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■ポゴレリッチ、ピアノリサイタル@サントリーホール

■イーヴォ・ポゴレリッチのピアノリサイタル@サントリーホール

ベオグラード生まれの彼を最も有名にしちゃったのは、1980年のショパン国際コンクールでの騒動でしょう。こんな人です。
ものすごく斬新な解釈をする人だという噂はいくつも聞いていたけれど、彼自身のCDの一枚も聴いたことがなく、生演奏も知らないまま、当日を迎えたのでした。

前もって発表されていたプログラムがこれ。

ベートーヴェンピアノソナタ第32番、第24番
スクリャービンのピアノソナタ第2番「幻想ソナタ」
リストの「超絶技巧練習曲集」から第5番(鬼火)、8番(狩)、10番
バラキレフのイスラメイ(東洋風幻想曲)

最初から、ベートーヴェンの32番ですか……とひるんでいたら、さらに当日直前になって曲目変更の連絡が。実は、昨年のリサイタルでは、当日直前に全曲変更になったそうなので、普通なら驚かない話なんですが、変更の中身のほうに今回はビックリ。

スクリャービンをやめて、代わりにグラナドスの「スペイン舞曲集」から第5、10、12番の3曲。……って、私が発表会で弾く予定の「アンダルーサ」も入ってるじゃん!
この瞬間、私は運命的なものを感じてしまったのでした。
結局、当日のプログラムはこんな感じ。

ベートーヴェン
・ピアノソナタ第32番
・エリーゼのために
・ピアノソナタ第24番
グラナドス
・スペイン舞曲集第5番、アンダルーサ
・10番、悲しき舞曲
・12番、アラベスカ
リスト
・「超絶技巧練習曲集」の第5番(鬼火)
・8番(狩)
・10番
バラキレフのイスラメイ(東洋風幻想曲)
アンコールに、ショパンの夜想曲(たぶん62-2か)

スキンヘッドで現れたポゴレリッチは、ピアノに譜面立て、楽譜、隣に楽譜をめくる方を携え、さっさとソナタ32番に着手。
最初の印象は正直いうと決していいものではありませんでした。
「音があまり美しくない、というか汚いなあ」と。
柔らかい弱い音と、強く激しい音と、その落差は面白いけれど、何かとても極端な感じで、特に激しい音のほうの音色や響きがあまり好きなものではなかったんです。

おまけにこの曲は、昨年夏、憧れの内田光子さんがベートーヴェンのピアノソナタ30、31、32番のみをアンコールなしで弾き通すという、魂まで打ち震えるようなプログラムで聴いたばかり。
どうしても内田さんと比べてしまう。

さらに、ポゴレリッチお得意の「内声で音楽作り」や「ありえない速さのパッセージからありえないノロさのパッセージへのジェットコースター」のお陰で、何度も何度も聴いて耳慣れているはずのソナタ32番が、時々、「え? こんな曲だっけ?」とわけが分からなくなっちゃって。知らない曲みたいに。

おもしろい。極めておもしろいし、スリリングなんだけど、私にとって、この曲はもう少し崇高で、侵しがたい存在だったりするので、何だか複雑な気持ちでした。
曲の最後などは、内田さんの場合、静かに、重く終わって、しばらくは拍手もできないくらい荘厳な雰囲気だったのに、ポゴレリッチは、軽く、楽しげにジャン!と終わっちゃう。
(あまりに驚いて、家に帰って内田光子さんとフリードリヒ・グルダのCDをそれぞれ聴き直してしまった……)

思い切り気だるい「エリーゼのために」などベートーヴェン3曲で前半が終わると、なんかもう頭の中は大混乱。思わずロビーでワインをぐびび。
周囲からは、こんな感想が漏れてくる。

「何を聴いても知らない曲にきこえたよ」
「あれもありなんだろうけどなあ」
「すごい。信じられない!」
「まじ、やばい!」

特に若者が言ってた「まじ、やばい!」に近い気分でした、私。
ただし、私の場合の「やばい」は、いわゆる若者流ほめ言葉よりも少々、本来の「やばい」に近い感じの意味でしたが。

休憩が終わって、後半の1曲目は、私自身が練習中のグラナドスのアンダルーサ。
実は数日前、今回の曲目変更でアンダルーサが突如プログラムに入ったのを知って、あまりのうれしさに「やはり私はこの曲と運命的な結びつきがあるのかも~」なーんて調子の良いメールを、ピアノの先生である木曽センセに送ったのです。
この時の木曽センセからの返事がすごかった。

「良かったですね。でもお気を付け下さい!」で始まる返事。
なんでも木曽センセは昨年、ポゴレリッチを聴いた後3日間、熱で寝込んだそうな。木曽センセ一人ではなく、後日、何人ものピアニスト仲間がポゴレリッチの後遺症で寝込んでいたことも判明したんだそうで。
彼女曰く、
「とにかく強烈であり得ない音楽だったのです!」
「普通ラフマニノフのソナタは22分位なのですが彼は50分以上かかり、しかも全部内声で音楽をつくり……」
「今回行くか行かないか仲間内では凄い議論になりました」

このメールを読んだ時、正直いって、まじかよ、大げさな、と思いました。
が、本日のリサイタルの後は思わず納得。
リサイタルが終わった時の私はなんか精神的に疲弊していて、駅への道を急ぎながら、「勘弁してよ、勘弁してよ」と思わずあえぎつつ、ははははと笑いたいような、泣きたいような、腹だたしいような……もう感情ぐちゃぐちゃでしたもん。

それはともかくとして、後半のプログラム。
アンダルーサは3小節聴いただけで私、脱力しちゃいました。
ギターの音を思わせる左手がカッコイイ曲なのに、それをまあ、なんと端切れ悪く、もごもごと弾くんだろう、って。
でも、そこからの盛り上げ方はおもいきりユニークで、すごく楽しかった。
ABAのロンド形式のB部分では内声音楽も炸裂。
「こんな風に弾きたい」とは全然思わなかったけれど、ちょうど自分なりに研究を始めた曲だったので、とても楽しめました。
今回のリサイタルが自分の発表会の直前でなくてよかった~とは思いましたけどね。

でももっと面白かったのは、スペイン舞曲集8番。とても実験的。
これはもう、どこからどう聴いてもスペインものに聞こえない。
あえていうなら、アメリカの場末の映画館(行ったことないけど)で古いどたばたコメディーの無声映画をかけながら、バックで弾いてるジャズピアノ。
度肝を抜かれたし、これは正直言って、ちょっと、「ああ、あんな風に弾いてみるのも楽しいだろうな。新しいものが見えるんだろうな」と思ったよ。

でも一方で、ふっと思ったのでした。

この人、寂しくないのかなあ、って。

私なんか、とんでもなく低い低いレベルであがいているようなピアノだけれど、それでも、前回の発表会でシューベルトの即興曲を何カ月もかけて練習していた時には、少しでもシューベルトの苦悩に近付きたいと思ったし、彼の達観に触れたいと思ったし、そこにたどりついたから出せる音を一つでも二つでも鳴らしたいと願った。
ほんの時々、「ああ、シューベルトはこれを伝えたかったのかも」なんて気持ちになれることがあって、そんな時は弾いていてとても満たされたし、一人じゃない感じがした。
そばにシューベルトの存在を感じられた。
それは不思議な喜びだった。

ポゴレリッチって、作曲家の意図や思いと、どんな風に向かい合ってるんだろう。
彼なりの独特の解釈なのだと思ってはみても、なんだか独りぼっちで弾いてる感じがしてしまったのだった。

でも、そんな印象は、次に聴いたリストの超絶技巧練習曲3曲でまたしても覆されました。
「鬼火」は、最初の1小節からして別の曲みたい。
「狩」はもう、最高にスリリングでした。自分でも理由が分からないんだけど、ポロポロと涙がこぼれてきて、最後は鼻水だらけの顔になりました。音はあいかわらず汚いし、ミスタッチの嵐だし、たぶんこれと同じ演奏を、CDで聴いたら好きにならない、というか嫌いになるだけと思う。
でもライブの力ってのがあって、彼はものすごくその部分をよく分かってる人なんだろう。

ふっと思った。
グラナドスにしろ、リストにしろ。
もしも今、この音を聞いたら、こんな風に自分の曲を弾くピアニストを見て、案外と大興奮したりおもしろがったりするんじゃないかな、って。
ポゴレリッチの作曲家との向き合い方は、そんな風に、今の時代の中でできる限り誠実で真摯なものなのかもなあ、って。

アンコールでショパンを弾いた後、なんとポゴレリッチは自分でピアノの蓋を閉めました。カーテンコールの後には、椅子をピアノの下に仕舞い込みました。
「これで、おしまい」
そう言ってるみたいに。
聴かせることから見せることまで全部考えている人で、こういう人の演奏は好き嫌いはあってもやっぱりライブにしかないものがあるんだよなあ、と最後の最後は不思議な充実感を感じたのでした。

彼の方向性が好きか嫌いかと聞かれたら、ものすごく迷う。たぶん、あの音色の響きは嫌い。解釈も決して好きじゃない。
でも、もう一度リサイタルに行くか行かないか、と尋ねられたら、「行く!」と即答すると思う。

ところで。
月曜日15日のプログラムには、ショパンのソナタ2番、つまり葬送行進曲の入ったソナタが組まれているそうな。
あああ、ものすごく聴きたい。
でも聴くのが怖い。
この曲の場合、これ以上の演奏はもうありえないんじゃないか、と思うようなツィマーマンの演奏を昨年、サントリーホールで聴いたばかりだしなあ。

「再生芸術家」とも言われるポゴレリッチは、あの曲を、いったいどんな風に弾くんだろう……。
葬送行進曲の中間部のあの「天上の音」を、どんな風に表現するんだろう。
月曜日。さすがに行けないなあ。

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学生時代、ポゴレリッチのルックスがかっこいいというミーハーな理由で、演奏する姿をデザイン実習のモデルなんかにしていた私(^^;)。。
かなり異端なピアニストという知識はあったものの、ちゃんと聴いたこともなく。
そういえば父が「オレはコイツの演奏はいいかげんで嫌いだ」とか言っていたな。
(…そうですか、本当にそんなに「やばい」んですか)
昔、父に反抗して「ピアノなんか大嫌いだ!」と言って高校受験を盾にすっぱりやめてしまった私ですが、今日この日記を読んでちょっと弾いてみたくなってしまいました。(オトナになったのかな・笑)
なつかしい出来事を思い出させてくれてありがとね。
彼の演奏もぜひ聴いてみたい。もちろん、できればライヴで。

なおぴちさん。

学生時代からポゴレリッチ! すごいなあ。
私なんか、この歳でピアノを始めてようやく、ピアニストの演奏を聞き比べたりするようになったばかりです。

>(そうですか、本当にそんなに「やばい」んですか)

やばい、です。
今回の演奏会も、極端に賛否両論に分かれてるみたいです。

>昔、父に反抗して「ピアノなんか大嫌いだ!」と言って
>高校受験を盾にすっぱりやめてしまった私ですが、今日
>この日記を読んでちょっと弾いてみたくなってしまいました。
>(オトナになったのかな・笑)

ぜひぜひ。
「大人ピアノ再び、の世界」は無茶苦茶奥深いです。
完全にはまっちゃいますよん。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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