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カレッジ授業報告 期末レポートのテーマは・後編

「この記事をもってして、ラティーノやアジア人の間で、同族婚傾向が強まっている、とは言い切れない」 というのは、なんというか、結論として、どうもつまらん。
後ろ向きだし。
否定型だし。
もっと、前向きに何か言いたいじゃん?

そんなわけで、レポートはこのあたりから、どんどんと脱線していってしまうのだ。

記事の中で、若いアジア人が同じ民族の人と付き合うと "feel like home" だと表現している。
これを読んで思い出すのが、Tatum の考察だ。
心理学者である彼女は、黒人の学生が昼休みにカフェテリアで同じテーブルに固まる現象について考察を加え、「自分の人種・民族の仲間とつながりを持つことは、その社会でマイノリティーである者のアイデンティティーの発達のためには不可欠」であり、「日々直面するストレスについて、同じ民族・人種の仲間に助けを求めるという行為は、実は前向きな、coping strategy である」と指摘した。

そもそも、マイノリティーとして暮らす難しさというのは、思春期を通過したからといって、まったく消えてくれるものではないわけで、そういう意味では、同じ民族・人種の中にパートナーを見つけよう、という動きは、これ自体もまた、社会のメインストリームで生き抜くための、coping strategy とも解釈できるのではないか、みたいな。

おいおい、段々と社会学から離れていくぞ。

記事でも分かるように、同じ民族の中にパートナーを求める動きは、移民1世や、あるいは子ども時代に移住してきた人の間に特に見られるようだ。
実は、Qian氏とLichter氏の共同研究でも (そうそう。新聞記事の中では、Qian氏の研究結果に対して、Lichter氏がコメントを寄せてるみたいな作りになってるけど、この2人は実は共同研究者。これって、どう考えても記者の怠慢だと思うぞ)、

人口全体で見れば、他人種・民族と結婚する割合は、アジア人やラティーノのほうが黒人や白人よりずっと高いけれど、実は移民1世に限ってみれば、この数値は逆転する。アジア人やラティーノの移民のほうが、むしろ同族婚傾向が強くなる。
もちろん、移民1世と2世以降との大きな違いの背景には、色々あるんだろうけれど。
案外、結局は、

「アメリカ社会で生きるマイノリティーとしての、このモヤモヤした思い、
 同じ民族的バックグラウンドを共有してる相手って、言わなくても分かり合えたりするじゃん」 

みたいな部分が大きいんじゃないかな、と思ったりする。
そういう相手がいないと、暮らしていけない部分もあるんじゃないか、と思う。

そもそも、他の人種・民族との境を超えた結婚というのは、アメリカの社会学では、「人種・民族間の格差や隔たりがどの程度解消されたか」 の指標として使われているみたいだし、社会の多様性という文脈の中でも、もちろん、ポジティブな現象としてとらえられることが多い。(それぞれの宗教においては、色々な事情があるみたいだけれど)。
でもさ。
この手の論文をタラタラと読んでいると、時々、過度に assimilation (同化) を求められてる匂いがして、なんか嫌なんだよね。
なーんてもう、言語化不能な思いもあったりして、さて、このレポート、どうやって終わろうか。

なまじアカデミズムに縁遠い経歴と、おまけに性格で、
そのくせ、あっちこっちから情報を集めまくるのが習性なもので、
収拾がつかなくなってしまう……。

とりあえず、今のところは、

他民族との結婚の割合が、移民一世と二世以降とで大きく違う理由はもちろん、いくらだって、推論できるよ。
まず、「そもそも、移住した時には結婚してた」ってのもあるだろうし、その他にも、英語の流ちょうさだとか、社会経済的なステータスだとか、学歴だとか、職業だとか。そういう要素って、社会学では比較的簡単に計ることができる。
でもさ。
もっと計るのが困難な何かだって、大事な気がしちゃうんだよね。
たとえばそれは、彼らの人種・民族的な文化だったり、伝統だったり、価値観だったり、規範だったり。
通り一遍じゃなく、それぞれの個人の半生に深く深く根ざしているもの。
私は、このテーマを学ぶのであれば、やっぱり常に、そういうものをきちんとすくい上げたいと思ってしまうんだよね。

とまあ、かみ砕いて言うと、このような結論でレポートを終わってしまっている。
かなり、サントール先生の指示を逸脱しちゃってるわけで、全壊のズーク先生と違い、サントール先生は案外、あれでいて自分の指導に沿った無難な内容のレポートを評価する人なので、このままじゃあ、良い成績は望めないよなあ。

ってまあ、女40代。
もはや、成績など、どうでもいいんだけど。
やっぱり、Bとかだと腹が立つじゃない?
うむむ、どうしたものか。

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プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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