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修学旅行中にやってきた女子中学生。

修学旅行を利用して、旅の中に「人に会う」経験を取り入れよう、ということなのでしょうか。
修学旅行中のプログラムの一環ということで、ある中学校から、修学旅行中の女子中学生5人が私を会社まで訪ねてきてくれました。

前もって、どんなことを尋ねたいか、簡単な質問票などもいただいていました。「新聞記者になろうと思ったのはいつですか?」「新聞記者の仕事って取材と記事を書く以外にどんなことをしているのですか」から「毎日メールは何本きますか?」「これまで会った人は何人くらいいますか?」まで。

前もっていただいていたこんな質問に、前半の1時間で答えた後、「ほかに聞きたいこと、ある?」と尋ねたら、女の子たちはお互いに顔を見合わせてモジモジ。
なんというか奥ゆかしいのです。
でも私にしてみれば、もどかしいのです。
だから正直に言ってみた。

「中学の修学旅行って一生に一度の経験なのにねえ。こんな風に2時間も私と会うことに時間を費やすより、ディズニーランドで遊んでるほうが絶対楽しいと思うんだよ、私。
でもねえ、だから余計に、つまんない思いをさせたまま、あなたたちを帰したくないんだ。
大事な2時間、『ほんとは遊びたかったけど、まあ、こういうのも良かったよね』って思ってもらえる程度には充実した時間にしてあげたいんだ。せっかくの出会いなんだもの。
だから、何でも聞いてくれていいよ」

そしたら、みなで顔を見合わせていた女の子の一人が、意を決したように、こう言った。
「おぐにさんは、どうして自傷とかしてたんですか?」

なるほど、そっか。
なんだかストンと腑に落ちた。

修学旅行生たちは東京で24人の「誰か」に会いに行ったという。
24人は学校が用意した、いわば「コース」で、職人さん系とか、その道一筋、みたいな人が多い。
そんな中で、わざわざ、新聞記者に会うことを選んで来たという女の子たち5人が5人とも、およそ「新聞記者になりたい!」と思ってないことは最初から明々白々で、「はて、なぜ、私んところに来たんだろう」と前半1時間、ずっと不思議だったんだ。

でも、そっか。
自傷の話を聞きに来たんだ。
でも、そっか。
なかなか切り出せなかったんだ。

その子たちがまったく自傷に無縁な人生を送っていようと、そうでなかろうと、友だちに自傷する子がいようと、いまいと、私が伝えたいことは基本的にそう変わらないので、後半1時間は、淡々と話をさせてもらいました。
言葉って難しいなあ、誰かに何かを伝えるのって難しいなあ、と思いながら。

何か一つでいいから、彼女たちの心に残っていたらいいなあなどと思うのは、おばさんの勝手な思い入れ、余計なお世話と重々承知はしているけれど、これからの長い長い思春期のトンネルを歩いていく彼女たちにせめて何か送りたい思いでいっぱいでした。

それにしても。
彼女たち親の年齢を聞いたら(聞くなよ>ぢぶん)、30代の人もいた。
ちくしょー。
私も20代で産み始めていれば、こんなかわいい、悩める思春期の娘がいたかもしれないんだなあ。
まあ、いいか。
あと5年もすれば、声変わりしたむさ苦しい悩める思春期の息子とご対面だもんね。
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すごいなぁ

その中学生たち、すごいなぁ。
おぐにを選んだことと、促されて、ちゃんと聞けたこと。

つい先日も、新聞で読んだんだけど、東京に修学旅行に行くときに、
ピアニストの舘野泉さんに会いたいと思っていた中学生が二人。
残念ながら、スケジュールが合わなくて東京での面会はかなわ
なかったけど、演奏会で来仙した舘野さんが、仙台で会ってくれた
んですって。

私が中学生だったら、誰に会いたいって思ったかな。
周囲に流されちゃって、実は自分の意見を言えなかったかも・・・。
今時の中学生って、すごい!

痛くないの?

常々思っていたのですが、おぐにさんのような方が何故自傷に走ったのか、闇です。人間それだけ複雑なのでしょう。また人間は変わりうるものなのでしょう。カミングアウトする人はそう多くないから、女子中学生にとっては、聖母マリアのように映ったのでは・・・・・・

うららさん。

舘野さんってすごい人ですねえ。
実はピアノは聞いたことがないのだけど。
舘野さんが弾くラヴェルの左手曲、どこかで聞いてみたいと思いました。
彼ってどこかの新聞で「もしも病気に倒れなければ、こんな風に新しい人生を楽しめなかっただろう」みたいな談話を寄せてました。
実際、ピアニストって彼の歳にもなると一線を退く人も多いし、彼が今こんなに脚光を浴びてることを考えると、その談話って、ものすごく真実なんだろうなあ、と思った覚えがあります。

冷奴さん。

軽い自傷なら、理由なくやりうる話しだと思います。
本人も理由がわからない、ということがほとんどですし。
理由探しがその人にとって大切な道のりになることもあるけれど、逆に、理由探しが回り道になったりすることもあるようで。

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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