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たぬき、ではなかった母ちゃんの巻

すでに10歳になる息子が、この前、布団の中で突然聞いてきた。

「色々と考えたんだけどさ。やっぱり、母ちゃんって、昔、タヌキだった、って話、あれ、おかしいんじゃない? 母ちゃんがタヌキだったとしたら、母ちゃんの妹や、母ちゃんの父ちゃんも全員タヌキってことでしょ? やっぱりウソなんじゃないの?」

ギクリ。
もう忘れてたよ、そんな話。

確か息子が小学校に上がる前、親子で宮崎映画の 「平成狸合戦ぽんぽこ」 を見た。あんまりにも息子がこの映画を気に入ったので、その時、ついつい言ってしまったのだ。

わかるなあ、このタヌキたちの話。実はね、母ちゃんもタヌキだったんだって。でも、タヌキのままじゃ、もう生きていけないからって、化ける練習をして、人間の女の子に化けたのはいいけど、タヌキへの戻り方を忘れちゃったんだ

ちょっとホロリと泣く真似までしたら、息子はコロリと信じた。
悪のりした私は、ネットをあちこち探しまくり、小さな、子ダヌキの写真を見つけ、それを息子に見せた。
「ほら、残ってるのはこの1枚しかないんだー。母ちゃんが昔タヌキだったことを思い出せる唯一の証拠」

私の子ども時代に、なぜカラー写真があるのか、とか、そういう歴史検証をできるわけのない保育園児をあっさりとだまし、
「母ちゃん、かわいそうだね。タヌキに今でも戻りたい? でもかあちゃんがタヌキに戻っちゃったら、やっぱり僕は嫌だな」
などと、かわいい一言まで引き出してしまい、今さら、ウソとは言えないまま、早5年。

何度か、真実を告げるべきタイミングはあったんだけどねえ。
例えば、小学校1年生かそこらで、「お友達に 『おれのかあちゃん、昔タヌキだったんだって』 と言ったら、誰も信じてくれなかった」 と言われて、ぷりぷり怒っていた時。
まあねえ、普通信じられないよねえ、かあちゃんだって、この写真がなければ信じられないもん、などと、タヌキ写真をもう一度息子に見せたら、「本当だねえ、不思議だねえ」 となぜか納得されてしまった。

あるいは、ある時は、「母ちゃんがタヌキってことはさ。母ちゃんの母ちゃんや、母ちゃんの父ちゃんもタヌキってこと? じゃあ、大阪のじいちゃんはタヌキなのかなぁ。それとも、大阪のじいちゃんは、本当は母ちゃんの本当のお父さんではないのかなぁ」 と真剣に聞かれたこともあった。
「母ちゃんもよく分からない。でもじいちゃんも、どこかタヌキに似てる気がするし。まあ、じいちゃんが実は人間で、母ちゃんの本当のお父さんが別にいたとしても、母ちゃんはじいちゃんに育ててもらったんだから、本当のお父さんはやっぱりじいちゃんなんだよ」 などと神妙な顔で答えてしまったことを覚えている。

あと数年前にも、「かあちゃん。本当のことを言って。本当に母ちゃんってタヌキだったの?」 と問われたことがある。この時はものすごーく罪の意識を感じたのだけれど、もう今さら 「ウソだった」 とは言えず、思わず、「うーん、実は母ちゃんだって、なぜ自分がタヌキなのかよく分からないの。でも母ちゃんは子ども時代タヌキだったんだよ、って言われて、写真をもらったから。やっぱりタヌキだったんじゃないかなあ」 と答えてしまった。あいまい回答。
息子は、「覚えてないのかぁ。昔のことだものねえ」 とこれまた納得してしまったのだった。

いつか真実を打ち明けなければ……と思いつつ、ウソにウソを重ねてしまい、うまさら、ウソと言えなくなってしまっていた。
心のどこかで、「まあ、息子ももうちょっと成長したら、『ありえねー』 と笑い飛ばしてくれるだろ」 という甘えもあった。

で、今回。
「やっぱり、どう考えても、つじつまが合わないんだよ」 と息子が言い出して、あらためて、焦った。
10歳の男の子が、自分の親が実はタヌキで、人間に化けただけ、と半ば信じていたら、やっぱりちょっとまずくないか?
まずいよなぁ。さすがに、うん、まずい。
それで、実は……、と切り出した。

ごめん。それは、やはりウソだったのだ

息子は一度だけ、大きな声で、

「え? じゃあ、母ちゃんはやっぱりタヌキじゃなかったの?」

と聞いてきた。げげ、まだ心のどこかで本当に信じてたのか。
息子はそれから小さな声で、

「つまりさ。母ちゃんは、俺にウソをついてきたってこと?」

ぐさぐさぐさぐさぐさ。
ものすごい罪意識。

なるほど、息子なりに、「母ちゃんは実はタヌキではなかったのではないか」 という結論に自分でも何度もすでにたどりついていたらしい。だから、「タヌキでなかった」 という事実のほうはすんなり受け入れられても、それが、私の単なる記憶違いなどではなく、「わざと」 私がウソをついていたのだと知ったことのほうが、どうやら驚きだったらしい。

「ごめん! 本当にごめんなさい! あんたが小さい時に、すっかり信じ込むのがむちゃくちゃかわいらしくて、ついつい言えなかったの」

ひたすら平謝りしたら、息子は黙って布団を被ってしまった。
だました母ちゃんに本気で怒りたい思いと。
母ちゃんがタヌキ、と信じ込んで、だまされていた自分を恥ずかしく思う気持ちと。
おまけに本気で怒るにはもう、大人に近くなりすぎて、ばからしくて、怒るに怒れなくなってしまう気持ちと。
そんなこんなで、「なーんだ」 と一言言うと、寝てしまったのだった。

それ以来、タヌキの話題は親子の会話にのぼらない。
まったく忘れてしまったのか。
「ウソつきは泥棒の始まり!」 とこれまで子育てしてきた私だけに、今度息子がウソついた時に、このフレーズで息子をしかりとばせるかどうか今ひとつ自信なし。

ふざけた罪のないウソでも、
子どもに、不用意にウソをつくとあとで気まずいです。

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うちにもタヌキが

大笑いさせてもらいました。
うちね、息子の名前がタヌキと一字違いなのよ。
で、「あ、しっぽ!」とか言うと「生えてない~~~」と中一の今でもやります。
ちなみに好きな落語は「たぬき」です・・・

でもさあ…

それって、サンタクロースの話と一緒だよね?

我が家の上娘@中1、なんと去年までサンタさんを信じていました。
小5では、「とうとうサンタさんを信じているのは、クラスで私一人だけになってしまった。それでも、私は信じる!!」と言ってのけ、もう、どうやって話をもっていけばいいのか、親としてわからなくなってしまい、ただひたすら、「こいつはバカだ」という理由で学校でいじめられませんように、と祈りましたわ。
「本当はどうなの?」と、何度も探りをいれられながら、でも今更「サンタはいない」とは言えず、「…信じている限りはいるんじゃない?」とお茶を濁し続け…。
まあ、今でも、「自分のところに来たことがない、という理由だけで、"いない"という証明にはならない」と言っていますが。
小さいうちはかわいいんだけどねえ…。

そう、そうですよね>子どもにウソ。

私は、ウン十9歳の時に、子どもに年を聞かれて、「ママは9歳」とつい答えてしまいました。でも、子どもは9+1、10+1ぐらいの計算はできちゃうんですね~(汗)

しばらくは信じていたようなのですが、去年ぐらいから「おかしい」と思い始めたようで、「でもだったらママは小学生ってこと?」「中学生なのに子どもがいたら変じゃない?」「本当のトシを教えて!」と言われるようになってしまいました。

別に教えたっていんだけど、なんとなくお茶を濁し続けています。。。

ちなみに、もちろんサンタも信じています。(多分)

うそつきは泥棒の・・・

このたぬきばなし、最高だね。08年下期ブログの秀逸のような気がします。許されるウソとそうでないウソ。「もうわかるでしょ」という大人側の感覚と子供の純真さと。だいたいはサンタですが、おぐにさんが「たぬき」と言うのですからまたおかしい。演技力満点の母親にぼんも苦労するなぁ。

私も…

私も似たようなことをしていたみたいです。
先日、サンリオピューロランドに長女(高1)、次女(年長)と一緒に行きました。
そこで、長女が「サンリオって社長がサンリオーさんなんだよね」と自信たっぷりに。
「え? 辻さんだったと思うけど」
「違うよ、サンリオーだよ」
「そんなはずない!って。最初から辻さんだよ。誰がそんなこと言ったの?」
「えー、お母さんから聞いた気がするんだけど」
「言ってない、言ってない」
「でも、絶対、サンリオーさんだからね」

後日、長男(中1)に、
「姉ちゃんったら、サンリオの社長がサンリオーさんだって言うんだよ。変だよねえ」
「え?そうでしょ」
「…? 誰がそんなこと言ってた?」
「お母さんだった気がする…」

ごめんなさい。全く覚えていません。

こんにちは。
久々に大爆笑させていただきました。
楽しいお話ありがとうございます♪

いずこも同じ....

巡回してるブログ「〓 心理学ステーション 〓 世界一セクシーに心理学を学べるサイト」
 http://sinri.net/
に、今日こんな記事が載ってました。
「年齢のサバ読みを、子どもが何年も信じていて困ってます。」
 http://woman.mag2.com/kirokiro/20090319.html
どのお宅でもお悩みのようですね(^^ゞ
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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