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記事188◆「夜回り先生」水谷修さんロングインタビュー

■掲載年月日 2005年03月28日~31日連載
■この人、この時
■元定時制高校教師 水谷修さん
■夜回り先生

□いいんだよ--優しさを配ってごらん

 <「夜回り先生」の「いいんだよ」というメッセージは、今の子供たちの心をとらえたようです。>

 今の社会は「だめだよ」に満ちているから。会社で「何やってんだ」と怒鳴られた父親が、家では妻に「風呂も沸いてないのか!」。イライラした母親は子供に「こんな点数じゃダメ!」。
 では子供は? 追いつめられた子供は三つに分かれていく。より攻撃的で強い子は夜の街に出る。いわゆる非行です。最初優しい顔をした大人たちに、最後は食い物にされ、汚されていく。一方、弱い子は自分を責める。「みんな私が悪い」とストレスをため、夜も眠れなくなり、揚げ句にリストカットや処方薬の大量服薬(OD)です。
 でも一番多いのは三つ目。子供社会の中で「大人」となって、弱い仲間にストレスをぶつける。つまりいじめです。

 <子供たちからの相談メールは11万件を超えた。>

 8割以上、つまり約9万件が「死にたい、消えたい」という自殺念慮やリストカット、OD絡みの相談です。今の子は、先生に一度でも注意されると「学校なんて」、一人の友だちが悪口を言うだけで「友だちにも捨てられた」、親に十ほめられていても、一しかられれば「親は私を捨てた」と思いこむ。自分しか見えていない。
 「自分病」の子供たちにはこう伝えます。「僕も昔は君と同じようにリストカットをし、孤立していた。でも自分のことばかり考えるから苦しいんだ。水谷の生徒になりたきゃ、誰かに優しさを配ってごらん」
 高校時代から部屋に閉じこもっている24歳の女の子には「父親の靴を磨いてごらん」と伝えた。父親は磨き上げられた靴に気付き、娘の部屋のドアをノックして言った。「ありがとう、うれしいよ」って。それだけで彼女は変わった。
 もちろん拒絶されることも。洗濯物を一生懸命たたんだのに、母親から「我が家のたたみ方と違う」としかられた子もいた。でもいいんだ。救われたりしくじったりを繰り返し、心を強くしていけばいい。

□学校--もう教育者にはなれない

 <教師という職が好きで「生徒依存症」を自称していたのに、学校を辞めざるをえなかった>

 勤務先の学校に講演依頼や相談の電話が集中し、あれ以上迷惑を掛けられなかった。今も無念です。教育は継続だから。一発勝負じゃできないから。
 学校で毎日顔を突き合わせ、時に裏切られ、半年口をきいてもらえなかったりしながら、時間をかけて信頼関係を築いていく。そこに教育の喜びがある。クラスを持てば親になれた。生徒は僕の子供だった。それを失ったのが何よりつらい。
 今の僕には講演とかメール相談とか一発勝負しか残されていない。「継続の教育」と比べれば、結局きれいごとだ。子供たちが追い求めている水谷の存在は「虚像」。虚像だっていいさ。子供たちを救えるならね。
 でもここに本当の教育はない。教育者・水谷はもう存在しえないんだ。

 <今、学校教師たちに伝えたいことはありますか>

 子供に自分から歩み寄ってほしい。同じ目の高さで、人間として付き合ってやってほしい。
 僕は、生徒と話すのに職員室に呼び出す教師を許せない。ずるいよ。職員室に呼び出されただけで子供はビクビクする。おまけに周囲には我々教員がわんさと座っているんだ。生徒と話すなら2人で、生徒の選んだ場所で話すべきだ。家庭でも遊び場でもいい。それが暴走族の集会なら、僕が一緒について行き、教師の安全を守るから。

 もう一つ。教師は責任を引き受けるべきだ。
 小6同級生殺害事件が起きた佐世保の小学校では、加害女児の写真を卒業アルバムに載せるかどうか、児童に判断を委ねたという。美談として扱うメディアもあったが、僕は許せない。
 こんなのは民主主義でもなんでもない。だいいち事件を教育の「材料」に使ってはいけない。子供に残酷な問いかけをし、重い責任を子供に押しつけ、教育委員会や校長や教師は責任回避したのではないか。事件の直後から一貫して責任逃れしているみたいに見えて仕方ない。

□孤独--求め、「ありがとう」を

 <家族のことは極力メディアから隠してきた>

 危険が及ぶから。テレビに出た翌日、猫が切り刻まれて自宅の前に置かれたこともありました。
 子育てらしいことは何もしてこなかった。ただ信じる道を正しく生きる背中を見せてきただけ。「これがおれの生き方だ」ってね。

 でも今思う。娘には悪いことをした。薬物依存に苦しんだり、親から性的虐待を受けたり、激しい自傷を繰り返す子供たちが常に我が家に同居していた。寂しい思いもさせたと思う。
 生徒たちの前でつらい顔をしなかった分、家では弱い一面も見せていたんだろう。マスコミに持ち上げられ始めたころ、娘たちは反発しました。「本当のパパは違うじゃん。スーパーマンなんかじゃないのに」って。
 家族は僕の素顔を知っている。僕がこんなふうに子供たちのために生きるのは、求められるのが好きだから。求めてもらえないと水谷は生きていけない。寂しいからね。

 幼少期から親と離れ、東北で祖父母と暮らした。貧しくてね。「よそ者」と呼ばれ「村のブランコには乗るな」と言われた。
 1年に数度、おふくろが来てくれたが、駅のホームで見送る時はつらかったな。おふくろはいつも電車の一番後ろに乗ってくれた。僕が電車を追ってホームを走れるように。今も忘れない。

 <だから誰かのために生きる?>

 人間は他人に求められると輝く。「死にたい」という子には頼みごとを言うんだ。
 「今度のおれの講演に近所の花を摘んできて」って。必死で花を握りしめ、「先生持ってきた!」と言う子の顔はいつもより輝いている。
 どうして大人はこんな簡単なことをしてやらないのだろう。子供には命令するばかり。小さい時から支配し、命令してきた揚げ句、ある日突然「どうして一人でやれないの」と責める。
 子供が挫折すれば見守り、抱きしめ、心が弱くなっている時こそ求め、「ありがとう」と伝えてやる。それだけでいいのに。

□生と死--「優しさ」はどの人にも

 <胸腺のリンパ腫で5年と余命告知されて、今年7年目。>

 「死にたい、消えたい」という子供が一方で僕に「死なないで」という。僕は「死は恐れるものでも闘うものでもない。ただ、誰にもいつか来るものだよ」という。
 少年時代にはあんなに怖かった死が、今は怖くない。僕が変わったのは初任地の養護学校での体験が大きかった。筋ジストロフィーの生徒たちが目の前で死に近づいていく。倫理を教える社会科教員の僕に子供たちが問う。「先生あの世って何」「死んだら僕はどこに行くの」。きつかったな。
 「死も生も選べないものだけど、少なくとも今、君たちも僕も生きてる。そのことを大事にしよう」と言い続けた。これが僕の原点。
 でも水谷はやってはいけないことをやりすぎた。人の人生に手を加えた。子供にかかわり、ある子は僕の自宅に住まわせ、ある子は他機関に任せ、ある子は病院に連れて行く。子供を選別し、捨てているのでは、と何度自問自答したことか。
 こうしないと何万という子供にかかわれなかったが、やってはいけない一線は越えてしまった。そうせざるをえない子供たちの悲惨な状況もあったわけだけど。その結果、親も含め今までに事故や自殺や病気でかかわった24人が死んだ。僕が殺したんだと思っている。この責任は負わないと。

 心配が一つ。僕の死後、後追い自殺が出ないだろうか。死後に発表してもらうメッセージも準備してあり、後追い自殺を防ぐ準備は進めてきたつもりだけど、やはり水谷という存在を段々と静めていかないとね。

 <あなたの死を怖がっている子供たちがいっぱいいます。>

 子供たちが頼っている水谷は、実像ではないよ。世の中に欠けている「優しさ」を僕の中に見るから、子供たちは水谷を求める。でも「優しさ」は本当はどの人間にもあるんだ。表し方や表す量が違うだけ。子供たちにはこう伝えます。「水谷はどこにでもいるし誰の中にもあるんだよ」
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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