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★いのちって何だろう(著・村井淳志、坂下ひろこ、佐藤真紀)

★いのちって何だろう(著・村井淳志、坂下ひろこ、佐藤真紀)

5年以上前ですが、インフルエンザ脳症でお子さんを亡くしたお母さんの取材をしたことがあります。15歳未満の子供からの臓器移植の問題が浮上した頃のことでした。
取材したお母さんを通して、インフルエンザ脳症で子供を亡くした方々が新しい会を立ち上げたと知りました。それが、「小さないのち」。今は病気を限定せず、病児遺族の会(小さな子どもを病気で亡くした家族の会)として活動されています。

で、本題。この本は、「小さないのち」代表の坂下さんの本、ということで手に取りました。
そうしたら、共著書で、社会科教育実践が専門の金沢大教育学部教授である村井さん、日本国際ボランティアセンタースタッフの佐藤さんのお話までついてきた、というわけ。
でも今回は、特に村井さんの話に色々と考えさせられました。

村井さんが書いているのは「ニワトリを殺して食べる授業」について。テーマは「いのちをどう教えるのか」です。
実は、このテーマ、ずっと気になっていました。
何か事件が起こるたび、「心の教育を」「命の大切さを教えよう」と叫ばれる。でも、「いのち」ってどうやって教えるんだろう、って。

私がまだ教育学部の学生になりたてだったころ、東京の公立小学校の先生だった鳥山敏子先生が、「ニワトリをを殺して食べる」授業や「ブタを解体して食べる」授業を実践し、それが記録映画にもなりました。
私はそれに心打たれるとともに、「こういう授業は一朝一夕にはできない。ニワトリを殺して食べるといった授業よりも、普段の授業風景が見たい」と思い、直に鳥山先生に電話し、「1週間見学させてください」と頼み込んだのでした。
当時、鳥山先生のもとには諸団体の見学が集中し、学校を通して、土曜日のみ見学者を受け入れていたそうなのですが、個人での見学依頼は珍しかったらしく、「特別に月曜日から1週間の授業を見せてあげる」と快諾していただきました。
それで私、確か、年3度ほど京都から上京し、そのたびに1週間、子どもたちと机を並べて授業見学させてもらいました。

楽しい授業でした。もう20年以上前の話で、記憶も曖昧だけれど、国語の授業だと思ったらいつのまにか算数になっていて、円柱の面積の計算とかをやっていたと思うと、円柱のスケッチに変わっていたり……変幻自在でした。
それに。給食、おいしかったな。

結局私は、教育実習までこなしながらも、教師にならずに、新聞記者になることを選んだけれど、鳥山先生の授業を思い出すたび、「うちの息子にああいう授業を受けさせてやりたいもんだ」と思わずにいられないんです。

が。
この本を読んで驚きました。
村井さんが紹介している金沢市の金森俊朗先生、という小学校の先生が2003年3月に「ニワトリを殺して食べる」授業を実践するまで、日本の公立小学校では1980年の鳥山先生以来、この手の実践ができてこなかった、と書いてあったものだから。
23年間もの空白?

そういえば、2001年、秋田県で、育てていたニワトリを解体し、調理し、食べるという授業が計画されたのに、直前になって「残酷だ」という保護者の匿名の投書(話し合いの際には何も言わず、匿名で投書するというやり方は、本当に軽蔑してしまう)をきっかけに、中止されてしまったことは、まだ記憶に新しいです。

でもまさか、鳥山先生以来、公立小学校のどこでも「殺して食べる」授業が実践できずにいた、ということには、ショックを受けてしまいました。

鳥山先生もそうだったし、この本を読むと金森先生も本当にそうなのだけれど、この手の授業は、「殺して食べる」行為が大切なのではなく、その授業からいかに多くのことを学べるかは、それまでの日々の授業や、準備にかかっているわけです。
例えば金森先生は、2年間持ち上がりで担任したクラスの2年目の年度最後にこの授業を実践しています。それまでの2年間、あらゆる教科の授業を通して、生きること、死ぬこと、食物連鎖などについて、子どもたちに考えさせてきてます。
さらに、保護者に「おやじの会」を立ち上げてもらい、「殺して食べる」実践は、あくまで「おやじの会」が主催する形を取るなど、「残酷」という陳腐な反対などもう出てくるはずがないほどに、丁寧に丁寧に準備を積み重ねているわけです。

ふと、息子の夏休みの自由研究を思い出しました。
そう、「イカのりょうり」というやつ。
あれは、スーパーで買ってきたスルメイカをさばき、刺身と炒め物と塩辛にしたわけだけれど、「生きたイカを海で捕る」と「生きているイカを殺す」という段階も、工夫次第で可能だったのかも、とふと思ったのでした。

ただし、心しておこう、と思った点が一つ。
金森先生の言葉として、本書に掲載されていた言葉。

教材を「何かの概念を教える手段」にしちゃいけない、対象世界は簡単に概念化できない。しないほうが豊かさに満ちあふれている。

行動力と好奇心に満ちた、けれども説教好きな先生(あるいは親。私も含まれる)が最も陥りやすい落とし穴、ですよね。


佐藤真紀さんが書いている項についても一つだけ。
2000年にパレスチナでインティファーダが再び起こった時、日本の子どもたちがパレスチナの子どもたちに書いた手紙があった、と。
それはこんな風。

「みんなで戦争をやめよう! やめたら、きっと私たちのように平和になれるんだよ。石を投げるなんてやめようね!」

佐藤さんはこの手紙をパレスチナの子どもにはとても渡せなかった、と書いている。
私も最初、この手紙を一読した時、「こんな手紙を子どもが書くという時点で、子どもの受けている社会科教育の薄っぺらさが分かるわ」と思ったのだけれど。
でも、よくよく考えたら、あれほどに根の深いイスラエル占領とパレスチナ問題を、日本にいて、きちんと子どもに語るのは、なんと難しいことだろう。
「戦争はダメ」「けんかするなら手でやりなさい。石なんて投げてはダメ」「憲法9条で日本の平和は守られています」って、そんな教育やしつけじゃ、世界中で起こっているどんな問題もきちんと語ることはできないんだよなあ、と。
むしろ、子どもの書いたこの手紙は、日本で普通に教育を受けた子どもが普通に書いてしまって全然不思議のないもので、そういう国で、私は暮らし、子育てしてるんだなあ、と考え込んでしまったのだった。
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おひさしぶりです。
内容とは関係ないですが、「立ち上げる」といういい方、新聞記者として、抵抗ないですか。
NHKのニュースでも、使われているが、気持ちが悪いことばです。
言葉を大事にね。

元気ですか?

僕も最近ブログを始めて遊びに来ました。

長男が6年生の時ボーイスカウトのキャンプでニワトリを絞める体験がありました。
当時、親が付き添うカブスカウトからボーイスカウトに上進し、1年後の夏のキャンプで最下級生が体験する毎年恒例の夏のキャンプでの出来事。
同級生が皆逃げ回る中、長男は1人その役を果たしたんだそうです。
でも、長男が悲しかったのはその行為ではなく、そのトリ料理に同級生は誰も手をつけなかったこと。息子は確か10人分近くの料理を泣きながら食べたと言っていました。
保護者の反対で恒例の鳥料理はその年が最後となりましたが、息子にとっては貴重な体験になりました。
うちは祖父母と暮らしていたり、家族みんなが病気持ちで、子ども達は平穏な中にも命の重さに振り回されて暮らしているけれど、やっぱりとっても大切なことでこれは子どものうちに伝えたいことだなぁと思います。
子ども餓死させるまで何も感じない大人にはしたくない、と思うこの頃です。
(コメントなのに長くなってしまってごめんなさい。)

さるたさん。

指摘してもらうまで全然気にしてませんでした。文法的に間違いなんですねえ。
なるほど~。一つ勉強になりました。

大邦さん。

元気です。いつも。

Mimさん。

>同級生が皆逃げ回る中、長男は1人その役を果たしたんだそうです。
>でも、長男が悲しかったのはその行為ではなく、
>そのトリ料理に同級生は誰も手をつけなかったこと

悲しいですね。
というか、この手の指導は、本当に指導者の準備と力量が問われるんだと思います。
例えば、金森さんの授業では、逃げる子もいなかったそうです。
「いのち」の授業になるのか、ただの「気持ち悪い」授業になるのか。それは大人の指導一つで決まるんですねえ。
息子さんが、そういった大人の指導のないところでも、「いのち」を受け止められたのは、きっと、家庭でのさまざまな体験をベースに、お友達との様々な関係などから、きちんと学んでこられたからだと思います。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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