スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ 「アメリカ人」 にならないのか

アメリカで得た友人や知人から、「あやこはアメリカ人にならないの?」 と何度聞かれたことだろう。
最初にこの質問を受けた時は、純粋に、ただ、驚いた。

おいおい、
この国って外国人が 
「アメリカ人」 になれるのか?


ちょっとした衝撃だった。
この国って、別に米国市民と結婚するとか、そういうケースでなくても、確かに理論上は、「アメリカ人」になれる国なんだよね。
仕事を見つけて、スポンサーになってくれる勤務先を見つけたり、抽選に申し込んだり、あれこれあれこれしながら永住権を取得し (書くほどに簡単ではないけれど)、さらに滞在年数の条件をクリアし、米国の政治・歴史のテストを受けたり、さらにあれこれあれこれすれば、市民権だって得られ、いつか選挙に投票することだってできる。
少なくとも、理論上は、そういう国なんだよね。
だから、社会学者なんかの書く本の中に、頻繁に、「『アメリカ人』とはつまり、何なのか?」という問いかけが登場するのだろう。

日本はどうか?
たとえば、日本人女性と結婚したアメリカの白人が、たとえ日本国籍を取得したとしても、多くの人は彼のことを、「親日派のガイジンさん」 と呼ぶのではないか。
そんな気がする。

アメリカ暮らしも1年近くになったころだろうか。
どうやらアメリカ社会というのは、外からやってきた外国人を、「アメリカ人になる意志のある者」 と 「アメリカ人になる意志のない者」 とに線引きする社会らしい、ということに気づいた。
すでに永住権を持っているかどうか、市民権を持っているかどうか、より、「アメリカ人になりたいと考えているか」 のほうが大きな意味を持つ、みたいな。

ある時など、初対面のスキンヘッド男に、「アメリカ人になりたいか?」 と詰め寄られたことがある。
「いや~、夫の転勤でこっちに来てるだけだし、夫の駐在期間が終われば日本に帰る身だし……」 と正直に答えたら、さらに、「仕事がこっちで見つかったらアメリカ人になりたいか?」 とさらにたたみかけられ、私もさらに正直になって、「私の仕事って言語にかなり依存した仕事でしょ? 私の英語力では、日本でやってたのと同じクォリティーの仕事をするのは難しいのよねー」 などと答えたら、なんとなんと、「英語の問題さえどうにかなったら、じゃあ、君はアメリカ人になりたいか?」 ときた。

こいつ、何が言いたいの?
一瞬まごついたが、もしや、と気づき、明るい笑顔でしれっと、

「そりゃもちろんよ~。自由の国アメリカが一番いいわ」

とテキトーに答えたら、ようやくそのスキンヘッド男は、ニッコリして納得してくれた。
「そうだろ、そうだろ、やっぱりアメリカが最高さ」 と。
まあ、これは極端なケースにしろ、私の出会ったアメリカ人の多くが、「外国人はアメリカ人になりたがっているはずだ」 と信じ込んでいるふしがある。

世代を越えて、妙に親しい友人になってしまった相手に、じいちゃんのユダヤ人、エドがいる。
昭和12年生まれ。なんと私の父親と同い年だ。
なんとなく茶飲み友だちのようになってしまった私とエドは、これまでにも、広島・長崎の原爆投下の是非だとか、ホロコーストとベトナム戦争のソンミ虐殺だとか、茶飲み話のはずが、むちゃくちゃ重たい話題に突入することが多かった。
最近、毎回のように話題に上るのは、アメリカにやってきた移民は、英語をしゃべるべきか、という問題。中南米からのラティーノたちが急増する中で、アメリカの街角のそこここでスペイン語を耳にすることが増えている。
この前も、エドは、「マクドナルドに行ったら、店員も客もラティーノで、そしたらこれ見よがしに、お互いにスペイン語で話しをするんだ。俺には何を言っているかわからない。そういうのを見ると、アメリカってどうなってしまうんだろう、って思うんだよ」 とこぼす。
この前はさすがにあきれて、「じゃあ、エドは、私と日本人の友だちが日本語でしゃべってるのを見ても、嫌だと思うのか?」 と突っ込んでしまった。
エドは、「まあね」 と答えたあと、「でもまあ、あやこは、ビジターだから」 と言った。
「ビジター」。つまり、アメリカに永住するつもりはないから、と。
逆に、この国でずっとやっていくつもりなら、日本人同士でも英語をしゃべるべきだ、というような雰囲気が、確かにこの国にはある。

日本で、たとえば、電車の中でフランス人同士がフランス語でしゃべってる時に、「ここは日本だぜ。日本語をしゃべろ」 と思う人はほとんどいないんだろうが、なにしろここは、「誰でもアメリカ人になれる国」だから。
自由という概念と同じくらい、英語という言語が、多様な国民を一つにたばねている現実がずっとあったんだよね。

まあ、そんなこんなで、エドとの茶飲み話は最近、必ず最後に重たくて面倒な議論に発展し、にっちもさっちもいかなくなり、最後の最後は、どこかお互いに釈然としない状態で、「まあまあまあ、本日はこのくらいで」 と別れることが増えていた。

そのエドが、先日、久しぶりに、例の質問を繰り出してきた。
「結局、あやこはやっぱり、アメリカ人には、ならないつもりなのかい?」
この会話は1年以上前に既出であり、話はすでに付いたものと思っていた。
どうやら、「いつか、こいつは日本に帰ってしまうのか」 と思ったところで、寂しくなっちゃったらしい。
ここ半年、エドの老け込みが激しいのが、とても気になっていた。

「だって。私はジャーナリストという仕事が気に入っているもの」 と普段通り返事をすると、エドが久しぶりに気色ばんだ。
「でも、今だって、日本の雑誌に連載したりしてるんだろう? アメリカの話を日本のメディアに伝える、という仕事だって、おもしろい仕事なんだろう? どうして日本に帰らなきゃいけないんだ?」

「現実はそう簡単じゃないのよ。ゴニョゴニョゴニョ」 とテキトーに答えても良かったのだけれど、なんとなく、この手のシチュエーションだと、普段より素直で正直になってしまう私は、あまり深く考える前に、答え始めた。

「確かに、今、アメリカにいて、日本を向いて仕事をするのって、これまでやってきたことのない仕事だからね、面白いよ。楽しいよ。発見もあるし、何か発見しようと思って毎日を暮らせる利点もある。でもねえ。やっぱり、私の仕事の現場は、日本だと思うんだよね。」

「たとえば、インタビューでもね。日本語でインタビューをする時、私は、相手が言葉にできないような、時には相手が自覚してないような感情を、言葉にする手伝いをしてる。特に若い子の取材は、そうなの。でも、同じことを英語でやろうとしたら、とうてい歯が立たなかった。そもそも私の英語力じゃ、相手が言葉にしてることを100%聴き取ることだって、なかなかできないんだよ。相手が自覚していない気持ちをすくいあげるようなインタビューは、とうてい英語ではできないし、それは単に言語力だけの問題でもない、って思うのね。」

「ならば。自分が仕事をすべき 『現場』 は、本当は日本という社会なんだ、って。この2年ちょっとのアメリカ暮らしで、逆に気づかされた部分も多かったんだよね」

そしたら、エドはしばらくだまりこくって、何度も何度もうなづいていた。
私は、といえば、エドに答えながら、そうか、私はそんなことを考えていたのか、とあらためて驚いてしまった。

ここにいても、どこにいても。
ここにいても、どこにいても。

そんなフレーズがなぜか突然、頭に浮かぶわけだけれど、
そのあとに続くピタリとした言葉は今のところ、見つからない。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
RSSリンクの表示
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。