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★若き数学者のアメリカ(著・藤原正彦)

★若き数学者のアメリカ(著・藤原正彦)

「国家の品格」は実は今なお読む気がしなくて。
でも藤原さんの本なら、これが一番面白いんだ、実は、という話をちまたで聞いて、古い本ながら手に取ってみたら……
むちゃくちゃ、面白いのだった!

29歳で米国ミシガン大の研究員として招かれ、難関を突破してコロラド大助教授になり、米国の若者相手に講義するまでの若き日の藤原さんの3年間の在米体験記、なのだが。
何がおもしろいといって、満州に生まれ、戦中世代に反発しつつも戦後をきちんと引きずった著者がかつての敵国に乗り込むに当たって、気負いと憧れと反発と……様々な思いをごちゃ混ぜに抱えていて、さらにそれをきちんと自覚している、という部分がものすごく面白いのだ。
1972年という時代も感じさせられた。

最初に機内からハワイの海を見下ろした時、「その瞬間、アメリカに行って静かに学問をしてくるというそれまでの穏健な考えに代わって、殴り込みをかける、とでも言うような荒っぽい考えが心の底に台頭してくるのを感じた」「ミシガンの数学者に日本人のすごさを見せてやろう、と気負ったりもした」とすでに心の変化に自身で戸惑う。
ハワイでパールハーバーツアーに参加し、気付けば周囲にいる数百人の米国人に囲まれながら、毅然と胸を張り、涙を流さんばかりに「急性愛国病」にかかってしまった、とも書く。
そして、後日、そのような心理に陥った理由として、「見知らぬ土地で不安につぶされそうな自分を支えてくれる強力な何かを無意識に探し求めていたのかも知れない。あるいは、アメリカに対する根強い劣等感のようなものを棄てきれない『敗戦を知っている人々』の目に余る卑屈さ、それに腹を立てていたのが、反動の形を取って妙な所で妙な時に爆発したのかもしれない」と分析してもいる。

米国で自分の心中に起こる変化にとても敏感で、それをユーモラスに書いてる点が、興味深い。
例えば、長距離バスに乗れば、後部座席に黒人、前のほうに白人が座りがちであるのを見て取って、「自分はどこに座ればいいか」と悩んだり。そのくせ「なめられてたまるか」と一番前に座ったり。
さらに後日それを振り返り、「そのころの私は、人種過敏症であった」とも語っている。

この本にはたぶん、山場が3箇所ほどあって、一つは、ミシガンにたどり着く前に立ち寄ったラスヴェガスでの賭け事。
数学者らしく、それぞれの賭けについて、確率ではどうなるか、理論上はどのように賭けると負けないか、など延々と説明してるわりには、本人が熱くなり、最後の夜になんと1夜で350ドル(当時10万円ほど)を失ってしまう。ここの記述が極めてテンポ良く、楽しい。
賭け事ルポでこんなに笑い転げたのは、沢木耕太郎の深夜特急以来だ。

そしてその章の最後には、藤原さんお得意の自己分析がちゃんと添えてある。なぜ我を忘れて数学的には負けるとわかっているギャンブルを続けたのか。「異国の地に一人でいる心細さ、言葉の障害、人種問題、数学研究に関する不安……。もろもろの精神的重圧を支えきるための手段として、アメリカに対する優越感を身につけることが最も手っ取り早く効果的であることを、私は本能的に知っていた」

ハワイの真珠湾以降、藤原さんは「アメリカvs私」を強く意識し、劣等感とひたすら闘う。自信回復のためにはまず数学で見返してやる、と精力的に研究会発表の準備に身を捧げたりもする。
が、学問的にある程度認められた後で襲ってきたのがホームシック。
藤原さんはこれを克服するためにはまずガールフレンドを作るべき(正しい認識だと思う!)、とフットボールの試合のチケットを握りしめ、街でナンパを繰り返すのだ。
このナンパシーンは壮絶だ。同じ女の子に2度声を掛けて笑われたことすらあった、というから、もう、恐ろしく必死だったんだと思う。
精神的に不安定になって引きこもったり、逆に海辺で少女が語った「水平線」という一言に涙したり、ものすごく一つ一つのエピソードが極端で、切実で、胸に響く。

コロラド大の最初の授業シーンもいい。
アメリカの学生になめられてたまるか、と教室に入ったはいいが、全然注目してもらえない。さて、一言目に何をいうか。

「Attention pleaseでは国際空港みたいだし、Please look at meではピエロか見せ物だし、Listen pleaseでは哀願的すぎる」

色々と会話を試みたあと、黒板にあえて「藤原正彦」と漢字で名前を書き、自己紹介をする。
数学の問題を解かせ、みなが頭をひねってノートに何か書き出すのを見て、「優越感は健康によい。なぜか、ザマー見ろと思った」とか正直に本に書いているところも、おもしろい。

そう、この本が一番面白いのは、正直で誠実だからだ。
本書の最後で藤原さんは自分のアメリカ滞在中の心理の移り変わりをこんな風に分析している。

「最初の9ヶ月間は自分が日本人であることを意識しすぎていた」から「友だちもほとんど出来なかった」「自分の殻に閉じこもり、外界を攻撃することにより自分を防護していた」

「次の1年半、私は固い殻を打ち破り心を開いたが、知らず知らずに日本人であることを意識の外に置こうと無理に心がけていた」
「だから自然ではなかった」
「友だちは出来たが、深い意味の友だちではなく、単に食事をしたりテニスを楽しんだり冗談を言い合うだけの人々だった」


「最後の9ヶ月間、私の精神はやはり絶えず揺れ動いてはいたが、日本人としてごく自然に振る舞うようになったし、それが快く自然に受け入れられた」
「このころから私はアメリカを真の意味で好きになった」

いつかまたどこかで引っ張り出して再読し、笑ったり、勇気づけられたりすることもあるんだろうな、とふと思ったのだった。

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読みたいっ!

こんにちは!
「国家の品格」も帰国の暁には是非読みたい本だったんですが、それよりも遥か昔に書かれたこの本も、今の私の心情にすごくフィットしそうな箇所が多いようなのでで、是非是非読んでみたくなりました。
(私自身は研究者でも何でもないんですが・・・)

・・・というか、高校くらいの頃、学校に藤原先生が講演にいらしたか何かの縁でこの本のタイトルだけはどこかで聞いた覚えがあるんですよね。その当時は特にピンと来るものがなかった(失礼!)のですが、20年くらい経ってからこうしてデジャブのように感じるというのも、なかなか感慨深いです。やはり、良書は時代を超えるのでしょう。

ところで、今回は夫の研究留学だったので、夫からいろいろと研究者人生×アメリカ生活にまつわる愚痴やらボヤキやら聞かされてきましたが、彼はこの本を読んだことがあるのかしら?分野は全然違いますが、彼のような人が読むと、またいろいろと思うところ語り出すかもしれません(笑)。

しろいるかさん。

うん。
きっと、アメリカに暮らした経験のある人はそれぞれに思うことがあるんだと思います。
70年前半という時代もあったでしょうし。
ベトナム戦争からの帰還兵の学生は、はた目から見てすぐわかった、という藤原さんの記述もまた、重いなあと思いました。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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