スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

記事121◆澤地久枝さんのインタビュー記事

■掲載年月日 2003年03月05日
■この国はどこへ行こうとしているのか
■作家・澤地久枝さんに聞く


一人ひとりが「賢い個」となれば、政治を動かし戦争を回避できます。むしろ今は、市民が成熟する絶好のチャンス


 世界がじわじわと戦争に近づいてゆく。誰もが平和を望んでいるのに、それを手に入れる道が見えない。この国はどこへ行こうとしているのか。昭和史を掘り起こし、歴史の下積みとなった人々の声を記録してきた作家、澤地久枝さん(72)は今、「一人から、家族から始めよう」と語る。

 ――今の日本と、取り巻く世界状況をどう思われますか。

 ◆この国の主権者の一人として、絶望的だと感じています。米国は戦争回避の道を探ることなく、イラク攻撃を始めるきっかけをつかもうとしています。その米国に無批判に追随しているのが今の日本政府です。
 日本は第二次世界大戦で、自国の民を傷つけ死なせただけでなく、他国の軍民にも多くの犠牲を強いました。戦争がいかにむごくむなしいか、という教訓を得たはずの日本が、今独自の見解を示せずにいるのは情けない。
 世界各地で1000万人を超える人が反戦デモに参加し、それぞれの国の政権をも動かそうとしています。ところが日本はどうでしょう。「この国はどこへ行こうとしているのか」という問いへの答えは、私たち一人ひとりの今後の行動にかかっています。それを自覚し、意思表明しなければ、平和を守ってはいけませんね。投書でもいい。デモでもいい。今こそ「戦争反対」と一人ひとりが意思表明すべき時ではないでしょうか。

 ――しかし日本では反戦の意思を表明したり、行動している人は多く
ありません。欧米諸国で何十万人もが反戦デモに参加しているのとは対照的です。

 ◆日本では今、政治や経済だけでなく、市民社会も停滞しています。これだけ政治的無関心がはびこっているのに、一夜にして数十万人のデモが現れたら、その方が私は怖い。それに一夜で生まれたデモは、一夜にして消えてしまう。時間はかかっても、地道で確かな積みあげの方がいいです。
 日本は、市民社会という点ではまだまだ後進国です。一人ひとりの市民の人権が認められてから、まだ半世紀しかたっていない。市民社会が成熟していくには時間がかかるのです。
 今大切なのは、家族や友人など少人数の間で、近づく戦争そして平和について話し合うこと。一人から始まって小さな人の輪がまず各地に生まれ、一つの大きな流れとなることに希望を託します。
 私たちはまず、自分のなし得る役割について自覚したい。例えば、人はテレビニュースで世界の人々が反戦デモに参加している映像を見れば、刺激を受けますよね。勇気をもらう人もいれば、反省する人もいるでしょう。つまり、私たちは他人の行動から影響を受け、他人の行動に影響を与えながら生きている。だから一人ひとりの行動の持つ可能性は、決して小さくないと思います。
 私たち一人ひとりがそれを自覚し、考え、「賢い一つの個」となれば、市民は力を持ち、政治を動かし、戦争は回避できます。「絶望的だと感じている」とは言いましたが、希望は捨てていません。むしろ今は、市民が成熟する絶好のチャンスだと思います。社会状況が反面教師となってくれますから。

 ――ご自身も昨年12月、小田実さんや鶴見俊輔さんらと呼びかけ人になり、反戦デモの先頭に立たれましたね。

 ◆第二次大戦の時には、女に選挙権はなかった。でも今は選挙権も被選挙権も持っている。何もできなかった、と逃げるわけにはいきませんからね。今月1日には、小田実さんら呼びかけ人が中心となり、参加者一人ひとりが反戦の思いを語る集会を行いました。
 今回、私が呼びかけ人として行動しているのはこの集まりだけですが、別の集会などにもできる限り参加し、いつか大きな一つの動きとなるように努力したいと思います。

 ――著書「私のかかげる小さな旗」で「個としての一人」から始める大切さを説き、「個人を互いに支えているのは家族」と書かれています。

 ◆人は「個」として生きると同時に、「個」としての自分の思いを他に伝えようとしますね。その時、一番身近な相手はたぶん家族。たとえ家族と意見が対立しても、愛する相手とであれば折り合う道もみつかります。そうやって家族と話し合うことで、「個」は鍛えられていくと思う。家族とさえ話ができないのでは、他人と話し合うことなどできないでしょ。
 また、子供の存在は大きいですね。日本各地に残る戦争の傷跡や、日本が他国に戦争を仕掛けたために今もその国に残る貧困や病気などについても、子供を巻き込んで家族で話し合えるといいですね。子供なりにしっかり考え、意外な発想で大人を驚かせてもくれますよ。

 ――まず家族で戦争や平和について語り合うことが、世界の平和にもつながっていく、というわけですね。

 ◆そうです。1945年8月までこの国は大日本帝国でした。当時、国を構成する一番小さな単位は男子相続の「家」でした。人々は「家」のくびきにがんじがらめにされていました。 しかし戦後、特に最近、「家」ではなく「家族」がそれに代わりはじめた。誰もが人間らしく生きられる社会を作るためには、まず「家族」の中で人間らしい関係を築くことが大切と思うのです。
 もちろん、法律上の家族に限る必要はありません。私には法律上の家族はいないけれど、とても気になっている日本や外国の子供たちがいます。彼らは私の精神的な家族です。 

――今、家族関係は人間らしさを欠いて見えますか。

 ◆例えば、夫が職場でリストラ対象としていじめを受けたり、過酷な残業を強いられて自殺願望へと追い込まれるような状況の時、「あなた、辞表出したら。みんなで頑張れば何とか食べていける。大丈夫よ」といえる妻であってほしいですね。男女逆のケースもしかりです。互いに人間らしく生きることを最優先してほしいです。
 もしもあちこちで妻たちが「辞表出してもいいわよ」と言い出してごらんなさい。今の日本の会社社会は揺さぶられ、変わりますよ。女たちは今、問われているんです。ブランド物だ、何だと虚業に惑わされ、大事なものを取り落としてはいないかを。

 ――しかし、長引く不況は人々をますます経済不安へと駆り立てています。

 ◆私は1930年に生まれました。いわば不景気の落とし子のようなものです。当時の経済不安は人々の批判の心をつみ取り、生活の糧を求めようと必死にさせた。その延長上に満州事変につづく戦争の時代があったのだと思います。
 今の日本の状況は、あの時代に重なって見えます。みんなが貧しくなることに対して理由のない不安を抱えている。私は、生活レベルが少々落ちたって構わない。むしろ経済繁栄ひとすじに走り続けてきた日本人が、一度立ち止まり、深呼吸して考え直すことによって、新たに見えてくるものもあるのではないですか。
 日本の経済状況は今後もっとひどくなるでしょう。この国はもう、経済的には破たんしているんじゃないでしょうか。苦境を切り抜けるため、弱者にもっとしわ寄せがいくと思っています。

 ――こんな時代に、どんなふうに希望を見いだしているのですか。

 ◆私は、絶望したくないの。なぜなら、日本中、世界中に精いっぱい生き、戦争批判の思いをもつ人がたくさんいることを知っているから。出会ったことはないその人たちの思いと、自分の思いを重ねながら、生きていきたい。たとえ孤立しようと、どんな批判を浴びようと、私は私の考えを変えることなく表明しつづける勇気をもちたいです。
 意思表明することで、私は後戻りできないよう、自分を追い込んでいますよね。でも、それこそが自分で希望を見つけている、ということなのです。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
RSSリンクの表示
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。