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■ルドルフ・ブッフビンダーのピアノリサイタル

■ルドルフ・ブッフビンダーのピアノリサイタル@東京オペラシティー

この日はベートーヴェンプログラム。

ピアノソナタ第17番「テンペスト」
ピアノソナタ第18番
ピアノソナタ第3番
ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」

アンコールは、
ピアノソナタ第8番「悲愴」第三楽章
最後だけベートーヴェンではなく、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」より「ウィーンの夜会」

音楽素人なりに、楽しめるプログラムでした。

17番は、低音をなるほど上手に使うんだなあ、などといい感じで聴かせてもらいました。ただ、あの有名な例の第三楽章は、私にはちょっと前のめりな感じに聞こえてしまった。
所々おもしろいなあ、とは思ったけれど。

18番は、ドラマチックな展開がすごく明確に刻まれている感じがして、この人、むちゃくちゃベートーヴェンを研究してるわ、という感じ。
前半の感想は「いい演奏を拝聴いたしました。ははーーーーっ」という感じで、なんか、感動というよりは、感心、だったかな。

で、休憩。

この日は、むしろ後半で圧倒されました。
1793~4年に作曲された第3番と、1803~4年に作曲された第21番と、意識して並べて聴いたことがなかったから驚いた。
なるほど、作曲された時期に10年の年月の差がある。
でも同じ調性で書かれていて、構成にしろ、非常に共通点を感じさせる2曲なんですよね。

この2曲を後半に並べる、というところがまず心憎い。
で、実際、21番が始まると、第一楽章の壮麗さというか、大胆で、広がりがあって、雄大で、どこまでも前を向いている曲調にすごく興奮させてもらった。さらに第二楽章の深みある演奏に「そうか、ベートーヴェンの10年間の年月を、ブッフビンダーさんはこんな風に解釈したんだ」と腑に落ちる思いでした。
ワルトシュタイン
ほんと、「謹んで拝聴いたします」状態の前半から、ぱーーーっと華開き、最後のワルトシュタインで、感激!って感じ。

アンコールに「悲愴」第三楽章をもってきたのも、最高で、考え尽くされたプログラムだと思いました。
この「悲愴」は、1週間ほど前に王子ホールで主にシューベルトの即興曲などを弾いた時にも、アンコールとして弾いたらしい。

ワルトシュタインで終わり、悲愴で締めるオールベートーヴェンプログラム、いいじゃん!
大喜びで拍手していたら、ブッフビンダーさん、アンコールの2曲目を弾き始めた。それが、ヨハン・シュトラウス。

うーん。
いかにもアンコール向けの曲ですし、王子のプログラムではシューベルトプログラムの最後にこれを弾いたらしい。
シューベルトにヨハンシュトラウス、というのはありだと思うけど、この日のベートーヴェンプログラムに、ヨハンシュトラウスが必要だったかといわれると、私はちょっと納得がいかないのでした。

アンコール2曲は物理的にはうれしいけど、「悲愴」で終わっておいてくれたほうが、プログラム的には納得できたかも。
もちろん、演奏自体はすごく素敵でしたが。
こうなると、王子のシューベルトプログラムも聴きたかったなあ。シューベルトの即興曲については思い入れも強いほうなので。

ところで。
今回のコンサートで我慢ならなかったのは雑音です。
2階席最前列真ん中という理想的な場所で音を聴いてましたが、背後でガサガサとパンフレットを開いたりする音がやたら響くホールなんですよね。

音楽素人なので、よく分かりませんが、オペラシティーとピアノリサイタルってあまり相性良くない気がする。(といっても、ここでオペラを観たことはないのですが……)。

特に静寂の中で聴きたいような曲の場合、騒音が妙に響いてしまう気もするし、音の粒が際立たない気もする。
たまたま私が聴いたリサイタルがそういうものだっただけなのか、ピアノの問題か、ホールの問題かよくわからないけれど、最初の1小節でうっとり、みたいな音って、いつもサントリーホールなのよね。
あるいは、単に私とホールとの相性(つまり好き嫌い)だけの話なのかもしれませんが。

第一、今回は開演前に、隣のおばさんが膝の上に鞄をおいているのを見ただけで、ああ、今日はダメだ、と覚悟しました。ひざに荷物おいて、どうやって音に集中するんだろう?
案の定、このおばさん、演奏中に上着を着るし。パンフレットを開いたりするし。
それだけでなく、この日は、演奏中に背後で私語も聞いたぞ。前代未聞。1階では、何か荷物をバサンとどこかから落とす音までするし。
咳はね、生理現象だからある程度仕方ないと思う。でも、タオルなどで口を塞いで音をこもらせる努力をしてる人も今回の演奏ではほとんどいませんでした。くしゃみしたオヤジもいたな。

……かくいう私は、おなかの音を1度ならしてしまった。
ぐりゅりゅりゅりゅ~。
慌てて、休憩の際にサンドイッチを食べたのでした。

さて、来週はウラジーミル・フェルツマン。
そもそも発表会でシューマン=リスト編の「献呈」を弾くにあたって、片っ端からこの曲を演奏しているCD (カツァリス、横山幸雄、キーシンなど) を聴きまくっていた時、よく聴いたのがフェルツマンでした。
たまたまコンサート情報を見つけたのと、その当時凝っていた「展覧会の絵」がプログラムに入っていたことから、適当にチケットを買っておいたのだが、先日の上野の東京文化会館ではなんとアンコールに「献呈」を弾いたらしい。(隣の小ホールでたまたま演奏会を開いていたピアノの木曽センセが漏れ聞こえる曲に気付き、教えてくれました)。

来週のコンサートでもたぶん、「献呈」をアンコールに持ってくると思う。発表会から2週間も過ぎていれば、ちょっとは冷静に聴けるかな。


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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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