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記事270◆樹木希林さん、インタビュー

■掲載年月日 2007年04月04日
■なぜこんなにも切ないの、「オカン」のヒミツ
■樹木希林さんに聞く

 お母さん、と声に出すだけで胸がいっぱいになる時がある。母の思い出は、なぜこんなにも切ないのだろう。亡き母の人生をつづり、日本中の読者を泣かせたベストセラー小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の映画化作品で、母親役を演じた樹木希林さん(64)に「お母さん」の切なさのヒミツを聞いた。

 化粧っけのない顔に、黄八丈の着物。帯揚げも帯締めも使わず、黒い帯をお太鼓に結んでいる。「私、帯の中で体が動かないといやなの」と体を揺する。緩やかな帯にも着崩れない着物がまるで魔法みたいだ。
 「東京タワー」は200万部を超えるベストセラー。多くの読者は、著者リリー・フランキーさんの母、つまり「オカン」に自身の母親の面影を重ね、涙ぐんだといわれる。樹木さんは「オカン」をどう演じたのか。

 「そうね、夢を抱きしめ、一人の女として花開こうとして、けれど厳しい現実にぶつかるたび『まあ、こんなものか』と折り合いをつけ、一生を終えていく。そんな女性。家にいつかないオトン(夫)との間に築けなかった何かを、息子に肩代わりさせたわけではなくても、おのずと一人息子への思い入れは強くなる。それでも最後は、東京の美大に行くという息子の選択を懸命に後押しする。本当はずっと手元に置いておきたいだろうに。息子を『自分の子』というだけでなく一人の人間として向き合っていたのでしょう」

 映画にこんなシーンがある。東京の息子から、初めて出版したという本が「オカン」の暮らす筑豊に届く。がんが完治しないままのオカンは、息子に電話する。脚本では「この本を読んで元気出すけん、ありがとうね」と明るく言う場面だ。
 ところが樹木さん、涙ぐみながら、受話器の向こうの息子に頭を下げた。「ありがとうございました」と。なぜ? 「言ってみたくなったから。心で『自分の子』という気持ちが勝っていたなら、あの言葉は出ない。あれは息子を一人の人間として尊重する母親の言葉なんです」

 これまでも数々の魅力的な「母」を演じてきた人だ。31歳の時、ドラマ「寺内貫太郎一家」では41歳の小林亜星さんの母親を演じた。NHK朝の連続テレビ小説「はね駒」の母親役で芸術選奨も受賞した。
 象徴的なエピソードがある。30年前、テレビ番組で一番大事なものをオークションに掛けるという企画があった。樹木さんは当時の芸名「悠木千帆」を2万円余で売った。「樹木希林」はこの時、自分で考えた芸名だが、当時TBSプロデューサーだった作家の久世光彦さん(故人)は別の芸名を強く推した。

 それは「母」の一文字。

 「最初は『はは』と読ませ、年を取ったら『母』に『゛』をつけて『ばば』にしようって。私は母性のない女を演じるほうが得意だったから、私のイメージというより、むしろ久世さんに母親という存在への強いあこがれがあったんでしょう」
 ご本人はこう振り返るが、当時の新聞記事にはこうある。

 <彼女の演技の底に流れる『涙』=『母なるもの』につながる存在感を、ずばり芸名で表現しようというわけだ>

 映画では、本格的な演技は初めてという樹木さんの娘、内田也哉子(ややこ)さん(31)が、若き日のオカン役を演じている。樹木さんと也哉子さん。2人は単に顔や表情だけでなく、存在感のようなものが似通っていて、映画の「オカン」に不思議なリアリティーを与えている。

 たぶん、親子で相当役作りを練ったのだろうと思っていたら、樹木さんは否定した。「娘と演技や映画について話したことは一度もありません。私は自分の出た映画を見ないので、娘の演技も一切見てません」

 では、なぜ2人はあんなに自然に同じ人物を演じられたのか。まるで一人の女が年輪を刻んだかのように。考え込む私に、樹木さんは昔話をしてくれた。
 89年、美空ひばりの生涯を描いたテレビドラマで、樹木さんは母親役を演じた。名の知れた当時の人物たちを、今の役者が演じた。「でも格好だけをまねている人は、全然、本人に似てみえない。逆に、精神が、目指すところが同じであれば、姿格好に関係なく似てみえてくる。娘と私は『オカン』という女への気持ちが似ていたのかも」

 母から子へ、またその子へと引き継がれる何か。樹木さんにも亡き母から受け継いだものがある。「カフェを経営していた母は『仕入れ先の商人を泣かすな』が信条でした。仕入れたらすぐに支払う。今の私もそう。もう一つは着物。母が着物を着たり、帯をたたむ姿は記憶にはっきり残ってる。だから、18歳で文学座に入り、着物のお芝居をした時、着物の扱いが上手だってほめられましたっけ」

 では娘さんに伝えたものは?

 「忙しくて構ってやれなかったけど、一つだけ胸張れるのは食べ物。米やみそ、塩、酢など、基本をきちんとしました。娘のお弁当はお友達に『まずそー』と言われたそうです。見た目勝負のお弁当と違い、玄米にオカカにのりでしたからね」

 ふふふ、と笑うと、母から譲り受けたという黄八丈の着物のすそがふうわり揺れた。

 「オカン」に涙する読者の気持ちが、樹木さんは分かるという。「キラキラとした時を過ごした女も、自分を犠牲にして子を育てることで母性を培っていく。それが日本人の母という存在への思い。だから誰もがオカンに懐かしさを感じてしまう」
 原作を読んで、一番演じたかったもの。それは「人間ってかなしい」ということだ。
 「オカンは息子のためにいつも一生懸命。原作で、金に困った東京の息子に、貸衣装屋から譲り受けた白いタキシードやらラメ入りの服を段ボールに山盛り詰めて送る話があるでしょう? 『東京なら売れるだろ』と信じ、きてれつな洋服を必死で箱詰めするオカンの必死さは、はた目には滑稽(こっけい)です。的はずれで笑えるくらいで……」

 樹木さん、ちょっと黙り、こう付け加えた。
「でもね、おかしいからこそ、人間はかなしいの」

 そうか。お母さんは、だからこんなに切ないんだ。
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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