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★四度目の氷河期 (著・荻原浩)

★四度目の氷河期 (著・荻原浩)

何でも書ける荻原氏が、青春小説を書くとこうなるのか、という感じの作品。
「バッテリー」「DIVE」「一瞬の風になれ」など、児童文学出身の女性の書き手が次々にスポーツ青春小説を発表し、それぞれに人気を博してるわけですが、荻原さんのこの作品は、「そうだよね、スポーツ小説(この本の場合は、槍投げ)だって、この程度にはよれたり、ねじれたり、下手に盛り上げず淡々と描いたり、別の要素をぶちこんだりしたっていいよね」と妙に納得させてくれます。
ただし、母親の病死、という設定はちょっといただけない気がしました。

父親が誰か、母親に教えてもらえないまま、クラスメートや田舎の地域社会に親子で排斥されてきた「ぼく」。ある日、彼は自分の父親を「クロマニヨン人」だと思いこみ、「ぼくはトクベツな子ども」と自ら決める……というような話。
他人と違う自分にひりひりする一方で、「トクベツ」と思いこむことで自分を守ろうとする幼い日の主人公の存在は、読んでいてハラハラさせられます。
やっぱり私自身が、男の子の母親だからかなあ。

彼がでも、成長の末、最後にロシアで見つけた答は、なかなか素敵でした。

ぼくはずっと自分を人と違うと思って生きてきた。普通とは違う自分に怯え、同時にうっとりしていた。自分を特別だと考えていた。
ちっとも特別じゃない。
ぼくは六十五億分の一。人類の何十万年もの歴史の中の、たった十七年を生きているだけ。自分の存在が、人類の進化の過程にいくつも存在する失われた環(ミッシング・リング)なんかじゃなくて、誰かと確実につながっていることがわかった。(略)
人間も生き物もみんな長い長い生命連鎖でつながっているけれど、それは過去につながれているわけじゃなくて、気まぐれにバトンを渡された、リレー走者になっただけのことなんだ。だったら前だけを見て走ればいい。


ね?
なんと多弁な思春期少年なんでしょ、と思わないでもないですが、少なくとも、作者の思いがビシバシ伝わって来るわけです。

それにしても。
妙に実感したのは、やっぱり歴史観って大切だなあ、ということ。きちんと歴史を学び、時代の縦軸、横軸の両方を知識として知っているかどうかが、実は、思春期の思索を狭く閉じさせない鍵を握っているのかも。そんなことをふと思った小説でした。




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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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