スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一つ山越えて

懸案の記事、たった今、降版。
詩人、茨木のり子さん、宗左近さんの死にこみ上げた喪失感をそのまま記事にしました。

この記事を書くにあたって、この1週間、ものすごい数の詩を読みました。小学校や中学校時代に詩が好きな先生に習った現代詩との再会もあったりして、あらためて詩の持つ力には打たれました。

例えば、吉野弘さんの「生命は」。

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ


(中略)

私も あるとき
誰かのための虻(あぶ)だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない


懐かしいなあ。
これは中学校時代に、クラスメートと演劇をやろうと脚本を書いていた際、担任の先生が最後に脚本に付け足したのだっけ。
劇中詩としては、演じる者の心に残るものだったと思います。
クラスメートの間では、「誰かのためのアブ」は流行言葉みたいになったけど(アブ、というのがおかしくて)、案外、先生が伝えたかったメッセージはみんな受け止めてたんじゃないかな。

ほかに懐かしかった詩といえば、谷川俊太郎さんの「かなしみ」。

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまつたらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前にたつたら
僕は余計に悲しくなつてしまつた
(詩集「二十億光年の孤独」より)

これ、子どものころは、谷川俊太郎さんなんて名前も知らず、読んでたんだなあ。「透明な過去の駅」なんて、子ども時代にどんな解釈ができたんだろう、と思わずふふふと笑ってしまった。

扉をあけます
頭のしんまでくさくなります
まともに見ることが出来ません


で始まる「便所掃除」(濱口國雄)という詩は、それこそ当時はちょっと問題意識の強い教師なんかが好んで使った教材だったんでしょう。
久しぶりに読んで、細部にわたるまで案外覚えている自分に驚きました。また、当時の小学校の先生が子どもたちにこの詩を通して何を伝えたかったかを思うと、「よい先生に出合ったなあ」としみじみもしました。

一行一行解釈させたり、
「この時作者は何を思ったでしょう」と問うたり、
「ここにある『それ』という言葉は何を指しているのでしょう」とはっきりさせたり、
学校で行われる詩の授業に反発する詩人はとても多いらしいのだけれど(そして、その反発には共感もするけれど)、
案外、そういった詩の授業が心のどこかに残っていて、大人になってから再び詩と出会い直せたりすることもあるのです。

昨年からピアノを習い始め、音楽に触れることで、「音楽の持つ力には言葉は敵わない」と思う局面がとても多かったのだけれど、実は、自分の扱っている言葉が脆弱なだけで、本来、言葉が持つ力は実はとても強いのではないか、とあらためて実感できました。
そういう意味で、今回の記事のために詩をたくさん読み直したことは、私にとても大切なものを残してくれたような気がしています。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

言の葉さやげ

そうかぁ、お疲れ様。小学校時代の先生って大事だよね。おれの担任も時折、俳句とか和歌をきれいな字で黒板に書いた。覚えているもんな。まされる宝、子にしかめやもなんて。茨木のり子さんの「言の葉さやげ」という本、ご存知ですか。30年以上前に読み、すごく感動した覚えあり。この春社会に出た長女に何かと思って本屋を探したら、同じ装丁でまだ本屋の棚にあり求めました。究極のロングセラーかなぁ。
玉稿はいつ出るのかな。楽しみなり。

詩っていいですよねぇ

このごろ、詩、読んでいないんですが。
おぐにさんの書かれた詩を読んで猛烈に読みたくなりました。

私、精神状態が最悪なとき、本屋で三好達治の詩集をみつけて抱きしめて泣いたことがあります。物語もそうだけど、詩って本当に心に刺さる。心を包む。

おつかれさまです。
詩って、あたしは学校とかであんまやった記憶ないですねー。
教科書にはいくつかのってたけど、扱わなかったんだっけなぁ。
よく覚えていません。やったのかもしれないけど。

でも、おぐにさんが載せてくれた詩を読んで、少し落ち着いた気持ちになりました。
今更ながらに、詩って自分のスピードで読むものなんだなぁと実感です。

感想

玉稿拝読しました。詩人というとなよとしたイメージがあるけど、(彼は詩人だから、とかの物言いの場合)取り上げられた詩のそれぞれは、非常に強いね。詩の強さにビックリ。これが感想の1番目。2番目はこのおぐにさんのある意味では私的な思いを、新聞によく載ってたなーという点。実績があればこそデスクさんがたぶらかされたのか。3番目は紙面は私物化するのが一番面白いということ。そして、自分が面白いと思うことは読者にも面白いはずだという思いがなければ、ハートに迫る新聞なんぞ出来ないということ。通り一遍の字のられつじゃあね。ともあれ、力技、お疲れさまでした。

冷奴さん。

「言の葉さやげ」。チェックしておきます。

かめさん。

うんうん。
へこんだ時に抱きしめられる詩を持っている人でありたい、と私も思います。

あめ◎さん。

詩は自分のスピードで読むもの。うん、わかります。
自分のほうに準備ができてないと、心に染みていかない言葉ってあるしね。
人生のときどきに読み返せればいいのだけれど。

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
RSSリンクの表示
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。