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■蟻の兵隊 (監督・池谷薫)

■蟻の兵隊 (監督・池谷薫)

第二次世界大戦の敗戦の後、上官の命令で中国に残留させられた日本軍兵士が2600人もいた。彼らは中国国民党の軍閥に合流し、4年間も戦い、550人が戦死。700人以上が捕虜となった。
ところが、生き残った彼らが帰国してみれば、「逃亡兵」の扱い。軍人恩給も戦後補償もなし。

このドキュメンタリー映画の主人公である奥村さんたち元残留兵は、戦後補償を求めて裁判を起こすが、国は「自らの意志で残り、勝手に戦争を続けた」と主張、最高裁でも訴えは認められなかった。

なんていう話を、まったくこの映画に触れるまで知らなかったことをまず恥じます。はい。

渋谷の映画館は、圧倒的に年配客が多かったのですが、ほとんどの席が埋まるのどの熱気でした。

奥村、という名前のせいもありますが、ついつい「ゆきゆきて神軍」の奥崎さんを思い出しました。あのドキュメンタリー映画の中では、「撮影される側」の奥崎さんが、カメラを意識する中で、どんどんと表情も行動も変わっていくところが、なんともヒリヒリする映画でしたが、「蟻の兵隊」の奥村さんも、撮られているうちに少しずつ変わっていくさまが迫力があります。
ただ、たぶん、奥村さんの場合は、撮られる中でカメラを意識して……という変化ではないんだろうな、という気がしました。

最初は、中国に残留し、戦争を続けたのはすべて軍の命令だったこと、中国軍閥の傭兵などではなかったことを証明するためにかけずり回っていた奥村さんなのに、途中からは、自分が人を初めて殺した中国の地に行ったり、日本軍がやった残虐な行為を知る人の証言を集め始めるのです。
加害者であり、被害者であることがそうさせた、という解釈よりも、むしろ、残留日本兵問題がちっとも前に進まない中で、仲間が1人ひとり死んでいく焦り。矢も楯もたまらず、怒りをどこにぶつけて良いかも見えず、何かに憑かれたように、当時を知る人を訪ね歩かずにいられないのだろう、とそんな気がして、その「変化」が胸に迫りました。

初めて人を殺した地で「ここは自分が鬼になる教育を受けたところ」と語りつつ、「でも不思議と懐かしいんだ」と正直に吐露するシーン。
中国人の証言者に質問するうちに、いつしか「日本兵になって中国人を追及してしまっていた」と自覚するシーン。
日本人の証言者に「話してください」と食い下がった時、「戦争を何も知らない少年兵ごときが。本当の地獄を見てきたから、信念として話さない」と言われるシーン。

どれも心に残りました。

日本で戦後民主主義教育が行われていたのと同じ時代に、終戦から3年たっても、「天皇陛下バンザイ」と叫んで死んでいった人がいる、という事実の重さを前にすると、やはり、知らなかったこと自体を恥じるしかないなあ、という思いです。

評判が良いため、予定より長い9月8日までは少なくとも上映しているそうです。
期日未定、です。
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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