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★誰も「戦後」を覚えていない(著・鴨下信一)

★誰も「戦後」を覚えていない(著・鴨下信一)

1935年生まれの著者が、敗戦後5年間のことを描いた本。
当時を生きた人にとっては当たり前で、絶対に忘れられないことなのに、今語り継がれている「歴史」の中からはなぜかこぼれ落ちてしまい、今の若い人には絶対に理解してもらえそうにないことを、著者は丹念に探し出し、拾い上げ、時には「今の人にはわからないかもしれないが」と前置きし、「実際はこうだったんですよ」と教えてくれる。

この「今の人にはわからないだろうが」という前口上が、ちっとも説教臭くない。嫌味がない。今の人を責めているのではなく、ただ伝えておきたい、という静かな思いがこの本を書かせているんだろうと伝わってきて、不思議と説得力がある。
新書だから簡単に安心して読める。今の人が読む、ということを前提に、リーダビリティーを確保することにも力を割いてくれている。
だからだろう。読者は著者の「直球」をすなおに受け止めてしまう。

例えば、「敗戦のレシピ」という章には「はまぐり焼き」というレシピが登場する。
レシピ曰く「粉がある時はふくらし粉と塩を加えて手軽なホットケーキのようなものを焼き、2つ折りにして中につぶし芋をたっぷりはさんで2つに切ります。ちょうど三角形の底のまるいはまぐりのような形になります。時間があれば火箸をよく焼き、はまぐりのような筋目をつければ、見た目も変わってきれいになります」

今の私たちの目には決しておいしそうには見えないが、ホットケーキだなんて案外ハイカラじゃない? などと思ってしまいそうだ。

しかし、著者の鴨下さんはこう書く。
「とても理解してもらえないだろうが、ぼくはこのレシピを読んだ時、思わず泣いてしまった。この時代に生きた人間でないとわからない」

なぜか。

鴨下さんはこれを「幻想のレシピだ」という。
「粉のある時は」なんて、とんでもない。粉などもうなかった。小麦粉は配給にならない。配給になるのはたぶん「海草粉」で、そんな粉ではホットケーキは作れない。ふくらし粉だってない。
「時間があれば」なんてとんでもない。「焼き目を付けるヒマがあれば、他のことをするだろう」と鴨下さんは書く。ほんの少しの配給のために1日中行列しなければならなかった時代なのだ。
「結局これは単なる『つぶし芋』のレシピなのだ」と鴨下さんは書く。
ここまで来て私たちはようやく、ああ、なるほど、と納得するのだ。
確かに私たちは、結局、「戦後」と語られるいくつかの事象について知っていたとしても、あるいは資料を見聞したことがあったとしても、本当の「戦後」をちっとも知らないのだ、と。

例えば、玉音放送。
著者は「玉音放送の内容、勅語の文章が難解で、意味がわからず、国民の多くが敗戦の現実をなかなか受け止められなかったということが定説化してしまっているのは、それは困る」と書く。
彼は「小学生でも理解できた」と言うのだ。教育勅語の復唱を毎日のように行っていた当時の小学生にとって、勅語の難しい文体も耳慣れたものだった、と鴨下さんは主張する。聞き取れなかったのは、内容が難しかったからではなく、ラジオの受信状態の悪さゆえだ、と。

今を生きる私は、思わず「どっちでもいいじゃん」と言い捨ててしまいそうになり、それから、思い直すのだ。「どっちでもいい」と思えない人たちの気持ちを、私はこれまでも知らず知らずのうちにいっぱい無視してきたんだろうなあ、と。

このほかにも、例えば、普通の人が「ちょいと借りよう」「交換しよう」と言いながら、他人のものを盗んだ日々や、親戚の間にまで不信と狂気を生んだ間借り、殺人列車、闇市、預金封鎖……。そんな、誰もがよく知っていると思いこんでいる「戦後話」の中に、「今の感覚でとらえれば絶対にここの部分は理解できないぞ」と鴨下さんがピンポイントで示してくれる事柄の一つひとつが、なるほど、確かに私自身が誤解したり見落としたりしていた部分であることが多くて、一つひとつ考えさせられた。
終盤、段々とポイントが広がって行き過ぎる気がして、ついついとばし読みしてしまったけれども。

さらに、あとがきは心に残った。
彼は、戦後を言い表すことがとして「不公平感」を第一に挙げる。
死なねばならなかった者と生き残った者。家が焼かれた者と焼かれなかった者。シベリアに抑留された者とすぐに帰国できた者。いくつもの不公平感のうえにいて、だからこそ、生き残った者はそれぞれに罪悪感を感じていたのだと。
彼がこの本を書かずにいられなかったのも、その罪悪感ゆえなのだと。

確かにこの「罪悪感」もまた、私たち、下の世代にはその痛みをとても共有できそうにない感覚なのだろうなあ、と思いつつ、本を閉じた。


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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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