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「若者って 『かわいそう』 なの?」 という記事

先のブログに、西水さんともう一方、会ってみたい人がいる、と書きましたが、それが彼です。
東大大学院生の若き社会学者、古市憲寿さん(26)。
彼の著書の中に、

*世代間格差に怒り、訴えるのは40歳前後が多い
*若者論は、実はオトナの「自分探し」

という指摘を見つけ、ああ、会って、話してみなきゃ、と思ったのでした。

そうして書いた記事が本日夕刊に掲載されました。
「若者って 『かわいそう』 なの?」

私は1990年に新聞記者になって以来、「若者論」 っぽい記事をたくさん書いてきました。まさに90年代の 「こころの時代」 に乗っかって、子どもや若者たちの、いわゆる 「心の闇」 (そう。新聞は一時期、これが大好きでした……) をさんざ書いてきたように思います。
私が渡米した2007年ごろからでしたっけ?
そのあたりの潮目が変わり、「こころ」 よりも、「格差」 やら 「貧困」 などの切り口で、子どもや若者の問題が描かれるようになっていった気がします。

そういう意味では、若者論の変遷は、オトナの自分探しであると同時に、社会を映しこむ鏡みたいでもあったんだなあ、と今さらながら気付かされます。

ところで。
恥を忍んで告白すると、私は10年くらい前まで、自分は若い人の取材が得意なんだと勘違いしてました。
実際、10年くらい前までは、相手の言葉が説明なしに、まっすぐに心に入ってきたし、言葉がなくても感覚で分かり合えることも多かったし、私はそれをただ、「新聞読者向けの言葉」 に翻訳すれば済んだんです。
どうして、40代、50代の先輩記者たちは、若者の記事を書かせると、こんなにトンチンカンになるんだろう、なんて思ったものです。
でも、得意なんかじゃなかった。
単に、年齢が近かった。それだけ。

8年くらい前に、自傷行為について本を書いたときも、自傷する若い男女の言葉は、とてもよく分かりました。
すくなくとも、分かる、と感じていました。
いくつかの言葉には、「ああ、私もかつてこう言ってた」 と感じたし、「今だって私、そう思ってるよ」 と思ったことすらありました。

ところが、ある日を境に、「分かってる」 と思うことをやめよう、と決めました。
自傷していた10代の女の子に、
「おぐにさんがお母さんだったら良かったのに」
と泣かれた日にです。
私は、せいぜい 「オネエサン」 くらいのつもりだったのになあ。
お母さん、なんて言葉が相手の口から飛び出すなんて、想像すらしていなかったんです。

私は、若い人の言葉を分かった気になっているけれど。
私は、若い人のとても近いところにいる気になっているけれど。
実はもう、全然そうじゃないんだ、と。
恥ずかしいくらい遅ればせながら、ようやく気付かされたのでした。
その日以来、自分はもう若い人の言葉をきちんとわかってはいないのだ、という地点から取材をスタートさせよう、と考えています。

今回、古市さんと会うにあたって、「20代の仲間を連れてきていただけませんか?」 とお願いしたのも、そのためです。私のほうも、知り合ったばかりの、ある雑誌の編集長の女性(29)を同行させていただきました。
20代の男女3人に、40代の私、そしてカメラマン、という構成で、「合コンインタビュー」的な感じでやってみようと思ったわけです。

同席くださった20代女性2人は、とても優秀な方々でした。
実際、古市さんとのインタビューの後、別の機会にあれこれと私に助言をくださいました。彼女たちの古市さん像と、私の見た古市さん像を比較したり、お互いに意見を交わしたりすることで、より立体感のある言葉を生み出せたように思います。
すべての試みが成功したとは決して言えませんが、すくなくとも、この2人の同席者の感想やアドバイスがなければ、私はいくつかの落とし穴に落ちて、古市さんの言葉や、古市さんの描く若者像について、あれこれ誤解していたようにも思います。
たとえば、古市さんの描く 「若者像」 と、古市さん自身の考え方やスタンスには、明確な違いがあるということ。これをついつい混同しそうになるところを、女性2人に救ってもらいました。
もっとも、それをきちんと紙面に生かしきれたかは、別問題。まだまだ、だなあ、と反省。

一対一のインタビューで、一方向 (やりとり、と考えると、双方向、か) のやりとりに終わらせず、インタビューに複数の方の同席をお願いすることで、色々な人の間のやりとりを通して、取材相手の人物像とその主張を浮き彫りにしていこう、という試みのほうは、あまり成功させられませんでした。
その点ももう、私の圧倒的な力不足。
これは今後の反省材料、というか、課題です。

自分のインタビューする姿を他人にさらすというのは、思った以上に覚悟のいることでもありましたが、これは良い勉強になったと思います。

また、今回、この手法の致命的な欠点にも気付きました (それは営業ヒミツですが)。それに気付いたという点も、収穫でした。

いずれにしても、この手法、もっと色々な可能性があると感じましたので、また機会を探して、挑戦してみるつもりです。

もう1点。
今回は新聞社のサイトに掲載された記事を、色々な方が twitter でつぶやいてくださいました。批判あり、共感あり、拝読していて、とても面白かったです。
恥ずかしながら、これまであまり気付いていなかったのですが、こうして記事についてつぶやいてくださったのを、まとまった数のツイートとして読むことで、記事中のどの箇所、どの言葉が引用され、槍玉に上がり、批判され、あるいは共感を集めているのかが、一目瞭然なんですね。
その点、ものすごく勉強になりました。つぶやいてくださった方々すべてに、感謝感謝です。

私自身は、twitter は情報収集のツールとして以外では、まったく使えていないわけですが、自分なりの使い方をもう少し時間をかけて、開拓してみてもいいかな、と思いました。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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