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記事118◆生きる者の記録・幸せの形・下

この記事の中で、くるみさんが大事に編んでいた膝掛け。
くるみさんにいただきました。
今も冬になると、職場でこの膝掛けにあたためてもらってます。


■掲載年月日 2003年02月08日
■「生きる者の記録」:佐藤健記者への便りから
■幸せの形/下
■描けなかった将来……闘病で得たもの、そして夢

 大阪の街で生まれ育ったくるみさん(49)は、悲しみを笑いにくるむ癖がある。
 「移植後の私の肝臓、生ゴミに出します?」と尋ねて、まじめな医師を困らせた。「持ち帰りますか」と戸惑う医師に、「食べられます?」と笑って聞いた。
 こんな具合だから、新しい入院患者が来るたび看護師に「あなたの元気で明るくしてあげて」と頼られた。しかし、心の中は不安でいっぱいだった。

 がん告知以来、一つの情景がくるみさんの脳裏から離れなくなった。
 切り立ったがけっぷちに、自分が立っている。何かに追われている。目の前に揺れるつり橋。向こう岸から夫(53)が「橋を渡れ」と叫ぶ。だけど、もし綱が切れれば落ちてしまう――。生体肝移植手術に迷うくるみさんの心の風景だった。

 移植手術のための検査が終わった昨年9月のある日、移植後の心得を書いた説明書を読んだ。免疫抑制剤を一生飲み続けること。感染性疾患の患者のそばに近付かないこと。生の食品は避け、外出する時は必ずマスクを着用……。
 制約の多さに、手術を決めていた心が再び混乱した。愛する夫の体を傷つけ、危険にさらして、大金をはたいてまでほしい暮らしって何だろう。嫌だ。やっぱり手術は受けたくない。
 「今は手術は受けません」と医師に告げた。がんをたたく塞栓(そくせん)手術が成功し、病状が好転した時期だったからだろう。医師は「ゆっくり考えて」と言った。

 揺れ続ける心を支えたのは、大好きな手芸だ。得意のレース編みを患者仲間にプレゼントし始めた。ウサギ、花かご、トンボ……。何十ものレース編みが患者の携帯電話のストラップや病室の壁飾り、看護師さんの胸のブローチになった。病棟は華やいでいった。
 喜ぶ皆の笑顔に何より励まされた。告知以来、将来を描けないでいたくるみさんの心に、ようやく新しい夢が見えてきた。
 9月25日。結局、移植を受けず退院した。

    ■  ■

 2月に入って、くるみさんは毎日、毛糸でひざ掛けを編んでいる。ブルーとグレーと黄色の優しい色合いだ。ひざ掛けを誰に贈るかは、まだ決めていない。

 体調は良くなり、寝込む日も減った。腫瘍(しゅよう)マーカーは正常値に戻った。がけの情景も脳裏から消えた。1年また1年と生き抜くうちに、新しい治療法が見つかると今は信じている。

 「がんも捨てたもんじゃないな」と思えるようになった。お陰で家族の知らなかった一面を見られた。一見気弱な夫の芯(しん)の強さ。まだ子供だと思っていた息子たちの成長ぶり。

 多くの出会いにも恵まれた。佐藤健記者が玉川温泉で闘病の友を得たように、くるみさんも入院病棟で励ましあう仲間を得た。友人の優しさにも触れた。思えば、がんは幸せの形を教えてくれたのだ。
 そして夢の形も。くるみさんは手芸作品を並べた小さな店を出す計画を進めている。


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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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