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小田和正さん取材を終えて・1

小田和正さんファンの方々にしてみれば、取材を終えての私の感想なんかより、きっと取材秘話みたいなものを読みたいに違いないわけですが、やはり、新聞記事にする約束で行ったインタビューの内容をブログであれこれ書くのはルール違反だと思うので、それは差し控えます。
ただ、取材を終えての私の個人的な思いというのを、少し書き残しておきたくなりました。

今回、一番尋ねたかったこと。
それは「なぜ、歌を作る時、常に同級生の視線を意識してきたのか」でした。

いくつかの小田さんの記事でその言葉を見つけた時からずっとこだわってました。この言葉は多くの場合、団塊世代と結びつけて語られることが多いのだけど、私は世代というより個人の生き方の問題だと感じてきたからです。

それはたぶん、私自身が、今なお、大学時代の同級生、あるいは当時の自分自身の視線を意識しているから。
バブル時代にあって、学生運動が依然残る学生寮に暮らしたせいで、年に数度は機動隊に囲まれてました。それでも組織の論理が嫌いで、「我々は」という主語で何かを語る人になりたくなくて、社会の矛盾に一つひとつぶつかりながらも、ヘルメットは被らないことを選んだのでした。「俺たちは闘ってんだぞ!」と酔っぱらって威張る一部の寮生が嫌いでした。三里塚の集会の直前になると毎晩オルグにやってきて、「なぜ三里塚に行かないのか?」と問いつめる人たちが苦手でした。「なぜか」を語ろうと思ったら、どんな風に生きたいかまで説明するしかなくて、でも集会の前に顔を出すだけの相手にどうしてそこまで言葉を費やさなければならないのか、それも全然分かりませんでした。
結局私は、寮にいて、オルグを受け続け、でも学生運動とは距離を置き続け、ずっと生き方を模索してたんだと思います。

卒業直前に、当時はみなで「ブル新(ブルジョワ新聞)」などと呼んでいた新聞社に入ることを決めた時、私は当時の友人たちにこんなことを言ったのを、実は今もよく覚えています。
「同じ思いを抱えた相手にアジビラを書くのではなく、考えの違う人に広く読んでもらえるメディアで、伝えたいことを伝わるように書くことをあきらめたくないから」

いつもこの言葉に恥じない記事を書いてきた、とは言い切れないし、言いません。でも、その言葉を裏切らないように、その言葉を伝えた相手( つまり当時の友達たち )にできるだけ嘘をつかずに済むように、仕事をしてきたつもりです。
きっと、あのころの友だちはもう誰も、私のこんな言葉など覚えてないだろうに。

でも私はあの時の言葉を「若かったからねー」とか「青臭いよねー」とか笑う気にはなれないし、平気で笑えるようにはやっぱりなりたくない。
あの時の私と今の自分とは間違いなく同じではないけれど、ずっとつながっている所にいる、とだけは言えるもの。

だから私は、「あの頃は若気の至りで……」とか笑って懐かしんでしまえる人が嫌い。
例えば小田和正さんの「the flag」を聴いて、昔の思い出を思い出し、幸せな気分になるおじさんは嫌い。
あの曲を聴いて、「懐かしいなあ」とどうやったら思えるんだろう、と思う。
私、あの曲を最初に聴いた時、「おまえはどこに立ってる?」と、それこそ同級生あるいは当時の自分自身に突きつけられた気がしました。

そして思いました。「同じ場所には立っていないかもしれないけれども。あの頃より利口になったし、視野が広くなったし、他人とつながることも覚えたし、だから大切と思うことを他人に届けることは、以前より少しはできるようになったよ」と。
とても昔を懐かしむ曲とは思えませんでした。

東大安田講堂に残されていた落書きの「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉も嫌いでした。
怖いのは安易な『連帯』のほうじゃないか、『個』としてどうあるのか、『個』をどう外に向かって開いているのかが大事なんじゃないか、とか思ってました。
小田さんの立ち位置はそういう意味では、個としてのありようをとてもストイックに追究しているように見えて、そこをどうしても言葉として聞いてみたかったんです。
だから。
「同級生の視線をずっと意識してきた」という言葉の真意を知りたいし、それをちゃんと読者に伝えたい、とも思ったんです。

インタビューしてよく分かったことは、小田さんの「個」としてのありよう。それを主に記事に書きました。
個としてずっときちんと立ってこられたからこそ今、「連帯」を口にできるんだな、ということもよく分かりました。
ちなみに、「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉の次に続くのは「力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして 挫けることを拒否する」でしたか。
こういうヒロイックな言葉もあまり好きではないのだけれど、でも、小田さんとの1時間半のインタビューで素直に思ったのは、小田さんは「力尽くさずして挫けること」だけでなく、「力及ばずして倒れること」すら拒否してるみたいだなあ、ということでした。

なーんてね。
理屈っぽいことをいくら書き連ねても。結局は、音楽にはかなわない、とも思う。
やっぱりあの人の一番の答は音の中にあるんだと思う。
取材で気付かされたこと、たくさんある。
書き尽くせたと思える部分も、もっと書きたかったことも、たくさんある。
でも、残りの宿題の答は、いつか一度小田さんのステージを見て、音の中で出してみたい、というのが取材しての正直な感想なのでした。
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>怖いのは安易な『連帯』のほうじゃないか、『個』としてどうあるのか、『個』をどう外に向か>って開いているのかが大事なんじゃないか、とか思ってました。

興味深く拝見しました。
外に向かって開いている個がない場合どうするんでしょうか。
安易な連帯の行き着く先は何なんでしょうか。
答えは出ていらっしゃいますか?

みちさん。

そのあたりのことはとてもたいせつなことで、あんまりネットのこういう場所でサラサラ~っとは書けないです。「答えが出てるかどうか」と聞かれたら、そんなもんとっくの昔から、と言うしかないけれど、むしろそこからの積み重ねを問われてるっていうのでしょうか。自分の中で答えを出して、他人との人間関係の中で答えを確かめて、そんなことの積み重ねですから。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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