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★Ten Things I hate about Me (著・Randa Abdel-Fattah)

★Ten Things I hate about Me (著・Randa Abdel-Fattah)

ヤングアダルトの本好きは、今も健在。
ということで、時々図書館に行っては、おもしろそうな、まだ邦訳の出てないヤングアダルト本を探し、細々と読んでいるわけです。
久々に、「これはおもしろい!」 という本があったのでご紹介。

主人公は、7年生 (日本でいう中一) の女の子。
レバノンの移民二世で、名前は Jamilah。
でも、褐色の髪をブロンドに染め、Jamie と名乗っている。
レバノン系であるバックグラウンドを学校では隠している。
「ethnicな人たち」 というステレオタイプな色眼鏡で見られたくないから。

何しろ、クラスでも人気者のグループの男の子たちは、中東諸国から来た移民のクラスメートたちのことを、「爆弾造ってんじゃないのか」 などと揶揄してばかり。
そのたび、Jamilah はドキドキしながらも、Jamie の仮面を被り続け、反論もできず、ただただだまり続けるしかないのだ。

同調圧力の強いティーンエイジャーという季節を、彼女は、周囲から自分がどう見られるのか、ということばかり気にしながら、必死で 「秘密」 を守り続ける。
だから、家族のことも隠すしかないし、家に友だちを呼ぶこともできないし、映画に出掛けようなどと誘われても、レバノンなまりの強い父親の厳しい 「門限」 が原因で遊びにすらいけない。一緒に映画やパーティーに行けない本当の理由すら友だちに打ち明けられずに、家族と出かけるから、とか、ウソを重ねるしかない。
だから、表面的な付き合いはできても、「本当のともだち」 にはなれない。
本当の自分を、Jamilah を受け入れてほしいのに、受け入れてもらえないとあきらめて、Jamie として暮らすしかないのだ。

……なーんて話を読んで、私はとてもびっくりした。
実は最初、アメリカが舞台の話だと思っていたから。
アメリカの教室ならば、そもそも、白人の少年たちが、中東からの移民のクラスメートたちのことを 「ethnic」 などとカテゴライズして、あからさまに 「爆弾作ってんじゃねーの」 なんて発言をしたら、それだけでもうアウトだ。
人種や民族を理由に、明確な形で相手を揶揄するのは、さすがにアメリカじゃ許されないだろうから。

もっとも、そういう偏見がアメリカにないわけはなく、何となく自然と、移民は移民同士で 「仲良しグループ」 を作るし、どこかで 「あいつらと俺らとは別」 という意識はお互いに強いんだろうけどね。
でも少なくとも、「おまえら爆弾作ってんじゃねーの」 発言は、アメリカの教室ではNGだろう、と思う。
心で何を思っていたとしても。

なんじゃ、こりゃ。
こんな学校、あるのかい?
なーんて思って調べたら、なんとなんと、この作家さんはオーストラリア人だった。
舞台はオーストラリアの中学校、だったというわけ。

この小説を読む限り、オーストラリアのティーンエイジャーも、日本人の中高生と同じくらい、周囲からどう見られているかを気にするし、同調圧力の強い社会を生きているんだということが、よーく分かった。
日本がああなのは、同質性が極めて高いからで、外からの移民をもっとたくさん受け入れたら、実は、10代の日本人の子たちの、袋小路の 「自分探し」 (同質性の高い社会で 「ほかの誰でもない私」 を獲得しなければならないのは、それはそれで大変なのだ) に、少しは逃げ道ができるんじゃないか、などと私は秘かに思ってたんだけれど。
話はどうやら、そこまで簡単ではないのだなあ、と思った。

結局、Jamilah は少しずつ色々な出会いに助けられながら、自分のことをクラスメートの前で開示するわけだけれど、不満が一つ。
彼女の一番の友だちである Amy が、Jamie の本当の名前が Jamilah で、レバノン移民2世だったことを知らされた時の反応が、なんというか……。

「私がそんなこと気にすると思った?」

これで、Jamilah が 「受け入れてもらった」 と思うところが、なんだかなあ、と思った。
現実の話だったら、「私がそんなこと気にすると思った?」 といわれても、Jamilah は救われなかったと思う。
「何いってるの! 私もあなたも同じよ」
なーんて安易にいわれてる気がするんじゃないか。
Jamilah が友だちの Amy に本当に求めていたのは、「気にしないよ」 といわれることではなく、違いを大事にし、彼女のエスニシティーを尊重し、きちんと受け止めてもらうことだったんじゃないか。

この本を読む限り、Jamilah が、自分の本当の名前を名乗れなかった苦しさや恐れまで、友人の Amy が理解したとは思えない。
そういう場面があって、Amy もまた成長する……という物語であってほしかった。

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日本でもよくある話のような

在日コリアンの子どもたちは、みな似たような経験をしていると思いますよ。本名を名乗って、日本人の親友に「なーんだそんなことなの」、と言われた子も多いです。ほとんどは、それで救われた、と言いますね‥。
 この小説は、遠い国の話ではなく、日本ではよくある話ですね。
プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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