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★「ニッポン社会」入門 (著・コリン・ジョイス)

★「ニッポン社会」入門 (著・コリン・ジョイス)

英国高級紙の東京特派員が書いた本。
副題はなんと、「英国人記者の抱腹レポート」。
だいたい「抱腹」なんて言葉を冠する本に、笑える本なんてないのよ!と思いつつ読んだら……こりゃたしかに、抱腹、かも。
かなりおもしろかったです。

また、同じ業界にいる者としても考えさせられる点が多かったです。
「(勤務先の英国紙の)デスクは、社説の文体は世界中どこでも同じだと思っていて、ぼくに読売新聞から強い非難ないし賞賛のフレーズを引用してくるようにと言ってくる。ぼくが日本の新聞の論調は『たしかに○○であるが、一方××でもあり』ときて、『この問題に関しては真剣な論議が必要だ』と結ばれているのが普通だと伝えても、決して信じてはくれないのだ」とか。
ね、かなり抱腹ものでしょ?

でも、この本がある面においてとても真摯なのは、特派員として、異国の話を本国の読者に向けて書くことの難しさについて、誠実に語っていることだと思う。

日本についての固定観念を裏付けるような記事を書くのは簡単だ (過労死と日本の働き過ぎ文化など)。また、固定観念をまるごと覆すような記事を書くのも難しくない (会社からドロップアウトして趣味を追求するフリーターなど)。しかし、その中間の微妙な記事はどういうわけか、うまく伝わらないのである。

その例として、「セックスレス」と「できちゃった婚」の両方を書いたら、英国にいるデスクが「日本人はやりまくってるのか、やらなくなってるのか、どっちなんだ?」と聞いてきた、というエピソードを挙げている。
なるほどなあ。

実は、上記の「中間が伝わらない」は、日本にいて、国内の記事を書く新聞記者もまた抱える悩みだと思う。
いかにも、な、固定観念に乗っかった記事は分かってもらいやすい。
あるいは、それを覆す記事は、記事として、読んでもらいやすい。
しかし、現実はもっと複雑で、重層的で、そう簡単にどちらかに振れてはいない。それを誠実に書いていると、そもそも、ニュースとして成り立たなくなってしまう。
そんなジレンマ。

これが前書きできちんと書かれてあったものだから、もう、迷わず、一気に読破してしまったのだった。
以下、おもしろかったところを列挙します。

*著者は「日本社会を知る格好の場所」として、公共のプールを挙げる。恐ろしく混雑しているのに整然としているから。「秩序と安全に対する日本人の愛の証」とまで彼はいう。日本人が100人利用できるプールで、英国人なら60人もいれば泳げなくなってしまうだろう、とも。
(その国らしさをどんな場面で感じ取るか、という点は、記者のセンスをいかにも表していて、公共プール、というのは結構気に入ってしまった)

*日本語は簡単だ、と著者は言う。名詞に単数複数の区別はなく、性や格変化もない、と。確かにそうだなー。ちなみに作者が最も練習を繰り返した単語は、「うどん」と「旅館」らしい。で、いまだ区別が難しいのは「作家」と「サッカー」だそうだ。
(私自身、とある英語教師に、「英語って許せない。なぜ、claimとかproclaimとかreclaimとか、似たような単語があるんだ!」とぼやいたら、やはり「作家」と「サッカー」について文句を言われたのを思い出した)

*「田中さん」が自己紹介する時は「田中です」で済むが、外国人である自分が「コリンです」と言うと、日本人は目の前の白人が日本語を話していると悟ってくれない。だから、「私はコリンといいます」と言わねばならない。
(痛いところを突かれた~と笑ってしまった)

*わずか3単語で明快に意味を伝えることわざ「猫に小判」はすごい!、と著者はいう。
(んなこと、考えたこともなかったぞ)

*著者が日本語の非論理性の象徴として、「今度」という言葉を挙げていること。「今度、今度ねー」と言われた著者が、「今度=this time」と思っていたら、「次回=next time」のことだった、というエピソード。(なるほど、今度と、今回とは、違うのねえ)

*著者が日本に長く暮らすうち、自分が日本人化していることを自覚した、というくだり。「ぼく自身がイヤだと思っていた日本人の癖を身につけてしまった」と。例えば、英国から友人がやってくるたび、納豆や梅干しを食べさせてみたい誘惑に駆られるとか、彼らがゴミの分別ができるか小うるさく監視してしまう、とか。彼の仲間の英国人記者は、英語で頼み事をするときでさえ、いつも、I know you're busy but...と前置きするようになっちゃったそうだ。うーん、すごい!

*著者が勧める東京スポットは、大田区の本門寺。松濤園という庭園がすばらしいんだそうだ。(あーん、行ったことないぞ)。

*「イギリスと日本は似ている」と著者に言ってきたのは全員日本人で、英国人は一人もいない。
(これは一番笑えた話の一つ。むむ、なるほど)

*著者の、「日本の土産」考も笑える。彼が英国に持ち帰りたいのは、マッサージ椅子。しかし重すぎる。無印良品の名刺入れ。しかし英国で販売が始まった。味噌。これはみそ汁ではなく、きゅうりにつけて食べるものとして土産にするのが良い。枝豆。腐りやすいから残念ながらダメ。外国人に枝豆ファンが多い、というのは有名。だからスルメが良い。でも煎餅は人気なし。お茶はダメだが、お茶漬け海苔やふりかけは好まれる。ごまドレッシングや和風ドレッシングは高い評価を受けている。夏なら、畳スリッパ。それから、瀬戸物のおちょこ、扇子……。

とまあ、私はいくつものエピソードのたび、クスクスと笑いまくったのでした。抱腹、とまでは言えないにせよ。

でも、一番考えさせられたのは「イギリス人が読みたがる日本のニュース」という章。
この章は、「悪いのはぼくだ」、という一文から始まる。
日本に関するエキセントリックな話題が世界中に流布しているのは、彼ら日本在住の特派員に責任がある、という懺悔なのだ。

日本に関する記事がどうやっても「キワモノ記事」的三面記事になってしまうメカニズムを正直に書いている。
例えば好まれるのは、ロボットネタ。原宿に集まる少年少女。パラパラにルーズソックスに厚底ブーツ。「たまごっちを思い出せない特派員などいはしないだろう」と彼は書く。

彼のデスクが気に入るテーマは、

第二次世界大戦、相撲、ヤクザ、芸者、皇室、女性、若者文化、憲法9条、奇妙な犯罪

だそうだ。パチンコ、宝塚、着物、演歌あたりも、結構いけるらしい。

考えさせられたのは、彼自身の経験談。
日本人のペットに対する態度が変わって来ているとを伝えたくて、ペットも住めるよう設計されたマンションが登場した話を彼は記事にしたという。
確かに、日本でもペットではなく、「コンパニオン・アニマル」という概念がほぼ定着したことを、ペット大国、英国に知ってもらいたいもんだ。
が、彼の記事は、英国のデスクによって見事なまでにねじ曲げられる。

東京はペットにやさしい都市になりつつあるという内容の記事になるはずが、デスクはそれを、日本人は病的なまでに清潔なため建設会社はマンションの入り口に犬専用のシャワーを取り付けさせられているという趣旨のものへと変えたのである

少なくとも私の勤務先でここまで見事に書き換えることはありえないけれど、でも、掲載されるされないの部分でそういったバイアスが常にかかることは皆知っている。

例えば、インドの記事ならITかカーストか道行く象や牛の話が、フランスの記事なら食べ物や芸術や日本ブームの話が、アフリカなら難民や内戦や貧困の話が、どうやっても日本の新聞ではおさまりよく記事にされやすい。

いずこも同じ、なのだ。
で、厳密にいうと、国内でドメスティックな記事を書くことに終始している私だって、同じジレンマを抱えている、と思う。

「サラリーマン」は「悲哀」なほうが読まれるし、「女性」は「元気印」がいい。地方都市は「悲惨なほどの過疎」か、「それをプラスに転じる新たな試み」かどちらかしか読まれず、普段の現実は記事にならない。

また、彼はジャーナリストとしての話以外に、異国で、外国人として暮らすことについても貴重な洞察を行っている。
彼は「ガイジン」として、日本社会の「和」を乱せるか、と提起し、「ガイジン」として暮らす中で日々感じる膨大なジレンマを列挙する。ここはものすごく迫力がある。

曰く、

人のよさそうな男性から「あんたはいいガイジンさんだねえ」と言われた。あなたは素直にこれをお世辞と受け取るだろうか。それとも、万一、この人の気に入らないことをしでかしてしまったら、この人はきっと自分のことを「不良ガイジン」と呼ぶだろうと言う含みをかぎ取るだろうか。

とか、

「納豆は平気ですか?」。こう尋ねられるのはもう10回目だ。今回、質問してきた人は、純粋に好奇心から尋ねてみたに違いなく、悪意はまったくなさそうだ。あなたなら、どう答えるだろう。そしてあなたはこの質問にこれから1年ないし2年、丁寧に返答し続けることができるだろうか?

とか。

私はこれを読んで、二度と外国の人に「納豆は平気か」とか「箸は使えるか」とか「刺身は好きか」とか、言うのはやめようと思った。

最後に。
彼は、日本に新たに暮らす外国人を想定し、こんな助言を行っている。

以下の二点について頻繁に質問されることを覚悟しておくとよい。すなわち、「納豆は平気ですか」と「日本は好きですか」である。ぼくは二番目の問いに対しては「イエス」と答えることをお勧めする。そう答えておけば、君は話し相手の共感を得ることができるらだ。そうすれば、あとは安心して、面倒だと感じること(間違いなく君は日本で面倒なことに直面する)について自由に話せばいい。
また、あらかじめ自分の血液型と、靴のサイズが何センチになるかを調べておくこと。


これは形を変えた日本社会の痛烈な風刺なんだろう。
いやはや、ちょっと身につまされた。

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 英国人記者「日本人はまるでロボット。皆が同じ格好で同じ行動。個というものがない」 

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2012/10/16(火) 15:54:03.75 ID:yvc61mjIP ?2BP(1000)http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=65541<サッカー>日本人は20年以内にW杯で優勝...

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こんにちは!ヽ( ´ ▽ ` )/ 

★タッキー@闇黒魔人★です!


こっそり遊びに来ました~^^

また遊びにきます~♪
応援(ノ´∀`)でした♪

>その中間の微妙な記事はどういうわけか、うまく伝わらないのである。


これは、日本の文化だから伝わらないといいたい文なのでしょうか。小国様はどう解釈なされましたか。
中間の微妙な記事は伝わりにくいものかと思うのですが、どうなのでしょうか。
自分の言ってる事が人に伝わっていない感じもしますし、人の言ってる事が自分に伝わっていない感じがしているところで、このブログを拝見して、お尋ねしてみたく、書き込みさせていただきました。

コムさん。

>これは、日本の文化だから伝わらないといいたい文な
>のでしょうか。小国様はどう解釈なされましたか。

著者は、ある程度日本ゆえ、というニュアンスを加味して書いておられるようでしたが、私自身は、どの国においても、メディアは「中間」を伝えるのがとても苦手だと感じています。
いかにもの分かりやすい物語か。
あるいはそれを否定する、驚きのニュースか。
そういうのは、とても記事にしやすいんですけど。
プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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