うちの校区では、6月12日が学年の最終日で、8月末まで2カ月半も夏休みが続くわけ。
この国のワーキングマザーは大変だろーな。
まず考えたのは、そんなことだったりする。
日本では、夏休みになると、息子は一人で新幹線に乗って仙台の義父母宅で2週間くらい過ごしていた。
アメリカでは、一人で子どもを電車に乗せたら、その時点でたぶん 「児童虐待」 だ。
息子が東京にいるときは、学童保育に1日じゅう閉じこめられるのを息子が嫌ったこともあり、弁当片手にあちこちのお友達の家にお世話になったりしたもんだ。
勝手に朝から遊びに行き、家で弁当を食べ、また誰かと外遊びをするうちに、日が暮れて……。
そんな日々だったのだ。
送り迎えに追われるアメリカで、そんなことを思出すと、妙に不思議な感じがしてしまう。
それはそうとして。
こっちの子どもたちが夏休みをどう過ごすかというと、色々なサマーキャンプに参加するわけ。
キャンプ、と行っても、普通は日帰り。
スポーツキャンプもあれば、アドベンチャー系キャンプとか、芸術系キャンプとか色々あるんだけど、結局、息子が 「行きたい」 と行ったのはこの2つ。
野球キャンプ。
それから、恐竜キャンプ。
そんなわけで16日の週から、いよいよアメリカ初のサマーキャンプが始まった。
息子も初体験なんだろうけど、私だって初体験。
あーん、ランチって何を作ったらいいの?
毎朝、通勤ラッシュをかいくぐって送り届けるのって、すごーく面倒!
などなど、初日はもう、嵐のようでした。
その日に限って、またしても停電するし。
だめだめ、話がまた脱線してしまう。
何かというと、そう、サマーキャンプの話ね。
16日から始まったのは、地元の野球リーグの主催するサマーキャンプ。
朝9時から午後3時まで、ランチ持参で野球をする、というもの。
申し込む時、息子の超人見知りな性格を思うに、「絶対にこいつ、嫌がるだろーな」 と予想してたんだけれど、やっぱり野球だけは、やりたいのねえ。
予想に反して、「行く」 と言ったのだった。
5日間で279ドル。
決して安くない。
こっちで共稼ぎする、というのは、こういうことなんだな。
自治体主催の安いキャンプなんかもあるにしても、
1カ月、どこかのサマーキャンプに入れたら、軽く10万円は超える、というわけ。
さてさて。
初日。
息子は、主催リーグのチームのユニフォームで上から下まで固め、緊張した面持ち。
そんな息子を車に乗せ、始めてのフィールドに到着してみれば………。
へ??????
ここ、幼稚園?
小さなグローブをはめた、幼稚園児みたいに小さい子たちがウヨウヨとボールを追いかけていた。
ポカンと口を開けたまま、立ちすくむ息子。
いや、実はこういうこともあるんじゃないか、と想像してなかったわけじゃないんだけど、「9時から3時まで野球漬け」なんてキャンプ、よほど野球が好きな子しか来ないだろう、とたかをくくってたのが甘かった。
結局、その週の参加者は12人くらいなんだけれど、息子より年長の子は2〜3人。それも野球は決してうまくない。残りの10人近くは……なんというか、「野球は初めて!」 って感じの子どもたち。
送りに行ったついでに、少々見学させてもらったのだが、ボールの投げ方、とか、グローブの使い方、とか、なるほどー、アメリカでは初心者にこうやって野球を教えるのねえ、という見本を見せていただいた感じ。
息子はというと……思い切り、つまらなそうな顔をしていたのだった。
半日後、迎えに行くと、息子はすごく暗い顔で帰ってきた。
「信じられないよ。サンダル履きの子までいるんだよ」
息子はもちろん、野球のスパイクで臨んだわけで、これには仰天したのだろう。
「だいたい、ボールだって硬球じゃなく、なんか柔らかいボールなんだ」
「最後に試合をやったけど、ピッチャーなんかいなくて、コーチがすごい遅い球を投げるだけ」
「そもそも、野球だけでなく、バスケやフットボールやキックベースボールまで、やらされた」
すっかり、うんざりした表情なのだ。
だけどなあ。
実は私、お迎えの時間の30分前に現地に到着して、こっそり木陰から見てたんだけどね。
一人の小さな男の子が、息子にまとわりついてるの。
息子もまんざらでもなさそうな顔で、その子とキャッチボールをしてやってた。
普段だったら、こんな下手な相手とキャッチボールなんかさせられたら、すぐにうんざりしそうなワガママ野郎の息子なんだけど、なぜか、どんなとんでもないボールでもニコニコとちゃんと受けてやり、必ずその子の胸元にきちんとボールを返してやってる息子を見て、
へええ、いいじゃん。
と、母ちゃんは思っちゃったりしてたんである。
息子によると、その子はちょっと自由時間ができると、「Play chatch? (キャッチボールしよ!)」 とまとわりついてきたらしい。
野球を始めたばかりらしい、その小さな男の子を見て、息子の小学校1年生時代を思い出しちゃった。
かれこれ、もう、4年も前の話。
息子が初めて野球を始めたころ、当時高学年だったあこがれのお兄ちゃんがいた。
野球が上手で、当時のキャプテンで、ちょいと強面なのに、年下の子にはめっぽう優しかった。
野球チームの合宿で、息子がこっそり父親相手に投球練習をしてるのを誰より先に見つけ、自分から 「投げたい」 と言い出せない息子に、「投げてみろよ」 と声をかけてくれ、練習試合で初のマウンドに立たせてくれたのも、このお兄ちゃんだった。
だから私たち夫婦は、彼の、年下の子たちの気持ちを汲む能力というか、「社会性」 みたいなものに絶大な信頼を置いていたのだった。
「せんちゃん」 と私たちは彼を呼んでいた。
ふてくされてる息子に、私は言った。
「あんたが、昔、せんちゃんにやってもらったことを、今度は、あんたがやってあげるんだよ。母ちゃんは、野球を通して、そういうこともあんたに学んでほしいと思うんだ。確かにこのサマーキャンプじゃ、あんたの野球の練習にはならないと思う。でも、英語でお友達を作ったり、野球の好きな年下の子に優しくしたり、野球を教えてあげたり、そういうたくさんのことを、ここで学べると思うよ。あんたが、昔、せんちゃんにやってもらったことを、思い出してごらん」
まあ、基本的に冷たいうちの息子のことですから。
「せんちゃん」 みたいなことはとうていできないだろうけれど。
それでも、2日目の今日、息子はちょっと明るい顔で帰ってきた。
「母ちゃん! 今日ね」
何でも、ちょっくら実力を発揮できる場面があったらしい。
それでみんなに感心してもらえたらしい。
昨日、まとわりついてきた小さな男の子は、今日も 「キャッチボールしよ」 とやってきたらしい。
その子とキャッチボールしてみたら、昨日よりその子が上手になっていたらしい。
フィールドを立ち去ろうとしたら、あちこちから、「Bye!」と息子に声がかかった。
みんな、息子の名前を呼んでくれていた。
1日で、随分とみんなに名前を覚えてもらったらしい。
「あんたは、誰かの名前を覚えたの?」 と聞けば、
「………ぜんぜん」 という情けない息子なわけだけれど。
まあ、いいか。
1日1日、亀よりのろい歩みとはいえ、息子も、少しずつ成長しているんだ。
……とせめて、信じよう。
