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記事162◆加藤登紀子さんと行くエルミタージュ美術館展、という記事

■2004年09月15日
■加藤登紀子さんとご一緒する「エルミタージュ美術館展」

 東京・両国の江戸東京博物館で開かれている「エルミタージュ美術館展 エカテリーナ2世の華麗なる遺産」(毎日新聞社など主催)を、幼いころからロシアとかかわりが深い歌手、加藤登紀子(かとうときこ)さん(60)とともに見に行った。女帝エカテリーナ2世らが収集した豪華絢爛(けんらん)な美術品の数々に、登紀子さんは何を感じ、何を思ったのか。

 ◆宝石の花束と再会

 登紀子さんはロシアを「もう一つの故郷」と呼ぶ。1943年、中国東北部のハルビンに生まれた。かつて帝政ロシアの支配下で建設され、「東方のパリ」「東方のモスクワ」とも呼ばれたロシア人街。そこで2歳8カ月までロシア人に囲まれて育った。
 ロシアを愛した父親は一家で日本に引き揚げた後もロシア料理店を開き、現地からコックを呼び寄せた。「いつも暮らしの中にロシアがあった。だから二十歳のお祝いもウオツカでやりました」
 そんな登紀子さん、展覧会場では最初に目に飛び込んできたエルミタージュ美術館の写真にまず歓声を上げた。「ここで私、写真を撮ったわ」

 初めてロシアの地を踏んだのは68年夏。東大卒業後、ソ連7都市のコンサートツアーのため、横浜から船に乗った。当時レニングラードと呼ばれていた街サンクトペテルブルクで、世界屈指の巨大なエルミタージュ美術館と初めて対面したのだった。
 美術館前の広大な宮殿広場に立ち、写真を撮った。美術館を端から端まで写真に写し込もうとしたら、何度も何度もシャッターを押す羽目になった。「窓から 窓から 見える広場を 真っ赤なバラでうめつくして……」。ヒット曲「百万本のバラ」を歌うたび、今も宮殿広場の広さを思う。

 エルミタージュ美術館の400を超える展示室、約300万点もの収蔵品。しかし記憶に残っているのは一つだけ。赤や青や緑の宝石をふんだんに使い、花びらに見立てた宝石の花束だ。

 25歳。決して豊かではないソ連の民衆の暮らしを見た後だったからか、強烈にこう思った。「まあ、なんてもったいない!」
 今回の展覧会で、36年ぶりにその「宝石の花束」に再会した。「そうそう。こういう宝石の花束が何本も展示室に並んでいたの。膨大な作品の中で『もったいない』と思ったこの花束だけを今も覚えているなんて不思議ねえ」。登紀子さんは、ふふふと笑った。

 ◆女帝が育てた美

 エルミタージュ美術館は、仏ルーブル美術館、米メトロポリタン美術館とともに世界3大美術館といわれる。宮殿だった「冬宮」など五つの建物で構成され、ピョートル1世やエカテリーナ2世らが収集した世界的な絵画や、高名な工芸作家の装飾品や陶磁器、家具などが展示されている。収蔵品は300万点といわれるから、30秒ずつ急ぎ足で見ても全作品に触れるには3年近くかかる計算だ。

 展示室の真ん中には、エカテリーナ2世が乗ったという黄金の馬車が安置されていた。隅から隅まで金ぴかだ。車輪にまで金細工が施されている。それだけではない。鎖にまでダイヤモンドが埋め込まれた首飾り、大きなサファイアとダイヤモンドがちりばめられたかぎたばこ入れ、ダイヤモンド細工の王冠をかぶせた金杯……。まさに宝石尽くしなのである。

◆美を追求した時代

 傍らで学芸員の飯塚(いいづか)さん(37)がエカテリーナ2世の生涯について教えてくれた。ドイツ生まれの少女が16歳でロシアの宮廷に入り、夫の愛を得られず、後ろ盾もないまま、宮廷の権力闘争に巻き込まれていったこと。ロシア正教に改宗し、ロシアの言語を学び、誰よりもロシアを愛そうとしたこと。モンテスキュー、ディドロ、ロックなど西洋の啓蒙(けいもう)思想を積極的に学び、「人民への理解のある為政者」を目指したこと。飯塚さんによると「孤児院をつくるなど民衆のことを考え、農民も含めたさまざまな身分の代表を集め新しい法典を作ろうとした」という。

 一方で美術品の収集家としても有名だった。ロシアの文化度を高めたい一心だったそうだ。「隠れ家」を意味する「エルミタージュ」の名の宮殿を建て、そこに収集した美術品を飾り、ひっそりと自分の心を癒やしたのだろう女帝の横顔が、少しずつ見えてくる。

 登紀子さんはしみじみいった。「エカテリーナ2世は豪華な装飾品を発注し、プロデュースすることで、ロシアに一つの文化を育てたんですね。どこまでも美を追求した時代だったんでしょうね。それに比べれば今は寂しい。お金持ちであることが、美の追求よりも、消費に向かってしまう。後世に何も残らないんだから」

 ◆1枚の絵画

 最後の展示室。1枚の地味な色合いの絵画の前で、登紀子さんはふっと立ち止まった。「これ……」

 オランダの風俗画家ヤン・ステーンの「婚姻契約」。青年が身重の娘と一緒に彼女の両親のもとにやってきて結婚の許しを請う、どこかユーモラスな絵だ。さまざまな暗喩(あんゆ)がちりばめられていて、割れた卵は失われた純潔、天秤(てんびん)は夫婦の絆(きずな)を象徴しているんだそうだ。

 「本当に面白い。庶民の暮らしを描いた絵って大好きなの。宝石に飾られた工芸品の数々より、私はやっぱりこの1枚が好きだな。エカテリーナ2世は庶民の暮らしを描いた絵まで集めたんですね」
 美術品の収集に奔走した女帝の心を、登紀子さんはこんなふうに思う。「民衆の暮らしの中にあるおかしさや愉快さ。それはきっと宮廷の暮らしにはないものでしょう? 実は彼女は、民衆の持つエネルギーやおかしさ、リアルな人間の暮らしにあこがれていたんじゃないかしら」

 登紀子さんの目を通して、美を求めた女帝の意外な一面に触れた気が
した。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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