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弘山晴美さん、おめでとう!

昼間はホームパーティーで飲んだくれていたせいで、夜のニュースを見るまで知らなかった。
弘山晴美さんが37歳にして、ようやく、本当にようやく、マラソンで優勝した。
走る映像がテレビに流れる前に、ただ「初優勝」の文字を見ただけで、目頭が熱くなった。

2004年のアテネ五輪の前に、弘山さんをインタビューしたことがある。
マラソンでの選考に漏れ、失意からはい上がり、1万メートルの代表を勝ち取って臨んだアテネだった。あの時から、「私はマラソンで一度も優勝してないんです。どうしても、マラソンで勝ちたいんです」と言っていたのだった。
彼女はシドニー五輪でも、マラソンで選考に漏れ、それから1万メートルの代表枠を勝ち取ったんだけど、シドニー五輪の1万メートル決勝では、最下位の20位。
その時のことを振り返って、こんな思いを語ってくれたのだった。

「マラソンって何なのだろう」と時々考えます。「疲れた。休みたい」と思ったこともありました。でも私はやっぱりマラソンで、世界で勝ちたかった。シドニー五輪の1万㍍決勝でスピードについていけず20位に終わったときも、悔しい気持ちの一方で「これで迷いなくマラソンに行ける」と思ったんです。
(2004年7月毎日新聞夕刊「この人この時」より)

同じインタビューの中に、こんな言葉も見つけた。

アトランタのときもシドニーのときも「五輪が終わったら少し休憩して子作りを」とか言ってました。
結局、アトランタではあまりに結果が悔しくてそのまま4年間走ってしまった。シドニーの後はマラソンに再挑戦するため、「疲れた、休みたい」という気持ちと闘ってここまで来た。
休憩する話はいつも、どこかに消えてしまう。走り終わるたび、こうすればもっと走れるんじゃないか、という思いがわき上がって、今まで走り続けてきたんです。
でも今回(アテネ五輪のこと)は、「五輪の後に子供を」なんて言わない。それよりも、競技自体に区切りをつけるかどうかの選択をしようと思っているから。「子供のために競技をやめる」とは言いたくないんです。
五輪で走った後、決めようと思っています。自分自身がどこで納得し、区切りをつけるか。レースの結果の善し悪しよりも、走り終わったときに自分が納得できるかどうかなのだと思います。
とか言っていても、来年の今ごろ、またマラソンを走っているかもしれませんよね、私。

(2004年7月毎日新聞夕刊「この人この時」)

そして、晴実さんは本当に、ずっと走ってきてたんだなあ。
「あの日がなければ、私、シドニー五輪の後、引退してたかも」と本人自身が語る「あの日」、つまりシドニー五輪代表選考会の大阪国際女子マラソンで、当時の日本歴代3位のタイムで走りながら、最後にリディア・シモン選手(ルーマニア)に抜かれ、わずか2秒差で五輪切符を逃したあの日から、走って、走って、走り続けて、ようやくつかんだ「初優勝」なのだなあ。
やっぱり、泣けるのだった。

こういう場合、「感動をありがとう」なんてイマドキはやりの言葉は似合わない。
感動は与えるものでも、もらうものでもない。
何かを突き付けられるような、ヒリヒリした思い。
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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