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google book 検索と私

パリの地裁が、グーグルの電子書籍化を差し止め、損害賠償支払いをグーグルに命じたって。
全然知らなかったけれど、国を挙げて、政府を挙げて、この流れに反対する、ってあたりが、フランスらしい、ってことなんだろう。
日本は、作家さんたちの団体の動きは早かったけれど、政府の動きは全然だったもんね、確か。

売れない本ばかり書いている私としては (そして中には、「在庫払底増し刷り未定」になっている本もいくつかある私としては)、「どんな形ででもお読みいただければ……」 的な思いのほうが強いわけで、個人的には電子化に強い反対の気持ちはない。自分の収入のうち、書籍の印税の占める割合なんて、ほんのこれっぽっちしかない、という現実がこれまた、強く反対しない理由なのかも。
一方で、出版に携わる人たちにお友達が多いこともあって、この問題の切実さは、あちこちから聞かされることも多い。これ以上に出版不況が深刻化すれば、ますます 「売れる企画」 しか通らなくなるわけで、「売れない企画」 しか手持ちにない私は、もっと切実に焦ったほうがいいのかもしれないな。

それでも。
私はこの2年間、実は、google book検索にむちゃくちゃお世話になっている。

何かというと、カレッジのレポート書き。
1本のレポートを書くのに、それがインフォーマルな、せいぜい2~3枚のレポートだったとしても、やっぱりせめて2~3本の参考文献を読みたい私は、その文献探しに時間を取られているヒマがない。
だって、英語で本を読むのって、日本語の13倍くらい時間がかかるんだもん。
いや、もしかしたら130倍かも。
ところが、google book検索があれば百人力。
片っ端からキーワードを入れ、本を検索する。
いくつかピタリときそうな本の中で、今度は全文検索して、キーワードを使っている箇所を片っ端から読む。
これで外れることも多いけれど、時々、「ああ、この一文がほしかったのよ!」 という文献に出会う。
そしたら、まず、その一文を含む章を全部ネットで読む。
前後関係から、引用してよし、と思ったら、今度はその文献がその分野の研究においてどの程度の評価を受け、どの程度引用されているものかをざっと調べる。
さらに、「いけそう」 と思ったら、そこから引用。
ページ数まで全部分かるんだもの。
本を買う必要なし。

でも、最近気づいたけれど、その本の肝心なデータとか、一番引用したい部分に限って、きちんと閲覧制限がかかっている書籍も多い。
そんな時は、近所の図書館や大学の図書館の所蔵書をざざっとネットで検索し、あったらネットで予約を入れるし、なければさっさとアマゾンあたりで買っちゃう。(日本と違って、結構送料が高いのが玉に瑕なんだけど)。

いいのか、こんなに便利で?
20年以上前、卒論を書くのに、英国の成人教育なんてテーマを選んでしまった私は、英語の文献の所蔵の多かった東大まで、わざわざ京都から足を運んだもんだ。
大垣経由の各駅鈍行に夜中に飛び乗って、早朝にたどりつく東京駅。
あの数千円と、あの時間を今の学生は節約できるんだと思ったら、むちゃくちゃうらやましかったりする。
だいたい、本文全体をキーワードで検索できるって、外国人学生にはなんとありがたいことなんだろう。
レポートを書く、という場面でなくても、ちょっとこの分野の専門家を探したい、とか、どういう学説が主流なんだろうか、なんていう時に、あれこれ文献を効率的に読めるのは、「キーワード検索」 のお陰だとしみじみ思う。

学術の世界では、当然、自分の論文を引用してもらってナンボなんだろうから、きっと、論文にしろ、書籍にしろ、仲間の研究者が検索をかけた時に、その検索結果の上位に食い込むにはどういうタイトルをつけたらいいか、とか、どういうキーワードを多用したらいいか、とか、あるいは、私なんかにはうかがいしれないような、もっとテクニカルな方法なんかが、随分とすでに広まってるんじゃないかなぁ。

で、私みたいな、ネット初心者は、コロリとそれに乗せられ、まるで誘導されたかのように、ある文献にたどりつき、それを 「ああ、ありがたい、ありがたい」 と引用しちゃう、ってわけなんだろう。

私はまだ、小説や、大好きなヤングアダルト分野の文学を、たとえばキンドルで読みたいと思わないほうだ。
何しろ、装丁フェチみたいなところがあって、本の帯を外したり、カバーを外して、中に仕掛けがないか確認したり、装丁にたずさわったデザイン室を確認したり、紙の手触りをスリスリしたり、そういうのが大好きだし。
本当にお気に入りの本は、中身だけでなく、本の手触りやら、ページをめくる感覚まで、記憶に残しておきたくなるほうだから。

でも、はっきりいって、専門書はもう、紙でないほうがいい
………。
実際に書いてしまうと、ちょっとぞくっとするな。
紙でなくてもいい」 ではなく、 「紙でないほうがいい」。

なにがぞくっとするか、というと……。
おいおい、じゃあ、新聞、どうなるねん、って話。

紙フェチ系の私ですら、紙媒体でご飯を食べてきた私ですら、「紙でないほうがいい」 と思ってしまっているくらいに、実は事態は深刻なんだと、しみじみ思う。
だって、いくら装丁フェチだって、新聞の手触りが好きでスリスリはしない。
本ならば、電子媒体で読んだ上で、「これは手もとにおいておきたい」と購入することはあるが (私は図書館で読んだ本の5%くらいは、「手もとにおいておきたい」と買ってしまうタイプだ)、ニュースを電子媒体で読んで、「ああこれ、手もとにおいておきたい」 と新聞を買いに走ったりしないもんな。

死んだあとのことは、後の世代の方々にお任せするとしても。
とりあえず、メディアがどうなっていくのか、
自分が死ぬまでの間、きちんとメシが食えるためにはどうすれば良いのか、
google book検索の恩恵にあずかっている身として、切実に思い悩む日々だったりする。

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プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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