スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

記事145◆作家・金原ひとみさんロングインタビュー

■掲載年月日 2004年03月29日~04月01日
■この人、この時:作家・金原ひとみさん
■受賞第1作と私


◇出会い--アメリカで楽になれた

 <金原さん(20)と文学の出会いは、米国で読んだ紙袋いっぱいの文庫本だ>

 当時、私は小学6年生。父の仕事の都合で、サンフランシスコに暮らしてました。ある日、父が紙袋いっぱいの文庫本を持って帰って「興味があるなら読めばいいよ」と紙袋を置いていった。もしも「読め」と強制されていたなら、たぶん読まなかったと思います。
 袋に入っていたのは、村上龍さんや山田詠美さんの文庫本。読んでみて驚きました。特に村上さんの「69 シクスティナイン」や山田さんの「放課後の音符(キイノート)」は衝撃的で、夢中になって読みました。それまでの私は、本なんかほとんど読んだこともなかったんですが。

 <「69」は17歳で高校をバリケード封鎖した村上さんの自叙伝的青春小説で、「放課後……」は女子高生の揺れる恋心を描いた小説。小学生には少々大人びたラインアップだが、異国で日本語に飢えた多感な少女の心をとらえたのだろう>

 私も書きたいと思って、ワープロで短い小説らしきものを書くようになりました。
 アメリカ暮らしは不思議な体験でした。私の心を楽にしてくれた。さまざまな肌の色の人が暮らす街は初めてだったから。いろいろな価値観の人がいるんだ、という事実に触れたことで、楽になれたんだと思う。学校だって、日本にいるよりは行ったんですよ。
 オーストラリア人女性の家庭教師が来てくれて、英語が分かり始めてからは、ますます楽しくなってきた。この家庭教師というのが、すっごい正直で感情を包み隠さない人だった。彼氏と別れた日は、授業にならないほど泣きじゃくって。あんなふうに感情を他人に見せられる人と深く付き合ったのは初めてだった。彼女は特に、私の考え方を変えてくれた人だと思う。
 だから日本には帰りたくなかったんです。帰国したら今度は日本でカルチャーショックを受けました。家はリカちゃんハウスみたいに狭くて。家にいても、どこにいても圧迫感があったんです。
 中学に入るといよいよ学校に行かなくなったし、拒食症にもなりました。小説を書くことは、暗い感情のはけ口みたいなもので、だからあのころの小説はまるでおん念の塊のようです。でも不思議なことに言葉にできない感情でも、なぜか小説には書くことができたんです。

 <ちょうどこのころ、リストカット(自傷)も始まった>

◇自傷行為--血に自分を実感できた

 <手首から肘(ひじ)にかけて、縦に、横に、白っぽい引きつれた傷跡が5本ほどある。中学時代、カミソリで切りつけた跡だ>

 生きているのと死んでいるのとの境目すらよく見えなくなって、どうでも良くなった。身体に傷を加えることで、生きていることに何か意味を持たせたかったのかもしれません。面白いですよね。

 <受賞第1作「アッシュベイビー」には、主人公アヤが足にナイフを突き立て、流れる血を見ながら<血だけならこんなに綺麗(きれい)なのに、どうして私はこんなに汚いんだろう>となげく場面がある>

 リストカットしているとき、自分の血がいつも赤いことが結構うれしかった。いつまでも変わらない血が自分の中にもある、と実感できたから。醜い自分に嫌悪感を抱いたときにも、血は綺麗だったから。
 リストカットの直接のきっかけは自分の浮気だったんじゃないかな。彼氏とけんかしたあと錯乱しながら切ってました。中学卒業間際にリストカットはなくなったんですが、それもたぶん浮気のお陰。彼氏と二股(ふたまた)かけたせいでデートが忙しくて切っているヒマがなくなってしまったんです。

 <リストカット、つまり手首や腕などを切る自傷行為は「怒りや孤独など抑えきれない感情を軽減しようとするコーピング(対処行動)」と定義されることが多い。だから切るのは死ぬためではない。生きるために切る。「ピアスや入れ墨、身体改造も自傷の一種」と考える米国の専門家もいる>

 でも私は、身体改造は自傷とは違うと思う。身体を自力で変えるのは、とてもエネルギーがいるし、生死にかかわる危険性もある。生理食塩水を注入して肌に凹凸を付けたり、性器を改造したり、時に精神のありようを変えてまで、自分の思い通りの身体を手に入れようとする行為は、リストカットと違ってとてもポジティブだと思うから。
 リストカットをしていた中学3年のころ、父(瑞人(みずひと)・法政大教授)に誘われて、父が大学で担当する創作ゼミにもぐりこみました。自称「高校中退の親せき」。名前も身分も偽ってました。おもしろい経験でした。年上の友達もいっぱいできたし、読む本の幅も広がった。小説をみんなに批評してもらう経験も初めてだったんです。

 <今に至る、文学を介した父と娘の不思議な関係はこのころから築かれていく>

◇父と娘--2人とも興味は自分

 <金原さんの「第一の読者」だったのが、児童文学者で百数十冊もの訳書を持つ父瑞人(みずひと)さん(法政大教授)だ>

 私が幼いころ、父は家にあまりいなかった。それに母のように「なぜ学校に行かないの?」と問い詰めてもきませんでした。逆に「こうすればいいよ」なんて助言もありませんでしたけど。でも、不思議と話をしやすかった。話題は、親子の会話というよりは、気に入った芝居や小説のことばかりでしたけど。
 心配なのを押し隠して無関心なふりをした、というのとも違うと思う。たぶん父は私に本当にそれほど興味がないです。私に、というより他人すべてに。自分のこと以外にあまり関心を持たない人だと思います。なんとなく父の気持ちは分かるんです。同じ性格を父から受け継いでいるので。
 私は父そっくり。一番興味があるのは自分。こんなことを言うととてもイヤな感じですけど、でも、基本的にはやっぱりそう。適当な性格で絶対に悩まないところも、基本的にポジティブで、何があっても動じないところも、似てますね。

 <受賞後、不登校やリストカットという話題ばかりが先行してきたが、実は父親譲りの芯(しん)の強さを併せ持っているらしい>

 家出をしてからも、小説が書きあがるたびに父に送ってました。しばらくすると、赤ペンを入れた原稿が返ってくる。自分自身の感情を込めた部分なんかを「ここはだるい」とか「まだ削れる」とか、そんな助言が多かったですね。
 芝居や音楽も興味が似ている。だから自然と話は弾みますね。

 <娘の受賞直後のインタビューで、瑞人さんはこう言った。「不登校だった娘が芥川賞を取ったからって子育てが成功だとは思わない。僕は子育てでは落第点でした。娘を救ったのは、本です。世界で唯一、彼女の逃げ場になってくれた。そして芥川賞という最高の形で彼女に自信を与えてくれた」と。さらに「受賞後、僕が『そろそろ第一の読者を卒業させてくれよ』と娘に言ったら、『あと2年お願い』と頼まれてしまいました」とも>

 それ、うそです。言ってないですよ。しかも父の方が「読んでやる」って言ってました。やはり今は信頼できる編集者が付いていてくれるので、もう第一の読者は担当編集者に変わりました。父の感想は聞かせてほしいですけどね。

 ◇家族--今はまだ書けないテーマ

 <タブーとは無縁に見える金原さんの世界だが、実はまだ書けないテーマがある。「家族」だ。彼女の小説には家族がほとんど登場しない。新作「アッシュベイビー」にいたっては家族に触れた一文すらない>

 家族というテーマを心のどこかで避けてきたのかも。「家族もの」を書こうとしているのですが、とても難しいんです。今はまだ書けないのかも。どんなふうに書いても母が深読みしそうな気がして。「娘は私たち家庭をこう見ていたのかしら」とか「これは私のことかしら」というふうに。
 それに私、そもそも家族同士の距離感とか付き合い方とか、普通の家族のありようを知らないんです。私が幼いころは、父がほとんど家にいなかったし、母とはけんかばかりしていたし、中学生になってからは私のほうが家に寄りつかなくなったし。高校はほとんど通うことなく退学して、その後、家を出て、彼氏と同せいしたり、友だちの家に身を寄せたり。今まで結局、実家に戻ってないんですよね。
 でも家を出てよかった。一緒にいると家族を一人の人間として客観的に見られません。危ない関係です。人と人との関係として成り立ってない。だから私の場合、親と離れることが必要だったし、離れて初めて家族だと言えた気がします。
 今は実家のある東京都府中市に暮らしてますが、母がいきなり部屋を訪ねてきても、私は母を部屋に入れられません。
 母は過干渉で心配性で、それを我慢して受け入れようとすると自分がつらくなるんです。だから母も今ではよほどの用事がない限り構わないでくれています。本当は干渉したがりなのに、せいいっぱい我慢してくれているんでしょうね。
 小学校のころは親の干渉に黙って耐えてました。家を出た後、母に伝えたんです。「私は干渉されて、それを自分で我慢すると本当につらくなる。だから干渉しないで」って。

 <そんな母が最近、新作「アッシュベイビー」を読んでくれた。小説には、ロリコン男に監禁された生後6カ月の赤ちゃんが登場する>

 感想の代わりに母が話し始めたのは、なぜか赤ん坊の育て方でした。何時間ごとにおしめを変え、ミルクをやるのか。「母子手帳によると、生後6カ月のあなたはまだハイハイもしてなかったわ」とか。もちろん、母に真意を認めてもらおうとは思いません。自分ですら認めがたいものを書いているのですから。
 家族というものを、私はまだしっかりと認識できていないのかもしれません。それほど、難しいものだと思います。愛する対象としては、家族が一番難しいでしょう。
 でも家族を本当に書きたくなったら。そのときは私、書きます。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
RSSリンクの表示
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。