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徒歩通勤か自転車通勤か?

会社まで電車で行ったら、ドアツードアで20分。
実は自転車で行っても、20分。
歩いたらたぶん45分~50分。

ほんとは、運動のためにジムにでも通いたいところなんだけど、昔、ジムに通ってるうちに、段々と足遠くなって、気付けば 「毎月1回1時間のエアロビクスで1万円!」 みたいなもったいない状態に陥って、退会したことがあったからなあ。
どうせなら、通勤を利用して運動しよう、と思うわけ。

<自転車のメリットデメリット>

pros;
時間の無駄にならない。電車通勤と同じ所要時間で運動できる。
圧倒的に快適で気持ちよい。
荷物が重くても全然平気。

cons;
本が読めない。
事故などに巻き込まれる危険が、徒歩より高い。加害者になる可能性もある。
帰宅時に疲れていても、自転車で帰るしかない。
坂がある。高度差25メートルくらいのルート。
汗を大量にかくので、着替えが必要かも。
途中雨が降ったりすると結構面倒。

<徒歩のメリットデメリット>

pros;
帰りは電車に乗ってもいい。たぶん往復自転車と、消費カロリーにして変わらないだろう。
安全な裏道などでは、本を読みながら歩ける。
疲れたら、半分電車に乗ったりとかもできる。(それだと徒歩30分くらいかな)
事故で加害者にならずに済む。

cons;
時間がかかる (といっても、プラス20分なんだけどさ)
荷物が重いとつらい。
消費カロリー考えると、早足で歩くにこしたことなく、そうなると結局、やっぱり汗をかくかも。
時間がかかる分、長続きしなくなる気が……。
間違いなく日焼けする。自転車通勤よりも、時間が長いから。(日傘させる分、マシなのかなぁ)

太字にしたところが、特に悩んでいる部分。
とりあえず、これから会社まで歩いてみます。
迷わずに、たどりつけるかな?

まあ、私のことだから、結局面倒くさくなって、電車通勤に収まる、という気もするけれど……。

いつまで続く? マンネリ弁当

息子が、弁当のいる中学校に通い始めたため、生まれてはじめて、「弁当を毎日作る」 という暮らしに挑戦している。夫が帰国したら、週6日のうち、2日くらいは分担させようと計画してるんだけど、うちの息子は、「電子レンジでチンの揚げ物と野菜は、電子レンジ臭いから嫌!」 というヤツなので、どうなることやら。

おまけに、炒め物、というジャンルがあまり好きじゃないヤツなので、弁当のおかずは自ずと、

1、卵焼き
2、揚げ物各種
3、緑色のもの。主にブロッコリーの茹でたの。
4、赤いもの。主にプチトマト。
5、あとは、あれば前夜のおかずの残り物

となる。
ああ、恐ろしきマンネリ化。
でも、息子は、「下手に変わったものに挑戦せず、フツーに同じものを入れてくれ」 という。
実際、工夫して作った惣菜はことごとく敬遠されているみたいだ。
そんなこともあって、マンネリ化への道まっしぐら。
マンネリ化、万歳。
弁当って、毎朝、似たようなおかずだと、こんなに簡単だったのね。

朝起きる。
ご飯を弁当箱に先にいれて冷ます。
毎朝揚げ物なので、揚げ物用鍋には常に油がある状態。これを火にかける。
小鍋で湯を沸かす。
卵焼きを作りながら、半調理品の冷凍食品 (イカフライとかエビフライとかチーズとささみフライとかその類の) を2~3種、揚げる。
沸いた湯の中でブロッコリーを茹でる。日によっては、ソーセージを茹でる。塩鮭を茹でることもある (これはほぐしてご飯にかける用)。
冷まして、詰めて、プチトマトをすきまに突っ込んで、ご飯に何かふりかければ出来上がり。
いいのか、こんなに簡単で?

なんとなく、iPhoneで毎朝、弁当の写真を撮ってたんだけど、これをずらり並べてみてみると、いかにマンネリ弁当なのかがよく分かる。

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素朴な疑問。
うちの息子、こんなの毎日食べてて飽きないんだろうか?

「私の友達連中によると、カレー弁当とか、そうめん弁当とか、結構うまいらしいぞ」

と言っても、息子は、「とりあえず、今は、いつも通りでいい」 とケンモホロロ。
なんでもクラスメートに、うなぎの蒲焼弁当を持ってきたツワモノがいたらしい。
白い米だけの弁当箱と、レトルトパウチのうなぎの蒲焼。ハサミで切って、米の上に乗せる……という大胆さ。

「いいじゃんいいじゃん、冬になったら、保温弁当箱を買って、それ、やってみようぜ。トン汁弁当とか、カレー弁当とか、ハヤシライス弁当とか、そういうのしそうじゃん」
(正確には、「そういうの、私が作るの、(ラク)そうじゃん」、だよな」)。

などと息子を誘うも、反応はかんばしくない。
まあ、いいけどね。
マンネリ弁当だって、作るの、ラクチンだし。

友人に弁当写真を見せたら、腹を抱えて笑ってた。
「ほんとだー、全部同じに見える~」

ラクチンはいいんだけど、なんか1ヶ月ですでに作るの、飽きてきた。
ああ、早く、底なしの食欲を誇る中高生男子ってヤツになってくれ。
そしたら、こんなチマチマした弁当じゃなくて、どかーんと焼肉だけとか、そういう路線に転換するから。
中高生男子ママの諸先輩方がよく嘆く、「詰めても詰めても終わりがない、底なしの弁当箱」 ってヤツが待ち遠しいわー。
いや、かなり怖いけど。

いつまで続く?
マンネリ弁当……。

 

帰国1ヶ月

あっという間に1ヶ月たった。
日本に1ヶ月いて、驚いたことを、覚えているうちに書きとめておこうと思う。

■「失礼しました」の使い方

複数のお店でこんなやりとりがありました。

店員さん 「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
私    「持ってません」
店員さん 「失礼いたしました」


そのたびに、ねえねえ、と店員さんに尋ねそうになった。

「ポイントカードを持ってないのは私のせいで、あなたにはなーんの責任もないし、買い物でポイントが付くシチュエーションで客にカードの有無を尋ねるのも、いわばサービスだろうに、なぜ私が 『持ってません』 と答えたら、その返事が 『失礼いたしました』 なの? この場合、いったい何が 『失礼』 に当たるの? なんかすごーく罪悪感感じて、『いえいえ、こちらこそ、ポイントカードを持ってなくて、ほんとに失礼しました』 とか答えなきゃいけない気分になりそうなんだけど……」

4年前にも、店頭のやりとりで、「失礼しました」 って言葉がこんな風に使われてたっけ?
昔はもうちょっと、「謝るべきシチュエーション」 で使う言葉じゃなかったっけ?

あるいは、接客マニュアルの中に、こういう 「失礼しました」 の使い方がすでに定着してるってことなのかしらん。

■ビックカメラで見つけたイス

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あまりに感動しすぎて、思わずiPhone で写真を撮ってしまった。
わざわざ 「お気をつけてご利用ください」 って、びっくり。
それとも、以前転倒事故でもあって、責任問題になったりしたのかなあ。
事故があった際の、責任回避対策、という気がしないでもないけど。
思わず、イスにむかって、「はい、分かりました。気をつけます」 と答えそうになっちゃったよ。

■ミョウガが6個98円だった件

私が3年間頑張って育てあげ、ようやく、日本への帰国間際にほんの数個収穫できた、あの涙と感動のミョウガ!
日本ではスーパーで6個98円で安売りされてたよ。
とほほほほ。
98円?
98円?
いくらなんでも、そりゃないぜ。

ワシントンDC界隈には、ミョウガが買える店は、まずほとんどなかった。
だからNY旅行に行く友人に、「巨大日系スーパーで、ミョウガ買ってきて」 と頼んだのだ。彼女が買ってきてくれたミョウガは、2個で6ドル。
当時1ドル100円くらいだったから、600円?

……それでミョウガを育てたっていうのに。
日本じゃあ、6個98円、だもんねえ。
あの涙ぐましい私の努力が、フフンと鼻で笑われた気分だ。

■人と目が合わない

これはすぐに消えていく感覚なんだろうけど。
帰国してすぐは、私の周囲の人がみんな、私を避けてる気がしてた。
誰をみても、目が合わないから。
ふっと目があって、なんとなくにこっと微笑みあう、というのがDC界隈でのフツーの街の光景だったので、同じ距離感で日本でもついつい人に笑いかけてしまう。
バス停や駅では、隣り合わせた人についつい話しかけてしまう。

そしたら、なーんか、目を伏せられちゃったり、避けられちゃったり、「なんだよ、この人」 みたいな顔で見られちゃうの。
最初は私、世の中の人に嫌われてるのかと思った。
結構、ショックだったんだ。

でも、そうだよねー。
日本ではあんまり、人にやたらと話しかけたり、そこで一時的に盛り上がったり、視線をあわせて微笑みあったりは、しないんだったよねー。
(あ、でも、アメリカでも場所によるらしい。マンハッタンあたりでは、他人と目が合わないように意識して歩く、と友人が言ってたっけな)。

ちなみに、むやみやたらに人懐っこくするこの習慣は、帰国後2週間くらいで、自然と収まりました。
やっぱり、人間って、なんとなく社会の期待するところを感じ取って、そんな風に自然と行動するようになるのねえ。


とまあ、若干の逆カルチャーショックは味わっておりますが、とりあえず、「酷暑のさなかに引越しを一人頑張る元駐在員妻」 の役回りはほぼ終えた感じです。

来月からは、いよいよ、「社内でも前代未聞。45歳の新入社員記者」 の日々がスタートします。
実はものすごーーーく緊張してたりするんだけど。
「元の場所に戻る」 というよりは、 「新しいことを一から学びなおす」 くらいの心がけで、頑張ってみたいと思います。
以上、中間報告、でした。

いよいよ引越し。

4年間のアメリカ生活を終え、5日前、帰国しました。
現在、生活セットアップに走り回ってます。

第一日目。
旧友宅で夕飯をいただく。
4年ぶりのかつおの刺身。ツマは、ミョウガとネギとしょうが。ミョウガが当たり前のように乗っていることにも感動。しかもうまい。肉厚。脂たっぷり。
「こ、このカツオ、うますぎ。どこで買ったの?」
「へ? 赤札堂だよ」
……日本って、こんなうまいカツオが、フツーのスーパーに並ぶ国なんだ。
あらためて感動。

第二日目。
新しいマンションの部屋の契約。区役所で住民票や印鑑登録。その後、ビックカメラで冷蔵庫と洗濯機を購入し、それぞれ置けるかどうかの見積もりを依頼する。さらに、お気に入りのヘアスタイリスト、セガワさんに髪を切ってもらう (帰国最優先事項だもんね)、狭い冷蔵庫置き場に400リットル級の冷蔵庫を置くため、置き場を少々広げるための角材切り出し (ホームセンターにて)、でこの日の時間終了。

第三日目。
朝から大家さんにご挨拶。正午、成田空港で送った手荷物3点を部屋で受け取る。中から出てきたぜ、お掃除ロボットルンバ、そして炊飯器! 早速、新居をルンバで掃除してもらいながら、荷物の整理。ガス開栓立会い。大家さんが新しくしてくれたフローリングの表面が傷つきやすそうなので、ルンバの掃除してくれた床にワックス2度掛け。

第四日目。
朝一番に、冷蔵庫と洗濯機置き場の見積もり。角材を並べた冷蔵庫置きに、配送会社の方は 「冷蔵庫はばっちり置けますね」。さらに、洗濯機置き場の見積もり。「こっちも余裕ですよ」。へ? 余裕? あわてて自分で測りなおしてみると、おいおい、不動産会社の方に聞いたのは、「防水パンの内寸奥行き52センチ」 だったもんで、置ける冷蔵庫探しに、ミリの世界で戦ってきたってのに、自分で測ってみたら、54センチ以上あるじゃあないか。「もしかして、ドラム式も置けちゃいます?」 と聞いたら、配送会社の見積もりの方が、「パナソニックのプチドラムなら入りますよ」。があああああん。洗濯機、選びなおし決定。
あとはひたすら、カーテンレールの長さを測る。携帯電話を購入し、契約作業終了。午後、ようやく懸案の病院へ。2ヶ月も止まらない咳については、予想通り、「咳喘息」 と診断される。

第五日。
起きたら、肩甲骨の内側に激痛。ううう、前屈できない。布団をたたむどころか、床に落ちた服も拾えない。疲れが出たか。とにかく朝の開店時間を狙って10時にビックカメラに飛び込み、洗濯機を選びなおし。まとめ買い担当でお世話になってる青山さん、大変優秀な方。こちらが、「プチドラムを置くくらいなら、縦型洗濯機の上に乾燥機を置ける可能性をもう一度探りたい。でも、ヒートポンプ式のドラム機を置けるなら、そちらを」 というと、恐ろしい勢いで調べ始めて、「これなら置けるのではないか?」 と提案してくれた。洗濯9キロ、乾燥6キロの、私の希望通りのヒートポンプ方式。これでもう一度、現地に見積もりに来てもらうことで決定。ぜいぜいぜい。
走って新居に取って帰し、正午から冷蔵庫設置へ。木材切り出しのお陰で拡張した冷蔵庫置き場に、無事400リットル級の冷蔵庫が! 感涙。エレベーターのない3階に、この猛暑に冷蔵庫を運んでくださったお二人に、ただただ脱帽。旅館に戻って、ネットでカーテンを注文。さらに、脚立を注文。
昔お世話になった鍼灸の先生に 「明日引越しなのに、床に落ちたモノすら拾えないほどの激痛。ヘルプミー」 と頼んだら、夕方から鍼を打っていただけることに。かなり復活。よかった……。元気を取り戻し、旅館から荷物半分を新居へ。トランク一つだけなのに、坂を登った後、3階まで階段で荷物を上げたら、汗びっしょり。

そして本日。いよいよ、4年前に倉庫に預けた荷物を、家に搬入します。
荷物リストを見て苦笑い。
ランドセル……って、今さらどうする?
虫かご4つ? 金魚鉢に、真水を海水状態にするph計測器に……かつての飼育趣味の残滓、か。これも処分、だな。
だいたい4年の前に手放した荷物の中に、本当に必要なものなんて、ほとんどないのだ。
これらをどうやって処分するかが、この2日間くらいの勝負かな。
引越しの後、ネットスーパーから米や水が届く予定。
さらに、その後、懸案のドラム式洗濯機の見積もり、ってやつが控えている。

来週は、息子の学校にいよいよアプローチ。制服採寸、ってのもあったっけな。NTTの工事、ネット環境立ち上げ、食器洗い機の見積もり、そしてアメリカからの船便をいよいよ搬入予定。
9月1日の息子の登校初日 (つまり私の弁当生活初日、ってわけだ) までに生活をセットアップする、が今月の目標なんだけど……できるのか???

東京の夏が、ここまで殺人的な暑さでなかったならば、もう少し精力的に動けた気もするんだけど。
今の私にゃ、これが限界、かな。

ところで、聞いてください。
私の 「咳喘息」 の話。
病院の先生はいいました。
「気管支の末端がかなり細くなっちゃってるのでね。これはきちんと治療しないと、喘息になっちゃいますね」
吸入だけで2種類。それに錠剤の気管支拡張剤まで。クソ忙しいときに、この薬の量は手痛いです。

この日の病院の先生との会話は、かなりショックでした。

私 「で、生活上、何か気をつけることはあるでしょうか?」
先生「まあ、しゃべらないことですね」
私 「へ? しゃべくり、ダメですか?」
先生「喉に刺激を与えますから。あと、歌とか、あれもダメです」
私 「げげげ。歌もダメ? 第九歌うこと決めて、練習したいんですが」
先生「まず治療ね。それと、喉に刺激を与えないってことで、辛い料理も……」
私 「えええ! 好物なのに」
先生「それとお酒も……
私 「うそでしょ? ビール1杯とかもダメ?」
先生「喉に刺激与えますから」

この時点で、この先生の教えを100%守ることは、ハナからあきらめた。
「しゃべくりと歌と辛い料理とお酒がダメなんて、ほとんど私の生活を全否定されてるみたいだわ」 とうめくと、看護婦さんが肩を震わせて笑ってた。
いや、だから、笑い事じゃないんだってば。
この東京の夏を、生ビール抜きでどうやって乗り切れ、っていうわけ?

昨夜なんかもう、なじみの釜飯屋にて。
「とりあえず、生ビール。あ、小ジョッキで」
一応、「小ジョッキ」 が妥協案ね。
で、料理が来るまでに、2種類のステロイド薬を吸引し、余分な薬を洗い流すためのうがいの代わりに、生ビールをぐぐぐ。
美味。
明日も頑張ろう。

今日から旅館を出て、新居で寝ます。
ネット環境がしばらくなくなります。
16日あたりにネット復活予定。
19日が、週刊ポスト誌「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」連載の最終回原稿締め切り。無事にネットが開通し、つつがなく出稿できますように。(まだ書けてないけど)。
みなさまからいただいているメールに、なかなかお返事できずにおります。
落ち着いたら、順次、ご挨拶メールをお送りします。
不義理しております。お許しくださいませ。


明日から引っ越し

「明日は」ではなく、「明日から」なのです。
そう。
2日に渡る引っ越し予定です。
「1日じゃ、とても無理そうですね」と業者さんに言われてしまったもので。どうなることやら……。

職場の上司・同僚の皆様方のご厚意で、あれこれと仕事を外していただけたものの、結局は退職手続きだの、住所変更手続きだの、あっちこっちに行っては判子を押したり、名前を書いたり、そんなことをしているうちに2週間などあっと言う間に過ぎ去ってしまったのでした。

職場から完全に荷物を引き揚げたのが20日木曜日。
21日はあれこれ用事があり、結局、本格的に動き始めたのは本日。
で、明日から引っ越し。
うーむ。
こんなことでいいんだろうか。
おまけに、時間を惜しんで、こんなエントリーを書いている私って???

前回の引っ越しは、まだ息子が生まれて3カ月。
息子の思い出の荷物なんて、ほとんど何一つなかった。
今回は違う。
息子のドロドロに汚れた学校のお道具箱を開けては胸が詰まり、
「もういらないのよね」と捨て掛けた手を止め、まじまじと体操着を眺めてはホロホロと泣き、
息子がお友達からいただいたお餞別の細々したものを、「ああ、整理がつかないわ!」とため息をつきつつも、何度も何度も愛でてしまったり……。

なんだか、泣き笑いの引っ越し作業なのです。

息子は、お友達のおうちに初のお泊まり体験。
ちょっと不安げに今朝、「行ってきまーす……」
親が引っ越し作業をしている明日には、最後の野球の練習に参加する予定。帰ってきたら、家がガランとしてて、びっくりするだろうなあ。

(明日の夕方、ちゃんと、ガラン……と片づいてくれているだろうか。それも不安)

秋の根津神社大祭

この週末、近所の根津神社の大祭がありました。
町会ごとに神輿が出て、2日間、町内を練り歩きます。
息子も子ども神輿に参加しました。
昔は幼児向けの神輿の綱を引っ張る程度だったのに、今回は本格的に肩で担いで、汗びっしょりでした。

夕方、親子で引っ越しの買い物に出かけようとしたら、私たちの住んでる町会の2つの神輿(大人の。一つは女神輿)が、並んでやってきました。

担ぎ手の顔をながめていたら……。
あらら、あれは、息子の同級生の八百屋のお父さん!
あ、お母さんの女神輿を担いでる!
あ、あっちにも知り合いが!

向こうもこちらを見つけ、「おぐにさん、担いでいきなよ!」と引きずり込まれかけました。祭りは大好きなので、実は乱入したかったのだけど、引っ越し準備に追われてる身としては、あきらめるしかありませんでした。
残念!

祭りの喧噪を背に、親子で駅を目指しました。
息子相手に、何となしに

「9年前、この街に越してきた時には、知り合いも誰もいなくて、お祭りなんかも傍観者だったのにね……」

などと言い始めたら、不覚にも、鼻の奥がツンとして、しばし黙りこくってしまったのでした。
口に出すと泣き出しそうで、心の中だけで言葉を選びました。

「この街にとけ込めたのも、実はあんたのお陰なんだよね。学校の友達、野球の友だちを通して、母ちゃんも父ちゃんも、この街と知り合えたんだ。きっとアメリカでも大丈夫。母ちゃんは、一人でなく、あるいは夫婦だけでもなく、あんたと一緒に新しい街に行けることをうれしく思うよ」

最後の小学校保護者会

「日本最後の」シリーズが続きます。ははは。
本日は、息子の小学校の保護者会。
議題は夏休みのもろもろ。

夏休みの宿題について、何かご意見は? と聞かれたので、ついつい最後に言っちゃった。

「漢字ドリルの漢字を10回ずつ写させる、というのは不条理に挑む根性を付けるには格好の宿題と思ったんですけど、単に漢字の習得だけを考えるなら、10回ではなく、1回ずつ5ターン書かせたほうが、覚えやすいんじゃないでしょうか?」

「読書感想文は1200字以上、と指定されてましたが、低学年の場合は、○○字以上、という条件をつけないほうがいい気がしました。長く書くことばかりを目的にしてしまうし、文章を書くのが嫌いになっちゃうんじゃないかしら」

ところがところが!!
先生曰く、

「……いや、僕は1200字以下、と言ったんですけど」

へ?
それってうちの息子の完全な勘違い?

思わず、「すみません~!!! 結局うちの息子がばかものでした~」と謝ったら、そばでママ仲間が、「おぐにさん、親向けのプリントにも1200字以下と書いてあったわよー」だって。

「すみませ~~ん! 親子でばかものでした~」

ひたすら恥をかき、謝ったのでありました。あーあ。

先生も、「だから息子さんの感想文だけ無茶苦茶長かったんですか~。わっはっは」だと。
冷や汗。

皆さんに最後はお別れのご挨拶をして帰りました。
退学届けも記入しました。
息子の小学校も、あと1週間です。

引っ越し見積もり、そして……

ブログにたくさんのコメントをありがとうございます。
目の前の仕事と、引っ越し準備と、息子のケアとに忙殺され、
とりあえず、新しいエントリーを書き殴るだけで精一杯。
コメントのお返事をしばらくは書けないかも。
ほんと、すみません。

ところで、いよいよ引っ越しも秒読みです。
昨日は、我が家に引っ越し業者の方が見積もりに来ました。
部屋を見てしばらくして、業者さんが一言。
「……2LDKと聞いてたのですが、間取りのわりにものすごくたくさんの物を詰め込んでおられますねえ!」

思わず出てしまった本音、という感じでした。
独身時代、6畳一間のアパートに住んでたころから、引っ越しのたびに言われるのがこの一言です。
「ほ、ほんとにこの部屋に、これだけの荷物が入ってたんですかぁ?」

物を捨てられない。
片づけられない私。
片づけはできるけれど、単に 「見えないところに突っ込む」 だけの夫。
この取り合わせは、引っ越しには最悪ですねー。

で、本日はマンション購入をご検討されている方がお一方、我が部屋に見に来られました。
引っ越しの最中に、美しい部屋を見せるなんて絶対に不可能だから、
せめても……と部屋中の電気を付けました。
不動産会社の担当の方から、「部屋を明るく見せるため、部屋中の電気をつけておいてください」と助言されたもので。

ところがところが。
まさにお客さんが来られている最中に、
「ただいま~」
帰って来ちゃったよ、我が息子。
おまけに友だちまで連れている。
2人して濡れた靴下でずかずか上がり、磨いたばかりのフローリングにしゃがみこみ、息子がここで一言。

「あれ、母ちゃん。

どうして今日は、電気が全部ついてるの???」


立ち会っていた不動産会社の担当者は一瞬顔をひきつらせ、私は息子の一言が聞こえなかったふりをした。
まいった、まいった。

マンションを売るためには、せめて部屋を清潔に、とかよく聞きますが、その前に、「子どもを口封じ」というのがあったわね。
盲点でした……。

米国ビザを取りに

渡米を3週間後に控え、夫と2人、米国大使館にビザ申請に行った。
米国ビザの申請手続きとそのための面接は、やたらめったら並んで待たされることで有名で、混んでる時は、大使館前の歩道に長蛇の列ができる、という。
それを聞いただけで、うんざり。
おまけに、今朝起きてみたら、ビザ申請の日に限って、やってくるのよね。
何が、って、台風。

横殴りの雨の中、吹きさらしの歩道で、1時間も立って待たされたら……。
想像するだけで、気持ちが萎えそう。

結果からいうと、台風が逆にラッキーだったのか、この日は申請者も少なく、建物に入るまでは一切並ばずに済みました。
建物の中では2時間ほど待ったかなー。
それより、なんか釈然としなかったのは、ビザ取得のための面接。
窓口であれこれ質問されている人たちをながめながら、

「何を聞かれるのかなあ」
「英語でちゃんと答えられるんだろか、私」

などと、ちょっと心配なような楽しみなような気分で待っていたというのに。
先に夫の名前が呼ばれ、夫が窓口へ。
その間、私はノホホンと読書して、自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待っていたわけで。
ところがところが。
しばらくして窓口から帰ってきた夫が
「終わったから、帰ろ~」

へ? 私のは?

「ああ、家族3人分の手続きが済んだみたいだから。面接は俺だけで良かったみたい」

は? それ、なに?
じゃあ、私が大使館に足を運んだのは、左手と右手の人差し指の指紋を採ってもらうためだけかい???

そりゃ、面倒な手続きをなにもせず、2時間、イスに座って読書をできたわけだから、別に文句はないけどさ。
夫の面接だけで、私や息子のビザまで取れてしまうという展開って、どうよ?
うーん、気に入らない。
やっぱり気に入らない。

……と、思わず憤然としてしまったのでした。
(むちゃくちゃ複雑な質問を英語でされたら、それはそれで困っちゃったんだろーけどねえ……)

遅い夏休み@白馬岳

1週間、夏休みを取って、北陸と信州を旅しました。

まず、1泊目は、家族で信州・奥山田温泉の定宿、満山荘
ここは何より、お料理が気に入っているのですが、偶然か、昨年の時とほぼ同じお料理だったため、今回は「おおお、驚愕の味!」という感激は薄かったかも。
でも、ここの牛ヒレ肉と冬瓜のお吸い物の黒胡椒仕立ては、最高にうまいっす。

2泊目は、北陸・氷見の永芳閣
大阪の実父夫婦、妹家族ら総勢8人の温泉旅行、となりました。
農業をやっている義弟が、取れたてのトマトをたくさん持ってきてくれて、これが最高においしいし。さらに、珍しい食用ほおずきをこれまた大量に収穫してくれて、とんでもなくおいしいし。さらに持参してくれたシャンパンがおいしくて、軽く2本みなで空けてしまったところで、お宿の方から「お食事の準備ができました」。

……そこからの記憶がほとんどありません(涙)。
ただ、お料理はとてもおいしかった!
お部屋も良かったし、接客も本当にきめ細やかでした。感謝感謝。

3泊目は、なんと氷見駅からチンタラチンタラと鈍行で白馬駅まで5時間近い旅。でも料金は2000円。ほとんど青春18切符状態、ですな。
白馬では、かつて毎日新聞の記者だった夫の元上司がやってるペンションKENへ。
早期退職して、白馬の地で第二の人生を送る先輩記者の歩みに、色々と感じ入りました。お料理がおいしくて、ボリューム満点で、かなり感激。
おまけに目の前にある広々としたサッカー場が空いていたお陰で、この先輩記者が息子のキャッチボールの相手をしてくださいました。
すごいんだわ、これが。
私、あんなに高々とフライを投げ上げられる人を初めて見たかも。
さすがは元運動部記者!
でも、それをしっかり捕球してみせる息子の成長にも感動しちゃいましたけどね。

翌朝は、猿倉から大雪渓を経て白馬岳へ。
わざわざ早朝に、猿倉まで車で送ってくださったペンションの先輩記者さんに感謝、感謝。
お天気サイコー。
息子にとっては、初の、一切ロープウェイなどを使わないで高度を1500メートルほども稼ぐ山行です。
(これまでの月山、栗駒岳、蔵王、茶臼岳、宝剣岳などは全部、ある程度ロープウェイで高度を稼いでからの山登りだったので)。

山頂宿舎で一泊の後、栂池高原へ下山しました。
私は若いころから、下山が本当に苦手で、上りも下りも所要時間が同じ、という変なところがあったのですが、ひそかに他人より体力があることと、上りで疲れ知らずのところに自信を持っていたんです。

ところがところが。
ここんところの運動不足で、私はとんでもなく山に登れなくなっていたのでした。
下山してみればもう、夫婦で全身筋肉痛。
ただ一人、運動靴で (運動靴にアイゼンつけて大雪渓登らせちゃった……ちょっと反省)飛び跳ねるように下山し、筋肉痛知らずだったのが、我が息子@9歳。

夫婦して、「次回の登山では、あいつに巨大なアタックザックを担がせ、我々2人はデイパックで楽させてもらおうぜ」と固く心に誓ったのでした。

お天気に恵まれ、本当に素晴らしい眺望でした。
息子が撮ってくれた写真がこれ。

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下山後、すぐに鈍行で帰宅するパワーがあったのはウン十年前の話でして……。今回はもう一泊、ペンションKENにお世話になりました。
翌日、無事に帰宅。なかなか充実した夏休みでした。
プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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