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戦争になったなら

今夜は息子と外食。
何でも息子は、仙台で祖父母と一緒にテレビ版「はだしのゲン」を前後編とも見たのだという。一緒にいた祖父に、戦争の体験談も聞かせてもらったんだという。

へええ。
どんな風に理解したのやら。

せっかくなので、私が父(つまり息子の祖父)から聞いた戦中戦後の苦労話も聞かせておいた。

広島に原爆が落とされる直前、神戸に住んでいた私の父の家族は、広島の親戚を頼って、広島に引っ越す予定だったこと。その時、知人に「広島は、まだ空襲が来てないから、今行くと危ないかも」と言われたため、神戸の貧しい暮らしを我慢したこと。
もしもこの時、広島に引っ越していたら、父は死んでいたかも知れず、となると当然、私も、息子も、この世に存在しなかったということ。
この原爆で、私の祖母の親戚はたくさん死んでいること。
祖母は、原爆が落ちた後、広島入りしたせいで、今も原爆手帳を持っていること。
戦後の貧しい暮らしの中で、空襲で焼け出された父たち一家は、「はだしのゲン」と同じように、よそのおうちの物置を間借りしたこと。ゲンと同じように、海で貝を採ってくらしたこと。

そんな話の中で、どういう流れになったのか、私、こんな一言を言ってしまったのでした。

「戦争は残酷だから、他人を押しのけても自分が助かろうという強い人ばかりが得をして、弱い人から死んでいくようなこともあってね……」

そしたら、しばらく神妙な顔で黙っていた息子がポツリ。

「だったら、僕は先に死ぬんだろうなあ」

……。
そ、そう来るか?
思わぬ反応にドキリ。
息子なりに、「自分が、自分が」という積極性(あるいは厚かましさ)に欠ける自らの性格を重々自覚していたのだなあ。

その後、
「○○君は生き残りそうだね」
とも。

○○君とは、クラスで一番自己主張のうまい、たくましいタイプの、息子の親友なのです。

「強い人も弱い人も、積極的な人もおとなしい人も、等しく、幸せに暮らせるためにも、やっぱり戦争には反対していきたいと思ってるんだよね、母ちゃんは」 と、一応、話をまとめたんですが。
いやはや。
子どもと戦争の話をすると、ほんと、毎度毎度、思わぬ反応にオロオロさせられますね~。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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