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初詣に思ったこと

2012年の初詣は、東北は遠刈田温泉の小さな神社。
お賽銭入れて、頭を垂れ、思わず

「会社がつぶれませんように……」

と拝みかけた自分に、ただただ愕然とした。
おいおい、どうしたっていうんだい?
こんなことを拝むなんて、おまえは経営者かい?

新聞社を退社したのが2007年。
それから4年間、アメリカで暮らした。
ありがたいことに、なんだかんだとアメリカ滞在中にも書く機会をいただき、
週刊誌連載 (週刊ポスト「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」) を書きながらアメリカ社会を理解し、理解しながらまた書く、というような日々だった。
新しい人、考え方、文化に出会えたあの4年間は、私にとっては今も宝物だ。

さらに、
新聞社の外側から新聞記事を読む機会を得られたこと、海外から日本語情報を得たい一心からソーシャルメディアに少しはなじむことができたことも収穫だった。
日本に帰国するにあたっては、諸条件あれこれ考え尽くしたうえで、かつての勤め先の新聞社に再就職する、という道を選んだ。
古巣の新聞社には新しい制度ができていて、子育てを理由に退職した者には、一定の条件のもとに、再就職の道が開かれていた。
そんな制度の適用第一号として、私は古巣の新聞社に再就職したのだった。

再就職先ではこれまた、上司にも同僚にも、仕事にも恵まれ、もはや打ちきりの心配もなければ、黙っていても仕事が振ってくる、給料は振り込まれる、というありがたい労働環境のもと、毎日がもう、楽しくて楽しくて、ありがたくてありがたくて……。
おまけに、悩んだときにふとつぶやけば、周囲にいる同僚がああだこうだとアイデアを出してくれる、その環境がなんとも新鮮だったこと!
なるほど、たいていの仕事は自宅勤務のほうが能率が上がるが、こと企画勝負の仕事の場合は、あながちそうとも言えない、という話をどこかの本で読んだよな、などと思い出したほどだった。
アメリカでは、何を書いても、相談できる相手がほとんどいなかったからね。
同僚がいるって、なんとありがたいんだろう!

私は単純だから、もうすっかり感動してしまい、原稿は基本的に自宅で書くし、取材は会社の外でする生活にも関わらず、毎日ちゃんと会社に顔を出すようにしてたんだ (当たり前か)。

そしたら、やっぱり、失いたくなくなったんだねえ。
今の仕事環境を、手放したくない、と切実に思うようになっていたんだねえ。

アメリカでバッタバッタと新聞社がつぶれ、ここ10年で記者職の4分の1が失業した (ごめん、データ元が見つからない)、なんて話も聞いていたし、実際に、失業した友人もいたからね。
日本の新聞業界の先行きの暗さについては、帰国前から、とても危機感があった。
新聞社に再就職をするにあたっても、そのあたりは覚悟の上だった。

再就職してからも、社内で、「新聞は今後どうなっていくと思います?」 などと相手構わず話を向けた。
ところが、時々こんな返事がかえってくるものだから、愕然とさせられた。

「先行き厳しいけどね~。おぐにさんがいる間くらいは、まあ、大丈夫だよ」

二重の意味で、ショックだった。
一つは、組織を動かす立場にある50代が、すでに逃げ切りを考えている組織ってどうよ? というショック。
(全員ではありません。あくまで、一部の人の反応です)
もう一つは、「うそだろ、あと10年持つと思ってんのかよ?」 というショック。

それでも2011年の10月と11月と12月は、
45歳でいきなり 「新人記者」 になっちゃったアタフタな日々の中で、なかなかゆっくりじっくりとモノを考える余裕もなかったのだった。
だからだと思う。
冒頭の話に戻るけど、いきなり、初詣で、

「会社がつぶれませんように」

と願かけそうになっちゃったなんてね。
自分で自分の愚かさに愕然として、ひたすら恥じた。

お賽銭、わずか10円だったので、拝む中身の上書き保存なんて許されるかビミョーな気もしたのだけれど。
あわてて私は、つけたしたのだった。

「たとえ会社がつぶれようと、たとえ日本経済が破綻しようと、生きていける自分でありますように。
子どもと夫と、双方の両親とをきちんと守っていける私でありますように」

……それから、自分で自分にツッコミを入れた。

こんなこと、そもそも、神頼みして、どうするよ?
んなわけで、帰国から4ヶ月余。
30代(の一部の方)の覚悟と、20代(の一部の方)の才能に刺激をいただきつつ、上の世代の方々(の一部の方)の積み重ねてきたものに励まされつつ、私もどうにか性根入れ替えてあれこれ挑戦してみよう、と思っております。
2012年もよろしくお願いいたします。

追伸:今年の目標。「1本の記事も、思考停止せずに書くこと」
    新聞社に戻ると決めたからには、まずはその場所で。


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非公開コメント

No title

 う~ん、お祈りの内容が切実だなぁ。20代、30代の社員はもっと厳しいよねぇ。しかし、どんな時代になっても第一線でネタを取ってくる行為は誰かがしなくちゃならないし、その腕が問われる。逃げ切り世代がいうのもなんだが、牙はいつだって研いでおけ。経営なんかはそんなんが好きなその辺の誰かにやらせておけばいいさ。

No title

私の祈願も「会社がなくなったとしても、生きていかれる自分であれるように、応援してください」です。

No title

冷奴さん。

いやいや、まだまだ、「逃げ切り」世代となれるかどうかわかりませんよー。
数年後、IMFがやってくるような事態になっちゃったりして……ははは(笑えませんが)。

castagnaさん。

同じですね。お互い、頑張りましょう! 激動の時代、変化の時代だからこそ、いろいろと自分で考えるチャンスなんだ、と前向きに考えてます。
プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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