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記事279◆田中マー君、インタビュー (全国版)

最後の部分を文字にしたことは、社内でも賛否両論。
一応、仙台県版には、別のエピソードを載せました。


■掲載年月日 2007年07月19日
■楽天イーグルス・田中将大投手の素顔
■常に挑戦者魂で


 ハンカチ王子、ハニカミ王子……王子ばやりの今だから、こぶしで汗をぬぐう男臭さが妙にうれしい。プロ野球・楽天イーグルスの田中将大投手(18)である。20日から始まるオールスター戦のファン投票でもリーグ先発投手部門1位に選ばれた「背番号18」の素顔に迫った。


 「正直に言っちゃっていいですか?」。
 田中投手はいたずらっぽく笑った。
 「早稲田大の斎藤佑樹投手とセットで語られるの、嫌じゃないですか?」と私が尋ねた時のこと。
 彼は真顔で答えた。
 「正直イヤです」

 プロ球団と大学。別の道を歩んだ今なお、メディアは「希代のライバル」と書き立てる。何しろヒーローにライバルは欠かせない。
 星飛雄馬に花形満。
 矢吹丈に力石徹。
 敵が強いほどスポーツドラマは盛り上がる。
 しかし本人は淡々と「ライバルっすか? いないっすね。あまり意識しないんで、中学、高校でもライバルがいるって思ったことないですね」。ちょっと意外な言葉なのだった。

 中学生硬式野球クラブチーム「宝塚ボーイズ」で田中投手を指導した奥村幸治監督は「将大らしい答え。相手の良いところを素直に認め、盗んでやろうと思うタイプだから、誰かをライバルだと意識しない。『おれは負けない』と思うだけなんですよ」。

 ただし田中投手はこうも言う。「斎藤に甲子園と国体の決勝で負けて、ある意味良かったんかな。自分が一番上で終わってるよりかは、負けて、結果としては僕のほうが下なんで」

 なぜか。「いつも挑戦者であり続けたいから」だ。

■「吾郎」にあこがれ

 マー君人気を決定付けたのは楽天が指名交渉権を得た時の記者会見だろう。「新しい野球人生のスタートを楽天イーグルスで始められることになってうれしい。これからは本当に挑戦者の立場でできる」。この田中投手の潔さに多くのファンが感動した。「意中の球団は別にあったろうに。男の中の男だ」と。

 しかしあの言葉、本当に本音だったと彼は言う。「2年連続最下位のチームに入れるってことで、本当の意味でまたチャレンジャーになれるって思って。下の者が上の者を倒すのが、自分は本当に楽しいんです」

 高校進学時もそうだった。今でこそ夏の甲子園連覇を果たした駒大苫小牧高だが、彼が中学3年だった03年当時は、甲子園で1勝もしていなかった。「入学した時、自分たちは本当の意味でチャレンジャーだった。しかし、甲子園で優勝しちゃってからは自分の気持ちをチャレンジャーというふうに作っていくのは難しかった」と打ち明ける。彼にとって楽天入りは、再び挑戦者になれる好機だったのだ。

 彼に似ていると言われるのが、少年サンデー連載の野球漫画「MAJOR」の主人公「吾郎」だ。豪速球を武器に弱小チームを率い、強豪チームに挑むというストーリー。実は田中投手も大好きで、相当影響も受けたらしい。「吾郎は本当にすごい。あこがれる。根っからのチャレンジャーやと思うんです!」

 ちなみに吾郎は高卒で単身渡米。マイナーリーグからメジャーに挑んだ。この漫画の作者、満田拓也さんは「兵庫、北海道、仙台とどこでも野球に集中できる田中君の性格はメジャー向きかと思います。駒大苫小牧に続いて、楽天を日本一に導いた後、ぜひメジャーにも挑戦してほしいですね」と語る。

■「ホンマかいな」

 座右の銘は「気持ち」。高校時代、グラブに入れた刺しゅう文字は「気合い」「気持ち」「気迫」。楽天の野手からも「マウンドに立つ後ろ姿にオーラを感じる」などと言われている。「自分でも気持ちを表に出してやろうと意識してんです。守ってる野手たちを『よしオレも!』と勢いに乗せたいと思って。自分が流れを変え、引き寄せてやると思って投げている」

 なんと。あの気迫は意識してのものだったのか。マウンドでほえる時も、内心は意外とクールだったりして……?

 球宴を前に巨人の小笠原道大(みちひろ)選手らが会見で「パ・リーグのファン投票1位の投手(田中投手のこと)を打ちたい」と答えたことについても、当の本人は「本当にそんなふうに意識してもらってんのかなあ。リップサービスっていうか、ホンマかいな」。球界きっての強打者の宣戦布告に舞い上がりもしない。

 中学時代の恩師、奥村さんは証言する。「実はむちゃくちゃ冷静な子です。マウンドでほえても次の瞬間には第三者的な目で自分や周囲を見てる。だからゲームを作れる。ただの熱いヤツじゃない」

 気になることがもう一つ。彼は泣かない。甲子園再試合で負けた時、号泣するナインを抱きかかえながらも自分は泣かなかった。奥村さんによると、中学最後の試合に負けた時も仲間が泣く中、彼は泣かなかったそうだ。「すがすがしい顔をしてました。やるべき事をやった満足感だったんでしょうか」

 デビューした3月のソフトバンク戦で打ち込まれ、二回途中で降板後、タオルで顔をぬぐった姿を「マー君、泣いた!」と報道されたことはあった。が、彼は「泣いてないんですよ。本当に悔しくて、暑くて、すごい汗も出てて、はああああぁ!って顔をふいたら、ああいう映像になっちゃって」と抗弁するのである。

■「マー君」の真実

 こんな田中投手がプロ入りに際して一番案じたのが人間関係。「どうなるんかな、うまくやっていけるんかな、と怖かった」。実際、入団当初は「マー君、マー君」と子ども扱いされたこともあったらしい。「でも結局、彼は力を見せることで受け入れられました。素直で明るいから年上にはかわいがられます」と球団関係者は言う。

 ところで、「マー君」という呼称が世に広まるきっかけを作ったのは「ハンカチ王子」こと斎藤投手だ。日米親善高校野球でチームメートとなった斎藤、田中両投手が、記者会見で「お互いに何と呼んでるの?」と質問され、まず斎藤投手が「マー君」、田中投手が「佑ちゃん」と答えたのだ。

 しかし、田中投手は言う。「実は『マー君』なんて言われてなかったんですよ。斎藤には。(斎藤投手が「マー君」と答えた時は)僕も驚いて『えー、言ってないやんか』と。それで僕もあんまり呼んでなかったけど『佑ちゃん』、みたいな……」
 「あんまり書かないでくださいね」と言われたけど、書いちゃった。
 ごめん、田中君。そのかわり、オールスターは応援に行きます。
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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