、多数の傍観者の側のほうが、何か心がけることで、「多数の無知」にはまりこまないような、良い解決法はないんだろうか。

いずれにせよ。
どうせこのテーマで紙面を作るのであれば、「多数の無知」について触れるべきだったなあ、と反省。

ただし、記事につけた「オランダ、英国と日本とで、学級内のいじめを見たときに『見て見ぬふり』する傍観者が、学年別でどう推移するか?」という表 (このエントリーの2行目の記事リンク先参照) は載せてよかった、と自分でも納得。
中学生になると、オランダや英国では「傍観者」は現象に転ずるのに、日本では学年が上がるほどに「傍観者」が増え続ける、という調査結果です。

研究者たちは、「日本のいじめが長期化する一因ではないか」と分析しているようです。



孤独とは何か、という記事

大好きな哲学者、鷲田清一さん(大阪大副学長)に、どうしても会いたかった。何か良い機会はないだろうか、ともう何年も虎視眈々とチャンスを狙っていたところ、先月、こんなニュースを見つけたのだった。

「日本の子どもは先進国で一番孤独」

主要・先進国の子どもに「孤独を感じるか」と問うたところ、日本の15歳がダントツトップだった、という話。まあ、極端なまでに2位との差が開いていたのだった。

この記事を見て思った。
「あなたは孤独を感じますか?」
そんな質問ではかれるものは、いったい何だろう、と。
その孤独とはどういう孤独なんだろう、と。
ああ、これ、鷲田先生に聞きにいくのにちょうどいい質問だわ、とも。
企画会議に提案してみたら、なぜかあっさり通ったのだった。

前回の「弱音のはきかた」にせよ、今回の「孤独とは何か」にせよ。
最近、この手の企画案がなぜかスイスイ通って、うれしいような、気持ち悪いような。

ということで。
書いたのがこれ。

「あなたは今、孤独ですか?」

上記リンクの記事だと、よくわからなくなっちゃってますが、最初の4行は紙面では見出しです。
それから、このリンク記事だと見出しのようになっちゃってる「あなたは今、孤独ですか?」という一文は、オリジナルの原稿では、文章の最初の1行です。
普通、こういう記事って、一番最初に、記事のポイントや要旨なんかを短くまとめた前文(いわゆるリード、ですね)を付けるもので、新聞では普通10行とか15行とかなんですが、今回はうんうんとうなって悩んだ末、一行だけにしたのでした。
それが、

あなたは今、孤独ですか?

です。
上司には「前代未聞の前文!」「シンプルイズベストの極みだな」と大笑いされたけど、この記事にはこの前文しかなかったと、私は思っているのです。このまま使ってくださったデスクに感謝。

といっても、紙面を見た人には見出しとしか見えなかっただろうなあ。とりあえず、鷲田先生がこの問いを受けて話し始めた、という作りにしたかったのでした。単なる自己満足ですね。

鷲田さんに出会えた時間はとてもとても濃いもので、普段は、帰りの新幹線でビールを飲んで寝ちゃう私ですが、今回は、寝てしまうのも惜しく、言葉を何度も反芻したのでした。
もっとも、その途中で、帰宅したはずの息子から連絡がないという事態が発生し (「涙ぼろぼろ事件」参照)、ビールを飲むに飲めなくなったという現実もありましたが……。

鷲田さんとあれこれ話していたときに、「私、子どもを産んだら、それまで長年私を苦しめていた 『私は生きていていいのか』 という問いがあっさり消滅したんです」 という話をしたら、大笑いされました。
さらに、「だから、息子が自立しちゃった時、子離れできず、見捨てられた気分になって、またボロボロになっちゃうかも、と不安もありますよ」 と言ってみたら、「あんたは大丈夫でしょ。むちゃくちゃタフやもん」 と言われてしまった。
初対面の取材相手に、「タフ」と言われたのは初めてかもなあ。

成熟を超えて初めてしる根元的な孤独感についての話になった時、思わず私、「哲学者って大変ですねえ。私なんか、最終的には、理屈抜きで自己肯定しちゃって、ハイ、終わり、ですよ。やっぱり哲学者って違うんですねえ」 と言ってしまった。
中島義道さんに会った時に、ほんと、痛感したもの、「哲学者ってこんな生き方してたら、キツイだろうなあ……」と。
ところが、この時、鷲田先生が口にした返事も興味深かった。

「いや、同じなんですよ。おぐにさんが、最後は全部『自己肯定』で切り抜けるのも、僕が、『とはいっても、それは本当は存在しないほうがよかったのではないか』 とか、全部問い直してしまうのも。方向は違うようで、やってることは同じでしょ」

うむむ、なるほど。
自己肯定バージョンは、楽。
問い直しバージョンは、苦悩を伴うが、それ自体がお仕事、飯のタネになる。
……ということか?





プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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