スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

記事198◆「奥の細道」ブームを歩く、の記事

□掲載年月日 2005年07月12日
□「奥の細道」ブームを歩く

 「日々旅にして、旅を栖(すみか)とす」という人生観にあこがれる人は今も多いのではないか。松尾芭蕉の「おくのほそ道」の一節だ。ウオーキングばやりの昨今、約2400キロを歩いた芭蕉にちなみ全行程踏破を試みる人も少なくないという。福島県白河市の「白河の関」跡地に芭蕉の足跡を求めた。

■回り道

 ここは国道294号にある栃木県那須町と福島県白河市の県境。県境をはさんで二つの神社が並び、「境(さかい)の明神」と呼ばれている。ここが今回の出発地点だ。トラックが音を立てて走る国道を北へ約10分歩くと、右へ折れる道があった。1車線の舗装道で、「おくのほそ道」と記された石碑が道沿いに建っている。「白河の関まで6・5キロ」と案内板が教えてくれた。
 1689年春、芭蕉は江戸をたち、奥羽街道を北上した。1日50キロも歩いた日があったほど時には急いでいた芭蕉だが、この地では街道を外れ、少々回り道している。古人が歌に詠んだ名所「白河の関」を自分も越えてみたかったからだ。

 白河市文化課の学芸員、佐川さんによると「芭蕉の時代には白河の関は荒れ、場所もどこか分からなくなっていた。『境の明神』が古関跡だと思って来てみたがどうやら違うと知り、街道を外れて東へ向かい、旗宿(はたじゅく)で1泊した翌日には古関跡を求めて関山(せきやま)(標高618メートル)にまで登っています」。
 記者が今回歩こうという舗装道は、芭蕉が「境の明神」から東へと古関跡を探して歩いた「回り道」なのだった。

■沈黙のなぞ

 しかしこの道、人っ子一人いない。水田と集落と杉林が交互に延々と続く。アスファルト舗装が味気ない。芭蕉に倣ってここで一句といきたいが、ちっとも気分が盛り上がらない。ウグイスが鳴いている。花の盛りはアジサイ。虫はトンボ。季語でいうと春、夏、秋か。「ほーほけきょ アジサイ、トンボ 夏でっせ」。手帳に書き付けては、思わず情けなくなる。

 では、芭蕉はこの道でどんな句を詠んだのか。実は「おくのほそ道」にはこの地で呼んだ句は一句もない。同書によると、芭蕉はこの後に訪れた須賀川(すかがわ)で、地元の俳人に白河の関越えで詠んだ句を問われ、その場で一句詠んだものの、「長旅で心身とも疲れていたうえに、みごとな景色に気を取られ、しかも白河の関にゆかりある古歌や故事をしのぶのに精いっぱいで、作句の余裕はありませんでした」などと答えている。

 佐川さんも「旅の目的の一つは古人にちなんで白河の関を越えることにあったから、芭蕉は古関跡探しにこだわった。しかし歩いても歩いても古関跡に確信が持てなかった。俳句を詠むどころではなかったのかもしれません」と語る。

 「おくのほそ道」を読む限り、古人が歌に詠んだ有名な名所(歌枕)への芭蕉のこだわりは相当に強い。「白河の関」だけではない。福島県郡山市の「浅香(あさか)山」(現在の安積山)では平安時代に奥州に流された藤原実方(さねかた)が端午(たんご)の節句に菖蒲(しょうぶ)の代わりにこの土地の「かつみ」を軒に挿した、という伝説に心を寄せ、どの花が「かつみ」なのか土地の人に尋ねまくっているし、翌日には有名な歌枕の「しのぶもぢ摺(ずり)の石」が無残に放置されていることに落胆している。

 また、同書にはこんな記述もある。「昔より詠み置ける歌枕多く語り伝ふといへども、山崩れ、川流れて、道改まり、石は埋もれて土に隠れ、木は老いて若木に代はれば、時移り、代変じて、その跡たしかならぬことのみを……(後略)」。古来の歌枕の様変わりをひたすら残念がっているわけだ。

 似ている、と思った。奥州街道はトラックの行き交う国道に変わり、小道は舗装され、昔の面影が失われたとなげく私たち。しかし、三百余年前に芭蕉も同じようなことを惜しんでいたわけだ。芭蕉が古人に思いをはせて歩いた道を今、私たちが芭蕉に思いをはせて歩く。時代が風景をどんなに変えても、「古人を思って歩く」という一点で今の私たちと芭蕉とはつながっている。

 歩き始めて2時間余。やっと白河の関跡に到着した。芭蕉が探し回った約110年後、白河藩主松平定信がこの地を古関跡とし、「古關蹟」の碑を建てた。発掘調査の結果、現在国の史跡にも指定されたが、今も異説が残るという。うっそうと茂る木々を抜け、遺構をめぐる。隣接する白河関の森公園には、芭蕉と曽良(そら)の像が並んで立っていた。
 雷が光った。空が見る見る暗くなる。通り雨が2人の像を打つ。そう言えば、芭蕉が白河まで歩いた旧暦4月21日、今の6月7日も日暮れ前から雨が降ったという。

 6・5キロを歩いた分だけ、芭蕉を身近に感じている自分に気付いた。


別稿●11年かけ踏破する“つわもの”も●

 ブームになって久しいウオーキングだが、愛好家の間では有名な街道を何回もに分けて踏破する試みが人気だ。「奥の細道」も、出発地点の東京の深川や千住周辺をウオーキング姿で歩く中高年の姿が目につく。
 日本ウオーキング協会は03年から11年かけて「奥の細道」を踏破する「平成・奥の細道ウオーク」を実施中だ。年3回、3日間ずつ、1日に20キロ前後を歩く試みで、毎回1000人近くが参加する。ほとんどが50~70代。白河の関までの道は04年5月に歩いた。今年9月は宮城県・松島周辺を歩く予定だ。「奥の細道は俳句好きの方も参加しています。毎回、俳句コンクールも同時に開催しています」と同協会事業部長の西村さんはいう。
 内閣府の世論調査(04年2月)によると、「この1年で行った運動・スポーツの種目」(複数回答)ではウオーキングが37・2%でトップ。「今後おこなってみたいスポーツ種目」(同)でも39・3%で、2位に大差を付けて1位だ。ウオーキング人口は3000万~4000万人とも言われている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
RSSリンクの表示
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。