おぐにあやこの行った見た書いた

電子辞書と消しゴム12個

カレッジで日本語の電子辞書を失った。
今回は、非常に限定された場面だったため、これはもう、どう考えても、どう否定しても、やっぱり、同じ結論にたどり着く。

盗まれちゃったんだ……。

実は、ほぼ同じ空間で、すでに1個なくしていて、これも、どう考えてもなくしモノをするシチュエーションじゃあなかっただけに、今となると、あの時もそうなのかも、なんて思えてくるのだった。

必要なものなので、.富士山.com にて新しいのを購入。
それにしても、なんかものすごく、気持ちにこたえる体験なのだった。

うまく言えないんだけど。
自分がマイノリティーである国で、何かものを盗まれるというのは、日本で盗難に遭うのとは全然違うキツサがある。
おまけに今回みたいに、どう考えても相手がクラスメートだと分かっているわけで。
疑心暗鬼になりたくない自分もいたりして。
マイノリティーとして、むちゃくちゃ気弱になる自分もいたりして。
周囲が怖くなりそうな自分もいたりして。

いかんいかんいかん、と叱咤激励する。

そんなこんなで、やっとこさ、息子の気持ちが少しだけ分かった気がした。
息子が学校で延々と消しゴムキャップを盗まれ続けていた話を思い出したのだ。

毎日毎日、算数の時間になるとなぜか小さな消しゴムキャップが消えていく。
周囲を見ても、誰がやったか分からない。
何を話してるか分からないから、みんなが自分をわらってる気がする。
すごく怖いし、哀しい。
腹も立つ。
でも、どうしようもない。

そんな中で、息子は消しゴムキャップを合計12個も失った。
私はその時、すごく軽く言いなしたわけだけど、ああ、こんなにも気が重くなる出来事だったんだなあ。
まして私は電子辞書2個。被害額は膨大だけど、数は少ない。
息子の場合は、毎日毎日、1つずつ消えていったわけだから。
そりゃ、切ないよな。

消しゴムを捕っちゃった子はその後も、今にいたるまで、先生に隠れて息子にさんざちょっかいを出してるらしい。
替え歌を作ったり、冷やかしたり。
息子は学校で、何よりそれが嫌らしい。

アメリカだから、ではなく、日本にだって、どこでだってよくある話、と片付け、「そんなもん無視無視!」 なんて、かる〜く息子には言ってきた私なんだけど、ははは、いざ自分の電子辞書が消えたら、これだもんなあ。
ああ、切ないぞ。
ちくしょー。

あらためて、息子の日々の闘いを知る、って感じ。

ちょっと今度機会を見つけて、担任のセンセに相談でもしに行ってやるかぁ……なんて思った昼下がり。

はじめての負け試合

ほとんど野球ブログ状態になっていますが、すみません。
日曜日の雨の中、また試合がありました。
息子にとっては、アメリカでの初の負け試合。
スコアは1−10。ああ、無念。
息子自身も、悪送球があったり、二打席ノーヒットと、悔しい試合だったようです。

この日の6イニングの息子の守備は、
ショート、レフト、ファオースと、ショート、センター。
翌週火曜日に投げることが決まっていたため、ピッチャーはやりませんでした。

今回の試合は、息子の弱点がよく見えてきた感じ。
バッティングで言うと、息子は決してパワフルな方じゃないから、日本では、軟球にとにかく当てて前に飛ばす、ということを心がけていた。実際、軟球だと、下手に打ち上げなければ、結構よく弾むし、軽いので、簡単にヒットになった。おまけに小学生同士の試合だと、守備もあまり上手じゃないから、ただの内野ゴロが内野安打になる確率もけっこうあったしね。

でも硬球はそう甘くない。
まず、当てても、重いので、よほど振りが鋭くないと、飛ばない。
どうにか飛ばしても、内野にまで芝生があるので、そこでボールの勢いが止まり、簡単にアウトにされてしまう。
日本にいるころ、バッティングセンターにウン万円も注ぎこんだからね、スピードには付いていける。米国でも、軟球に近い球を使ったバッティングケージでの練習では、コーチが目を見張るほどバンバン飛ばせる。が、試合で、硬球になると、「当てに行く」バッティングになってしまう。

結局のところ、あんた、素振り100回 しかないよ。

夫婦して息子にぼそりとつぶやいた。
あとは本人にやる気があれば、やるだろうし、やる気がなければ、そこまでだ。
どうなることやら。

で、息子のさらなる課題は、フィールディング。
ピッチャーをやってる分には全然目立たないんだけど、内野を守らせても、外野を守らせても、ぱっとし
ない。
いろいろハンディーもあるしね。

・そもそも硬球に慣れてない。特にバウンド。
・芝生の上のボールを扱った経験がない。
・リード禁止などルールが少し違うため、ボール処理でまだ迷いがある。
・細かいコーチの指示が、英語のため、まったく分からない。
・とっさのチームメートの叫び声も、英語のため、分からない。

こうなったら、やっぱ、 1000本ノック しかないよ。

なーんてこれまた夫婦でつぶやくのだが。
平日に私がノックをしたところで、私ごときの球なら、息子だって平気で処理するわけで。
なかなか練習になりません。

さらにさらに。
これは日本からの課題なんだろうけれど、結局のところ、もっと球に向かってアグレッシブに向かって行かなきゃ、ダメなんだよなー。
そもそも息子の場合、

「ボールを取り合うスポーツは嫌い」

だから。
バスケも、サッカーも、ホッケーも、嫌いなんだってさ。
でもねえ。野球だって、「ボールを取り合う」 スポーツだと思うんだけどなあ、ある意味で。
実は内心、こういうタイプは陸上とか、水泳とか、個人競技のほうが向いているんじゃあないか、と思うのだけれど、本人は野球に夢中なんだから、これはもう、自分でその気があれば練習するさ、と見守るくらいしか、できないよねー、親としては。

でもって。
やっぱり、スポーツをやるにしても、突き詰めれば英語は必要なんだな、この国じゃ。
でも、これだって、息子自身が自分でその必要性を痛感して、せめて野球に使う英語だけでも話せるようになりたい、と思うしかないもんねえ。

雨の中、ずぶ濡れになりながら、親子してたくさんの課題にぶつかった、負け試合だったのでした。

あのピッチャーは誰?

息子、第三試合目。
今日は、また先発。

母ちゃんも3試合目ともなると、リラックスしたもので、野球ママ仲間と話し込んでるうちに、試合が始まっていた。ちゃんちゃん。

1人目、三振。
2人目、4球連続で四球 (おいおい……)。
3人目のピッチャーゴロを息子が2塁に送球し、ツーアウト。
4人目、三振。

まあまあの出来。
あっさりとファーボールを出したのが気になる。ボールがちょいと高めに浮いてる。

その裏、四球3つとフィルダーズチョイスなどで、息子たちのチームは2点先取。
息子は、四球。

さて、息子の2イニング目の投球は……。

がぁぁぁぁん〜〜。
いきなり先頭バッターに初球を打たれ、これがライト越え2塁打。
おまけに、次は、また4球連続であっさりファーボール。
思わず、バックネット裏から金網にしがみつく母ちゃんなのである。
次のバッターに特大のファールを打たれた時はヒヤリとしたが、最後は三振。
次のバッターへのストライクの球を、キャッチャーの子が後逸し、ここで1点返されちゃったが、その後はどうにか、三振。

さあ、ツーアウト。
あと、1人だっ!
……と思ったら、ひえええ、キャッチャーが息子にボールを返した瞬間、三塁ランナーがホームに突っ込んできたよ。
あわてて息子が手元に戻ってきたボールをもう一度キャッチャーに投げ返す。
判定は、おおお、タッチアウト。
(客観的に見たら、タイミングはセーフだったと思うけどなー)。
こういうプレーもありなのねえ。

ま、これでスリーアウトチェンジ。
助かった〜。
失点1点なら良しとしよう。

今回の試合の相手は、これまで3戦全勝のチーム。
別に守備は上手じゃないんだけど、ピッチャーがそろってる。
よりどりみどり。
大リーグそっくり。
何かというと、フォームはみーんなめちゃくちゃ。
でも、結構速い。
おまけに、妙に力強い。
身体もなぜか、息子たちのチームより全体的に大きい。
というか、太い。
肉弾戦になったら、絶対に勝てないぞ、って雰囲気。

3イニング目の息子の投球は、内野安打を一つ打たれるも、このランナーを内野手たちがはさんでアウトにしてくれ、あとの2人は三振でスリーアウト。

2−1でリードのまま、マウンドを降りたのだった。

次の息子の打席は、二死三塁で回ってきた。
一球目、見逃しストライク。
二球目、ファール。
三球目、あああ、見逃しストライク。

あほかっ。
振らなきゃ当たんねーって、何度言われたらわかるんじゃ。
母ちゃん、イライラ。
コーチの一人が近寄ってくる。

「今でなくてもいいから、後で言ってやってくれ。2ストライクの後は、よほどのボール球でなければ振れって」

だよねー。
何度も言ってるのよ。
誰より本人が分かってると思うわ、と返すと、コーチも苦笑いしてたのだった。

あとは、手に汗握るシーソーゲーム。
やっぱり、ワンサイドゲームより、こういうほうが見てても楽しい。

向こうのチームは3人目のピッチャーを繰り出してきた。
ほぉー、とため息が出ちゃうくらいきれいなフォーム。
胸張って、身体がバネみたいにしなって。
球も結構速い。
アメリカにもいるんだー、こういう、正当派フォームのピッチャー。
おまけに、サウスポーじゃん。かっこいい〜。

なーんてぼんやり見てたら、ベンチから息子が、

「母ちゃん! 来て!」

大声で呼ぶなんて珍しい。
なんだ、なんだ?

「母ちゃん、あのピッチャー、アジアンだ。コリアンかな、それとも日本人かな」

言われてみれば、アジア人ぽいかも。

息子はむちゃくちゃ真剣だ。

「母ちゃん、あの子の名前、なんて言うの?」

知るか、そんなの。
私はここでは正式なスコアラーじゃないから、相手チームのオーダー表なんか見せてもらったこともない。
「知りたかったら、あそこでスコアつけてるおじさんに、自分で聞いてきたら」
と冷たく突き放してみた。

英語を話そうとしない普段の息子ならば、絶対にここであきらめるんだけど、この時ばかりはあきらめきれなかったみたい。
そのスコアつけてるおじさんコーチのところまで行って、まずは、「身振り手振り作戦」。
スコアラー氏は、息子がスコアを見たがる素振りをみて、

「ああ、3−2。まだ勝ってるから大丈夫だよ」

だって。
だよねー。
普通、子どもがスコアラーに寄ってきたら、知りたいのはせいぜい点数とか勝敗のこと。
まさか、相手ピッチャーの名前が知りたいなんて、思いもしないもんねえ。

ということで、スゴスゴとあきらめて戻ってきた息子なのだった。

「本当に知りたいことだったら、単語並べてでも聞いてごらんよ。Who とか、pitcher とか、name とか、テキトーに並べてたら通じるよ」

さらに冷たく突き放す私。
最初、いったんあきらめるように見えた息子は、それでも、結局、もう一度、スコアラー氏に近付いて行ったのだった。
遠目に観察していると、おおお、口が開いてる。
ってことは英語を自分からしゃべってる?

ちなみに、渡米7カ月目の我が息子、いまだ、自分から誰かに英語で話しかけたことは1度もない。
誰かに英語で質問されても、たいがいは首を縦にふるか横にふるか。
だから、この前の試合で、「レフト!」 と答えたのにすら、私は感動したのだ。

息子は、見るからに落胆した顔で戻ってきた。
「あのおじさんも、名前までは知らないんだって……」
そっか、残念。
でも、あんた、英語でホントに質問したの? 何て言ったの?

「うーん。 What's pitcher's name ? かな」

定冠詞うんぬんについては何も言うまい。
むしろ、いきなり文章で聞いちゃうあたりが、いかにも完璧主義の息子らしいよね。
文章や文法なんか気にせず、単語だけ並べてしゃべくりまくるタイプだってたら、今ごろ、この国でもっと楽に生きられただろうに。
(40歳過ぎて、英単語並べるだけでしゃべくりまくってる私もどうかと思うけど……)

そうこうしていたら、スコアラー氏がやってきて、

「名前がわかったよー」 だって。
なんと、息子のただならぬ気配を察知してか、相手チームのベンチまで行って、名前を確認してきてくれたらしい。

「Y君、だって」

Y、から始まるその名前を聞いた途端、息子が、「じゃあ、日本人だっ!」 と顔を輝かせた。
マウンドに目をやれば、淡々と、驚くほど美しいフォームで投げ続けるY君がいる。
味方の守備のまずさから、何点か取られてはいるが、すごく堂々としている。
それをじっと見つめる息子の心に、生まれた感情ってどんななんだろう。

ライバル心?
それとも、仲間意識?

「あんたの打席、回ってきたらいいね」

そう、息子に声をかけたら、真剣な顔で 「回るかな? あと何打席?」 と聞いてきた。
野球をしている時、息子は普段より少し、素直になる気がする。

6回最終回を4−3のリードで迎えた。
が、我がチームの3番手ピッチャーは三振2つでツーアウトを取ってから、なんと2者連続四球の後、暴投。これで、同点にされてしまった。
わっ、と沸く相手チーム。
手に汗握る展開。
残すはあと6回の攻撃だけ。

……ってな場面で、息子はまったく試合の流れと関係ないものをじっと見つめていた。
どこかというと、相手チームのベンチだ。

「母ちゃん、Y君って、アメリカに来てまだ間がないのかも。英語、あまりしゃべれないのかも。だって、ベンチの中で、一人で座ってて、誰ともしゃべってないもん」

………。
それ、あんただって、そうじゃん。

そう思ってから気付いた。
息子の中では、Y君の投球だけでなく、彼が英語をしゃべれるのか、チームメートとうまくやれているのか、そういうこと全部がとっても気になっていたんだろう。

そんな最終回、彼がマウンドにのぼる。
息子より、背は高い。
ほんとに日本から来た子なのかな?
案外、無口なだけで、実はアメリカ生まれかもしれないし。
あ、でも、土曜日に日本語の補習校なんかに行ってたりもするのかな。
もしかしたら、息子みたいに、アメリカで、野球だけが支えだったりするのかも。
だとしたら、このマウンド、彼にとって、どんなにか、大事だろう……。

同点で迎えた最後の攻撃なのだし、一応味方の応援をしながらも、気付けば、マウンドのY君を心で応援してしまう自分がいた。
結局、息子の姿がかぶっちゃうのだ。
Y君も、初めての練習の日には、怖い怖いと、号泣したり、したんだろうか。
Y君も、アメリカへの扉を、マウンドで見つけたんだろうか?

ははは、ものすごい勝手な、一方的な、おまけにはた迷惑な、思い入れだよね。
でも、うちの選手が5本のファールで粘りに粘った時なんか、「がんばれ、こらえろ!」 と心でY君を応援してしまった。
粘られた挙げ句、四球を出してしまったのを見て、「これが一番苦しいよな。でも、気持ち、切り替えて!」 と心で祈ってしまった。

で、ふと気付けば……。
同点最終回、二死二塁という場面で、息子の打順が回ってきていたのだった。
普段は、チームメートのプレイなど見てもいない個人主義なアメリカの選手たちなんだけれど、さすがにこうも接戦となると、ベンチの子どもたちも必死だ。
ベンチの子どもたちが、次々に息子の名を呼んで応援してくれている。

……親というのは、まことに身勝手なもので。
それまで、マウンドのY君をひそかに応援していたのだけれど。
ごめんね、おばちゃんは、やっぱり人の親。
さっき見逃し三振してるうちの息子にとって、この打席はむちゃくちゃ大事なの。
おまけに、今の息子にとって、野球はただのスポーツではないの。
だからね、ここで三振するわけにはいかないの。
どうか神さま、うちの息子に打たせてやってください……。

初球、ストライク。うーん、いい、球。
二球目、ボール。
三球目、ファウル。打った球は、へぼいフライで、一塁側の応援席に落ちる。
あー、だめだ、完全に差し込まれてる。
「この子、打てないかもなあ……」
半ば、あきらめそうになる。

「気持ちで負けるな! あんたが望んだ打席でしょ。思い切り、のびのび行きなさい!」

母ちゃん、思わず、日本語で怒鳴る。
しっかし、怒鳴りながら、「のびのび行け」 は、ないよなー。

そんな第四球目。
打ったーーーーーーーっ。

ライトに高々と上がる球。
ツーアウトだから、二塁ランナーはもうスタートを切っている。
ライトが本当に上手だったら、捕られていたかも知れない微妙な球。
でも、芝生に落ちた。

一塁上でガッツポーズをする息子。
ホームインするチームメート。
ははは、こんなことって、あるんですね、神さま。
息子、生まれて初めてのサヨナラ打。
それも、こんな巡り合わせで。

息子は、実にうれしそうだった。
チームメートにもみくちゃにされ、give me five の嵐。

「久しぶりに緊張して足が震えたんだ……」
息子が後で打ち明けてきた。
そうだろうな。
母ちゃんも、久しぶりに胸がどきどきして、神さまなんか持ち出しちゃったよ。

結局、Y君には声を掛けられなかった。
試合がこんな終わり方にならなかったら、親子で声を掛けてみようと思っていたんだけど。
「いつかまた、会えればいいね。いつか、一緒にキャッチボールをできればいいね」
そんな私の言葉に、息子は、

「うーん。そんな風に仲良くなりたいような気もするし、そうでなくてもいい気がする。でも、来年はまたきっと、対戦できるよね」

言葉を交わしたことすらない、名前しかしらない相手とでも。
一瞬の出会いで、子どもって成長するんだ。
ちょっと、びっくりした。

この国で、色々な思いを抱えながら、グローブ片手にフィールドを走り回っているだろう、たくさんの野球少年たちに、どうかどうか野球の神さまがほほえんでくれますように。

はっぴばーすでーとぅーみー

ははは、42歳だぜ。
いぇ〜ぃ!

このところ、悪いこと続き。
車ぶつけた。自損事故。対物だったのが不幸中の幸い。でも2000ドルくらいかかるらしい。保険をつかっても、保険料がむちゃくちゃ値上がりするんだそうだ。ちぇっ。
コンタクト、なくした。
面倒なので、そのまま眼鏡生活を送っていたら、今度は眼鏡の部品がどこかに消えた。かろうじて使えるが、妙に目が疲れる。
こうなったら、誕生日くらい、ぱーっと祝わなきゃ。

と思っていたら。
夫、風邪でダウン。
ちぇっちぇっちぇ。

自分でケーキを焼いた。
普段はもっぱらパウンドケーキ派なのに、ほとんどやけになって、ふわふわのスポンジケーキ。アールグレーの葉を粉に混ぜ、ロールケーキに。中にはリンゴ煮とレーズン、生クリームを巻いた。
うまい。
結局、幸せになるためには、うまいものを食わねばならず、うまいものが食いたければ、我が家では自分で作るしかないのだ。

そうだそうだ、自分の両足でしっかり立って生きていこうぜ。
なーんて、思いをあらたにした42歳の誕生日。

夫と息子が誕生日プレゼントをくれた。
息子のは、

「おしりふみけん (400回) ただ おたんじょうびおめでとう!! かあちゃんへ」

と書いてあった。
息子によくお尻や足の裏を踏んでもらうのだ。いつもは400回1ドル。今回のプレゼントは、それのタダ券らしい。
緑色のマジックで、書いてあるのはこんな文字。

「きもちい」

きもちい、ってなんだ?
あんたは、小学4年生。
きもちの「気」も、「持ち」も、漢字を習ってるはずだぜ、おい。
それが、「きもちいい」 ならまだしも、 「きもちい」 って……。

夫のプレゼントは、

「特別大出血! 楽健法 1回40踏み なんとタダ! やってもらったら、やってあげること」

やってもらったら、やってあげることって……。
これ、プレゼントか?
おまけに、息子は400踏みなのに、夫のは40踏み。
しみじみとため息。
うれしいような、哀しいような、よくわからない42歳の誕生日。

そうさ。
自分の2本の足で、しっかり立って生きていくのさ。


米国初の被安打は……三塁打!

今日の試合はなんと、夜8時から。
なんとなんと贅沢な。
ナイター設備のある球場で、息子、ナイター初体験、でございます。
(ところで、「ナイター」は和製英語。 nighter と言っても英語じゃ通じません)。

この日の息子の打順は、13番。
おいおい、13番、って何だよ、って普通思いますよね。
アメリカの小学4年生ぐらいの、いわゆる選抜チームなどではない普通のチームの場合、守備は9人だけれど、打順は参加選手全員が順番に打てるのです。
このシステムはぜひぜひ日本にも導入してあげたいなあ、と思ってしまう。
守備で先発メンバーに入れなくても、ベンチに入った子は必ずバッターボックスに立てる。活躍のチャンスを与えられる。それって、もっと野球好きを増やしてくれると思う。
もっとも、リーグ内で 「1チーム15人まで」 などと人数が均等に割り振られている環境下だからこそ、成り立つシステムなんだろうけれど。

一方、息子のこの日のポジションは、レフトとピッチャー。

試合結果から先にいうと、24対1で快勝。
相手チームのピッチャーの球を13人ほぼ全員がボカスカ安打した上、相手の2人目のピッチャーのコントロールが定まらず、四球を連発しての押し出しなんてのもありまして……。
あまりに点差が開いたので、こちらの監督が2アウトの段階で 「チェンジ」 を申し出る一幕も。
5イニングの試合のはずが、4イニングで終了。
息子は3打席1安打2打点、だった。

それにしても、大差のついた試合だった。
息子たちのチームの安打数は、21。
相手チームの安打数は、わずか2。

で、この被安打2本が、息子にとってアメリカに来て初めての被安打、というわけ。

息子がマウンドに立ったのは3、4イニング目。
その段階ですでに17−0と点差が開いていた。

3イニング目の投球は、本当に良かった。
1人目の打者。
ファウル、空振り、ファウル、見送りで三振。
2人目は、3球連続見送り三振。
3人目は、3球連続空振り三振。
投球数はわずか10球。
しんじられない。
日本じゃ、必ずフルカウントになり、そこから四球を出しちゃったりするから、1イニングに40球も50球も投げてたのに……。

さらに4イニング目。
この時はもう、すでに24−0という、日本だったら 「即コールドゲーム」 状態。

1人目は、見送り、ボール、ボール、見送り、ボールでフルカウント。でも最後はきちんとストライクを入れて見送り三振。

さて、ここで登場したのが、相手チームの2人目のピッチャー。
この日、9四球を出しちゃって、苦しい苦しい思いをした男の子だ。
このチームの先頭打者でもある。
そんな彼に、息子が投げ込んだ初球……。
カキーンと見事ライト越え。
おおお、三塁打。

記念すべき息子の初の被安打は、目の覚めるような三塁打、だった。
マウンドの上では飄々とした顔をしている息子だが、間違いない、ものすごく落ち込んでいるはず。

でも、この後は、とても感動的だった。
三塁打を浴びた直後から、まず、キャッチャーのジェイミーが何度も、何度も息子の名を呼び、ミットを大きく構えてくれるようになった。
そして、息子が投球するたび、内野や外野のあちこちから、息子の名前を呼び、懸命に応援する声が上がった。

日本じゃ、マウンドでチームメイトが投球する時、「ピッチャーはいるよー」 などと声を合わせて応援したもんだ。
でも、アメリカではいわゆる 「声を合わせて」 という応援はない。
だからだろう。
これまで息子の投球の時、周囲が必死で応援する、なんて場面は一度もなかった。
それを必要としないほど、息子もすいすいと三振を取ってきたしね。

内野の子も、外野の子も、コーチに言われたわけでもないのに、初めてのピンチに直面している日本から来たチームメイトのために、心から、声を張り上げて応援してくれていたのだ。
何度も、何度も、息子の名前を呼んで。

次の打者にもショートへの内野安打を打たれた。
さらに、カバーに走ったセカンドの子もトンネルをした。
悔しかったんだろう、セカンドの子がグローブを地面にたたきつけるのが見えた。
これで1点を返された。
息子、米国初の失点、だ。
一死二塁。さて、どうなるか。
このまま大きく崩れて四球の嵐、ってのもアリだよなー、とぼんやり思う。

次の打者は、見逃し、見逃し、ボール、見逃しで三振。
へええ、あの子って、こういう時でも崩れたりしないんだ。
ちょっと息子の成長を見た感じ。

さて、お次の打者は、前の打席でも一度もスイングせず、四球を選んだ子だ。
アメリカの打つ気にはやる子と違い、ボールをじっくり見極めてくるタイプらしい。
そこへ、息子は2球連続してボール。
下手したら、ランナーに走られていた場面だ。
キャッチャーの手前でバウンドする難しいボールを、ジェイミーは2度も身体で止めてくれた。
何度も、何度も、息子の名前を呼びながら。

とうとう、カウントは 1−3。
いよいよ 「アメリカ初の四球」 を出しちゃうかなー、と覚悟したら、その後はズバズバッと2球連続でストライク。
ゲームセット!

その夜、息子は眠りに落ちる最後の最後の瞬間まで、被安打を悔しがっていた。
ものすごく落ち込み、ものすごく悔しがり、でも、どこからどう見ても、野球に夢中なのだった。

「あほっ。打たれないピッチャーなんて、どこにいる! 打たれても崩れず、2人連続三振に取った自分に自信を持ちなさい。それから、何度もあんたの名前を呼んで、必死で応援してくれたチームメートに感謝しなさい」

そんな母ちゃんの一言は、どこまで息子の胸に届いたのやら。

そうそう。
息子はこの日、初めて、自分から英語を口にしました。
息子がレフトの守りにつく時、チームメイトの一人から、「おまえって、3塁手だっけ?」 と聞かれ、最初息子は、レフトのほうを指さしたのですが、それから、大きな声で、

「Left !」 と。

ははは、それって英語か? と言わないでください。
息子が、同世代の友達から英語で何かを聞かれて、黙って首を縦に振ったり横に振ったりするのではなく、
言葉で 何か答えたのは、少なくとも私の知り限り、これが初めてだったんですから。

息子、初の公式戦で先発

今更ですが。
先週の日曜日の話。
実は、待ちに待った息子の初の野球公式戦だったのです。

なにしろ、10日以上も前のあの「号泣事件」がいまだ、私の中では尾を引いているわけで。
思い出すといまだに泣けちゃうわけで。
こうなると息子にしろ、夫や私にしろ、すでに野球は、単なるスポーツではなくなっちゃってるわけで。
野球は何かもう、この国で我が家が暮らすための、大事な大事な存在になんですよね。

さて。
昼間のバッティング練習の時、監督から告げられたのは……。

「今日の試合、1、2イニングを君が投げるからね」

おおお、初の先発!
(とはいっても、こっちじゃ2イニング以上投げないので、先発、って感じでもないのだけど)

試合は夕方5時開始。
この日は、10人の子どもが集まった。
こちらのリーグでは、守るのは9人だが、打順は10人全員に回す。つまり今回は、6イニングの守備を通して、ほぼ全員が1度ずつベンチで休憩する、というわけ。

息子の1〜6イニングのポジションは、ピッチャー、ピッチャー、休憩、センター、ショート、レフト。
我がチーム「ナショナルズ」 は先攻。
息子の打順は、6番。
パワフル系のスティーヴン、ザック、マイケルが3、4、5番を固めている。
息子の後は、息子にいつも声をかけてくれる、投げても捕ってもセンス抜群のジェイミーだ。

さて。いよいよ、試合開始。
……と、相手ピッチャーの投球練習を見て、思わず絶句。
ひどいフォーム。なかなか苦しいコントロール。だ、大丈夫か?
案の定、1、2、3番と連続四球。
ザックは、ショートのフィルダーズチョイスで出塁。これで1点。
マイケルはサードゴロ。ホームで一つアウトを取られ、それでも一死満塁。
なんとも最高の好機に、息子の打席。

息子は緊張すると、持ち前の性格ゆえか、すごくボールに対して消極的になる癖がある。
その結果の見逃し三振、というのを、何度も日本でやっては、親からもコーチからも 「もっと積極的に」 と言われてきた。
積極性が日本以上に求められるこの国で、さて、息子は……。
黙って立っていれば、かなりの可能性で四球になりそうな相手のピッチャーだけに、逆に母ちゃんとしては 「頼む、積極的に行ってくれ」 と祈るような気分。
ここで四球で出塁できたって、親子してなんにも乗り越えられない気がしてね。

そして初球。
ファウル。
おっと、初球から手を出してきたぜ。
母ちゃん、ちょっとびっくり。
2球目。
またしても、打って、ピッチャー真正面。
あっさりピッチャーゴロでツーアウト。
あーあ。夫婦そろって肩を落とす。

それでも。
1球目から積極的に球にくらいついた姿には、やっぱりうれしく思った。
たぶん、見逃し三振はもちろんだが、四球出塁よりもうれしいかもしれない、母ちゃんなのである。

さて、今度は守り。
息子はマウンドへ。
投球練習を始めると、相手チームの監督がうちのチームの監督に声を掛けてきた。

「おいおい、この子、誰?」
「日本から来た子で、今年から入ったんだよ」
「随分、フォームがいいなあ」
「だろ? 全然、アメリカの子と投げ方が違うよなー」

そうなのだ。
息子は、どこからどう見ても、センスが良いわけでもなければ才能があるわけでもなく、飛び抜けてうまいわけでも何でもない、未だにボールを怖がったりもする平凡な選手なんだけど、この国にくると、投球とバッティングの 「形」 の正しさは、ずば抜けて見えるらしい。

一方、この国の子どもたちを見てると実に感心する。
大リーグそっくり、なのだ。
何が、かというと、投げ方も打ち方もものすごく個性的。
日本の常識からいうと、「どうしてこんなフォームで……」 というような、とんでもないフォームの子ばっかり。
ところがところが。
びっくりするくらい早い球を投げたり、ガンガン飛ばしたりする。
すっごくパワフルでアグレッシブ。
息子の「野球」と対極にあるような、ベースボールがそこにある。
おもしろいなあ。
形から入らない、ということなのかな。

大リーグに似てるといえば、子どもたちはプレイしながらガムを噛んだり。
ベンチで、ヒマワリの種を飛ばしたり。
絶対に、日本の少年野球シーンだったら、指導者にガツンと言われそうな態度も、こっちじゃ当たり前。
特に、「ベンチでヒマワリの種を飛ばす」 というのは、大リーグにあこがれる野球少年たちにとって、すごくかっこいいことのようで、ベンチではヒマワリの種が大人気だった。

というのは、さておき。
息子の投球。

1人目のバッターには、
ボール、空振り、空振り、ボールと続き、2−2。
最後は、見逃し三振でワンナウト。
「どうかこのまま何事も置きませんように。辺に崩れて、連続四球とか出しませんように」
母ちゃんは祈るような気持ち。

2人目には、
ボール、空振り、見逃し、見逃しで三振。ツーアウト。

3人目は、おおお、女の子。
身体、でっかーい。パワーがありそう。
この子が初球を叩くがファーストゴロ。
ラッキーなことに、ファーストにいたのは、センス抜群のジェイミー君。
あっさり自分で処理してスリーアウトチェンジ。

よし、もういい。
とりあえず、一つほめる材料ができた。
次の回、息子がどんなに崩れ、自信喪失し、「もうアメリカなんか嫌だ」とか言い出しても、この回の投球をほめて、ほめて、褒めちぎってフォローしよう……、なんて最悪の事態ばっかり考えてしまう心配性の母ちゃんなのである。

2回攻撃は、2連続四球の後、ランニングホームランを打った子もいたりして、あれこれあって、息子の打順が回ってきた時には4点を取り、二死一、三塁。
自分がアウトになってチェンジ、だと、次のイニングの投球に影響しないかしら……などと、これまた、とんでもなく心配性の母ちゃんなのだけれど、
今回の息子は、初球を叩いた。
これがライトに抜け、やったー、アメリカ初ヒット!

1人がホームに還って、アメリカ初打点!
……と、いきなりチェンジになってしまった。

なんとなんと。

このリーグでは、1イニングに5点を取ると自動的にチェンジになってしまうのだ。
なーるほど。日本でも、少年野球じゃ「10点ルール」や「5点ルール」があるものね。

息子は、「初ヒット」 にすっかり舞いあがっている。
といっても、全然表情には出さない。
この国じゃあ、もうちょっと愛情やら喜びを顔に出したほうが、周囲に愛されるのになあ、と思うけど、こればっかりは彼の性格だもの、しかたない。
ただ、親の目から見ればあきらか。
ポーカーフェイスながら、むちゃくちゃ、喜んでいるのだった。

そんな状態で立ったマウンドだから、今度は私もそんなに心配せずに見てられた。
一人目は、空振り、ボール、見逃し、と2ストライクまで追い込んだ後、ファール、ボール、ボールでフルカウント。
いやな展開……と思ったら、最後は空振り三振。ワンナウト。
次は初球を叩かれたが、セカンドに、これまた上手なスティーブンがいてくれてラッキー。セカンドゴロでツーアウト。
次の打席に立った子はこの日、この後で、長打を何本も放った子なんだけれど、まだ息子が投げていたころは本調子じゃなかったんだろう。とにかく早打ちする子で、1球目はファール、2球目でショートフライ。
ショートを見たら、1回裏でファーストを守っていたジェイミー君がいる。
がっちりつかんで、スリーアウト。
ありがとー、ジェイミー!

そんなわけで、投げるほうも打つほうも、ほめてやれる材料ができたし、一安心の母ちゃんだった。

さて、次の回はこちらも三者凡退。守りでは息子はベンチで休憩。
で、迎えた4回攻撃。ワンナウトランナーなし。
息子はまたしても初球打ち。
打った瞬間、すかっと気持ちが晴れるようなバッティング。
白球は、右中間を抜けていく。
おおお、二塁打。
あー、これで、今夜もうまいビールが飲めるぞ。
野球母の醍醐味ですなー。

もっとも、世の中、そんなうまい話ばっかりじゃーない。
5回裏の守り、息子はショート。
ここにものすごい打球が飛んできた。
捕れない球じゃあなかったと思う。
捕れれば、最高のプレイになったとも思う。

けど、いかんせん、この国でノックをほとんど受けたことがない息子。
硬球は、日本で使ってた軟球よりずっと硬い。バウンドも全然違う。
案の定、見事にはじいて後ろにそらしてしまった。
もっとも、それた球が、芝生の上を結構な勢いで転がって外野も抜けてしまったわけだから、これにエラーを付けちゃうのは忍びないけれど、ははは、つーけちゃった、息子、米国初エラー。
(日本時代のくせで、試合のスコアをずっとつけていたのです。この「エラー」については、試合後に夫が 「あれはおまえ、普通に左中間ヒットだろ」 といったので、こっそり消しましたが……)。

チェンジで戻ってきた息子は、ものすごーーーーく落ち込んでいて、見るも無惨。
問題のプレーの後は、しっかり立ち直り、セカンドゴロの時にセカンドベースカバーに入り、4−6で1塁ランナーをアウトにしたり、良いプレーもあったんだけどね。
基本的に、失敗はすぐ忘れ、うまくいったプレーだけを覚えていて小躍りできるタイプじゃあないのだ、息子は。

とまあ、色々あったものの、試合は終わってみれば14−4で快勝。
なにより勝敗にこだわるタイプの息子は、勝てばハッピーなわけで。
「あー楽しかった! あー楽しかった!」 を連発しておりました。
よかったよかった。

そんなわけで、翌日月曜日は親子で公園へ。
鬼母ちゃんが、ノックをやっちゃったわよ。

「いくぞー、今度はフライ!」

……すかっ。空振り。

「いくぞー、今度は強いゴロ」

なぜか当たり損ねのチップフライ。

まあこんな具合のひどいノックだったわけだけど、それでもよく分かった。
息子はもっともっとノック練習しなきゃーダメだわ、こりゃ。
真正面のゴロでも、ちょっと勢いが強いと、「こ、こわー」 とびびってる。
まあ、びびりながらでも捕ってるんだけど、もっと強い打球になると、きっと難しいだろうな。
試しに、息子のノックを今度は私が受けてみた。

ひえええええ! むっちゃ、こわーい!
硬球、恐るべし。
軟球みたいに跳ねない分、ボールの勢いが死なない気がする。
バットの真芯でとらえたボールは、バウンドしても、むちゃくちゃ速い。
私、1球も捕れず、逃げました。はい。

いやあ、まいったまいった。

そんなこんなで、野球をとっかかりに息子、少し元気を取り戻しはじめております。
相変わらず英語をしゃべる気配はないし、いわゆる 「サイレントピリオド」 もあっさり半年を過ぎそうですが、それでも、夜布団の中で 「もう、このまま、ずっと寝ていられればいいのに」 などとは言わなくなりました。
それだけでも、母ちゃんは泣くほどうれしいのです。
みなさま、大変ご心配をお掛けしました。
息子も、少しずつ、成長しております。

今日は、チームの監督が率いる別リーグのチームにも登録をしてもらうことを決めました。
これから週に1〜2回の試合と2回の練習(それぞれ1時間から1時間半の短時間ですが)、というスケジュールになります。
少しずつ、チームメイトとコミュニケーションを取れるようになってくれればいいな、と祈るような思いの母ちゃんなのです。

(試合のたびに、息子の投球内容やら全部の打席の内容を、ついつい全部書き綴ってしまう自分は、いわゆる 「バカ親」 の典型みたいなもので、しみじみおろかだなーと自覚してるんですが。書かずにいられないのです。てきとーに読み飛ばしてください。すみません)。

歩行者天国と焼き鳥とビール

ワシントンDCの桜は、ハンパじゃなく美しい。
一番有名なのはタイダルベイスンというポトマック河沿いなんだけれど、私のお気に入りはケンウッド通りという普通の住宅街の街路樹の桜。
日本でいえばたぶん、ゴルフ場1つ分くらいの広さのコミュニティー全体の街路樹がすべて桜で、多くが巨木で、2車線の道路を見事にトンネルのように両側からおおう桜の花が延々と続くのだ。

でも、本当に普通の住宅地だから、どこにも車を停められない。
たいていの 「花見」 客は、この街路樹の桜を、車に乗ったままソロリソロリと進んで楽しむことになる。車に乗ったままの花見なんて、生まれて初めてだけれど、美しさでは上野公園なんて目じゃない、と思う。

それはそうとして。
ワシントンDCではこの時期、「桜祭り」 という一大イベントがあって、全米からものすごい数の観光客がやってくる。何日もにわたって、色々な特設ステージで日本の文化紹介やらカラオケ大会なんかが行われるわけで。
私も、合唱の仲間と一緒に何度か歌わせてもらった。

とくに最後の土曜日には恒例のパレードがあって、国会議事堂脇の目抜き通りがドカーンと歩行者天国になる。
ある日本人の知人に、

「いや、僕もいったことがないんだけど、すごいらしいよ。歩行者天国にビアガーデンができて、焼き鳥なんかも食べられるらしい」

と聞いたから、ものすごーく期待してた。

だって、ビアガーデン。
だって、焼き鳥。

とくに、屋外の公共の場では基本的に飲酒禁止ということが多いこの国だから、むちゃくちゃうれしいじゃあないか。

んなもので、息子を日本語補習校に送り出し、舞台で合唱の公演を終えた後、必死で探したのだった。何か、ってビアガーデン。

大きな、KIRIN の文字のノボリを見たときはうれしかったねー。
やったぜ、ビアガーデン、と喜び勇んで駆けつけたら……。
そこには、動物園のおり、というか柵、に似たものがあった。
入り口には、警官もいる。

へ?
ビアガーデン?

入り口で、まず、21歳以上であることを証明しなきゃあならない。
あわてて、運転免許証を出す。
そしたら、手首に赤い紙テープを巻かれた。
「21歳以上です」 と書かれた文字。
中でチケットを買う。
ビールはチケット3枚。1枚2ドル。
で、カウンターに持っていくと、プラスチックカップに入ったキリンビールをくれた。
柵の中には、ほとんどイスは、なし。
みな、立ち飲み。
もちろん、子連れはNG。柵の中に一緒に入れないからね。

ビアガーデンとは似ても似つかないのだった。

それでも、青空ビールは、うまい。
気を取り直して柵の外にでて、今度は 「焼き鳥」 に挑戦。
あった、あった。
CHICKEN ON STICK
串に刺した鶏肉。うむ。これだよね?

しかーし。
出てきたのは、なんというか、いわゆるアジアンな、巨大サテ、だった。
サイズは、見事にアメリカサイズ。
味は、どっちかというと東南アジア系。
うーむ。
ねぎまの夢は、遠いのだった。

私に 「ビアガーデンと焼き鳥」 の妄想を植え付けた張本人の日本人は、やはりこの光景にあっさりとくじけ、さっさと帰って家でビールを飲んだらしい。
残念無念。

隣の芝生は

「隣の芝生」 という言葉をしみじみ噛みしめた朝。
何かというと……昨日、お隣のコリン君のパパが頑張って芝刈り機を押してたのよね。
実はこのご近所、だいたいの人はここ2〜3週間の間に、人を雇って庭の芝生の手入れをしているわけで。
ボオウボオウと芝生が伸び放題なのは、我が家とお隣のコリン宅くらいだったわけ。
ところが、コリンパパの見事な働きで、お隣の芝生は……すごーくきれい。

となると、我が家だけだよ。
タンポポ、伸び放題。
夫が徹夜仕事明けに必死で抜いたものの、タンポポって強い。
ほかにもホトケノザとか、日本でもお馴染みの雑草がワンサカ、伸び放題。

私なんか、タンポポで黄色く染まる前庭を見て、「まあ、きれい!」 なーんて思うわけだけど、周囲を見れば、どのお宅の庭も、緑、緑、緑。
どうやら、この国では、タンポポ畑は好まれないようで。

もちろん、我が家だって、何もしないつもりはないのだ。
昨年秋の入居時に、大家には 「庭の半分枯れた木を切ってちょうだいね」 という要求を出してあったのだけれど
(ここまでは正当な要求)、

どうせ庭師が来るなら、庭の植木を1回だけそちらの費用負担で刈ってくれない? 我々は昨年秋に入居したわけで、去年の夏は空き家だったから伸び放題だったわけでしょ?」 
(このあたりからビミョー。なにしろ庭木の手入れは店子の責任、と契約書に明記されている)
と要求を重ね、

ついには、
そこまでやってもらうなら、芝生なんかも……
(これは明らかに要求し過ぎ。芝生の手入れは店子の責任)

ところが、ビジネスを兼ねて世界旅行ざんまいの我が家の大家さんはいつも太っ腹で、これをすんなに飲んでくれ、今週末には庭の手入れの業者が入る予定なのだ。
ラッキー!
でも、この夏は、ボオウボオウと伸び盛る芝生との闘いとなりそう……。

アメリカ初試合、初マウンド

本日、息子の野球チームの初の練習試合があった。
親も子もこの瞬間をものすごーーーく楽しみにしていた。
今回は2チーム合同の練習試合で、週末に旅行に行っているメンバーを除くと、集まった子どもは13人。
つまり日本でいえば、9人がスタメンで4人がベンチを温める、ということになる。
ところが、ところが。
アメリカの少年野球っておもしろい。
打席のほうは13人全員が順番に打っていいという。
名実ともに、「全員野球」 なのね。

おまけに、監督は13人全員の名前と、5イニングそれぞれの守備位置を一覧表にしたのを持参してきた。
例えば、うちの息子ならば、

1イニング目 ベンチで休憩
2イニング目 ピッチャー
3イニング目 ベンチで休憩
4イニング目 ショート
5イニング目 ライト

監督によると、「全員がそれぞれ最低内野2回と外野1回を守れるように組んでみた」 んだそうで。
今回は公式戦ではなく、練習試合なので、特に色々と経験させることを重視したんだそうだ。
息子の打順は2番。
結局6イニングまで試合したので、4回打席に立った。

さて。
試合前に、監督が子どもたちを集め、打順と1イニング目のポジションを発表し始めた。
思わず、そっと監督の背後に忍びより、ポジション表を盗み見してしまう私。
そしたら、なんと息子の欄の2イニング目にピッチャー、とある。
思わず息子に告げようとしたら、「やめとけ」 と夫に止められた。

なるほど、下手に先に言うと緊張してしまうもんね。

我がチームは先攻。
相手チームのピッチャーは……。

いや、驚いた。長身なんだけど、日本でいうところのいわゆる 「手投げフォーム」。
しかし、小さく曲げた腕から、力任せに投げる球は……へええ、結構速いんだ、これが。
見る見る間に息子の打順が回ってきた。

1空振り、2ファールで、それなりに粘りつつ、フルカウントになったところで、膝元に来たボール。
当然のように見送る息子に、「ストライク!」 の判定。
で、結局、見送り三振。
熱くなった夫が、「アメリカじゃどんどん積極的に行くもんだ。空振り三振でもいいから、どんどん振っていけ」 と息子に助言に走る。

そうなのだ。
決して、相手ピッチャーは制球が良いわけじゃないんだけど、ほんとにこっちの子は積極的に振っていく。また、それをコーチたちも応援し、空振りしても、必ずほめる。

Nice Swing !

振れば、空振りでもほめられる。
振らなきゃ、どうにもほめられようがない。
となると、子どもたちはどんどん積極的になるよね。

息子が日本でお世話になっていたチームの指導者も、子どもたちにいつも 「積極的に行け。三振を恐れるな」 「振らなきゃ、当たらないぞー」 と励ましてくれた。
が、実のところ、日本の少年野球には、そうじゃないチームもいっぱいある。
とあるチームには、子どもたちにあえて四球を選ぶように助言するコーチがいた。
「どうせ待ってれば四球になる。だから振るな。立ってろ」 ってね。
確かに少年野球って、まだまだ制球力がないから、立ってるだけで四球になる可能性が高いし、日本はリードも許されているから盗塁天国。つまり、四球と盗塁と暴投あるいは後逸でいくらでも点数が入る。

でも、それじゃ、いくらなんでも、哀しすぎるよね。
バットを振らずに勝ったって、何がうれしいんだっての。
ということで、息子の初打席は、「積極的にいく」 というのが課題となった。

さてさて。
次の打席が回る前に2回裏となり、息子がいよいよマウンドへ。
やだなあ。
こういう時って、ほんと緊張する。
特に、我が家の場合、この1週間の 「親子号泣事件」 に始まる一連の出来事の後なので、ここで無惨な結果になって息子がへこむのは、正直言って勘弁してほしかったのだ。
が、十分な投球練習さえさせてもらえず、アメリカ初のマウンドに上がって、大丈夫だろーか。

さて、マウンドの上で、少しだけ投球練習。
1球目。おおおおおーーーーーきく外れて、ボール。高い、ってば。
2球目。さらに、おーーーーーーーーーーきく外れて、ボール。だから、高いんだってば。
一瞬、夫と目が合う。
苦笑いするしかない。

さて、一人目のバッター。
ストライク、ボール、ファウル、ボール、ボールときてフルカウント。
実は息子は、2ストライクに追い込んでから四球を出すことが結構あるわけで、いやーな感じ。
ところが、最後はストライクで、よし、三振。

夫がぼそっという。
「いやあ、この三振は大きいなあ」
思わず私は息子に声をかける。
「OK。アメリカで初奪三振だよ!」

次。2人目はセカンドゴロ。
これをセカンドの子がはじいて無死一塁。

3人目の子に暴投し、ランナー2塁。
さらに、暴投し、ランナー3塁。
あっちゃー、自滅かな。
と思ったところで、息子はどうにか調子を取り戻した。

3人目を空振り三振に取り、4人目は三球三振で、スリーアウト。
自責点ゼロ。

この瞬間、へへへ、夫婦して、見ちゃったもんねー。
マウンドにいる息子の、小さな小さなガッツポーズ。
どんなに緊張してても、3アウトを取った瞬間に、つい、思わず、やっちゃうんだろうねえ。
ガッツポーズ。
みんなに、「ナイスピッチ!」とか声をかけられて、まんざらでもない様子の息子なのだった。

バッティングのほうは、その後もあまり奮わなかった。
次の打席が、ピッチャーゴローのフィルダーズチョイスで出塁し、その次は四球。最後の打席は三振だった。
が、出塁してからは、走塁も滑り込みもきちんとできていたし、何より、最後の打席はとても積極的に振っていたし、少しずつ成果も出てくると思う。
こうなると、アメリカ初ヒット、ってのが楽しみ〜!

試合後、息子に聞いてみた。
「緊張した?」
息子は言う。
「ベンチにいる時はすごく緊張した。1、2イニングの時はずっと足が震えてた」
そっか。
じゃあ、マウンドではどうだったの?
「……、それは、特に緊張しなかったなぁ」

どっひゃーん!
父と母が、緊張で心臓バクバクだった時、あんたは全然平気だったのかよ。
不思議ねえ。
ベンチでは足が震えても、マウンドでは平気なんて。

今日は、私にとっては、野球ママデビューの日でもあった。たくさんのママたちとしゃべった。
ママたちによると、こっちの野球少年たちは、サッカーの掛け持ちだったりもするらしい。冬はバスケ、夏は水泳で鍛えるんだそうだ。
「日本じゃ、野球少年は野球ばっかり1年中やるのよ」 と私が言ったら、

「小さい時から色々なスポーツをやらせておかないと、大きくなった時、どのスポーツが自分に向いているか、わからないじゃない!」

という反応が返ってきた。
なるほどなあ。
大リーグの選手の多くが、フットボールでも花形選手だった、というのは、こういうことなんだろう。

色々と日米で違うこともいっぱいあるけれど。
基本的に、野球パパと野球ママは、日本とほぼ同じ。
パパは、息子のプレイについつい熱くなっちゃうし。
ただ、若干違うのは、アメリカのパパのほうが、あからさまに息子のプレイをほめ、励ますことかな。
日本だと、コーチをやっているパパたちは、自分の子どもたちをあからさまにほめたりしない。表面上は冷静さを保ち、そのくせ家では褒めちぎったりしてる。
それが日本流。
こっちはもっと感情を表に出すのだ。

今回は、スティーブンのママが特に面白かった。
息子がマウンドに上がると、息を呑み、息子のひどい手投げフォームに、

「ちょっと! それ何よ! ダーツじゃないんだから!」 と叫び、

すぐさまコーチのもとに掛けより、

「あの投げ方、どうにかしてやって! 昨シーズン、ようやくあの悪い癖を克服したのに、今また同じことをやってるじゃない!」

コーチが、「いや、緊張してるんだよ」 とのたまえば、

「緊張? たかだか練習試合で?」 とプリプリ怒ってる。

そのくせ、息子が調子を上げて、最後の打者を三振に取ると、

nice pitch! nice pitch!


と大喜び。
よく見ると、目がうるんでいる。感涙、だろうか。
「たかだか練習試合」 といいながら、三振一つで感涙するなんて。
ああ、なんて愛すべき人たちだろう。

サムのママも良かった。
サムが難しいフライをキャッチし、飛び出した一塁ランナーも刺した時には、大興奮でキャアキャア言ったあと、我に返って一言。

「あたし、興奮しちゃうのは全然気にしないし」

さらに、ナイスプレイ続きでフィールドから帰ってきた息子サムに駆け寄り、派手に抱きしめ、
「good job! good job!」
思わず私も息子に、「今度、あんたがナイスプレイしたら、ハグしてやろっか?」 と聞いたら、
あっさり息子に、「いらん」 と拒否された。
ちぇっ。

そんなこんなで、アメリカ初試合、思う存分楽しみました。
思い出しちゃうなあ。
息子が1年生で、初めて野球を習い始めた頃。

初出場、といっては家族でお祝いし、
四球による初出塁、といっては、またお祝いし、
初盗塁、といっては、酒盛りし、
初ヒットの時なんかもう、夫婦で飲んだくれ……。

アメリカに来たお陰でまた、「初○○」 でしばらく盛り上がれそうだ。
今日は、

初マウンド
初奪三振

あたりか。
ということで、これから家族で祝賀会してきまーす。
明日はいよいよ、公式戦です。

ケネディーセンターで歌います〜

怒濤の少年野球ネタで、息子とともに泣いたり笑ったり大変だったこの週末ですが。
ちらりと書いたように、私の合唱人生も少しずつ前進しているのです。
そしてとうとう……。

4月4日(金)、ワシントンDCのケネディーセンターで歌います!

ケネディーセンターには、ミレニアムステージという大きな会場があって、ここでは毎日、午後6時から市民向けに無料プログラムが行われています。
初めてこのステージを見たのは確か、去年のクリスマス前の管楽器コンサート。
なんと、このコンサート、管楽器をやってる人ならば、アマチュアでも、下手でもOK。午後3時に集まって、リハーサルで練習したら、誰でも参加できる、という舞台でした。

見るより、演奏するほうがずっとずっと楽しそうで。
「ちくしょー、来年、どうにか参加できないかしら。管楽器なんか、やったことないしなあ。息子のリコーダーか何かを持参しても、入れてもらえないよなあー」
などと本気で思ったものでした。

そういう意味では、アマチュア音楽家に門戸を開くこのステージ、私にとってはあこがれの場所だったわけです。
そこに立てるなんて、もうそれだけで、アメリカに来て良かった、というもの。

合唱を始めて3カ月。
スポーツも音楽も基本的に個人競技が好きで、団体でやるものにはものすごい苦手意識があったのは、以前にも書いた通り。
でも最近、この、「みんなと」 というのが実に楽しいんですよね。
少しずつ、「みんな」 といても心地よい自分に気付くようになってきました。

いわば、「40歳にして、性格改善」 ですな。
ははは、いやいや、反省します。

このブログ、最近は在米の日本人の方も結構読みに来てくださっているようなので。
一応、ここでも宣伝しちゃおうっと。

これが4月4日(金)のケネディーセンターのプログラム
こちらが、ケネディーセンターのHPにある私たち合唱グループの説明

よかったら聴きに来てください。

笑顔のキャッチボール

野球練習、初日のエントリー2本に、たくさんのコメントありがとうございます。
これが金曜日の話なのですが、実は、この週末は土曜日、そして日曜日も練習があったのです。
ということで、「初日」エピソードの続き、としてお読みください。

*****************

急遽、土日に練習が入ることになった。
あんなに初日、練習に行くのを怖がった息子が、小躍りして喜んでいる。
が、私は、土曜日は、ワシントンDCの一大行事、「さくら祭り」 で日本のコーラス隊の一員として歌うことが決まっていた。
だから今回は夫に息子の野球練習を任せ、私は一人、DCへ。

さて。
桜満開のタイダル・ベイスンは、上野公園も真っ青の人出で、私はすっかり息子のことなんか忘れ、合唱に没頭。帰り道には、「あなた、合唱で歌ってた方でしょ?」 なんてシカゴから来た人たちに声を掛けられちゃったりもして、もう、有頂天。
だから、家の近くに着いたところで、ようやく、「ああ、どうなっただろ」 とふと思いつき、夫の携帯電話に連絡を入れた。

「どう? あの子、元気に野球やってる?」
のんびりした声の私に、夫は一言。

「今、いいとこなんだから! うるさい。切るぞ」

ぶちっ。
切れる電話。
なんじゃ、これ。

あきれつつ帰宅。その夜、十数人の客を招いていたので、料理の準備にかかる。
そうこうするうちに、疲れ切った顔の息子と、上機嫌の夫が、無事帰宅。
「いやあ。やっぱり野球はいいなあ。日本の少年野球と同じだな。ありゃ、やっぱり男の世界なんだな」
どうやら夫は、息子のチームメートのお父さんコーチたちとあれこれ野球談義ができて、相当うれしかったらしい。
一方、息子はというと……。
10分もしないうちに、疲れて、ソファで寝ちゃった。
あらー、そうとう疲れたのねえ。

夫によると、最後の試合形式の練習では、息子はサードやファーストなど主に内野を守ったらしい。前日の練習でも同じ組だった、あのしなやかな体つきのジェイミー君は、やっぱりピッチャーで、夫によると、「ありゃ、いいピッチャーだ」 だそうで。
コーチが、「そろそろ、じゃあ、君も投げるか」 とうちの息子に声をかけたところで、結局時間切れとなって息子はマウンドに立てなかったらしい。
「あいつ、投げたかった、ってさんざ言ってたぞ」 と夫が言う。

夫はうれしそうだ。
私もうれしい。
内向的で、すぐに引っ込んでしまう息子が、「投げたい」 と自分から言う時は、本当に本当にやる気が出てきた時だって、私たち夫婦はよーく分かってるからね。

さてさて、明けて日曜日。
「バッティングケージを1個借りてあるから、1時間、みんなで順番に打とう」 という話しだった。
近所の、ドッグパーク、とかいう名前の公園へ行く。
てっきり名前の通り、犬向けの公園かと思ったら、びっくりした〜。
ピッチングマシーンを持ち込めるケージが4つ、投球練習用のマウンドのほか、少年野球用の球場と、大人向けのナイター設備もある球場までそろってる。
休みとあって、あっちこっちの少年野球チームがバッティング練習に来ていて、狭い世界なのかチームのコーチ陣もお互いそれぞれ顔見知りらしく、なんかもう、やっとアメリカの野球少年たちをたっくさん見たぞ、って感じで、私はすっかり感動しちゃった。

息子の順番が回ってきて、息子はバッティングケージへ。
試合の生きた球では打ち損じることも多い息子なんだけれど、ピッチングマシーンから飛び出すそう速くない球なら、息子が打ち損じることなんか、滅多にない。
日本にいるとき、バッティングセンターに何万円もつぎ込んだ我が家ですから……とほほ。

んなわけで、バッティング好調。

さて。
チームの子どもたちは順番を待ってる間、ケージの外で妙な遊びを始めた。
一人がボールを投げる。フライでもいいし、ゴロでもいい。
ただ、ノーバウンドでこれを捕球できた子が、今度は 「投げる役」 を務める。それだけの遊び。
単純なんだけど、だんごになりながらボールを取り合う姿を見て、なーんかアメリカだよなあ、と思う。
みんなむちゃくちゃアグレッシブ。
硬球なんかでこんな遊びしたら、絶対けが人が出るぞ、と思う。

息子に、「あんたも混ぜてもらったら?」 と声をかけるが、さすがにその勇気はないらしい。
「いいよ、おれ。まだ手がビリビリ痺れてるし」 なんて言う。
ま、無理強いは、やめておこう、なーんて思っていたら、みんなが取り損ねたボールが息子の足元に転がってきた。
息子がこれを拾って、取りに来た少年、ジェイミー君 (我がチームのエース) に渡す。
ジェイミー君、にっこり笑って、

「wanna play?」

ほれ、行っておいでよ、と息子の背中をたたいてやったら、恥じらいながらグローブを持って、今度は自分から走って遊びに参加した。
ジェイミー君は、ちゃんと気遣いができる子で、参加したばかりの息子が一番後ろで遠慮してるのを見ると、わざと大きなフライを投げる。
息子がこれをキャッチ。
「おーーーーー!」
みんなから、歓声が上がる。

今度は息子が投げる番。
間違いない。
ジェイミー君の姿を追って、彼にしか取れないような難しい球をわざと投げてる。
これをジェイミー君がきちんと捕球。
「おーーーーー!」
また、みんなから歓声。

結局、言わんことない、誰かの顔に硬球がゴンと当たり、この子が泣き出し、コーチが割って入り、「危ないからもうお終い」 となったのだけど、この遊びの輪がほどけたところで、ジェイミー君が息子に 「キャッチボールしようぜ!」 と声をかけてくれた。

もう息子は私の通訳を待たず、そのままジェイミー君と一緒に走っていった。
それから2人はずっと一緒にキャッチボールをしていたのだった。
これに、もう一人、サム君がバットを持って乱入。
2人のキャッチボールをバットでカットしようとし、ジェイミー君と息子がこれをうまくかわして投げ合う、という遊びに自然と変化。

その時ね。
私は初めてみたんだ。
息子が、笑っていた。
土曜日にキャッチボールした時には、一球も取り損なうまい、と、ものすごい緊張感から固い固い表情でボールを受けていた息子が、今日は笑ってる。

笑ってるよ。
あの子、笑ってるよ。

そんな当たり前のはずの光景が、もう、たまらなくうれしくて。
だめだなあ、私。
しばらく涙腺、ゆるみっぱなし。

練習の最後に、ジェイミーのお母さんが声をかけてくれた。
「息子が、あなたの息子さんとこれからキャッチボールして遊びたい、おうちに招待したい、って言ってるんですが……」

この日は、我が家も来客予定があったので、「ぜひ次回」 となって終わったのだけれど。
それを聞いた息子は、心底うれしそうだった。
「母ちゃん、今度ぜひ、ってちゃんと答えてくれた???」
ものすごい勢いで言われてしまった。

ははは。
ちゃんと言ったってば。
母ちゃんの英語が通じてれば、の話しだけどねー。

帰り際、チームのヘッドコーチから声をかけられた。

「息子さんを日本で指導したコーチはきっと素晴らしい人たちだったんだろうね。バッティングフォームもピッチングフォームもとても美しい。基本動作もきちんとしてる。大したもんだ」

決して息子がうまいわけじゃあないのです。
ただ、こっちのコーチ陣はとんでもなく子どもをほめるのがうまい。というか、良い所を見つけるのがうまい。
私は、息子をほめてもらったことより、日本で息子がお世話になったチームをほめてもらえたことが、なぜか心底うれしかった。

東京の下町の小さなチームのコーチたちは、息子に野球を教えてくれただけでなく、息子に、アメリカへの扉のカギをくれたんだ。

だから、日本のコーチたち、ありがとう。
ジェイミー君、ありがとう。
そして、何より、野球よ、本当にありがとう。

さあ、来週は土曜日も日曜日も試合だっ!
土曜日の、日本語補習校?
んなもんは、当然、休ませます。

我が家にも、「球春」、到来。

野球練習、初日のこと・後編

*前編(一つ前のエントリー)からの続きです。

練習場は、公立小学校にある野球場だった。
私が暮らす地域では、どの公立小学校にもサッカーフィールドと野球場くらいは一つずつ当たり前のようにある。もちろん外野はきれいな天然芝生。東京の野球小僧たちに、一度でもいいからこういうグラウンドで思い切り練習をさせてやりたい、と何度思ったことだろう。

「親子号泣事件」 の末、2人して練習場所に行ってみたら、すでにコーチ陣と数人の子どもがグローブを持って遊んでいた。
私たちを見つけたコーチがすぐさま飛んできて、ウェルカム! と歓迎してくれた。
チームのメンバーがトライアウトで毎年新しくなる、というのはもう少し上のリーグの話しらしく、息子のチームは去年から同じメンバーで、息子だけが新メンバーらしい。
いきなりコーチの一人が、「この子と一緒にキャッチボールをしておいで」 と息子に声をかける。息子の目が泳いでいる。
「なんて言ったの?」
たぶん、自分でも聴き取れてると思うんだけど、慎重な息子は私に通訳を頼む。
「キャッチボールして来い、ってさ」

それから10分間ほど、息子はサムというチームメートとキャッチボールをし続けた。
いやはや。
息子があんなに慎重に投げたり取ったりする姿を初めて見たかも。
無茶苦茶、緊張してるのだ。
ただのキャッチボールなのにねえ。
笑顔一つなし。
必死の形相。

サム君、びびっただろーな。
サム君、ごめんね、ちょっと怖いだろうけど、相手してやってね。
ただのキャッチボールだけれど。
今日の息子にとっては、野球人生かけた闘いなのよ。

結局、息子は一度もボールを取り損ねなかった。
ひええええ。恐るべき集中力。
試合の時も、こんな調子で頼むぜ。

だんだんとチームメートがそろい、コーチから招集が告げられ、まずは自己紹介。
コーチが 「名前と学校名、好きなプロ野球のチームと選手名、自分のやりたいポジションを順番に言ってね」 と言う。
最後が息子の順番。
私をすがるような目で見る息子を、わざと無視。
そしたら、まあまあ驚いた。地面をそっと這いながら、私の足にすがりつく。
仕方ない。ちょいと助け船を出すか。
結局、息子の代わりに私が

「pitcher and short stop」 (ピッチャーとショート)

と答える羽目になってしまったのだった。

その後、12人の子どもを3人ずつに分け、ピッチング、ティーバッティング、内野守備、外野守備の4種類の練習をローテーションで開始。コーチはみな、野球小僧たちのお父さんらしい。
よくよく見渡せば、ママは誰一人いない。
うーん、この国には 「サッカーママ」 なんて言葉がちゃんとあるくらい、サッカーにはママが付きものなんだろうけれど、やっぱりベースボールは男の世界なのかもなあ。

さて。
息子は、4年生のジェイミー、ブライアンとグループを組んだ。
いきなり、ピッチング練習から。
遠目に見ても、緊張してガッチガチの息子。
大丈夫かなあ……。

まず、ジェイミーから。
ふむふむしなやかな身体をしてる。どうやらピッチャー経験者かな。
次はブライアン。
ははは、ボールの握り方からして知らないみたい。でも、かわいい。
彼は、このチームの監督の息子だ。
そうこうするうちに、息子の順番が回ってきた。

1球目。
ひええええ、ものすごいボール球。
おいおい、肩に力入りすぎ。
2球目。
今度はワンバウンド。
もっと家で練習させたほうが良かったかなあ。段々心配になってきたぞ。
でも、
3球目、4球目でスパっとストライクが決まった。
ふむふむ、悪くない。
「いいじゃんっ!」 と遠くから声をかける。
が、緊張のあまりか、私の声なんか聞こえないみたい。
結局、15球ほど投げたかな。
隣で、どこかのお父さんコーチが、「とてもいいフォームをしてるねえ」 と言ってくれる。

見渡してみて、なるほど、と思う。
大リーグの選手なんかもそうだけれど、この国ではたぶん、そううるさくフォームを直されたりしないんだろうな。どの子もものすごーーーーーーーく自己流。
バットが寝てる子もいれば、完全な手投げの子もいっぱい。
ところが、案外それでいて、アグレッシブなプレイをできちゃうのよねえ。
おもしろい。
フォームはきれいでも、実戦となると今一つ積極性が足りなかった息子には、この国での野球は、とても良い経験になるかも。

息子は、ティーバッティング、内野守備、外野守備、と一通り終えて、なんとなくチームメートの中でも結構自分って、いけてるじゃん、と少々自信を回復したらしい。
次の紅白戦形式の練習では、かなり積極的に打ち始めた。

やった〜、センター返し!

普段から新しい環境が苦手な息子は、知らない人の間では、考えに考えた末に行動を始める。
だから、現地校でもなんだかダラダラと行動して見える。
でも、野球となると違うんだなぁ。
打ったら走る。
ボールは追いかける。
きっと自然と身体が動いちゃうんだろう。
野球をしている時の動きだけは、日本にいた時と同じくらい素早くて、母ちゃんはそれだけでもうれしかったのだった。

練習の最後に、ユニフォームをもらった。
紺色のTシャツに赤字で 「Nationals」の文字。
ずぼんは灰色。ゴムだから、ベルト要らずだ。

その日、息子は大はしゃぎでユニフォームに着替え、何度言っても絶対にユニフォームを脱ごうとしなかった。眠る時、本当に大事に大事にユニフォームを畳んで、それからパジャマに着替えた。

「勇気を出して、行ってみて良かった?」 と尋ねると、
「うんっ!」 と、あらまあ、元気の良い返事。

それにしても、なんと長い1日だったんだろう。
疲れて眠る息子の顔を見ながら、数時間前の 「親子で号泣事件」 を何度も思い出し、そのたびに、やっぱり泣いてしまう母ちゃんなのだった。

野球練習、初日のこと・前編

先週金曜日、とうとう、息子の野球練習が始まった。
それより数日前から、息子は 「胸が痛い」「時々息が詰まって苦しい」 などと体調不良を訴え始めていた。
「緊張症の息子の母ちゃん歴」も近々10年、という経験上、それらが心因性であることは火を見るより明らかだったので、どうにかどうにか持ちこたえてくれ、と祈るような思いで運命の日を迎えたのだった。

運命の金曜日。
練習開始の3時間ほど前、いきなり青い顔をした息子がやってきて、「……行きたくない」 とつぶやいた。
「大丈夫だって。最初は緊張するだろうけど、行ってみれば案外楽しいよ」 などと軽くいなしたら、息子は突然、半泣きになり、

「絶対に、ぜーーーーーーったいに、行かないっ!」

と叫んだかと思うと、ダダダダッと2階の寝室に上がってしまった。
このあたりまでは半分予想の範囲内。
十数分のタイムラグを置き、私は2階に様子を見に行った。

布団を被って出てこない息子に、
「きっと大丈夫だってば」
と声をかける。
息子はピクリともしない。
思わず、布団をはいだら……、

息子は布団の中で声も立てずに泣いていた。

それからの1時間のことは、今でも冷静に書けない。
渡米から半年、「日本に帰りたい」「学校に行きたくない」「アメリカなんか大嫌い」 などと息子は言い続けてきた。が、いつもどこかで冷静だったし、どこかで諦観してるようにも見えた。
激しく泣くようなことは一度もなかった。
でも、今回は違った。

全身を震わせ、
声を振り絞り、
白い壁に何度も小さな爪を立て、

「あのまま日本で暮らしたかったっ」
「アメリカなんかどうして来たんだよっ」
「日本のみんなと野球をしたい……」
「帰りたい、帰りたい。日本語の通じるところに帰りたい」
「アメリカなんか、大嫌いだーっ」

声が枯れるまで泣き続けた。
暴れながら泣く息子の激しさに、半ば呆然として、それから必死で抱きしめて、あっちこっち殴られて、それでも、こんなに激しい思いをこれまでの半年間、ずっとこらえてきたのかと思ったらたまらなく可哀想になって、

気付いた時には私、息子より派手に大声上げて泣いてたのだった。
いきなり泣き出した母親に、あきらめたのか、息子は脱力したまま、再び布団を被る。

そこへ間が悪いことに、夫から電話。
初の練習で息子が緊張してることは百も承知の父親としては、ここで一発、励ましておこう、と思ったらしい。

号泣中の私はとうてい電話に出られず、結局、息子に電話の受話器を押し付けた。
驚いたよ。
さっきまで壁に爪を立てて泣いていた息子が、父親の電話には必死で感情を抑えてる。

「父ちゃん?」
「これから練習だろ。大丈夫、ほかのことなら怖いだろうけど、野球のやり方はちゃんとおまえは分かってるんだから、野球だったら怖くないだろ。最初の日は誰だって怖い。でもこれを乗り越えれば大丈夫。あとで父ちゃんに、どんな練習をしたか教えてくれよな」
「うん、わかった」

受話器から漏れる夫の声を聞いていたら、余計に泣けてきた。
「野球だから怖くない」 んじゃない。
野球だから、大好きな野球だからこそ、この子はこれまでで一番怖がってるんだ。
それを、私も夫も、今日の今日まで全然気付けなかった。

この半年、私たちは息子に言い続けてきた。
「もう少しの辛抱だ。野球が始まればきっと友達ができるよ」
「スポーツをやってる子は、そこからその国になじんでいくことが多いんだって」
野球は、私や夫にとっても、希望だったのだけれど、たぶん、息子にとってはもっともっと切実な意味で、たった一つだけ残された希望だったのかも知れない。
それに気付かず、「野球さえ始まれば」 と息子に繰り返し言い続けてきた自分の無神経さに腹が立った。
野球が大好きだから、もう息子の手の中には野球しか残ってなかったから、だからこの子は渡米後初めて、こんなに激しく泣いたんだと思うと、ただ泣けて泣けて仕方なかった。

はがれそうになるまで爪を壁に立てて泣く息子を前に、とうてい掛ける言葉など見つからず、「練習に行け」 とはもう言えなくなった。
だから、こう言うしかなかった。

「今日練習に行かなかったら、たぶん、あんたは野球を失う。もう野球を続けられなくなる。それでもいいの? 野球選手になりたかったんじゃないの?」

結局都合1時間くらい親子で泣いていたんじゃないだろうか。
その間に夫から何度も電話が入った。
電話のむこうの夫の声を聞くたび、私はどうしていいか分からず、派手にしゃくりあげ、あきれた夫がわけもわからず電話を切る、というようなことが数回。
その間、息子が電話から逃げ回るのを見て、思わず、
「父ちゃんにもちゃんと本音でぶつかったほうがいいよ。日本に帰りたい、ってちゃんと言ってごらん」 と息子に受話器を手渡した。

あの時の息子の表情を、私は一生忘れられないと思う。
最初は小さな声で、それから振り絞るように、最後は泣き声で、

「父ちゃん、日本に帰りたい……」

それを見て私はまた号泣。
見る見るティッシュ箱は空になり、親子して目は真っ赤に腫れ上がり、もう、日本に帰るしかないのかしら……と思い始めた頃、息子がこうつぶやいた。

「母ちゃん。もし練習に行くなら、もう準備しないと間に合わないね」

二人で顔を見合わせて、お互いの真っ赤な目を笑い、それから淡々と出かける準備をした。車で10分、練習場所の学校に着いた時、息子は一言こう言った。

「母ちゃん、いま、胸がひゅーっとしたよ」

「わかる。母ちゃんもかなり今、緊張してる」 と私。
達観したようにちょっとだけ笑い、息子は車を降りた。

この日の練習の後、「どうしてあの時、結局、練習に行こうとしたの?」 と息子に聞いてみた。
息子はしばらく考えて、
「いや、やっぱり、野球がやりたかったから……」
この時の息子の答も、たぶん私は一生忘れないと思う。

(つづく)