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記事149◆作家・高村薫さんロングインタビュー

■掲載年月日 2004年06月21~24日
■この人、この時
■作家・高村薫さん 若い人たちへ


◇自己の相対化--みな絶望を飼っている

 <企業テロという事件の形を借り、政治だけでなく経済までが揺らいだ94年当時の時代と日本社会の深淵(しんえん)を描いた「レディ・ジョーカー」。執筆から10年。この国に何が見えるか>

 今、若い人たちは自分で自分の絶望を飼っています。もちろん若者は本来、絶望を飼うものですが、かつては本を読んだり、旅に出たり、社会を眺めたりして絶望を相対化してきた。今の人はそれができない。
 そこから「分」というものがますます消えつつあります。「分をわきまえる」の「分」です。「私だって、私だって」とみなが思い、それを社会があおる。あなたもキャリアウーマンになれる、スタイリッシュな暮らしができる、自己実現ができると。現実の人生はそんなにうまくいくものではないのに。

 <10年間で一番変わったのは政治でも社会構造でもない。人間の価値観だというのである>

 変化を加速させたのは「ウィンドウズ95」の登場です。パソコンの使い勝手は飛躍的に良くなり、お年寄りから子供にまで急速に浸透しました。インターネットでは、すべての情報が等価で、おまけに天文学的な数の情報にあふれています。情報を取捨選択するときも「私が大事だと思うか」が絶対的な価値観となる。そこには自分を脅かす社会も、他者も、苦しい競争もありません。
 ネット社会は人に万能感をもたらします。この万能感に年端も行かない子供がつかる。対人関係に疲れた大人までもがネット世界に逃げ込み、退化している。

 <肥大化する自己、社会性の喪失、根拠のない万能感……。時代を見つめる高村さんの目にどんな未来が見えるのか>

 今後、社会や他者への関心を持たなくなった人間はどこへ行くのでしょう。自分が何者であるかを教えてくれる枠組みを失った<わたくし>は不安で不安定な存在になり、そういう人間の集まった社会もますます流動的でとらえどころがなくなるのではないでしょうか。

◇背伸び--大人の世界をのぞいて

 <高村さんは1953年、大阪で生まれた。「町や人を外側から観察するのが好きな子どもだった」という。今の子供たちに何を思うのか。>

 現代は、大人になること、すなわち成長や進歩に価値を見いださない時代ですが、その分、社会生活への困難を感じる人が多くなっています。
 わたくしは社会や人間を観察する子供だったけれども、それは単に大人の世界に興味があったから。今の子供たちは同世代の社会を観察するのに必死で、友人の輪に入れないことに傷つく度合いが大きいようです。
 しかし子供のうちから人に迎合するすべを身につけなければ生きにくい時代だというのは、根拠のない思い込みかもしれません。
 大人の世界に価値はないかもしれないけれども、少なくとも子供の世界よりずっと広く多様なのは確かです。ほんの少し背伸びしてみたら、学校など小さな世界だと思えるかもしれない。
 しかしまた、大人の世界を少しでものぞいてみると、子供は新しい不安にかられるはずです。大人の本を一冊読めば、社会がどんなに複雑なものか分かり、不安になる。そこでさらに背伸びし、世界をのぞいてみる。
 人は不安と焦りのなかで大人になっていくものです。
 いまの若者は大人の世界など「ケッ」というところでしょうか。しかしそうだとしたら非常な慢心でしょう。いやでも大人にならなければならないのなら、むしろ進んで大人になりたいと思ったほうが勝ちです。

 <「孤立するのが怖い」「友だちが少ないのは恥だ」と子供たちはいう。しかし、高村さんの小説には一人で生き、一人で死んでいく人の営みがよく描かれる。人間は「一人」に耐える精神性をどのように獲得するのか。>

 結局、生きることしかないのではないでしょうか。嫌でも何でも生きる。楽しかろうが、苦しかろうが生きていく。生きることを重ねる。それしかないのだと思います。

◇会社員時代--自分の位置がわからない

 <デビュー作「黄金を抱いて翔べ」(1990年)は金塊強盗の話だ。当時会社員だった高村さんが銀行の本店が並ぶ通りを歩いていて「自分にも銀行強盗できるかも」と思いめぐらせたのが下敷きとなった>

 当時のわたくしは普通のOLでした。オフィスコンピューターの端末を触る毎日。おもしろいわけがない。大阪の暑い夏にストッキングをはいて、靴をはいて、どうしてこんな道を歩いているのだろうといら立って。そんな時に銀行を見たら誰でも腹が立ちます。銀行強盗を本気でやろうというのではなく、想像して気晴らししていただけ。これって普通の感覚ではないでしょうか。
 わたくし自身、社会に出たものの自分の位置がわからなかったのです。何をしたいのか、何ができるのかわからない。結婚か仕事かと周囲から選択を迫られても、どちらも選ぶ気になれない。
 お給料をもらって、物欲もないのに2年ごとに新車を買って。買うものがほかに見つからなかったから、パソコンを買ったのです。それまでまったくの筆無精で、日記にも無縁。初めてビジネス文書以外の文章を書いたのが、北アイルランドを舞台にした「リヴィエラ」(後に「リヴィエラを撃て」に改稿)でした。

 <これが日本推理サスペンス大賞の最終選考に残り、次に書いたのが「黄金を抱いて翔べ」。翌年の同賞を受賞した。賞金は1000万円>

 賞金は、受賞第1作を書くという条件付きでした。悩みました。1000万円を手にして物書きになるか、このまま勤めを続けるか。結局は1000万円の誘惑に負けましたけど。一生物書きをやるつもりはなかったから「高村薫」というペンネームも適当に誰かにつけてもらいました。まさかこんなに長く使うとは思っていませんものね。

 <本気で物書きの覚悟を決めたのは93年「マークスの山」で直木賞を受賞した後のこと。「黄金を抱いて翔べ」から4年。40歳だった>

◇失われた知--日本人は迷子集団

 <02年の小説「晴子情歌」は息子あての100通の手紙で息子に人生を語る母晴子の物語だ。原稿用紙1400枚。「一人の人間を描くのにこれだけの言葉が必要だった」という>

 家族は互いに誠意を持って言葉を尽くすべきです。どうしても分かり合えない部分は残ります。しかし結果は二の次。言葉を重ねる努力が人と人との関係を作るのです。
 ところが今の人たちは「分かってもらえなくていい」という。言葉は気持ちがあって初めて獲得できるし、逆に気持ちがあっても言葉がなければ表現できない。日本では言葉と気持ちの両方が失われつつあるようです。
 日本語はますます単純になっています。理論武装ができない若者が増えています。イラク戦争には「平和がいいから戦争反対」。有事法制には「戦争がいやだから反対」「北朝鮮が怖いから賛成」という。
 なぜボランティアをするのか。なぜ今のイラクに行くのか。答えられるだけの理論武装が社会的行動には必要なのです。

 <なぜ日本語は単純になったのだろう>

 「訪ねていくところ」を失ってしまったからです。わたくしたちはかつて、人間や社会について先人たちの思考の蓄積を訪ねて本を読み、大人の話を聞いて自分のスタンスを固めてきました。
 今、社会不安が渦巻き、誰もが「生きにくい世の中だ」という。でもそうなった原因や社会の行方を考えるとき、「訪ねていくところ」が尽きてしまった気がします。90年代、つまりポストモダン以降特に顕著です。
 今の日本人は「訪ねていくところ」を持たない「迷子の集団」。おまけに自分を迷子とも思ってない。無自覚な迷子集団のようです。

 <では「迷子の時代」に何を書くか>

 失われた言葉の蓄積を取り戻したい。そのことに今や何の意味があるかという意見もあるが、言葉に代わるものを人類はとりあえず持っていないのですから。






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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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