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孤独とは何か、という記事

大好きな哲学者、鷲田清一さん(大阪大副学長)に、どうしても会いたかった。何か良い機会はないだろうか、ともう何年も虎視眈々とチャンスを狙っていたところ、先月、こんなニュースを見つけたのだった。

「日本の子どもは先進国で一番孤独」

主要・先進国の子どもに「孤独を感じるか」と問うたところ、日本の15歳がダントツトップだった、という話。まあ、極端なまでに2位との差が開いていたのだった。

この記事を見て思った。
「あなたは孤独を感じますか?」
そんな質問ではかれるものは、いったい何だろう、と。
その孤独とはどういう孤独なんだろう、と。
ああ、これ、鷲田先生に聞きにいくのにちょうどいい質問だわ、とも。
企画会議に提案してみたら、なぜかあっさり通ったのだった。

前回の「弱音のはきかた」にせよ、今回の「孤独とは何か」にせよ。
最近、この手の企画案がなぜかスイスイ通って、うれしいような、気持ち悪いような。

ということで。
書いたのがこれ。

「あなたは今、孤独ですか?」

上記リンクの記事だと、よくわからなくなっちゃってますが、最初の4行は紙面では見出しです。
それから、このリンク記事だと見出しのようになっちゃってる「あなたは今、孤独ですか?」という一文は、オリジナルの原稿では、文章の最初の1行です。
普通、こういう記事って、一番最初に、記事のポイントや要旨なんかを短くまとめた前文(いわゆるリード、ですね)を付けるもので、新聞では普通10行とか15行とかなんですが、今回はうんうんとうなって悩んだ末、一行だけにしたのでした。
それが、

あなたは今、孤独ですか?

です。
上司には「前代未聞の前文!」「シンプルイズベストの極みだな」と大笑いされたけど、この記事にはこの前文しかなかったと、私は思っているのです。このまま使ってくださったデスクに感謝。

といっても、紙面を見た人には見出しとしか見えなかっただろうなあ。とりあえず、鷲田先生がこの問いを受けて話し始めた、という作りにしたかったのでした。単なる自己満足ですね。

鷲田さんに出会えた時間はとてもとても濃いもので、普段は、帰りの新幹線でビールを飲んで寝ちゃう私ですが、今回は、寝てしまうのも惜しく、言葉を何度も反芻したのでした。
もっとも、その途中で、帰宅したはずの息子から連絡がないという事態が発生し (「涙ぼろぼろ事件」参照)、ビールを飲むに飲めなくなったという現実もありましたが……。

鷲田さんとあれこれ話していたときに、「私、子どもを産んだら、それまで長年私を苦しめていた 『私は生きていていいのか』 という問いがあっさり消滅したんです」 という話をしたら、大笑いされました。
さらに、「だから、息子が自立しちゃった時、子離れできず、見捨てられた気分になって、またボロボロになっちゃうかも、と不安もありますよ」 と言ってみたら、「あんたは大丈夫でしょ。むちゃくちゃタフやもん」 と言われてしまった。
初対面の取材相手に、「タフ」と言われたのは初めてかもなあ。

成熟を超えて初めてしる根元的な孤独感についての話になった時、思わず私、「哲学者って大変ですねえ。私なんか、最終的には、理屈抜きで自己肯定しちゃって、ハイ、終わり、ですよ。やっぱり哲学者って違うんですねえ」 と言ってしまった。
中島義道さんに会った時に、ほんと、痛感したもの、「哲学者ってこんな生き方してたら、キツイだろうなあ……」と。
ところが、この時、鷲田先生が口にした返事も興味深かった。

「いや、同じなんですよ。おぐにさんが、最後は全部『自己肯定』で切り抜けるのも、僕が、『とはいっても、それは本当は存在しないほうがよかったのではないか』 とか、全部問い直してしまうのも。方向は違うようで、やってることは同じでしょ」

うむむ、なるほど。
自己肯定バージョンは、楽。
問い直しバージョンは、苦悩を伴うが、それ自体がお仕事、飯のタネになる。
……ということか?





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そういうことでしたか

「毎日」の夕刊の特集の記事がすこし長いのではないかと最近みておりまして、「孤独」はちと無理筋ではと思っておりました。ファンサイドの流れだと納得です。新聞紙面は私物化するのだ一番楽しいもんね。

ムスコの思春期を前にして

ずーーんと響く記事でした。
最近の子どもたちの様子に感じていた違和感が
そのまま文字になった感じ。

思春期手前のムスコを持っているので、こういう
世界に入っていくんだなぁ・・・と、ちょっと
びくびくしている胆の据わらない母=私なのでした。

冷奴さん。

この記事は、毀誉褒貶が激しいみたい。
熱狂的な反響がたくさん届きましたが、一方で、うちの夫なんかは「何書いてるかわからん」だって。

単に「私物化」したつもりはなかったんだけどなあ。
孤独な人、あるいは孤独について考え込んでいる人にだけ、妙に受けた記事でした。

うららさん。

>最近の子どもたちの様子に感じていた違和感が
>そのまま文字になった感じ。

うん。そうなのよ。
この手の話って、思春期の渦中の子どもたちは自分で言語化できず、だからつらい面もあると思うの。
自分自身もそうだったので、ついつい、老婆心ながら、言語化のお手伝いができないかしら、と、この手の記事を書いちゃうんですよね。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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