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現地校入学への道 3

本日も、International Student Administration Office へ。
今回の目的は、息子が先日受けたツベルクリン反応の結果を見てもらう、というもの。
陽性だと、今度はレントゲンを撮って、結核ではないことを証明しなきゃあならない。この医師が、とんでもなく不便な場所にいて、車なしではとっても大変らしい。

ああ、どうかどうか、陰性でありますように!

半ば祈るような気持ちで、息子の腕を見せたら、あっさりネガティブ。
らっき~~!!
日本人は子どもの時にBCGを接種してるから、陽性が出やすいと聞いていただけに、
この結果にひとまず、ホッ。

さて。
お次は、現地校へ。
本当は、いったん仮住まいアパートの最寄り駅に戻り、バスで30分かけて出かける予定だったんだけど、今回も、不動産仲介でお世話になったK女史の親切で、送っていただけることに。
なんか、いいんだろうか。
今日はむちゃくちゃ、運がついてるのであった。

朝10時15分。
いよいよ、転入予定のRP小学校(一応頭文字ね)に到着!

実はこれに先立ち、朝、「11時ごろにおうかがいしていいですか?」と電話しておいたんだ。
応対してくれた学校の秘書さんは、すっごくフレンドリーな女性。
すごく親切なので、「彼女を手放してなるものか」 としっかり名前を聞いておいた。いざ小学校で困ったことがあったら、彼女の名前を連呼してやる! と。

その名前は、「クウォリア」。
随分と変わった名前だなあ、と思ったけど、実際に学校の事務室の机のネームプレートを見て、自分のおろかさを笑ってしまった。
……「クローディア」、だってさ。

ま、私の英語力なんてこんなもんである。

クローディアに入学のための資料一式 (パスポートやビザのコピー、戸籍謄本のコピー、出生証明書、日本の小学校からの2通の記録書類、家の賃貸契約書など) を手渡すと、逆に、転入に必要な書類をどさっとくれた。
まだ全部読んでないから分からないけれど、

・登校前に用意するもの (消しゴム付き鉛筆12本、色鉛筆、最低100ページあるノート、とかそういう感じのリスト)
・無料および減額の学校給食申込書(低所得世帯向けのサービス)
・スクールバスの説明書
・昼食スケジュール
・学校規則と誓約書
……などなど。

むちゃくちゃ大量。
中には、全部息子に説明した上で、親子でサインしなければならない書類なんかもあるようで、後から頑張って解読します。

クローディアはペルーから来た娘さんで、「私がいたペルーには日本人はいっぱいいたの。私も少しくらい日本語がしゃべれたらいいのに……」とか言ってくれちゃう。
不安なところに、こんな言葉をもらっちゃったもんだから、もう、一気に親近感爆発の私なのだった。

「ちょっとだけ学校を見せてもらえない?」と頼むと、あっさりOK。
クローディアが学校の隅々まで案内してくれた。
1階は、幼稚園と小学1年生の教室。昼食を食べるカフェテリア。ESOL(母国語が英語以外の生徒のための授業)の教室など。2階には、3年生や高学年の教室もあった。

感動したのは、カフェテリアにたくさんの国の旗が並んでいたのを見たとき。
「この学校には19カ国から来た生徒さんがいるんです」 とクローディア。
19とはすごい!!!
本当にうれしくなった。

(なぜか、日本の旗はなかった。クローディアにそれを告げたら、「ええっ! いやだ~、どうしてかしらん……」 と頭を抱えてた。「これまで人数が少なかったからかしら、今は日本人も数人いるのに」 とも)

「こちらが3年生の教室の一つです」
クローディアの言葉に、
私はのぞき込む。
息子は逆に、あわてて身を隠す。
なんと対称的な、我が親子の行動。
こんな子で大丈夫かしらん。

でも教室には、ちょうど、白人、黒人、ヒスパニック、アジアンが4分の1ずつって感じで、息子がこの環境の中でどんなことを学んでいくのか、ちょっぴり楽しみ。

全校生徒は410人。
東京の小学校は1学年30人程度の小規模学校だったので、大きく感じるけれど、クローディアによると 「この周辺ではむしろ小規模校なんですよ」 とのことだった。

途中、副校長先生(たぶん)とご挨拶。
ものすごく背の高い黒人男性。
息子にフランクに握手の手を差し出し、
「ここでの挨拶の仕方だよ」
と、なんだか手遊びみたいな挨拶を教えてくれた。
少しは息子も緊張が解けたかな。

懸案だったESOLの先生の入院話の方は、確認してみたら案の定、簡単なものではないようだった。
「うまくいけば来年の1月くらいには復職してもらえると思うんだけど……」とのこと。
それまでの間は、代わりの先生が週に3回だけ来てくれているそうだ。
つまり、週2日は丸一日、まったく英語のわからない状態で、普通のクラスに座り続ける、ってこと。
息子のことだから、凹むだろうなあ。

息子だけでなく、私だって。
渡米直後に、「ESOLの先生が入院中」なんて情報を聞いたら、ひええええ、とのけぞって、「そんな学校じゃダメよー」と思い悩んでたかも。

でも、

どんな良い先生だって突然病気で入院することだってあるし、
どんな良い学校だって、校長先生一つで変わったりもするし、
どんなに選び尽くしても、何が幸いするかなんて、結局、やってみなきゃ、わかんない。

それは日本でも、アメリカでも同じことなんだよね。
こんな当たり前のこと、なーんか忘れてた気がする。

家探しに学校探し。
あれこれ情報に当たったり、ネットで検索したり。
そのたび迷ったり、うじうじ悩んだりした。

「迷ったら、やったことのない方を選ぼう」って、
私は、自分が相手なら、あっさりと胸張って言えるのに、なぜか、子どものことになると、少し心配性になってしまう。
まして勝手の違うこの国で、事情が分からない分、余計に腹をくくるまでに時間がかかってしまったんだろうな。

物理的にも、気持ちの上でも、なんだか随分と遠回りしたのかも。
もちろん、それもこれも、貴重な経験でした。
でも、そろそろ、どーんと腹をくくりましょ。

というわけで。
無事、現地校での手続きを終えた後は、ローカルバスで30分かけて仮住まいの最寄り駅まで戻って来ました。
めでたしめでたし。
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またまたお疲れ様でした。
うちのこの学校、2階がないよ!どこも平屋。どこもそういうものかと思ってたー。郊外だからかしら。
お弁当もたせるのね。母、えらい。うちなんて、最初からホットランチ行かせてしまった。だってお弁当箱無かったから~。(笑)

大奮闘ですねー。又何かお手伝いできることがあったら、遠慮なくご連絡くださいね。

>> 全部息子に説明した上で、親子でサインしなければならない書類

おぐにさん、私過去2年、一度もまともに読んだことないし、息子に説明したこともないっすよ。「これはね、あなたが学校でお利口にするお約束だから、ここに名前書きなさい!」と一言。。。あはは。。。だめですかね?まあ、息子さんぐらいの年になったら私も少しは説明するのかしら?(多分しないなー。。。)
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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