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息子、クラス替えの季節

いよいよ8月31日から、息子の学校が始まる。
息子は、秋から現地校の5年生。
誕生日からいえば、本当は、6年生、つまりミドルスクールに行くべき歳なのだけれど、渡米時に学年を1つ落としたもんだから、これからようやく5年生、となるわけ。
ちなみに、日本の学校ならば、5年生の半分が過ぎたところ、って感じか。

アメリカの学校ではたいてい、夏休みの最後に、Sneak Preview なるイベントがある。
そこでいよいよ、クラス替え発表があり、親子で先生へのご挨拶なんかもできる。
息子と2人で出かけたのだが、午前中の先生 (英語と理科) が去年に続き、グラムズィンスキー先生という女性、午後の先生 (算数と社会) が新しく、ネルソン先生 (おっと、アメリカで初めての男先生だぜ) と決まった。

実はこの夏は、息子の交友関係に大きな変化があった。
まず、渡米以来ずっと一緒にいた日本人のお友達2人が、この夏、日本に帰国してしまったのだ。学校にいる日本人の友だちは、これで1人もいなくなってしまったことになる。
おまけに、一番の仲良しだったボリビア生まれのケビンが、家庭の事情で転校してしまった。
残された仲良しといえば、パパとママはインド人、本人はサウジアラビア生まれ、というファイークが残るだけ。
そんなわけで、親としては、「ファイークと同じクラスかなあ」 と結構気にしていたのだけれど、なんだか息子はどっちでも良かったようだ。

結論からいえば、午前中のクラスはファイークと別々、午後のクラスは一緒、というような結果だった。
息子の学校では、4年生から、午前午後で担当の先生が異なる、というシステムを採っている。
クラス替え発表の紙を見ながら、息子は 「げげっ。あいつとまた一緒かよ。げーっ、あいつまでいる……。むちゃくちゃ selfish で嫌なヤツなんだよなー」 などと、愚痴っている。
でも、「仲良し友だちが一緒かどうか」 はあまり気にしてないみたい。
ちょっと拍子抜けなのだった。

なぜなら。

渡米半年ぐらい経ったころなんて大変だった。
まだ日本人の友だちとばかりくっついていたころ、息子に、「あんた、あと1年も経てば、日本人のお友達は全員日本に帰って、あんた1人になるんだからね」 と言い渡したら、息子はこういって打ち震えた。

「母ちゃん、そんな怖いこと言わないで。想像するだけで、怖くなってきた」

それくらい、日本の友だちが学校からいなくなることを恐れていた時期もあったのだ。

1年前の前回のクラス替えだって、まだまだ大変だった。
なにしろ、日本では小規模校にいて、一度のクラス替えも経験したことのないヤツなのだ。
生まれて初めての 「クラス替え」 が言葉の通じないアメリカだった、ってわけ。

だから、クラス替えをきっかけに、友だちの輪が広がるように、適度に日本の友だちとクラスを離してほしいだとか、仲良くなり始めていたファイークと一緒のクラスのしてやってほしいとか、親としてもさんざ学校に要望を出し、学校からもあれこれ、「それなら、英語のサマースクールをきちんと受けてください」 とか 「家庭教師を夏の間つけてください」 なんて指導されながら、まさに学校と親とが二人三脚で 「初のクラス替え」 を乗り切ったのだ。

あの時はもう、息子がどうにかアメリカの学校に適応できるように、と親としても必死だったし、そもそも、息子のほうも、思った以上に適応に時間がかかり、いったいどうなることやら、という状態だったっけ。

あれから1年。
6月ごろ、息子に、「どうする? クラス替えについて何か要望を出しておく?」 と尋ねたら、「別にどっちでもいいよ」 といったのだった。
強がっているのか、仲良しがみんないなくなることの実感がわいてないのか、どういうことなんだろう、と不思議だったのだけれど、本当に、彼にとってもう、「どっちでもいい」 ことになっていたのかもしれない。

あともう一つは、学校のクラス制度によるところも大きいのかも。
日本の学校では、高校になってもなお、担任だとかクラスだとかが持つ意味が大きい。
特に小学校の間なんか、習熟度別授業も少ないし、選択授業もほとんどなきに等しいから、朝から夕方までまったく同じメンバーで同じ教室で暮らすことになる。
おまけに食事まで、この教室の中だ。
となれば当然、クラスの中に友だちができないと相当つらい。
クラス替えとか、担任教師の 「当たりはずれ」 が人生を決める (といっても1年間だけど)
ようなところがある。
おまけに1年間、同じメンバーで過ごすと思うから、他人の目も気になるし、その空間で排除されないよう、浮かないよう、ついつい努力せざるをえない。

アメリカでは、ミドルスクールにもなれば、選択授業が多いこともあり、クラスなんてあってないようなもんらしい。授業と授業の間は、まともな休み時間もなく、ひたすら教室を移動するだけ。で、受ける授業ごとに、生徒の顔ぶれも違う。
ランチは当然カフェテリアで食べるから、クラスの友だちの中に友だちがいなくても平気だ。

息子の小学校の4、5年生は、午前と午後ですでに担任の先生も違えば教室も違う。午前と午後でクラスメートの顔ぶれも違う。そして、昼休み以外には、休み時間なんかもない。
そんなわけで、授業を受ける教室でずっと 「仲良し」 と一緒かどうかは、実際、子どもの暮らしにそれほど大きな意味を持たないように見える。

すでにあちこちで書いてきたけれど、日本のいじめ問題なんかも、案外、クラス制度を解体しちゃえば、解決するケースもある気がする。
というか、同じメンバーで同じ教室の中で、ずっと朝から夕方まで過ごす、というのは、実は大人でも結構ツライのではないか?

とまあ、話が随分脱線しちゃったけれど。
今日、学校に久しぶりに行ったら、息子は、午前も午後もクラスが一緒になったらしいクリストファーという男の子から早速話しかけられていた。
「秋も野球やるの?」
「うん、やるよ。おまえは?」
「おれも、やる!」
なんて会話。
聞いてみれば、郡(カウンティー)内の野球リーグに参加しているRBBAのトラベルチームのメンバーらしい。
いつの間にか、「ランチタイムに一緒にご飯を食べる仲良しグループ」 以外にも、普通に話ができる友だちの輪が、随分と広がっていたということなんだろう。
めでたしめでたし。

かとおもえば、一方で、日本への帰国への恐怖感がじわじわと息子の心に芽生え始めている。

「帰国したくない」
「日本に帰るのは怖いな」

などと言い出している。
相手がアメリカであろうと、日本であろうと、「新しい環境が怖い」 というオリジナルな性格は、とうてい変わるわけがない、ってことなんだろう。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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