スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

嗚呼、学芸会

学芸会、夫婦で行ってまいりました。
各学年とも1学級しかないため、保護者全員が1~6年の演技をノビノビ見られるというのは、小規模校の良さでしょうか。

ところで。本日の学芸会、息子の学年のお芝居はまあ無難なもので、まあ、こんなものでしょう、って感じだったのですが。
夫婦で気になったのは別の学年が演じたお芝居のほうでした。
学芸会が終わった途端、夫婦でつい話し込んでしまったほど。

「あれって、すごくないか?」
「あれでしょ? 河童の出てくる……」
「そうそう、古き日本の共同体の閉鎖的な体質を良しとする、あの芝居」
「ありゃ、まずいよね。いじめの構造そのまんま」

何かというと、とある学年が演じたお芝居。
簡単にストーリーを記すとこんな感じ。

動物たちの住む山に、沼があって、そこには竜神がいると信じられている。日照り続きに、動物たちは竜神にお供え物をして雨乞いをするが、雨は降らない。実は沼に河童が住んでいて、竜神へのお供え物をかすめ取り、こっそり食べていたのだった。
そんなある日、熊の兄妹が沼からそっと水をくんでいる。病気の母親のために、きれいな水が必要なのだ。でも、動物たちの山の掟では「日照りの今は、勝手に水をくんではならない」と定められている。
熊の兄妹の行為は、ほかの動物たちに見つかってしまう。熊の兄妹は「掟を破った」と20人あまりの動物仲間に糾弾され、責めに責められる。病気の親のため、なんて個人の理由はまったく考慮されない。
罰として、熊の兄妹は木に縛り付けられる。
それを見ていた河童は気の毒がって、熊の兄妹の縄を解いてやり、みなで水を熊の兄妹の家に運んでやろうと決めるのだ。

熊の兄妹は「でも村の掟があるから……」と戸惑う。河童は「おれらは沼の住民だから大丈夫。村の掟なんて関係ない」という。
いったんは「ありがとう!」と感謝する熊の兄妹。
ところが、その後、動物たちのお供え物を河童たちが勝手に食べていたことを知った熊の兄妹は、「ひどい!」と怒り、「そんなひどいことをする河童の助けなんていらない!」と叫び、さらには「村の掟を破った私たちは、責められて当然だったんだわ。木に縛り付けられて当然なんだわ。河童さん、私たちをもう一度木に縛り付けて!」と懇願するのだ。

結局、河童は熊の剣幕におじけずき、反省し、お供えを竜神の祠に戻し、沼の底の竜神に、雨を降らしてくれ、と頼みに行く。
雨が降り、山の動物たちは大喜びし、めでたしめでたし、って話しなんだけど。
これって、ちょっとまずくない?

死にそうな重病の親のために水をくむ行為が、村の掟違反だからと否定され、掟自体の是非が問い直されることは一切なく、最後は木に縛られた熊の兄妹自身が「私たちが掟を破ったのだから、罰されるのは当然」とのたまい、集団で熊の兄妹を木にしばりつけた動物たちの非は一切不問に付される……。

オリジナルではなく、学校演劇用の既成の戯曲を使ったものなんだろうけど、これを美談としてしまうのはちょっとなあ……と夫婦でびびってしまったのでした。

学校向けの戯曲って、説教臭い、メッセージ性の強いものが多いとは知っていたけれど、古い戯曲を読んでみたら、案外、その価値観にひえええええと思うようなものがいっぱい残っているのかも、と思ってしまったのでした。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
RSSリンクの表示
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。