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inclusive であるということ

Japanese Choral Society of Washington のコンサート SING OUT FOR JAPAN の広報作業を通して学んだ話、第二段。
(うるさいほど、コンサートのチラシにリンクを貼ってるのは、新手の宣伝手法か、って? 実はそうです)。

ワシントンDC界隈には、日本人を主に読者と想定した日本語のフリーペーパーがある。
名前を、CAPITAL という。
隔週発行で、主に日系のお店やレストランなどに置かれているもので、この界隈の日本人への情報伝達を目的とした紙メディアだ。コンサート情報の宣伝のためには、どうしても押さえたいメディアだった。
アメリカでは、ご年配の方であっても、メールやインターネットを自在に操る人が多いが、それでも、紙メディアを頼って暮らしている人だって、きっといるだろうと思ったから。

つてを頼って、同紙の編集長さんにご連絡を取った。
大変お忙しい方なので、できれば情報は、記事スタイルに仕上げてからお願いしたほうが良い、という話を小耳に挟んだので、「それではかえって、失礼じゃないのかしら」 と不安に思いつつも、プレスリリーススタイルのものと、記事スタイルのものの両方を恐る恐る、編集部にお送りしたのだった。

隔週発行の紙メディアの締め切り1日前に、新聞にしてたぶん70行近い原稿と写真1枚を送りつけたのである。
業界事情を知ってるだけに、「フツーだったら、まともに取りあう気がうせるよなあ」 と覚悟したんだけど、ふたをあけてみたら、合唱グループの活動暦を書いた10行足らずが削られてたいだけで、あとは 「満額回答」。
写真なんか、1段写真にしてまで、必死で入れてくれていた。
見出しなんか、3段も立ててくれていた。

半分、宣伝を兼ねたブログのエントリーでもあるので、どうせだから、記事内容を下記に。


東日本大震災を受けて、ワシントン首都圏で活動している日本合唱グループ「Japanese Choral Society of Washington」 (JCSW) が4月23日午後1時半から、ファースト・バプテスト教会 (First Baptist Church,55 Adclare Road, Rockville)で被災者支援募金コンサートを開く。入場は無料。当日、会場でワシントン日本商工会が設立した基金「JCAW Foundation」(IRSの501(C) Section 3認可団体)への寄付を呼びかける。寄付金は商工会を通し、100%が日本赤十字社に送られるという。

コンサートは、グループを指導・指揮する同市在住の嶋田貴美子さんが、「日本から遠く離れ、手をこまねいているのではなく、できる限りのことをしたい」と提案したのがきっかけ。メンバーの中には、被災地に家族や友人のいる人も少なくなかった。
「被災者を思うと苦しくて歌えない」、「でも海外にいてもできることは、寄付すること、そして寄付を呼びかけること」、「震災のニュースに心を痛め、苦しんでいる者同士、集うことにも意味はあるはず」など、話し合いを重ねた結果、開催が決まったという。

嶋田さんは「故郷や家族を題材にした日本とアメリカの両方の歌を聴いていただくことを通して、被災地を思う人々の心をつなぎ、被災地に募金を届けたい。ぜひ多くの方に聴きにきてほしい」と話している。

曲目は、「さくらさくら」「Going Home (家路)」「ロンドンデリーの歌」「上を向いて歩こう」など。
問い合わせは、JCSWmail@gmail.comへ。詳細は、http://www.jchoral.org/

(CAPITAL free Japanese semi-monthly newspaper 2011年4月2日号より)

ちなみに、上記は記事そのままの内容。
コンサートの開始時間は、この記事が掲載された後、諸事情あって、1時半から2時に変更されたので念のため。

この号の編集後記を読んで、ここの編集長さんが、締め切り前日の情報掲載のお願いに対しても、柔軟に対応してくださった理由に、ようやく思い至った。

編集長さんは、編集後記の中で、「自分もなにかできないか」 と思いつつ、娘さんと一緒に支援のためのグッズを買ったりするのがせいぜいである、と書き、一方で、「みなさんの義援金集めなどの活動を報告するのも何かの役に立っていると信じ、今回も2ページ使って募金活動などの記事を掲載しました」 と書いてあったから。

みなが自分の居場所で、それぞれに戦ってくれているのだ、と思った。

……とここまでが前置き。
ここからが今回のエントリーの本題なんだけど。
(前置きの長い文章を、「悪文」 といいます。反省)。

今回、上記のような原稿スタイルの文章を書き上げ、合唱グループの役員さんたちに目を通してもらったときに、目からウロコが落ちるような指摘をいただいた。

原稿の最初の一文の主語部分を、私は、最初、

日本人合唱グループ「Japanese Choral Society of Washington」 (JCSW) が

と書いていた。
これに対し、ある方が、「これだと数人おられるアメリカ人や韓国人の会員さんが入らなくなってしまう。私たちはもっと inclusive な会を目指してきました」とおっしゃったのだ。

正直、はっとさせられた。
アメリカ人や韓国人の会員さんがおられることももちろん知っていたし、あれこれお話したこともあった。それでも、記事の中で、行為の主体であるグループ名を紹介するとき、そのグループの属性を極力短い表現で説明しなければいけないのが、新聞記事の宿命でもある。
そういう 「属性説明」 がたいていの場合、その人やグループを100%言い表せなかったり、誤解を招きかねなかったり、ステレオタイプに陥ったり、人々の思い込みを誘発したりする難しさについては、私も、過去に何度も悩んだことがあった。

たとえば……。

「自らの子育てを描いてきた絵本作家〇〇〇〇さんがこのほど、4歳の息子△△君との対話集を出版した。」 と紹介したその絵本作家が、実は子育てと無縁なテーマの絵本もいくつか出版されておられたとか。
「新幹線建設に反対する△△会は」 と書いたそのグループが、実は、新幹線反対だけでなく、実に多方面で活躍していたとか、グループ内にも反対や中立や色々な意見があって、その上で建設問題に取り組んでおり、単純な 「反対」 と言ってしまえないとか。
もっといえば、宇宙飛行士が女性で、子どもがいるというだけで、なぜか見出しに 「ママさん宇宙飛行士」 と表現されてしまうことなども。

結局は、ある程度カテゴライズして読者に分かりやすく伝えたいとか、短い字数でなんとか表現しなきゃいけないとか、そういうせめぎ合いの中で生まれたもので、実は現場の記者はそれなりに悩んだりしてるもんなのだ。

で、「日本人合唱グループ」、である。
短い記事の、それも最初の一文の中で、「主に日本人だがアメリカ人や韓国人メンバーもいる合唱グループ」 と書いても、どうもしっくりこない。
で、これをどうしたか。

inclusive でありたい、とおっしゃった方が自ら、対案を出してくださった。
「ほかに表現する方法がないのも分かります。言葉としては変だけれど、『人』 を取って、『日本合唱グループ』 としてはどうでしょう?」

おおおおお、って思った。
新聞社のデスクだったら、たぶん、通してくれない言葉かもしれない。
でも、私は、inclusive でありたい、というこだわりの方を大切にしたかったし、ほかに良い言葉も思いつかなかったので、即答した。

「それでいきましょう! 日本合唱グループ、と書き直します」。

編集長さんに送る際、「あ、脱字だ」 と勘違いされ、「日本人合唱グループ」 と訂正される可能性が高いと思ったので、事情まで全部説明した。

「主に日本人が多いことや、日本語の歌を主に歌っていることは事実ですが、一方で、アメリカ人や韓国人のメンバーもおられますし、何より、この多民族国家アメリカにあって、日本人だけで狭く閉じてしまうのではなく、できるだけ広く開かれた、inclusive な会でありたい、というのが我々の願いです」 と。

編集長さんが、「日本合唱グループ」 という言葉で、そのまま通してくださったことにまず感謝。
もしかしたら、読者100人のうち、99人は、「日本人合唱グループ」 でも 「日本合唱グループ」 でも、その違いに気付かないかもしれない。
でも、このこだわりを、大事にすることからしか、何も生まれない、と思う。
あとはそれを、どれだけ伝えられるか。
ここは、今後の自分への宿題、だと思ってる。

その上で、自分であらためて気が付いた。
今回、プレスリリースを作ったとき、たとえば、ついつい、こんな表現を書いてしまいそうになる自分がいた。

遠いアメリカの地にいても、故郷日本のために、何かできることを、とか。
家族や故郷をうたいこんだ曲を選びました。懐かしい日本に思いをはせ、とか。

そのたびに、inclusive、inclusive、と自分に念じたもんだ。
だって、アメリカにいて、骨身に染みた。
日本の被災地の様子を見て、何かできることをしたい、と強く思っているのは、何も、日本人だけじゃない、って。
アメリカにいて、ベネフィットコンサートをするからには、この地の日本人だけでなく、様々な民族・人種的背景を持った人たちにも来ていただき、歌を通して、思いを重ねていく作業が、とても大切なんだ、って。

そんな inclusive であることへの希求が、プログラムを少しずつ変えていき、Going Home (家路) を英語で歌うこと、などの選択につながっていった。

震災の後、いろいろなアメリカ人の反応に、あれこれ考えさせられた。
社交辞令のように、「家族は大丈夫だった?」 と聞かれ、「大丈夫」 と答えると、カラカラと明るい笑顔で 「goooooood!!!」 とはしゃいだ後、さっさと次の話題に変えてしまう人もいれば、「でも、つらいよね。heartbreaking だよね」 と気持ちに寄り添おうとしてくれる人もいた。

私の日本人の友人の中にも、「地震で、日本の国土がちょっとずれたんだって? 良かったじゃん! 数センチでも日本がアメリカに近づいたんだから」 という冗談をアメリカ人の知人に聞かされて、笑えなかった、という人や、
「確かに日本はプレートが複雑に入り組んだ場所にあって、大変だろうけど、それでもアフリカの〇〇〇(国情不安定な国を指して) の人は、可能なら大喜びで今の日本に行くと思うよ」 という表現で暗に、「なんだかんだあっても、日本はまだまだ恵まれている」 と説教めいたことを言われ、思わずきちんと反論した、という人がいる。

今回の震災について、周囲に伝わらない、伝えきれない思いが降り積もる中で、ともすれば、「やっぱり分かり合えるのは日本人同士だけ」 なんてメンタリティーに簡単に陥りそうな場面がたくさんあったと思う。

そんな時だったから、合唱グループの役員の方のおっしゃった、inclusive という言葉が、今回はとても胸に響いたんだと思う。
このグループの中には、すでにアメリカに何十年も暮らし、根を下ろし、社会的地位を築いてこられた方がいっぱいいる。日本が、今ほど世界に認められていなかった時代にも、やれ貿易摩擦だの、日本企業がマンハッタンの土地を買いあさってるだの、そういう時代にも、この国で、生きてきた人たちだ。
そんな暮らしの中で、「自らも inclusive であること」 へのこだわりが、生まれてきたんだと思う。

日本に帰っても、「inclusive であること」 を常に心のどこかに留めておくことにしよう。


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そんな活動が、一方で展開されていたのね☆

あと私が思うのは、この震災以降「日本人」が色んな形で応援してもらえてて、それはもちろん真っ当だし有り難く感じるんだけど、同時にくれぐれも忘れてはならないのは、安全な国元に戻るということがいくらでも可能な中、我が身に危険が降りかかることをものともせず日本にとどまり、日本人と共に協力をしてくれている外国人の方に対しても思いやり、そして感謝をもたなければならない、ということです。

日本に対する応援や思いも、日本人限定でなくそうした人達も"inclusive"でなければ、ですよね。

ひっきーさん。

ご存知の通り、グループで何かをするのが苦手なので、普段なら、こういう展開はあまりないのですが、今回ばかりは、私自身が何かやっていないと自分を維持するのが難しかった、ってこともあって、自分なりに精一杯のことをやってるような状態です。

ひっきーさんの言うこと、わかります。日本に留まって活動を続けてくれている外国の方々、いっぱいいるんですよね。
この前もfacebookのほうでリンク貼ったけど、ワシントンポスト紙の東京支局の方だったかが、「自分はなぜ東京に残るか」 ってコラムを書いてくださってて、これはとても心に響きました。
「日本人限定でなく」って、ほんとですよね。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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