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記事190◆都心の地下農場を見に行く、という記事

■掲載年月日 2005年04月12日
■都心の地下農場
■空なし、大地なし、農薬なし

 夏の畑で、もぎたてのトマトにかぶりつくと、青臭い香りと甘酸っぱい味が口に広がる。あれはお日様の味なのだと、これまでずっと信じてきた。ところが、陽光の届かない東京都心のオフィスビルの地下にも、この味が存在するという。本当なのだろうか。

●トマトの「大木」

 東京・大手町のオフィスビルをエレベーターで地下2階まで下り、自動ドアを開けると、トマトのへたのような青臭いにおいがぷんとした。まさに夏のトマト畑のにおいだ。しかし、目の前に広がる光景はどうだろう。壁じゅうアルミが張られ、壁や天井には56本の蛍光灯が所狭しと並ぶ。冷たくまぶしい銀色の小部屋。まるでSF映画の宇宙ステーションだ。
 約50平方メートルの部屋の真ん中に、茎の太いトマトが3本。部屋の隅や天井からも別のトマトの株が伸び、互いに絡み、天井近くに作られた棚をはっている。水耕栽培で効率よく養分を取った株は、露地ものよりずっと大きくなる。遠目には巨大な1本のトマトの木のようにすら見えた。
 「大木」には真っ赤なトマトが鈴なりになる。ここには青空も、広々とした黒土の畑もない。室温も光量もすべてコンピューターが管理する。現在の株は外である程度育ててから持ち込んだものだが、最初から人工光のみでの栽培も可能。うまくいけば約2年、同じ株で年中収穫できるという。

●雇用創出が目的

 この「地下農場」は2月11日、人材派遣会社「パソナ」東京本社のある大手町のビルの地下2階にオープンした。元は地下金庫だったそうだ。初期投資1億8000万円。ランニングコストは年間約2000万円。派遣業界の雄がなぜ大金をかけて農場なのかというと「目的は農作物の出荷ではなく、農業を身近に感じ、興味を持ってもらうことで就農を促し、農業分野に雇用を創出すること」(同社広報企画部)という。
 実際、同社は3年前から、農業分野の雇用創出を狙って、農村での農作業研修を実施。初年は転職希望の中高年を対象に、2年目以降は就職や独立を希望するフリーターらを対象に行っている。
 宇宙ステーションさながらの銀色部屋にはトマトの「大木」以外にも、全国初の人工光による水稲栽培や、サラダ菜の水耕栽培、花の種類に応じてさまざまな色の発光ダイオードを光源に使った花壇などがあり、育てている作物は野菜20種、花類10種、ハーブ類は約100種類にも上る。
 日曜日以外は自由に見学できる。無料だ。物珍しさも手伝って、農業関係者から大手町で働くサラリーマンまで、1日に100人以上やってくる。

 中高年グループが社会見学がてらやってきた。この中の女性3人に感想を聞いた。「お日様の光を浴びない野菜じゃ栄養面が不安だわ」と1人がいうと、残り2人も思わず相づちを打つ。
 そうなのだ。私たちの心には、太陽の恵みに対する特別な思い入れがある。果実も野菜も土に抱かれ、太陽の光を浴びるからこそ、甘く、栄養たっぷりに育つのだという「お日様信仰」。だからこそ「地下農場」にぎょっとしてしまうのだ。

 しかし農場のスタッフは言う。「人工光でも栄養に遜色(そんしょく)がない。むしろ害虫がつかないから無農薬野菜です」。これで女性陣の意見はコロリと変わった。「だったら最高ね。外国産の農薬だらけの野菜よりずっといいわ。国産だもの!」「これこそ『未来の農業』なんでしょうねえ」

 実は違う。太陽要らずの農業は「未来」ではなく、すでに「現実」である。人工光で野菜や花を生産する「植物工場」は今や全国各地に存在する。気付かないうちに、私たちは工場産の野菜を口にしているのだ。
 食品メーカーのキユーピーは、完全人工光型植物工場のシステムを販売している。「天候に左右され、野菜が高騰すればドレッシング類も売れにくくなる」と、80年代から研究を始めた。現在、同社運営の2工場を含めた全国12工場では年間約490トンのサラダ菜やリーフレタスが生産されている。
 成長が速いため、収穫までの日数は露地物の半分。工業製品のように品質や生産量を管理できる。「水道水で洗うほうが汚れる」(同社)ほど衛生面も完ぺきだ。露地物より2割程度高いが、最近はスーパーの店頭でも人気がある。農薬を使わない点が消費者の心をつかんだ。「野菜を工場で作る試みを否定する人もいるでしょう。しかし露地物より安全で安心でしかも安定供給できます」と同社植物開発センターの清沢さんは語る。
 土に抱かれ陽光と農薬を浴びた露地レタスと、人工の光を浴びた無農薬の工場産レタス。私たちは何を選ぼうとしているのだろう。

●初めてのタニシ

 パソナの地下農場では3人の若手スタッフが野菜の世話にあたっている。このうちの一人、山崎さん(21)は「やりたいことを探したい」と大学を休学し、同社の農業研修を受けた。今は主に稲作担当。「夏前に収穫できる予定なんです。3期作予定なので。ただ、光量をもうちょっと足したほうがいいかな」。暗中模索の日々だ。

 小さな発見があった。「この前、田んぼにタニシがいたんです。土に最初からついていたのが、無農薬のお陰で死なずに成長したんでしょう」。山崎さんはタニシを生まれて初めて見たという。青空の下に広がる日本の水田からは消えつつあるタニシが、都心のビルの地下2階に戻ってきたなんて。なんだか不思議だ。

 最後に、銀色の小部屋でトマトを一つ味見した。真夏の野菜畑でやるように、洗わずそのままかぶりつく。口中に広がる野性の味。スーパーのトマトには絶対に望めない「もぎたて」の味。私はこれまでずっと、これを「お日様の味」と信じてきたのだ。
 無機質な銀色の部屋で、蛍光灯に照らされながら食べる「大手町産」のトマトは、やりきれないほどどこまでも本物の味がした。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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