おぐにあやこの行った見た書いた

きゅうり120本

まいった。
2本目のサマー・スクワッシュを収穫。
も、も、持ち上がらない……。
息子が大喜びで重量を量ったら、

なんと12キロ!

squash3.jpg

想像してみてください。
きゅうり120本が、突然あなたの家に届いた時の状況。
大根にして12本、なすびにして……って、くどいか。

これ、どうやって食べるか、調理アイデアを募集中。
ちなみに味は少し柔らかめのズッキーニに同じ。
これまでに試した調理法は、

・みそ汁の具
・ぬか漬け
・浅漬け
・お浸し(生で)
・ナムル
・オイル焼き

お浸しと浅漬けは好評です。
でも、そもそも冷蔵庫に入らないし、そう日持ちするもんでもないし。
できるだけ捨てなくても済むよう、頑張ってみようと思いますが、どうなることやら。
前庭では、ほぼ同じ大きさのが、自分の収穫を今か今かと待ちわびてます。
早く収穫しないと、20キロなんて簡単に突破しそう……。

ズッキーニお化け

数回前のエントリーで書いた、庭に突如として自生したズッキーニについて。
前回は、うっかり巨大化させてしまったせいで、あんな丸い、瓜のような形になってしまったのだと思っていたのだけれど。
日本でズッキーニを育てたことのある舅は、がんとして言い張るのだ。

「あや、これは絶対にズッキーニじゃないぞ」

つるが出てるあたりは、カボチャに似ているらしい。
ズッキーニだと、こういう伸び方はしないらしい。

「ズッキーニとカボチャの合いの子だ!」 と言い張る舅なのだった。

まあ、アメリカは、いわゆる夏のスクワッシュ(ズッキーニなど)と冬のスクワッシュ(カボチャを含む)がありまして、それはそれは種類が豊富だといいますから、きっと我が家のは、ズッキーニではなく、夏のスクワッシュの一種なんでしょう。

グーグルの画像検索などでsummer squashを調べてみたけれど、どうも、そのものズバリ、が見つからないだけどね。

ちなみに我が家に降ってわいた、お化けズッキーニの畑はこんな感じ。

summer squash1

これだけだとちょっとわかりにくいかもしれないけれど、つまりは、畳にして4畳半くらいのスペースが、巨大なスクワッシュの葉っぱで波打ってるって感じ。
でもって、実のほうはというと、雌花がなかなかつかないのと、受粉作業をしてもうまくできなかったり途中で腐ったりしたのもあって、たぶん、今季4個の収穫がありそう。

なーんだ、4個だけ?

そう思うでしょ。
ところがね。
1個目は私が、両手に乗る程度の大きさで先に収穫しちゃったから、常識的なサイズだったんだけどさ。
2個目は1週間ほど前、舅と息子で収穫したのだけれど、
体重計で計ったら、重さ4キロ!

わかります?

ものの本によると、
なす1個は60グラム、きゅうり1本は100グラム
大根1本は1キロ、白菜1個は2キロなんだそうです。

想像してください。

なすが一気に66本獲れてしまう事態を。
きゅうりが一気に40本獲れてしまう事態を。
大根が一気に4本、同時に届くという事態を。
あるいは白菜が2個、冷蔵庫に鎮座する風景を。

おまけにこのスクワッシュは、白菜や大根みたいな冬野菜ほど、日持ちしません。
せいぜい1週間で食べきらねばなりません。

一応、写真を撮りました。
これ。











summer squash2

サイズ、わかるかな。
写真じゃわからないだろうけれど、これ、人の顔より大きいんです。


ぬか漬けにした。
塩もみにした。
出汁しょう油でおひたしにした。
みそ汁にも入れた。
和風ならば、それなりに量も食えるだろう、と思って。
うまい。とてもうまい。
が、はっきりいって、もう飽きた。

今夜あたりは、王道でオリーブオイルのグリルだろうか。
それで1個を消費できる予定。
でも庭には、上記のような写真のが、日に日に巨大化している。
これ、冷蔵庫の棚に収まるんだろうか。

すごいお客様

舅、姑、そして姑の妹さんの3人が、日本からやってきた。
2週間ほど滞在する予定。
彼らの渡米前、この話をアメリカ人の女友だちの誰にしても、

「ひええええ、大変じゃないのっ!」

と言われたもんだ。
何でもアメリカでも、嫁姑のバトルというのはあるらしい。
「そもそも二世代で同居する文化はないけどさ、私だったら数日で too much だなー」
などと言われる。
「そっか。嫁姑のバトルって、日本だけの話じゃないんだ。日本じゃあ、昼メロの永遠のテーマなんだよー」 と私。
そしたら、「アメリカにだって、mother in law が出てくるテレビ番組はあるわよ」 と言われた。
本当だろうか?

それはさておき。
我が家に何が起こったかというと……。

まず庭。
この春、庭師を大家さんが頼んでくれる、というので、待ちに待ったのに、突然庭師が病気になって来られなくなったり、新しい庭師を捜すのに難儀したり、新たに見つかったと思ったら夏になり雑草がものすごくて見積もりが変わったり、いまだ交渉中で、庭師が来てくれるのはいつになることやら。
そうこうするうち、我が庭には雑草が生えほうだい。
もう、どうにもこうにも手のつけようがない段階まで行ってたのだが……。

ところが、日本でガーデニングを楽しんでいる、という我が姑と姑の妹さんは、すごかった。
時差ぼけゆえに、朝4時や5時に目が覚めるのを利用して、暑くなる前に、黙々と我が庭の草取り……。
私が、「ふはははは〜」 とあくびをしながら、ベッドから起きあがるころには、庭にいる彼女たちの周囲には抜かれた雑草が高く積み上げられているのである。

……いいんだろうか。 ああ、私は長男の嫁。

さらにさらに。
彼らが来てから1度も食器洗い機を回してない。
なぜか。
だって2人が、洗ってくれるんだもん。
そういえば、洗濯機もほとんど私、回してないかも。
食事の後は、流しなんかまでピカピカに磨いてくれて、段々と台所が美しくなってきた感じ。

さらにさらにさらに。
息子。
いつもは甘えん坊で、「母ちゃん、何かして遊ぼ」 とまとわりついてくるヤツなのに、今は完全な 「じいちゃんっ子」。
夕方、陽が落ちて、涼しくなるといつもじいちゃんと2人、公園に出掛け、キャッチボールをしたり、息子のバッティングの練習にまで付き合ってくれている。
2人で毎晩、地下室で眠り、時差ぼけゆえに夜中に2人で目をさませば、人生を語り合っている (らしい)。
何でも昨夜は、じいちゃんが息子に、昔いじめられた話やら、悔しかった話など、色々と苦労話もしてくれたらしい。
普段は、夫が仕事で忙しいこともあって、どう逃れようと、「母子密着まっしぐら」 な我が家なので、これは本当にありがたい。

で先日。
みなでホームセンターに行き、60リットルの花壇の土2袋と、花の苗を10本以上買い込んできた。
お金を出してくれたのは、舅。
寄せ植えを作ってくれたのは、姑。
翌日は、みんなで早起きして (私は寝倒してしまったが……)、花の苗を植えてくれた。
ああ、これでやっと、息子のプレイデート相手の友だちたちを、胸張って自宅に招けるわー。
(これまで、あまりに恥ずかしい雑草だらけの庭だったので、人を呼ぶのを躊躇してたのです)

もう、心配なのは、姑たちが帰国した後、その花壇を維持できるかどうか、よねー。
毎月、遊びに来てくれないものかしら……。
ああ、こんな私は、長男の嫁。

息子からの電話

今朝、日本にいる息子から電話をもらった。
東京でお友達に囲まれていた時は、いつ電話しても、とてもつれない感じで、「へ? ああ、大丈夫大丈夫。じゃあね、うん、ばいばい」 などとかっこつけていたわけだが。
さすがに仙台の実家にいると、少しは寂しいらしく、

「もしもし、母ちゃん?」

などと、かわいらしい声で掛けてくるのだった。

私  「日本は楽しかった?」
息子 「うんっ!!」
私  「よし、元気出して、アメリカでも頑張るぞーって気になった?」
息子 「ぜんぜん……」
私  「じゃあ、『アメリカに戻りたくないな。このまま日本にいたいよ』 って気分?」
息子 「……うーん。母ちゃんがこっちに一緒に来てたら、絶対にそう思ったと思う」
私  「でも、母ちゃんがアメリカにいるから、アメリカに戻りたいな、と思ってるわけだ」
息子 「うん」
私  「わかった。待ってるから、元気に帰っておいで」
息子 「うんっ!」

電話を切ってから、思った。
やっぱり一人でこっちに残ってよかった。
私がこっちにいる限り、息子はアメリカに戻ってくるだろう、だから、下手に私まで一緒に一時帰国しないほうがいい、と思った直感は、結局のところ大当たりだったわけだ。
夕飯抜き廃人状態ビーチリゾート逃避旅行、も、した甲斐があったというもの。
さて、昨日の巨大ズッキーニの残りでも食うか。

ズッキーニの海

旅行から帰ってみたら、庭に非常事態発生。
なぜか1カ月前から、不思議な草が3本生えてきたな、と思ってたんだけど、それがどうやら、どこかの鳥が種を運んできてしまったズッキーニらしい、と分かったのが数週間前。
あれよあれよという間に、カボチャに似た茎と葉を伸ばし、やはりカボチャにそっくりな花を付け始めた。
なんの世話もしないまま、うまくいけば収穫できたら超ラッキー、と放置していたのだが。

わずか5日間、家を空けている間に、巨大化していたのだった。
この5日間、お天気予報はサンダーストーム。
つまり、昼間はカンカン照り。
夕方にどさっと大雨。
その繰り返しだったんだろう。

玄関のドアにいたる敷石の上はズッキーニの葉だらけ。
面積でいえば3メートル四方がズッキーニの海、という感じ。
おそるおそる葉っぱの海の中を観察してみたら……。

これまた巨大な実が1個、なっていた。
大きさは、アメリカのティッシュ箱みたいな感じ。(日本のより厚みがある)。
あるいは日本のスーパーで売ってる一番小さなスイカくらい。
そう。
細くないの。
太いの。
丸いの。
片手で持つには太すぎるサイズ。

とりあえず、包丁で切り、かじってみた。
やはり、たぶん、ズッキーニ。……だと思う。
色は黄緑色だし、形は丸いし、とても、同じ野菜とは思えないものの、
スーパーで売ってるズッキーニと、味の系統は同じだ。

ということで、まずはこれ半分を使って、大量のナムルを作ってみた。
この量じゃ、単にオリーブオイルで焼いたりしても、すぐに飽きそうだったから。
常備菜に限るだろう、と。

巨大化し過ぎてるので、今回は皮をむいて千切りしてる間にお湯を沸かし、
ニンニクおろしとごま油と塩とゴマあたりをボールに入れておき、
湯通ししただけのズッキーニの千切りを、あえてみる。
うん、良い感じ。
いいや、昼からまた、ビール。
つまみはズッキーニ。
恐ろしいことに、ティッシュ箱の大きさのズッキーニの半分を、あっさり食べてしまったのだった。
おいおい、どこが 「常備菜」 だよ。

ますます崩れゆく母ちゃんの食生活……。
息子よ、早く帰ってきておくれ。

ビーチリゾートで見た変な夢

変な夢を見た。
小学校の時の先生やら、中学校の時の先生やらが、やたら若い顔で登場する。ほかの登場人物はみな、彼らと同世代の友人、という感じ。
ある先生(これが特定できないのだけれど、小学校か中学校時代の私の先生、という設定であることだけがはっきりしているのだ)が私のもとに歩み寄り、しばし会話を交わした後、こんなことを言う。

「あのねえ、おぐにさん。
たいがいの人生へのアドバイスは、その人にとって早過ぎるか、遅過ぎるんだよ。
本当に必要としている時に、本当に必要としているアドバイスをもらえることなんて、
滅多にないんだよ」

その一言のあと、すぐに目が覚めた。
だから、夢の細部はすべて忘れているのに、この一言だけは完璧に反芻できるほどに、覚えていたのだった。

さて。
他人からのアドバイスは、早過ぎるか遅すぎる、というのはホントかな?

例えば大学時代、ある作家さんから「君の最大の弱点は、その向上心だ」と言われたことがある。これはいまだ、意味をつかみきれずにいる。もしかしたら、私が自称する「時間貧乏性」的性格のことかもしれない、と最近になって思い至ったりする。
ならば、これは仕方ない。今さらこの手の性格は、簡単には治らないから。
早過ぎた助言だったのかもしれないけれど、まあ、それはいい。
とにかく私は、この手のこととは折り合いをつける方法を、さほど苦しまずに見出すことができたから。

同じく大学時代、奈良のお寺の弥勒菩薩像の写真を見せられ、「本当に深い悲しみを、こんな表情で見つめられるようになればいいね」と、同世代の友人に言われたことがあった。(厳密にはそういう言葉ではなかったのかもしれない。ただ、少なくとも私はそう受け止めた)。
これは、ベストタイミングでもらった助言の一つだった気がする。

会社に入って、一番有効だった助言はたぶん、先輩記者から言われた一言。
「普通であることを怖がるな。何か特別な存在でありたいと思うな。普通であることから、多くの意味あることは生まれる」。
これはある意味、遅すぎた助言だったが(すでに職場でトラブルメーカーだった時期があった私としては)、でも、その後の十年間くらい、常に有効性を持ち続けた希有なアドバイスだった。

……って考えたら、貴重な助言はたとえそれが早過ぎようと、遅過ぎようと、
人生、全然OKじゃん。
ああ、みなさま。貴重な助言に感謝です、
とあらためてこれまでに出会ってきた友人知人に感謝した朝だった。
窓の外は、エメラルドグリーンの海。

母ちゃんはなぜ子どもがいないとお腹がすかないのか?

分かってたことだった。
私は、息子がいないと、ほぼ、廃人状態になる。
去年も、一昨年も、夏休みには2週間ほど、息子は一人で新幹線に乗り、仙台のじじばば宅に行ったわけだけれど、
「よし、これで仕事できるぜ」
「どうせなら飲み会もいれるぞ」
「ええい、日頃は行けない2次会だって行っちゃうぞ」
「今日は夫婦でこっそりデートだ!」
などと予定を入れまくってるうちに、1週間と経たないうちから、体調を崩す。

朝、起きられない。
朝ご飯、作れない。
そもそも、ご飯を食べない。
アルコールばかりが身体を満たす。
ダメダメじゃーん。

そんな私なので、今回の息子の一時帰国だって、結局、遅かれ早かれ 「廃人状態」 まっしぐら、という運命なのだった。

なにしろ、息子がいなくなってからの食事がすごい。
ある夜は、冷蔵庫に残ってた賞味期限切れのソーセージ3本を焼いただけ。
ある夜は、納豆3パック分に生卵をかけただけ。
やっぱりダメダメちゃんなのである。
独立記念日のパーティー用に作ったカリフォルニアロールが結構大量にできたので、翌朝と昼はこれを食べただけだし。

これじゃ、まずいっ!
と一念発起し、旅に出たわけで。

は〜い、今私は、メキシコ・カンクンのリゾートビーチにおります。
雨期のシーズンオフを良いことに、安いホテルでもオーシャンビュー。
初日は、島に渡り、シュノーケリングした後、ビーチでビールを飲み、まったり。
今日は、マヤ文明の遺跡を見てきちゃった。
明日は、ホテルの前のビーチでのんびりする予定……だけど、もしかしたら、パラセーリングでもやるかな。

もっとも、天罰は下るもので。
行きの飛行機は、飛行時間が3時間半の予定だったのに、離陸自体が3時間遅れ、それでもようやくチェックインとなり、みなで喜び勇んで機内に乗り込んだのに、いざ、飛び立とうと滑走路についた途端、「ブッシュ大統領がエアフォースワンで飛び立つ関係で、30分待機命令が出ました」……っておいおい。

まあ、一人リゾートなんて、寂しいもので。
会う人、会う人に 「一人で?」 とあきれられるし。
こっちに来ても食生活だけは 「ダメダメ」状態が続いており、初日は、夕方にフレンチフライとビール飲んだらあとは、部屋でビール飲んだだけで夕飯は抜き。翌日は昼ご飯だけはかろうじて食べたけど、夕飯はなぜかお腹がすかず、これまた夕飯抜き。今朝は、遺跡行きだったので、前夜に用意したスタバのパンとフルーツを朝かじり、夕方4時にツアーの昼食となったので、これは食べたけど、当然おなかがすかず、3日連続夕飯抜き。
リゾートでこれって、なんなんだろ。
明日こそは、ジタバタ出掛けず、ホテルでのんびり、ビーチでビール。昼ご飯はちゃんとうまそうなビュッフェか何かを食べ、夕飯は高級メキシコ料理か何かに挑戦したいもんだが、たぶん、昼ビュッフェだとまた食欲がわかず、4日連続夕飯抜きになっちゃうかもなあ。

……って4泊予定の旅行で、夜は毎晩食事抜き???
いかんいかん。
なぜ、母ちゃんという存在は、子どもがいないと食欲がわかないんだろう。

こんなことで、本当に私、子離れできるんだろうか。
息子を日本に送り出し、自分はちゃっかりメキシコでリゾート、なーんてことをやってるわりには、案外と私、「子離れできない母親」 なんだと思う。
うん。

初めての独立記念日

アメリカ暮らしを初めて最初の独立記念日となったきょう、7月4日。
夫も、息子も、いないのだった。
あまりに気の毒がった私の政治談義友だちのエドが、自宅のパーティーに招いてくれた。
んなもんで、生まれて初めて、カリフォルニアロールなんか作っちゃったぜ。
実は結構簡単にできることを発見。しめしめ。
(完璧だぜ、と思って持参したら、なんとしょう油を持参するのを忘れてた私。最近はミソやしょう油を自宅においてるお宅も多いらしいんだけど、エドの家にしょう油はなかった。結局、マヨネーズで食べたのだった。ちゃんちゃん。)

エドの家に集まったのは、近所の老夫婦のフィリスとディック。
それから、ボスニアから難民として13年前にこの国に来たという夫婦、セナーダとモハメッド。

エドの家は、庭も、家の中も、バルコニーも、星条旗で飾られていて、ああ、アメリカの人はこんな風に独立記念日を祝うのか……としみじみしちゃった。
私がカリフォルニアロール(ただし、しょう油なし)、フィリスが野菜スティックとディップとチップスとワカモレ、セナーダが雑穀入りのクラッカーを焼いてきた。料理上手のエドの妻エディスは、コールスローに、ポテトサラダに、マカロニサラダ、さらにマリネした鶏肉とホットドッグをバーベキューしてくれた。

しかし、今回は妙にテーブルが健康的だ。
お野菜たっぷり。カロリー控えめ。
年齢層が高いからだろうか。
それとも、思い切り民主党支持の強い青い州メリーランドの文化ゆえだろうか。

この前、ポトマック河を一つ越えた赤い州バージニアで、バーベキューにお呼ばれした時は、見事、肉、肉、肉、といった感じのテーブルだった。
だいたい、パーティーの日に、一人で3品のサラダを作り、テーブルに並べるアメリカ女性なんて、初めてみたかも。肉より野菜が主役、なんてテーブル自体、初めてだわん。

会話のほうも、実に「青い州」らしかった。
「ところで、あやこ。ブッシュって日本での評判はどうなんだい?」

そうエドに聞かれて、思わず 「うーん、難しいところを突くわねー」 と苦笑いしたら、「その反応だけでだいたい分かったよ」 とみなに爆笑された。
「日本人って結構アメリカが好きな人が多いと思うんだけど、ブッシュ大統領が好きって人はあんまり多くないかも」 と正直に答えたら、「当たり前よ、アメリカでも彼を好きな国民なんてあんまりいないもの」 ってな具合で、みんなでワッハッハと笑っていたのだった。
テーブルの料理から分かる、彼ら彼女らの民主党支持度、って感じ。

テレビをつければ、DCのダウンタウンの特設ステージで誰かが懐かしのメロディーを歌い、花火がバンバンと上がっている。
老若男女が星条旗をはためかせ、腰を振り、踊りまくっている。
なんの陰りも迷いもなく、独立記念の日を心から祝っている、という感じ。
テレビのこちら側では、私たちがみんなで中国茶を飲みながら、この国について語り合う。

来る大統領選のこと。
オバマ氏の妻の発言について。
マケイン氏に勝ち目はあるのか、という問題について。
白人警官を殺めた黒人の容疑者が、刑務所で何者かに殺された事件について。
宗教について。(エドはユダヤ人で、セナーダ夫婦はイスラム教。異なる宗教を信じる者同士が集った時、この国の人は本当に上手に、無難に、話をまとめるなあ、といつも感心するよ)。

アメリカの年に一度の大事な記念日だから。
観光気分でDCのダウンタウンに花火を見に出掛けるよりも、
こんな風に家でバーベキューをしながら記念日を祝う普通の家庭のパーティーに混ぜてもらえて、極めておもしろかった。

でも、来年は家族でDCのダウンタウンに繰り出して、花火を、というより、大騒ぎしてるアメリカの人たちを観察してみたいな。
もうすぐ、アメリカに来て10カ月だ。

いよいよ一時帰国

息子が一時帰国する。
とっても緊張している。
帰国後、以前暮らしていた小学生のクラスメートのお宅に2泊ほどお世話になることになっている。仙台のじいちゃんばあちゃんと落ち合うのは3日後だ。
今回泊めてくれるお友達2人は、息子が今なお、「親友」 と呼ぶ相手だ。
アメリカではきっと、○○君や▽▽君みたいな親友はできないよ……とこの前もつぶやいていたっけ。

息子にとっては、大事な野球のチームメートでもある。
大好きな相手だから、きっと緊張するんだろうな。
「ずっと親友だよ」 と半年前に交わした約束。
そんなことを、あれこれ思い出すのだろう。

おまけに、この週末、息子にとってはビッグイベントが待ち受けている。
なんとなんと。
去年までお世話になっていた野球チームの皆さんが、うちの息子の一時帰国を聞いて機転を利かせ、なんとなんと、夏の大会に選手登録しておいてくれたらしい。
そんなもんで、日曜日には、元いた野球チームのユニフォームを着て、公式戦にも出してもらえるという。
相手がこれまた、なんというか因縁の相手。
それまで一勝もまともにできたことのなかった息子たちのチームが、息子にとっては日本最後の公式大会となった去年の秋の大会で勝ち進み、最後の最後に闘って破れた相手なんだよな。
この時はもう、息子以外のチームメートたちはわんわんと大泣きしたんだっけ。
ああ、宿命の相手との因縁の対決!
そこになぜか息子が出してもらえるという、このスゴイ運命!

そもそも、先週末に行われるはずだったこの試合が雨で流れ、息子の一時帰国と重なったのだという。あーん、運命の神様、野球の神様ってやっぱりいるんだわ。
(とかいって、息子の一時帰国の時も雨で試合が流れちゃったりして……ちゃんちゃん)。

そんなわけで、いきなり昨日、息子が、「母ちゃん、キャッチボールしよー!」と言い出すから、裏庭の芝生の上でグローブを構えたら、なんとなんと久しぶりに軟球が飛んできた。
おおお、硬球ではなく、軟球で練習かい。
みれば、硬球用グローブではなく、軟球用グローブをはめている。
その几帳面さが……君らしくて、笑えるぞ。

軟球のバウンドを忘れてないか。
チームメートがぐんぐんと上手になっていて、自分だけ置いていかれてたらどうしよう。
時差ぼけなのに、ちゃんと試合でプレイできるかな……。
エラーしたらどうしよう。
などなど。
これは勝手な母ちゃんの想像だが、息子はそうとうに緊張しているし、そしてそうとうに、楽しみにもしているんだと思う。

夜になると、「怖いよー」 と正直に口にする。
「怖いのは当たり前だよ。母ちゃんだって3年後、毎日新聞に戻る日を考えたら、今から怖いもん」 と、
正直に私も言ってみる。
口にしてみたら、想像して、もっと怖くなる。
親子して、ぶるぶるっと身震いしちゃう、変な光景。
ほんと、怖いよなあ。

「たぶん、嫌な思いもする。でもその何倍も楽しいこともあるさ。たぶん嫌なことを言う人もいるかもしれない。でもその何倍も、素敵な出会いがあるさ。日本を思い切り楽しんでおいで。でも必ず帰っておいで」

万感の思いを込めた母ちゃんの旅立ちにむけた言葉だったのだけど、「帰っておいで」 の一言に反応した息子の答はこれ。

「は? あたりまえじゃん」

へなへなへな。
そ、そうだよな……。
わくわくしながら、心配しながら、彼の帰りを待とうと思う。
(へへへ、私は行かないのだった……。少年よ、大志を抱け)。