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なぜ人は「見て見ぬふり」をするか、という記事

GW明け、最初に書いた記事はこれ。

なぜ人は「見て見ぬふり」をするか?

先日のエントリーに書きましたが、ずっと気になっていた雨宮処凛さんに会えたのは、この取材のお陰だったのでした、ハイ。

最初、このテーマで識者2人を選ぶとき、私はまだ、「見て見ぬふり」というのは、極めて日本的な現象なのだと思っていました。
「見て見ぬふりをする情け」という言葉のように、「見て見ぬふり」はある場面では日本の古くからの美徳でもあるのかなあ、とか。人口密度の高いこの国の都市では、特に、親密な顔見知り以外の他人の存在を風景のようにやりすごす文化があるのではないかしら、とか。

ところが、人選も終え、取材もほぼ終えたころに、1964年にニューヨークで発生したとある殺人事件のことを知ったのでした。
Kitty Genoveseさんが被害にあった事件

上記リンクを読むと、以下のような単純な話でもなさそうですが、社会心理学などの世界では一般的に、以下のような事件と理解されています。

1964年のある夜、ニューヨークの住宅街で、キティ・ジェノバースという女性が、帰宅途中に男に襲わた。30分に渡って断続的に暴行され、性的暴行も受けた末、刺殺された。近所の住人38人は、悲鳴を聞いたり、窓から暴行の様子を目撃したりしていたが、誰一人警察に通報しなかった。

当時、この事件は、「38人はなぜ通報できなかったのか?」「都会の人々の無関心」などと、かなり大きな社会問題となったそうです。

この事件の後、社会心理学者たちは様々な実験の末、「多数の無知(pluralistic Ignorance)」という概念で、傍観者の心理を説明しました。
例えば、こんな実験。
ドアの下から煙が出てるのを目撃した時、その場に自分一人しかいない場合には、75%の人が自ら通報するのに、これが「一人」から「三人」に増えただけで、通報する可能性は38%にまで落ち、さらに、「三人」の時にほかの2人が通報するそぶりを見せなかった時には、わずか10%の人しか通報しなかった、というような実験。

傍観者が1人から多数に増えれば増えるほど、個々の感じる責任が減り、助けなくなることや、傍観者同士がお互いに知らない者同士だった時に、より人は他人を助けなくなることや、傍観者の誰かが無関心を決め込む行為が、周囲の人々に「助けを要するほど緊急事態ではないんだ」とより安易に思いこませる効果があることなどが、報告されているそうです。

ある意味、今回の特急列車内での強姦事件は、この条件がすべて満たされてしまったのかもしれません。

つまり、人々は「親切でない」から他人を助けられないのではなく、本当にその人が助けを求めているのかどうか「自信がない」から助けられないのであって、傍観者の集団が大きくなればなるほど、助けを要する非常事態なのだ、という事実を人々は見過ごしてしまう。
……多数の無知、というわけです。

社会心理学系のとある本にはこんなことが書いてありました。
「もしもあなたが、公衆の面前で身体の一部に麻痺を感じ、脳卒中の前触れかもしれない、と思った時には、『青いシャツを着たそこのアナタ、救急車を呼んでください』と、口がきける間に明確に助けを呼ばなければならない」と。

つまり、
・助けが必要であることを明確にする
・ほかの誰かでなく、あなたに助ける責任があるのだ、と指名してやる
・どのような助けが必要かの中身を明らかにする
の3点を満たすことが必要だ、と。

うーん。
むしろ、多数の傍観者の側のほうが、何か心がけることで、「多数の無知」にはまりこまないような、良い解決法はないんだろうか。

いずれにせよ。
どうせこのテーマで紙面を作るのであれば、「多数の無知」について触れるべきだったなあ、と反省。

ただし、記事につけた「オランダ、英国と日本とで、学級内のいじめを見たときに『見て見ぬふり』する傍観者が、学年別でどう推移するか?」という表 (このエントリーの2行目の記事リンク先参照) は載せてよかった、と自分でも納得。
中学生になると、オランダや英国では「傍観者」は現象に転ずるのに、日本では学年が上がるほどに「傍観者」が増え続ける、という調査結果です。

研究者たちは、「日本のいじめが長期化する一因ではないか」と分析しているようです。



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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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