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「サンタはいないんでしょ」の記事

とうとうこの日が来てしまった。
「母ちゃん、サンタさんって本当はいないんでしょ?」
その時のショックと、思い出話を、こんな記事にしました。

「サンタの涙」という記事。

短いので以下にコピペしますね。

 「サンタさん、本当はいないんでしょ」。
 小学2年の息子に問いつめられた。「いるに決まってる」と言い繕ったものの、「うそつきは泥棒の始まり」としつけてきた手前、居心地が悪い。ふと、幼い日の思い出がよみがえった。
 あれは確か私が10歳のころ。「サンタはいない」と笑う友達に「絶対にいる。命賭ける」とたんかを切った。「絶対いるよね。命賭けちゃった」とすがったら、母は「ごめん」とうつむき、ホロホロと泣いたのだっけ。
 今も不思議。なぜあの日、母は泣いたんだろう。
 尋ねそびれているうち母は死に、私は長じて母になった。トリックや小道具を駆使した母親譲りの演出で、毎年、サンタの来訪を息子に信じ込ませてきた。
 たくさんうそも重ねた。ただ息子の喜ぶ顔が見たくて。
 「サンタさんが母ちゃんであるはずがない」。検証の末、自分なりの結論を出した息子の幼い横顔をみながら、ふと思う。いつか私にも息子に「ごめん」と泣いて謝る日が来るのだろうか。
 その日になれば、私にも母の涙の意味が分かるのだろうか。

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今まさに職場でサンタの話をしていたところ。いずればれてしまうのだから、と
「最初からいないっていっちゃおっかなー」と言う赤ちゃんの父に「それはダメ!」と
力説してしまった。なぜ力説になったか問われても、わかんないけど。

これって難しいですね。

私もこんな事に苦労するときが来るのでしょうか・・・・?!

今のところ息子はサンタを信じてくれているので、
その間は「サンタに何お願いするの?」

とリサーチしつつ、クリスマスの朝にはでっかい靴下にプレゼントを入れて行きたいと思っています。

いつまで続くかは子ども達が信じてくれるまで・・・。
で、しょうね。

「お空にはきっとサンタクロースがいるよ」と言い続けたいものですが・・・。

夢だけは持ち続けていて欲しいですが・・・。

11歳でも…

ううう…。
我が家の上の娘は11才なんですけど…。
もう小5で、足のサイズは24.5センチ。体も私と同じくらい大きいんですけど…。
黙っていれば高校生に見えるほどなんですけど…。

まだ信じています、サンタさん。

もうこうなってくると、親としてどうしていいかわかりません(涙)。

もちろん、ちょっとは疑っているんでしょうけれど、けっこう自分なりに理論武装していて、
「だからサンタさんは実在する」という結論で納得しているもよう。
このまま中学生になってしまっていいものでしょうか?
別の意味で泣いています、私。

ゆりうすさん。

「最初から言っちゃおうかな」はあんまりよね~。絶対にだめだめだめ。

うかたんさん。

うちは、サンタに手紙を書かせます。それを窓の外から見える壁に張るの。息子は「サンタに見えるか不安」とベランダまで手紙を置きにいったこともあったっけな。
去年は「たいむましーんをください」と壁に張られ、ものすごく焦りました。

いしまりさん。

落としどころ、どこなんでしょうねえ。
私の同僚は、確か小学校5年生の時に、「もう、あなたのところにはサンタは来ないよ。サンタは小さな子のためにいるから。これからは、あなたは他の誰かのためのサンタさんになるんだよ」と説いたそうです。その子も優しい子で、小さな贈り物なんかを作っては、バザーに出したりしているんだそうな。
でもうちの息子にはそんな高尚な行為は期待できそうにないもんなあ……。

>サンタは小さな子のためにいるから。これからは、
>あなたは他の誰かのためのサンタさんになるんだよ」と説いたそうです

これっていいですね。私も子どもたちが大きくなったら使いたい説き方ですね

信じる信じないにはあまりこだわらなくても良いのでは?

私は、中学生くらいまで「サンタクロースに」もらってました。
(多分姉が高校生の間くらいは続いていたように思う)

我が家の場合、希望を聞いてくれるわけではないので、要するに
 寝ている間にプレゼントが置かれているか
 起きている時に直接親から渡されるか
の違いでしかなかったのだけど。

どこまで信じていたかといえば、かなり曖昧です。
だんだん薄れつつも、儀式としては続いていた、という感じかな。
だから、あんまり「ある日突然受けたショック」っていうのはなかったです。
親に対しては、一応信じているというスタンスを取っていましたが、
だんだんにお互いにそういう儀式の必要性が薄れて自然消滅という感じだったと思います。

親もあまり「うそ」は使っていなかったから、続きやすかったのかも。
夫もそうなのだけれど、なぜそんなにハッキリさせなくてはいけないのかなぁ?と
私はいつも疑問に思っています。(夫はあまりこの儀式を続けたくないらしい)
プレゼントの渡し方の問題と割り切ってはいけないのかな?

私としては自分の両親と同じスタンスで行きたいのですが、
最近のサンタさんは厳密に希望を聞いてくれるサンタさんが多いようで
ちょっとやりにくいです(^-^;

うかたんさん。

どうぞどうぞ!

A子さん。

曖昧に、自然に。それが一番かもしれませんねえ。
思うに、こういうことって自分が親にしてもらったように、子どもにしてあげたくなるもんなんでしょうねー。毎年派手な演出でサンタの存在感を示してしまう私は、間違いなく、亡き母の影響を受けてますもん。

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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