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変わる算数

先日、「線分、半直線、そして直線」 というエントリーにも少し書いたけど、とにかく息子の算数の宿題には、

「どんな風に解いたのか、図や文字や数字で説明しなさい」

という問題が多い。
英語ができない息子は、結局、ひたすら 「図を描く」 ことになる。
掛け算や割り算、足し算や引き算の意味も分からず、問題文の中の数字を適当に足したり掛けたりしがちな息子にとって、これは 「問題の意味を理解し、計算の意味を考える」 のにすごく良い訓練になっているなあ、と常々思っていたのだけれど。

実はこの教授法、先日のワシントンポスト紙によると、この国でも新しい取り組みということらしい。

例えば息子はこの国の現地校3年生で、掛け算を習った。
3×6とか、4×2とか、そんな計算をするたび、絵を描くよう徹底して指導されていたようだ。

***
***
***
***
***

とか、

****
****

とか。

「アメリカって、掛け算の九九とか覚えないんだなあ」 などと私は勝手に思っていたわけだけれど、実はそうでもなかったらしい。
ワシントンポスト紙によると、アメリカでもちょっと前までは、

3 times 5 is 15

とか、

4 times 2 is 8

とか、記憶に頼っていたというのだ。
なーんだ、そうなのか。

もう一つ、同紙が例に挙げていたのが、2桁の足し算。
例えば、42+34、という数式があったとする。日本ならば迷わずこれだ。

  42
+ 34
------
  76

アメリカでもこれまで上記のようなアプローチで教えていたのだが、最近は多くの学校でこんな風に教えているという。

 2+
4030  2+4
70  +  6 =

なるほど。
確かに筆算の意味もよく考えずに問題を解いている子の多くが、筆算で、4+3 を計算する時、
実は 40+30 なんだということを理解してなかったりする。
はっきりいえばうちの息子はその典型。(ため息)。

これらの新しい教授法は本来、記憶や計算練習を重視した教授法から脱却し、生徒たちが絵を描いたり、実際にモノを動かして考えたり、工夫したりしながら創造的な解き方を探すよう手助けすることで、中学や高校に進んだ時に数学という概念をより深く理解できる子を育てよう、というような目的で導入されたという。
この趣旨、私としてはすごーく納得。

ところが、今回のワシントンポスト紙によると、これらの新しい教え方に対する保護者からの批判が結構すごいんだそうだ。
1000人の署名嘆願が集まっちゃったり。
新しい教え方に異議をとなえるサイトができちゃったり。

着実な計算力、そして、それを支えるための九九などの記憶か。
記憶をあえて排し、数字や計算の意味を理解し、自分で考える癖をつけることか。
いや、どっちも大事、ってのがホントなんでしょーけどね。
(そういえば、日本でもあるものね。100マス計算や公文式の功罪をめぐる議論などなど)

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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