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記事274◆舘野泉さん、ロールキャベツを語る

■掲載年月日 2007年04月24日
■しあわせ食堂
■舘野泉さんの 「ロールキャベツ」

◇お袋のが最高--残ったスープ、ご飯にかけて


 僕は終戦を8歳で迎えました。思い出深い食べ物はすいとん、という世代です。中学生になって、食卓も少し豊かになってきたころ、母が作ってくれたのがロールキャベツでした。

 当時はロールキャベツなんて名前も知らず、我が家では「キャベツ巻き」と呼んでいました。母の手料理の中で一番好きでした。キャベツの中身も味付けも忘れてしまったけれど、でも覚えていることが一つ。それは本当においしかったこと、うれしかったということ。「キャベツ巻き」を食べた後、残ったスープをご飯にかけて食べたなあ、という遠い記憶です。

 ところで、ロールキャベツがその後も長く僕の好物になったかというと、そうでもない。大学卒業まで、母のロールキャベツがあんなに好きだったのに、家を出た途端、外食でロールキャベツを食べることは一度もありませんでした。もう40年来暮らしているフィンランドでも、食べませんねえ。やはりロールキャベツはお袋のでないと。

 母はピアニスト、父はチェリストでした。僕は読書や空想に夢中になると、どこか別の世界にいってしまうような子どもでした。母は、よく小学校の担任の先生から呼び出しを受けたそうです。「お子さんが習字をするといつも紙からはみ出す」などとね。でも、お袋はそのことで一度もしからなかった。むしろ「いいじゃないの。はみ出すくらいのほうがおもしろくて」と。あとは何も言わずにいてくれた。

 ピアニストとして演奏生活40周年のツアーを終えた翌年の02年1月、リサイタルの舞台で倒れ、脳出血で右半身がまひしました。思うように動かない右手。ピアノが弾きたい、でも弾けない、の繰り返し。
 音楽仲間はみな同じことを言いました。「ラベルの『左手のためのピアノ協奏曲』があるじゃない!」と。僕を案じたゆえの言葉と分かっていても、つらくてねえ。「死んでも左手のための曲など弾くものか!」と思った時期もありました。

 ところがその年の10月、日本に帰国し、自宅でピアノをたどたどしく弾いていたら、母がしみじみと言うんです。「下手だねえ」と。思い悩んでいた僕は、母の一言に思わず笑ってしまいました。こんな言葉を僕に言える人は、やはりお袋だけでしょうね。

 04年、僕は左手で演奏活動を再開しました。両手でも、片手でも、音楽の豊かさに違いはない、と気づいたからです。左手だけでも、充実した素晴らしい音楽の世界が花開き、香る。そう実感できた時、僕は再び生きる喜びを見いだしました。

 僕が左手による演奏活動を始めた時も、母はやはり特に何も言いませんでした。「左手だけで大変ねえ」とも「左手? 変わったことするね」とも。そういうところは昔と同じ。きっと、僕の「左手の音楽」を、ちゃんと音楽として認めてくれたからだと思います。

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■ごちそうさま(取材を終えて)
 お母様の手料理で一番好きだったロールキャベツを、外食では一切食べなかった、というお話が心に染みた。遠い記憶に刻まれた懐かしい味は、二度と手の届かないものなのだろう。実は私、舘野さんの透明感あるピアノの音色の大ファンなのだ。握手していただいた。優しく温かい右手に感激。

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■人物略歴
 ◇たての・いずみ
 ピアニスト。1936年東京生まれ。東京芸大卒。64年よりフィンランド在住。演奏会は3000回を超え、100点近いCDを発表。最新盤は「アイノラ抒情曲集 吉松隆の風景」。07年公演はジャパン・アーツぴあ(03・5237・7711)。
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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