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★思想としてのアメリカ (本間長世)

★思想としてのアメリカ (本間長世)

アメリカに来て1年半。
本は読んでも、それをブログに書いているヒマが全然なかった。
でもさすがに、何冊かは残しておかないと、読んだものがなかなか身に付かない。
(とにかく記憶力が悪くて、探偵小説なら2年後には犯人を忘れ、5年後には読んだことのある本だということにすら気づかず、再び楽しく読めてしまうほどなのだ)。

ということで、この1冊。
アメリカ関連の本をあれこれ読みあさったが、一番、色々な意味で勉強になり、導入の書としても使えると思ったのがこの本だった。
読後だいぶたっているので、もはやまとまった書評はとても書けそうにない。
自分のために、以下メモを残しておきたい。

・「我が国の政治は、深く抱かれた宗教的信仰に基づくのでなければ意味をなさない。そして私はその信仰が何であろうと構わない」というアイゼンハワー元大統領の言葉を引き、ウィル・ハーバーグは 「アメリカ人の信仰とは、実は信仰への信仰である」 と説いた。(P22-23 引用元Will Herberg, “Protestant-Catholic-Jew”, 1960, pp75-90)

・マイケル・ノヴァクのエスニック論。「アメリカは新移民に対して魂の転向を要求する」「アメリカは個人を同化するが集団は同化しない」。
ノヴァクによると、エスニック・アメリカは7つの封印を破らねばならない。曰く、1.孤独に耐えることを学ばねばならない。2.楽観主義を奉ずることを学ばねばならない。3.自分が主体となって世界に対決するという、カーボーイ的生き方を身につけなければならない。4.自助の精神を学び取らなければならない。5.アメリカは神の国であるという考えを信じなければならない。6.理性によって衝動や暗い情念を抑圧することを学ばなければならない。7.性に対する考えが異なることを学ばねばならない。
(P69 引用元Michael Novak, “The Rise of the Unmeltable Ethnics”, 1972, pp91-110)

・ニュート・ギングリッジは、「アメリカはひとつの観念であり、アメリカ人になるには一群の価値と生活習慣を受け入れればよいのであって、誰でもアメリカ人になろうと思えばなれる」と論じ、「アメリカは、あなたが何になりたいかを問う。集団の権利は、あなたの祖父母が誰だったかを尋ねる」とし、エスニック集団が集団としての権利を主張することを否定した。(P78-79 引用元Newt Gingrich, “To Renew America”, 1995, p30-50)

・黒人の歴史学者ネイサン・ハギンズの 「エスニック・アメリカ」(1981年、ソーウェル著)批判。黒人の保守派論客ソーウェルが自著の中で黒人を他のエスニック集団と同じように取り上げ、ユダヤ系、日系、中国系はアメリカ社会への適応度が極めて高く、まずまず及第点というのがドイツ系とイタリア系、明らかに軽蔑されているのがアイルランド系で、なんとか引き立ててやろうとしているのが黒人、などと序列を付けているらしい(いかにもあのオッサンのやりそうなことだ)
ハギンズはこれに対し、黒人を他の移民集団と同列に扱うこと自体の過ちを説く。「生まれながらのアメリカ人で、宗教はプロテスタント、英語を話す。外国からの異質な存在ではない。市民としての権利を当然のこととして主張しうる点において、移民とは立場が異なる。にもかかわらず白人と同等の生得権を認められないことが、黒人の社会での成功を妨げている」。だからこそ、西インド諸島からの移民である黒人のほうが、アメリカ黒人より社会で成功しやすい、と説く。
(p.91, 引用元Nathan Huggins, “Revelations” 1995, PP284-286, 148-151)

・コーネル・ウェストとマイケル・ラーナーによる「ユダヤ人と黒人 傷を癒やすことを始めよう」(1995)に見られる対話。題材は、ネーション・オブ・イスラムのルイス・ファラカンや、OJシンプソンの裁判など。(p,112- 引用元Michael Lerner & Cornel West “Jews and Blacks : Let the Healing Begin”, 1995, pp1-4など)

というわけで、ここまででも、原著にあたりたい箇所がいかに多いことか。実は、この本、借り物なのだけれど、これは手もとに置いておきたいので、自分で買おうと思ったら、もう、在庫払底増刷未定状態なのだった。日本に帰ったら、古本屋で探さなきゃ。

こぼれ話としては、クリスマスソングの中でも最も有名な曲の一つである「ホワイトクリスマス」の作曲家が、アーヴィング・バーリンというユダヤ系移民の子どもだったというのは驚いた。キリスト教と深く結びついた名曲を残しながらも、ユダヤ教の信仰を捨てることはなかったんだそうだ。

こぼれ話をもう一つ。ドワイト・マクドナルドの姓は、Macdonaldであり、MacDonaldではない。この方の母上が、ホントは大文字のDを使っていた姓を、小文字に変えさせたんだそうだ。その理由は、「Dが大文字ならば、アイルランド人の名前だが、小文字にするとスコットランド人の姓になって、家の格が上がるから」。そんなこともあるのねえ。

やっぱり世界は奥深い。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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