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言葉が生まれ出る時

渡米から1年と11カ月。
つまり、ほとんど2年、というところで、息子に変化が現れた。
自分から、自分のことを、英語で話し始めたのだ。

「おいおい、渡米後2年もたって、まだ英語をしゃべらなかったのかい?」 と言われそうな話だが、実際のところ、それに近かった。
すでに、耳はいい。
最近はもう、レストランやらお店で、何かペラペラペラーと突然話しかけられたような場面で、私が一瞬、「へ? 今、なんていったの?」 と思うような時、息子は、当たり前のようにそれを理解している。

「母ちゃん、○○って言ってんだよ」 とか、
「ホントに今の、分からなかったの?」 などと信じられないモノを見る目つきで言われることだって、すでに日常茶飯事なのだ。

それでもなお、息子の英語はひたすら、受け身であり続けた。
誰かに何かを聞かれるのを待っていて、それに、答える。
Yes や No で済む質問なら、それ以上答えない。
肯定や否定だけじゃ済まない質問に対しても、最低限の単語でポツンと答えるだけ。
なかなか文章にならなかった。

私はそれを見て、たんに英語力がない、ということなのだと思っていた。
結局、このあたりの英語力、というか会話力がどの程度のスピードで伸びるかは、ひたすら性格によるところが大きい。

たとえば私。
いまだに、客観的な事実を述べるのはムチャクチャ苦手だ。
でも、ひとたび、主語が I (私) という一人称になると、なぜだろう、日本語でしゃべっているのとあまり変わらないくらい楽にしゃべることができる。
特に、好きなこと、面白かったこと、すごい体験をしたこと、目から鱗のビックリ体験なんかは、もうしゃべりたくてしゃべりたくて仕方なくて、気づけば、下手な英語でベラベラとしゃべりまくっているのだ。
が、ひとたび、自分以外を主語にしなければならない話になったとする。
あるいは、自分が主語だったとしても、もう少し言いづらい話とか、遠慮しつつ言わねばならない話とか、日本語だったとしても、言い方に工夫が必要な話になると、途端にしゃべれなくなる。

つまり、会話の総合力がアップしているわけじゃあない。
単に、自分の言いたい話、しゃべりたい話、内側からポコポコと沸いてくる話をする能力だけが、本当にただそれだけが、すすすーっと竹が伸びるように伸びてしまった感じだ。

息子の場合は、これがなかった。
「結局、しゃべりたいことがないんだろうか」 と何度も思ったもんだ。

ところが。
この数週間くらいを境に、息子が、I (私) を主語に、少しずつ話し始めたのである。

相手は、最近頻繁にあう、野球のチームメートのザックなんだけどね。
我が家とザックの家は、カープール(送迎の協力体制) をしている。
ザックと息子を後部座席に乗せ、野球の練習や試合に送り迎えすることが多い。
最初、ザックを後ろに乗せた時は悲惨だった。
いや、ザックも相当に気まずかったと思う。

ちょうどこの頃のことを書いたエントリーが、「チェンバロ事件」 だったわけなんだけど。

ザックは、これは、うちの息子が英語をしゃべらないと気づいてからは、あっさりと、言葉で遊ぶのを辞めた。
それ以来、この2人が編み出した、「言葉のいらない車中の遊び」 というのは、なかなかすごい。

頭をもたれかける座席の一部分 (ネックレスト、とか言うんだっけ?) を取り外し、「テディーベア」 と呼びながら、お互いの 「テディーベア」 でボクシングしたり、投げ合ったり……。
(危ないぞ)。

窓を開けては、道行く人に、
「Hello !」
とか、
「How are you? 」
とか、大声で叫んでは、大笑いし合うとか。
(実は私、これのお陰で息子は大声で英語を叫ぶことに抵抗がなくなったんじゃないか、と踏んでいる)

最近だと、車の窓から、あっちこっちの運転手に手を振りまくって、手を振ってもらえたら勝ち、みたいな勝負事でやたら盛り上がったり。

言葉なしで友だちと遊べる才能のあるヤツ、というのは、どの国にもいるらしい。
息子に手を差し伸べてくれたアメリカの子どもたちは、たいていこの才能を持っていた。

そんなわけで、息子は1年近く、ザックと車の中で2人きりのことが多かったのに、会話を楽しむというようなことはほとんどなかった。
ザックがしゃべることがたいてい理解できるようになってからも、フンフンと言ってるだけで、「うなづき専門」 だったのだ。

ところがここ数週間で、妙に息子がザックに自分から話しかけたり、あるいはザックが何か言ってきた話に対して、「僕はね……」 と答えることが増えてきたのだ。
昨日なんか、2人の会話に耳をそばだててたけど、結局、まったく何をしゃべってるか分からなかった。
あとで色々聞いてみたら、Wii というゲームの、大リーグ系ソフトで、チームをそれぞれ育てている2人が、何人もの大リーガーの固有名詞を挙げながら、「○○○がケガしちゃったよ」 「▽▽▽を入れたら、チームが弱くなった」 なーんて話をし合っていたのだった。

それにしても。
この変化のきっかけは何なんだろ。
しばらく考えてみた。
一つの仮定。
実は、例の、5泊6日のカル・リプケンキャンプだったのではないか、という気がする。

もちろん、キャンプ中、息子はひたすら 「受け身英語」 の少年だったはずだ。
自分から何かをしゃべる、ということもなかっただろう。
何しろ、出会ったばかりの仲間に、あれこれしゃべるわけがない。
クラスメートやチームメートにだって、それはできずに来たわけだから。

ところが。
カルリプケンキャンプから帰ると、野球のチームメートからあれこれキャンプについて聞かれたらしい。
何しろ、野球少年の間ではかなり有名なキャンプだし、「来年あたり、行ってみたいな」 と思っていたら、チームメートの、しかも英語もまともにしゃべれない日本人が、単身で乗り込んだ、と聞いて、みな、土産話を待っていたわけだ。

「トライアウト(選抜試験) とか、あるの?」
「野球はおもしろかった?」
「どんなことしたの?」

色々と聞かれたらしい。

おまけに、
「おい、おまえ、テレビのコマーシャルに出てただろ」
(ワールドシリーズのCMに起用された件)
なんて場面もあったらしく。

誰もしたことのない経験を、自分だけが経験して、ちょっと胸張って、自分の経験を誰かにしゃべってみたい、という気持ちになれたのかもしれない。
それを、自信のようなものが、後押ししてくれたのかもしれない。
結局、人間なんて、自分の中に話したいことがあって、それを聞きたいと思ってくれる相手がいて、初めて、言葉が沸いてくるものなのだろう。

やっぱり言葉っておもしろい。
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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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