★累犯障害者 (著・山本譲司)
2007.05.23 09:01|かんたん書評|
★累犯障害者 (著・山本譲司)
考えさせられるところの多い本でした。
……と一言で言ってしまうのは、卑怯か。
メディアに身を置く者として、身につまされる指摘がたくさんありました。正直なところ。
逮捕された元国会議員の著者が、刑務所で「これまで生きてきた中で、ここが一番暮らしやすかった……」 とつぶやいた障碍者の姿に衝撃を受け、出所後、「障碍者が起こした事件」の現場を訪ね歩く、という本。
障碍ゆえに犯罪を犯した、と読者が誤読しないよう、何度も何度も、表現を変え、説いていることは、障碍者が犯罪を起こしやすい、ということでは決してなく、犯罪に吹き寄せられてしまうような背景が今の日本にあるのだ、そういう意味で彼らもまた被害者なのだ、という点でした。
心に残った記述をいくつか。
この国の司法はいま、彼ら知的障害者の内面を伺う術を持ち合わせていない。結果的に彼らは、反省なき人間として社会から排除され、行き着く果てが刑務所になる。
(知的障碍を持つ人々が、コミュニケーションを苦手をすることから、人との交流を通して身につけるはずの倫理的基準がなかなか知識として備わらず、そのため、法を犯した後も容易に反省に結びつかず、「改悛の情」を示せない結果、刑期満了まで仮釈放されることもない現実を指摘して)
ろうあ者が用いる手話は日本語とは別の言語であって、健常者が学習する手話と比べ、文法や表現方法に大きな違いがある。健常者である聴者が使う、いわゆる日本語対応手話は、中途失聴者向けには有効かもしれないが、生まれながらのろうあ者には外国語のように思えてしまい、非常に分かりづらい。
(取り調べや公判で、手話通訳を介してもなお、事実がねじ曲げられている現実を指摘して)
日本のマスコミは、努力する障害者については、美談として頻繁に取り上げる。障害にも負けず仕事に頑張る障害者、パラリンピックを目指してスポーツに汗する障害者、芸術活動に才能を発揮する障害者などなど。(中略)障害者が起こした犯罪そのものをマスコミが隠蔽しているため、多くの福祉関係者は、近辺に触法障害者があらわれたとしても、彼らを極めて特異な存在として受け取り、福祉的支援の対象から外してしまうのだ。
(触法障碍者が出所後、社会福祉施設になかなか受け入れられることのない現状とその理由についての指摘として。あるいは、著者自身が服役中に出会った知的障碍者を追跡調査した時、2人が、福祉の支援を受けることなく、医療的治療など必要ないはずであるにもかかわらず、精神科病院の閉鎖病棟に収容されている現実を指摘して)
著者自身が、出版社のサイトに、「たくさんのクレームがほしい」と書かれていて、それもまた、心に染みました。色々と考えてみます。
考えさせられるところの多い本でした。
……と一言で言ってしまうのは、卑怯か。
メディアに身を置く者として、身につまされる指摘がたくさんありました。正直なところ。
逮捕された元国会議員の著者が、刑務所で「これまで生きてきた中で、ここが一番暮らしやすかった……」 とつぶやいた障碍者の姿に衝撃を受け、出所後、「障碍者が起こした事件」の現場を訪ね歩く、という本。
障碍ゆえに犯罪を犯した、と読者が誤読しないよう、何度も何度も、表現を変え、説いていることは、障碍者が犯罪を起こしやすい、ということでは決してなく、犯罪に吹き寄せられてしまうような背景が今の日本にあるのだ、そういう意味で彼らもまた被害者なのだ、という点でした。
心に残った記述をいくつか。
この国の司法はいま、彼ら知的障害者の内面を伺う術を持ち合わせていない。結果的に彼らは、反省なき人間として社会から排除され、行き着く果てが刑務所になる。
(知的障碍を持つ人々が、コミュニケーションを苦手をすることから、人との交流を通して身につけるはずの倫理的基準がなかなか知識として備わらず、そのため、法を犯した後も容易に反省に結びつかず、「改悛の情」を示せない結果、刑期満了まで仮釈放されることもない現実を指摘して)
ろうあ者が用いる手話は日本語とは別の言語であって、健常者が学習する手話と比べ、文法や表現方法に大きな違いがある。健常者である聴者が使う、いわゆる日本語対応手話は、中途失聴者向けには有効かもしれないが、生まれながらのろうあ者には外国語のように思えてしまい、非常に分かりづらい。
(取り調べや公判で、手話通訳を介してもなお、事実がねじ曲げられている現実を指摘して)
日本のマスコミは、努力する障害者については、美談として頻繁に取り上げる。障害にも負けず仕事に頑張る障害者、パラリンピックを目指してスポーツに汗する障害者、芸術活動に才能を発揮する障害者などなど。(中略)障害者が起こした犯罪そのものをマスコミが隠蔽しているため、多くの福祉関係者は、近辺に触法障害者があらわれたとしても、彼らを極めて特異な存在として受け取り、福祉的支援の対象から外してしまうのだ。
(触法障碍者が出所後、社会福祉施設になかなか受け入れられることのない現状とその理由についての指摘として。あるいは、著者自身が服役中に出会った知的障碍者を追跡調査した時、2人が、福祉の支援を受けることなく、医療的治療など必要ないはずであるにもかかわらず、精神科病院の閉鎖病棟に収容されている現実を指摘して)
著者自身が、出版社のサイトに、「たくさんのクレームがほしい」と書かれていて、それもまた、心に染みました。色々と考えてみます。




