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状況に結びついた言語

先日、我が家でホームパーティーをした時、一つ発見があった。
我が家よりアメリカ暮らしが長い日本人一家のお子さん (うちの息子より年下で、両方とも小学生)と息子が遊んでいる時、もはや言語は英語になっている、ということ。
もっとも、お友達宅では、兄弟がいることもあって、もはや兄弟の間での第一言語は英語になっているらしく、その子たちと遊ぶと自然と英語が主になり、息子もようやくそれについていけるようになった、ということなのかもしれない。

でも少なくとも、我が家では日本語で会話しているし。
息子が本を読む時は、英語より、日本語のほうが、早いし、理解度も深い。
学校の話をする時に、単語に英語が混じることがあっても、少なくとも息子の場合、第一言語は日本語であり、そこはもう、揺るがないものだと思ってた。

あとで息子に聞いてみた。
「あんた、○○君や▽▽ちゃんと遊ぶ時、英語でしゃべってたんだって?」
そしたら息子は、
「あー、そうかも」
だって。

「でも、日本語のほうが楽なんじゃないの? 英語のほうが遊びやすいわけじゃないでしょ?」 と尋ねると、面白いことにこんな答が返ってきた。

「うーん。よく分からないけど。
何かを説明したりする時は日本語のほうが楽。
でも友達と遊ぶ時は英語かなあ」


なるほどなあ。
結局、もはや日本人の友達すらいなくなった学校では、ずっと英語で暮らしているわけで、「遊ぶ」 というシチュエーションは常に英語と結びついているんだろう。
だから、「英語 = 遊ぶ時の言葉」 で、「日本語 = 遊び以外で人と話す時や本を読む時の言葉」 となってきているのかも。
言語というのは、状況と結びついて切り替わるものなのか。

よくよく考えてみれば、息子の英語は、遊びや野球だけと結びついているから、いわゆる理念的な語彙がまったく増えていかないんだなぁ。
逆に言えば、英語環境が、遊びと野球だけに制限されているから、思ったほど息子の日本語は衰えていかない、とも言えるんだろう。
やっぱり子どもの言語習得ってほんとに面白い。

渡米して最初の1年間、息子はほとんど英語をしゃべらなかった。
日本人のクラスメートと別れて、段々と英語を口にするようになったが、自分から長々と話すことはなく、渡米2年後ぐらいでも、学校の先生や野球のコーチの話は断片的にしか分からなかったはずだ。
少なくとも去年の今頃までは、野球のコーチがしゃべることを私が息子に通訳してたんだから。

ところが、渡米から2年半が過ぎた今、語彙などはまだまだだが、日常会話レベルでは、親より英語を解するようになった。特に野球のコーチの話なんかの理解度は、私じゃもう、太刀打ちできない。
ラジオ番組を聞いている車中、こっちは分からないのに、息子だけジョークを理解して、クスリと笑うことがあって、そういう時はムチャクチャ悔しい。
日常生活でも、「今、あの人、なんて言ってたの?」 と後で息子に教えてもらうことが増えてきた。これも、情けない。
だいたい、うっかり間違いとはいえ、summer を sammer といまだに綴り間違うような子どもに、ヒアリング能力ではもはや負けている、という事実が、ほんとに腹立たしい。

もっと英語環境に身を置かねば、
さらにミジメな日々が待ってるぞ、と
焦り始めた今日このごろ。。。


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プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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