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記事117◆生きる者の記録・幸せの形・上

■掲載年月日 2003年02月07日
■生きる者の記録:佐藤健記者への便りから
■幸せの形/上

 <肝臓がんの宣告を受けました。(佐藤健記者と同じ)塞栓(そくせん)手術も2回受けましたが、生体肝移植しか手がないらしいのです<大阪市生野区の主婦、くるみさん(49)のメール>

 「ご主人とご子息には既にドナー(臓器提供者)適合検査を受けてもらいました」。
 医師にそう告げられた時、くるみさんは頭の中が真っ白になった。肝臓がんを告知された昨年6月のことだ。「移植手術しか手がない」と医師は言った。
 「あの子が……あの子も検査受けたの?」。滋賀県に下宿する大学生の長男(21)の顔が浮かんだ。まだ子供だと思っていた。幼いころから怖がりで、点滴や採血さえ嫌がる子だったのに。どうしてその体を傷つけられるだろう。

 「あの子からはもらえへん」。動揺するくるみさんを夫(53)は強くさえぎった。「おれのを使う。それ(移植)をやらないと……」。夫は少し言いよどみ、「あかんようになるんや」と絞り出すように言った。

    ■  ■

 「局所療法を繰り返してもあと5年」という告知にはそう驚かなかった。十数年も前からC型肝炎の感染を聞いていたし、肝臓がんに移行しやすいことも知っていた。しかし、移植手術を受けるかどうか、という問いは重かった。
 移植手術の成功率は8割と高いが、失敗すれば数カ月の命だ。術後の免疫力の落ちた体では、がんは再発しやすく、治療しにくい。
 手術代は約1000万円。時に3000万円もかかる。息子たちが望めば大学院まで進学させてやりたかった。いつか夫婦2人のために小さなマンションを買い、週末は手をつなぎ山歩きを楽しむのが夢だった。移植手術は、そんな小さな夢さえも許してくれない。

 何よりつらいのは、ドナーとなる夫に苦痛と危険を強いることだった。自分ひとりの手術だったら、迷わず受けただろう。2~3カ月もの長期欠勤をさせるのも申し訳なかった。

 食事中の二男(18)の背に「手術したほうがいいのかなあ」と冗談めかして尋ねてみたことがある。「当たり前やろ」。振り向いた二男は本気で怒っていた。
 長男は「おれの方が若い。おれがドナーになる」と言い張っては夫とけんかした。「子供は自分のを親に使ってほしいもんや」。二男が静かに言った。

 家族の必死の思いが心に染みた。体のだるさと不安でソファに身を横たえながら「移植を受ける価値が私の将来にあるの?」と何度も自問した。体調が悪いと、何もかもがわずらわしくなった。「今すぐ死んだ方がややこしくなくていいのに」とさえ思った。

 ある夜、夫にしがみついて泣いた。「生きたいのか、生きたくないのか、もうわかれへん」。告知後、初めて流した涙だった。「おまえは大丈夫や」。夫は大きな手で、背中を何度も、何度もなでてくれた。その胸は温かく、少しだけ安心できた。
 数日後。家族の願いに背を押され、いったんは移植を決めた。

=つづく




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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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