息子、第三試合目。
今日は、また先発。
母ちゃんも3試合目ともなると、リラックスしたもので、野球ママ仲間と話し込んでるうちに、試合が始まっていた。ちゃんちゃん。
1人目、三振。
2人目、4球連続で四球 (おいおい……)。
3人目のピッチャーゴロを息子が2塁に送球し、ツーアウト。
4人目、三振。
まあまあの出来。
あっさりとファーボールを出したのが気になる。ボールがちょいと高めに浮いてる。
その裏、四球3つとフィルダーズチョイスなどで、息子たちのチームは2点先取。
息子は、四球。
さて、息子の2イニング目の投球は……。
がぁぁぁぁん〜〜。
いきなり先頭バッターに初球を打たれ、これがライト越え2塁打。
おまけに、次は、また4球連続であっさりファーボール。
思わず、バックネット裏から金網にしがみつく母ちゃんなのである。
次のバッターに特大のファールを打たれた時はヒヤリとしたが、最後は三振。
次のバッターへのストライクの球を、キャッチャーの子が後逸し、ここで1点返されちゃったが、その後はどうにか、三振。
さあ、ツーアウト。
あと、1人だっ!
……と思ったら、ひえええ、キャッチャーが息子にボールを返した瞬間、三塁ランナーがホームに突っ込んできたよ。
あわてて息子が手元に戻ってきたボールをもう一度キャッチャーに投げ返す。
判定は、おおお、タッチアウト。
(客観的に見たら、タイミングはセーフだったと思うけどなー)。
こういうプレーもありなのねえ。
ま、これでスリーアウトチェンジ。
助かった〜。
失点1点なら良しとしよう。
今回の試合の相手は、これまで3戦全勝のチーム。
別に守備は上手じゃないんだけど、ピッチャーがそろってる。
よりどりみどり。
大リーグそっくり。
何かというと、フォームはみーんなめちゃくちゃ。
でも、結構速い。
おまけに、妙に力強い。
身体もなぜか、息子たちのチームより全体的に大きい。
というか、太い。
肉弾戦になったら、絶対に勝てないぞ、って雰囲気。
3イニング目の息子の投球は、内野安打を一つ打たれるも、このランナーを内野手たちがはさんでアウトにしてくれ、あとの2人は三振でスリーアウト。
2−1でリードのまま、マウンドを降りたのだった。
次の息子の打席は、二死三塁で回ってきた。
一球目、見逃しストライク。
二球目、ファール。
三球目、あああ、見逃しストライク。
あほかっ。
振らなきゃ当たんねーって、何度言われたらわかるんじゃ。
母ちゃん、イライラ。
コーチの一人が近寄ってくる。
「今でなくてもいいから、後で言ってやってくれ。2ストライクの後は、よほどのボール球でなければ振れって」
だよねー。
何度も言ってるのよ。
誰より本人が分かってると思うわ、と返すと、コーチも苦笑いしてたのだった。
あとは、手に汗握るシーソーゲーム。
やっぱり、ワンサイドゲームより、こういうほうが見てても楽しい。
向こうのチームは3人目のピッチャーを繰り出してきた。
ほぉー、とため息が出ちゃうくらいきれいなフォーム。
胸張って、身体がバネみたいにしなって。
球も結構速い。
アメリカにもいるんだー、こういう、正当派フォームのピッチャー。
おまけに、サウスポーじゃん。かっこいい〜。
なーんてぼんやり見てたら、ベンチから息子が、
「母ちゃん! 来て!」
大声で呼ぶなんて珍しい。
なんだ、なんだ?
「母ちゃん、あのピッチャー、アジアンだ。コリアンかな、それとも日本人かな」
言われてみれば、アジア人ぽいかも。
息子はむちゃくちゃ真剣だ。
「母ちゃん、あの子の名前、なんて言うの?」
知るか、そんなの。
私はここでは正式なスコアラーじゃないから、相手チームのオーダー表なんか見せてもらったこともない。
「知りたかったら、あそこでスコアつけてるおじさんに、自分で聞いてきたら」
と冷たく突き放してみた。
英語を話そうとしない普段の息子ならば、絶対にここであきらめるんだけど、この時ばかりはあきらめきれなかったみたい。
そのスコアつけてるおじさんコーチのところまで行って、まずは、「身振り手振り作戦」。
スコアラー氏は、息子がスコアを見たがる素振りをみて、
「ああ、3−2。まだ勝ってるから大丈夫だよ」
だって。
だよねー。
普通、子どもがスコアラーに寄ってきたら、知りたいのはせいぜい点数とか勝敗のこと。
まさか、相手ピッチャーの名前が知りたいなんて、思いもしないもんねえ。
ということで、スゴスゴとあきらめて戻ってきた息子なのだった。
「本当に知りたいことだったら、単語並べてでも聞いてごらんよ。Who とか、pitcher とか、name とか、テキトーに並べてたら通じるよ」
さらに冷たく突き放す私。
最初、いったんあきらめるように見えた息子は、それでも、結局、もう一度、スコアラー氏に近付いて行ったのだった。
遠目に観察していると、おおお、口が開いてる。
ってことは英語を自分からしゃべってる?
ちなみに、渡米7カ月目の我が息子、いまだ、自分から誰かに英語で話しかけたことは1度もない。
誰かに英語で質問されても、たいがいは首を縦にふるか横にふるか。
だから、この前の試合で
、「レフト!」 と答えたのにすら、私は感動したのだ。
息子は、見るからに落胆した顔で戻ってきた。
「あのおじさんも、名前までは知らないんだって……」
そっか、残念。
でも、あんた、英語でホントに質問したの? 何て言ったの?
「うーん。 What's pitcher's name ? かな」
定冠詞うんぬんについては何も言うまい。
むしろ、いきなり文章で聞いちゃうあたりが、いかにも完璧主義の息子らしいよね。
文章や文法なんか気にせず、単語だけ並べてしゃべくりまくるタイプだってたら、今ごろ、この国でもっと楽に生きられただろうに。
(40歳過ぎて、英単語並べるだけでしゃべくりまくってる私もどうかと思うけど……)
そうこうしていたら、スコアラー氏がやってきて、
「名前がわかったよー」 だって。
なんと、息子のただならぬ気配を察知してか、相手チームのベンチまで行って、名前を確認してきてくれたらしい。
「Y君、だって」
Y、から始まるその名前を聞いた途端、息子が、「じゃあ、日本人だっ!」 と顔を輝かせた。
マウンドに目をやれば、淡々と、驚くほど美しいフォームで投げ続けるY君がいる。
味方の守備のまずさから、何点か取られてはいるが、すごく堂々としている。
それをじっと見つめる息子の心に、生まれた感情ってどんななんだろう。
ライバル心?
それとも、仲間意識?
「あんたの打席、回ってきたらいいね」
そう、息子に声をかけたら、真剣な顔で 「回るかな? あと何打席?」 と聞いてきた。
野球をしている時、息子は普段より少し、素直になる気がする。
6回最終回を4−3のリードで迎えた。
が、我がチームの3番手ピッチャーは三振2つでツーアウトを取ってから、なんと2者連続四球の後、暴投。これで、同点にされてしまった。
わっ、と沸く相手チーム。
手に汗握る展開。
残すはあと6回の攻撃だけ。
……ってな場面で、息子はまったく試合の流れと関係ないものをじっと見つめていた。
どこかというと、相手チームのベンチだ。
「母ちゃん、Y君って、アメリカに来てまだ間がないのかも。英語、あまりしゃべれないのかも。だって、ベンチの中で、一人で座ってて、誰ともしゃべってないもん」
………。
それ、あんただって、そうじゃん。
そう思ってから気付いた。
息子の中では、Y君の投球だけでなく、彼が英語をしゃべれるのか、チームメートとうまくやれているのか、そういうこと全部がとっても気になっていたんだろう。
そんな最終回、彼がマウンドにのぼる。
息子より、背は高い。
ほんとに日本から来た子なのかな?
案外、無口なだけで、実はアメリカ生まれかもしれないし。
あ、でも、土曜日に日本語の補習校なんかに行ってたりもするのかな。
もしかしたら、息子みたいに、アメリカで、野球だけが支えだったりするのかも。
だとしたら、このマウンド、彼にとって、どんなにか、大事だろう……。
同点で迎えた最後の攻撃なのだし、一応味方の応援をしながらも、気付けば、マウンドのY君を心で応援してしまう自分がいた。
結局、息子の姿がかぶっちゃうのだ。
Y君も、初めての練習の日には、怖い怖いと、号泣したり、したんだろうか。
Y君も、アメリカへの扉を、マウンドで見つけたんだろうか?
ははは、ものすごい勝手な、一方的な、おまけにはた迷惑な、思い入れだよね。
でも、うちの選手が5本のファールで粘りに粘った時なんか、「がんばれ、こらえろ!」 と心でY君を応援してしまった。
粘られた挙げ句、四球を出してしまったのを見て、「これが一番苦しいよな。でも、気持ち、切り替えて!」 と心で祈ってしまった。
で、ふと気付けば……。
同点最終回、二死二塁という場面で、息子の打順が回ってきていたのだった。
普段は、チームメートのプレイなど見てもいない個人主義なアメリカの選手たちなんだけれど、さすがにこうも接戦となると、ベンチの子どもたちも必死だ。
ベンチの子どもたちが、次々に息子の名を呼んで応援してくれている。
……親というのは、まことに身勝手なもので。
それまで、マウンドのY君をひそかに応援していたのだけれど。
ごめんね、おばちゃんは、やっぱり人の親。
さっき見逃し三振してるうちの息子にとって、この打席はむちゃくちゃ大事なの。
おまけに、今の息子にとって、野球はただのスポーツではないの。
だからね、ここで三振するわけにはいかないの。
どうか神さま、うちの息子に打たせてやってください……。
初球、ストライク。うーん、いい、球。
二球目、ボール。
三球目、ファウル。打った球は、へぼいフライで、一塁側の応援席に落ちる。
あー、だめだ、完全に差し込まれてる。
「この子、打てないかもなあ……」
半ば、あきらめそうになる。
「気持ちで負けるな! あんたが望んだ打席でしょ。思い切り、のびのび行きなさい!」
母ちゃん、思わず、日本語で怒鳴る。
しっかし、怒鳴りながら、「のびのび行け」 は、ないよなー。
そんな第四球目。
打ったーーーーーーーっ。
ライトに高々と上がる球。
ツーアウトだから、二塁ランナーはもうスタートを切っている。
ライトが本当に上手だったら、捕られていたかも知れない微妙な球。
でも、芝生に落ちた。
一塁上でガッツポーズをする息子。
ホームインするチームメート。
ははは、こんなことって、あるんですね、神さま。
息子、生まれて初めてのサヨナラ打。
それも、こんな巡り合わせで。
息子は、実にうれしそうだった。
チームメートにもみくちゃにされ、give me five の嵐。
「久しぶりに緊張して足が震えたんだ……」
息子が後で打ち明けてきた。
そうだろうな。
母ちゃんも、久しぶりに胸がどきどきして、神さまなんか持ち出しちゃったよ。
結局、Y君には声を掛けられなかった。
試合がこんな終わり方にならなかったら、親子で声を掛けてみようと思っていたんだけど。
「いつかまた、会えればいいね。いつか、一緒にキャッチボールをできればいいね」
そんな私の言葉に、息子は、
「うーん。そんな風に仲良くなりたいような気もするし、そうでなくてもいい気がする。でも、来年はまたきっと、対戦できるよね」
言葉を交わしたことすらない、名前しかしらない相手とでも。
一瞬の出会いで、子どもって成長するんだ。
ちょっと、びっくりした。
この国で、色々な思いを抱えながら、グローブ片手にフィールドを走り回っているだろう、たくさんの野球少年たちに、どうかどうか野球の神さまがほほえんでくれますように。